シティ・ポップの空を翔ける“一羽の鳥” 〜作曲家・滝沢洋一が北野武らに遺した名曲と音楽活動の全貌を家族やミュージシャン仲間たちが証言。その知られざる生い立ちと偉大な功績の数々

2021.04.20
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70〜80年代にかけて、「シティ・ポップ」の名曲を数多く生み出した一人の作曲家、シンガー・ソングライターがいました。そのアーティストの名は、滝沢洋一(たきざわ・よういち)。コーラス・グループ「ハイ・ファイ・セット」に名曲『メモランダム』を提供したことで知られる彼の生い立ちは、長い間ベールに包まれたままでした。今年で没後15年を迎える滝沢洋一が歌手や女優、アイドルらに遺した数多くの名曲をはじめ、その音楽活動と生い立ちの全貌を、ご遺族やミュージシャン仲間たちへの取材によって得た証言を元に辿ります。そこから見えてきたものは、「シティ・ポップ」ブームの影の立役者による偉大な功績の数々でした。

プロローグ〜空前の世界的「シティ・ポップ」ブーム。海外から日本へ注がれる“熱い視線”

いま、海外の音楽ファンたちの間で、日本の「シティ・ポップ」が大ブームとなっている。70〜80年代に日本で発表された「海外のカルチャーに憧れを抱き、都会やリゾートでのライフスタイルを求める若者文化を背景にして生まれた和製ポップス」は「シティ・ポップ」という共通言語で呼ばれ、その音楽性は高く評価されている。

それまでオリジナルのアナログ盤かCDを「日本国内で」手に入れなければ聴くことの出来なかった、これら「シティ・ポップ」と呼ばれる楽曲群は近年、ネットやスマホの普及で日常的に視聴されるようになった動画投稿サイト「YouTube」のレコメンド機能が海外リスナーたちへ次々と表示した「おすすめ動画」によって“発掘”された。

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YouTubeでシティ・ポップ関連の動画を視聴すると、右側のオススメに関連動画が次々と紹介される

そんな「シティ・ポップ」と呼ばれる楽曲も、当初は海外の好事家たちの間でのみ聴かれていたが、最近になって職人技光るスタジオミュージシャンたちの演奏能力の高さと、洋楽に追いつけ追い越せとばかりに、きめ細やかに紡がれたアレンジやミックスのクオリティーが評価され、数年前より海外リスナーたちが「シティ・ポップ」のアナログ盤を買い求めるために来日し、渋谷・新宿のレコード店をハシゴするという一大ブームを巻き起こすまでに至った。

また、歌手の松原みき(2004年に他界)のデビュー曲にしてシティ・ポップの名曲として名高い『真夜中のドア~stay with me』(1979)が、2020年12月に世界92か国のApple MusicのJ-Popランキング入りを果たし、音楽サイトのみならず、一般のニュースサイトや新聞各紙でも取り上げられて話題となったことは記憶に新しい。

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松原みき『真夜中のドア~stay with me』シングル盤(1979)

● 松原みき「真夜中のドア~stay with me」なぜ今話題に? 世界のシティ・ポップ・ファンに愛されたアンセム<コラム>(billboard Japan)

現在、山下達郎、竹内まりや、大貫妙子、角松敏生、吉田美奈子、松下誠らのソウルフルで洗練された楽曲を収録する当時のオリジナルアナログ盤が入手困難になっている現象は、そんな「シティ・ポップ」ブームの“氷山の一角”である。

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「シティ・ポップ」ブームを代表するアルバム、山下達郎『FOR YOU』(1982)、大貫妙子『SUNSHOWER』(1977)

この世界的なブームによって、日本人が過去の自国の楽曲に関心を持ち、かつ「欧米に対して胸を張って」耳を傾けることができる時代が到来したことで、近年は埋もれた名曲や作曲家、ミュージシャンたちにも光があてられるようになった。

本稿は、そんな空前の世界的「シティ・ポップ」ブームの中を空高く翔ける“一羽の鳥”の物語である。

37年ぶりに日の目を見た一枚のアルバム

2015年7月29日、ある一枚のCDアルバムが日本のタワーレコードとソニーミュージックショップ(オンライン)で限定発売された。

そのアルバムの名は、『レオニズの彼方に』。レオニズとは、毎年11月頃に出現する「しし座流星群」のことである。

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オリジナルのLPレコードが発売されたのは1978年10月5日。しかし、37年間で一度もCD化されず、日本のポピュラー音楽史の中では半ば忘れられた存在だった。販売先であるタワーレコードの「商品紹介」を以下に引用しよう。

「ユーミンを世に送り出した村井邦彦のALFA 製作の東芝/EXPRESSから発売されながらヒットせず、全曲をあの佐藤 博がアレンジしていることやその希少性からシティ・ポップス・ファンから再評価著しい逸品。(中略)そんな名曲を豊かに彩るのはアレンジの佐藤 博 (Key) 、村上秀一(ds)、林 立夫(ds)、青山 純(ds)、鈴木 茂(g)、松木恒秀(g)、松原正樹(g)、鳥山雄司(g)、松岡直也(p)、高水健司(b)、伊藤広規(b)など確かな腕を持つ一流ミュージシャン達。」

ここまで豪華なミュージシャンの参加を実現できたのは、このアルバムを製作したアルファレコードの創始者で、名曲「翼をください」の作曲で知られる音楽家・村井邦彦氏による「鶴の一声」があったことは想像に難くない。それほど村井氏に才能を認められていたアーティストだったということだろう。

そんな幻の作品に光をあてたのが、シティ・ポップの名曲を独自の視点で選曲したガイド本「ライトメロウ」シリーズや復刻CDなどを企画・監修し、このアルバムの初CD化を実現させた音楽ライターの金澤寿和(かなざわ・としかず)氏だ。

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金澤寿和氏のHP「Light Mellow.com

金澤氏はCD化の苦労をこう振り返る。

「このアルバムを紹介したのは、私が企画・監修したディスクガイド『ライトメロウ和モノ 669』(2004)の中で、「職人による知られざる奇跡の名盤その3」と銘打ったのが最初でした。

「その1」と「その2」は比較的早くCD化できましたが、『レオニズの彼方に』は10年以上を費やしました。

業界内の評価は高かったのに、それだけ無名だったんです。CD化が決まった時は感激しました」(金澤寿和氏)

そんな奇跡の名盤、『レオニズの彼方に』を生み出した人物こそ、本稿の主役であり作曲家シンガー・ソングライター滝沢洋一(たきざわ・よういち)である。

誰も知らなかった、シティ・ポップ幻の名盤『レオニズの彼方に』

滝沢洋一は70年代から80年代にかけて、洋楽の影響を受けたハイクオリティーな名曲を数多く発表したアーティストだった。

元「赤い鳥」のメンバー3人で結成されたコーラスグループ、ハイ・ファイ・セットに「メモランダム」(作詞:なかにし礼)という曲を提供した作曲家、と言えばピンと来る人もいるのではないだろうか。

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ハイ・ファイ・セット『メモランダム』シングル盤(1977)

先ほど、「だった」と過去形で書いたのは、彼がすでに鬼籍に入っているためである。滝沢は、本稿公開のちょうど15年前の2006年4月20日、まだ56歳の若さで逝去した。

滝沢の生涯唯一のソロアルバムとなった『レオニズの彼方に』は、2015年にタワレコ限定でCDが発売されるや、日本の音楽ファンの間で「隠れた名盤」「奇跡の一枚」と高く評価され、オリジナルのLPレコードは現在も数万円という高値で取引されている。タワレコ店員のレコメンドを借りるならば「捨て曲が見当たらない」、まさに奇跡の「シティ・ポップ」アルバムだ。

このアルバムは現在、各種音楽配信サービスで「サブスプリクション解禁」となっており、スポティファイ(Spotify)のアプリをインストールしていれば、世界中どこからでも無料で聴くことができる。まずは、1978年当時の感覚では早すぎた美しいメロディと、参加ミュージシャンたちのスリリングな演奏の数々をお聴きいただきたい。金澤氏が10年以上をかけてCD化に奔走した努力は、同アルバムの全世界配信という形で実を結んだ。

滝沢の「クセのないヴォーカル」は、聴けば聴くほど「クセになる」のだから不思議だ。この楽曲センスと演奏クオリティーに対して、初めて聴いた音楽ファンからの評価は極めて高い。

しかし、ここで一つの疑問が湧く。ここまで高評価を受けながら、今まであまり注目されてこなかった「タキザワ・ヨウイチ」とは、一体どんなアーティストだったのだろうか?

没後15年という節目を迎えた今、ベールに包まれていた「シティ・ポップ」ブームの影の立役者「滝沢洋一」の音楽活動の全貌と、多くの歌手やタレント、女優らに提供された名曲の数々を、音楽関係者やミュージシャン仲間、ご遺族からの証言をもとに辿ってみたい。そこには私たちが知り得なかった、日本の「シティ・ポップ史における偉大な功績がいくつも隠されていた。

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