自分が客であることのみを盾に、サービスの提供者に対して常識を超えた苦情を投げつける人々。そんな人間による「カスハラ」が我が国でも問題視されていますが、なぜかような事態が頻発するようになったのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合さんが、その原因を考察。問題の本質を探るとともに、早期の対策への取り組みを強く求めています。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
なぜキレる?いま「カスハラ」が増えている原因
20年近く、のべ900人以上の多種多様なビジネスパーソンをインタビューする中で、「これほどしんどい仕事はない」と痛感したのは、カスタマーセンターなどに勤務する電話オペレーターです。
なにせ電話してくるのは「なんらかの問題」を抱えた人なので、最初から怒っている人が多数を占めます。対面であれば「ありがとう」と言われることがあっても、「声」だけのコミュニケーションだと、その“瞬間“は滅多にありません。
そのオペレーターという職業に就く会社員が、突然亡くなったのは「カスハラが原因」だとして、遺族が労災認定を求めて提訴しました。
報道によると、男性社員(当時26歳)は、2015年9月から2年間、通信販売の問い合わせやクレームの電話受付を担当していたそうです。その際、顧客から「回りくどい説明しやがって、ボケ」「お前なんか向いてないわ、その仕事」「死ね」といった暴言を受けることがあり、17年10月にうつ病と診断されて休職。月100時間ほどの残業もあったとされ、その翌年、亡くなりました。
これを受け遺族が労災申請したところ、労働基準監督署は「心理的負荷は強くなかった」として認めず、訴えを取り下げるよう求めています。
これまでも、商品にクレームをつけて客が店員に土下座を強要したり、ICカードが切符投入口に入らず、逆ギレした客が駅員さんに暴力を振るったりと、カスハラは問題になったことはありましたし、コロナ禍ではトイレットペーパーやマスクを買えなかった客が、ドラッグストアの店員に暴言を吐く“カスハラ”も度々報じられました。
また、最新の調査では「過去1年間にカスハラを受けた人」が、64.5%に上るとの調査結果が出たとか(「エス・ピー・ネットワーク」が27日に発表)。
回答者の半数以上は「執拗な言動」「威圧的な言動」をそれぞれ経験。自由記述には「土下座を強要」「2時間近く居座り」「3時間以上の拘束」などもあったそうです。
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カスハラが増えている原因は、いくつかあると思います。
日本に根付く「お客様は神様です」的思想や、それに起因する「金をはらってんだから、客を満足させて当たり前」という間違った発想もあるのでしょう。すべての物事のスピードが早まっていることで「我慢できない人」が増えた可能性もあります。
人員削減で店員の数が減ったことや「音声自動対応→直接オペレーター→なかなか繋がらない」といった構造的な問題もあるかもしれません。
あるいはすべてが「マニュアル化」し、マニュアルにない事案に対応できない人や、マニュアルに書かれたことしかやらない人など、対応する側の問題も皆無ではないでしょう。
しかし一方で、今も飛んでいるスッチー時代の同期は、「昔は小さなことの積み重ねの閾値が超えた時に、クレームになっていたけど、今は突然怒り出す人もいて何に腹を立てているかもわからない人もいる。接客がとても難しい時代になった」と嘆いていました。
確かに、高齢化や孤独化、ストレス社会などが、人の怒りの沸点を下げていると主張する研究者もいます。
日本だけでなく欧米でもカスハラ問題は存在し、日本より早くから社会問題化。法制化や意識改革が行われてきました。
おそらく日本でも以前から問題は出ていたのに、それは仕方がないと受け入れてしまっていたのでしょう。つまるところ、問題の本質は、カスハラ対策に消極的な日本の企業にあるのかもしれません。
実際、先の調査では「勤め先に対策方針や対応手引がない」との回答が、いずれも半数を超えていたそうです。
上司からのパワハラ対策もまだ不備の多い日本ですが、カスハラ対策にも早急に取り組んでほしいものです。
みなさまのご意見、お聞かせください。
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