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あまりにもバカな選択。中国製EVへの「関税上乗せ」で自らの首を絞めるEUの理解不能

今年7月、中国製EVに対する関税を引き上げたEU。同月のEUへの中国からのEV流入は大きく落ち込みましたが、かような動きを識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂さんが、中国と対立した場合にEUが被るダメージの深刻さを解説。その上で、一連のEUの選択に対する率直な思いを記しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:本格的な貿易戦争の幕開けの手前で踏みとどまれるのか 中国と欧州のEV関税をめぐるせめぎ合い

中国vs.欧州の貿易戦争開戦前夜か。激しさ増すEV関税めぐるせめぎ合い

大統領への返り咲きを狙うドナルド・トランプ候補が大統領時代に「デカップリング」に言及したのは2020年の春だ。

それから4年が経ち、大統領もジョセフ・バイデンへと変わったが、中国からの輸入品に対する関税の上乗せや中国に対する輸出規制、中国企業をエンティティリストへ加えるといった発表は、日々増えるばかりだ。

そして9月27日、バイデン政権は中国製の電気自動車(EV)の関税を予定通り27.5%から102.5%に引き上げた。しかも、その前には、今度はコネクテッドカーをやり玉に挙げた。

コネクテッドカーとは、インターネットにつないで通信や運転支援をする車のこと。発表は、そのコネクテッドカーから中国やロシアの技術を禁止するという規制案。ロシアの技術を使ったコネクテッドカーなどほとんど聞かないので、実質的には中国製をターゲットした措置だ。

アメリカのジーナ・レモンド商務長官は、「コネクテッドカーのシステムに悪意あるアクセスがあった場合、機密性の高いデータの収集や遠隔での操作が可能になる。(中略)懸念に対処するため中国やロシアの技術をアメリカの道路から排除するよう的を絞った措置を取る」と語っている。

コネクテッド化された車といえば、EVに限らず運転補助機能がついたガソリン車も含むのだから、これから新たに市場に投入される車のほとんどだ。

つまりこれは実質的な中国車の排除の宣言なのである。

中国製EVへの追加関税は「政府の補助金による不公正な競争」が理由であったが、コネクテッドカーは「安全上の懸念」だ。

追加関税が話題となった時点で中国製EVはアメリカ市場にほとんど入っていなかった。

2023年の実績によればアメリカに輸出された中国製EVは計10,970台。金額にして3億3,100万ドルに過ぎず、市場に占める割合もわずか2%(ドイツ製EVは22%、日本製EVは18%)だった。

それだけに追加関税が及ぼす中国企業へのダメージは少なく「選挙用パフォーマンス」との見方もされたのだった。

しかし今回、コネクテッドカーで網をかけて排除することがあらためてメニューに載ったことで、中国に開かれていたアメリカ市場の扉は完全に閉まることが予測され始めたのだ。

話を冒頭の「デカップリング」に戻せば、電気自動車市場ではある種のデカップリングが現実化することは間違いない。

EV化へと向かうスピードについては議論が百出しているが、EV化という方向そのものが修正されるとは考えにくい。そしてEVが欧米先進国の経済発展を支える大きなエンジンであることは言を俟たない。

そのEV産業で驚くべき強みを示す中国製を排除して自国市場を守りたいというのは自然な動機である。欧州連合(EU)も当初はアメリカに同調する姿勢を見せた。

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これこそ「政治のコスト」。理解に苦しむEUのバカな選択

中国製EVへの追加関税はカナダもアメリカに追従した。

しかし、EUとカナダでは同じように追加関税に動いたとしても、その中身はまったく違ってくる。そもそもカナダには強い自動車産業がないからだ。

カナダが中国製EVに10月から100%の関税を課す方針を明らかにしたのに対し中国は、即座に反応。カナダ産菜種油をターゲットにダンピング調査に入ったのである。

この争いの行き着く先はサプライチェーンの調整である。カナダはドイツのEVかアメリカのEVを買うだけのことで、中国はカナダ以外の国から菜種油を買うという話だ。

中加対立を受けてカナダ産菜種油の価格は9月3日、先物相場の価格が一時7%超下落するという展開も見せ、ダメージも明らかになっているが、それはこの問題で中国と対立した場合のEUのダメージとは比べ物にならない。

というのもEU経済をけん引してきたドイツの自動車産業は、深く中国に依存しているからだ。

そのことはすでにこのメルマガでも書いてきたが、問題は単に市場を失うだけにとどまらない点だ。

【関連】EUの「EV関税」に失望の中国。怒りの“報復関税”で新たな貿易戦争に突入か?

いまや世界最大の自動車市場となった中国は、仮に欧米先進国がそろって中国を排除しても、自国市場を勝ち抜けば産業の未来はある程度展望できる。逆にドイツの自動車メーカーは、その点で不安を抱えている。

もちろんアメリカもおなじように自国市場で自国産業を回してゆくことができるのだが、その規模は中国の半分程度でしかないという点を考慮すれば、先細り感は否めない。

さらにドイツのメーカーが危惧しているのは、未来の自動車メーカーとして核心となるIT分野での中国企業との協力にヒビが入ることだ。

EVの場合、内燃機に技術の多くが集約されるガソリン車と違い、車載電池の性能とIT技術によって新製品の魅力が決まると考えられているからだ。その意味で、現在協力関係にある中国のIT企業の技術が見込めなくなれば、車自体が生産できなくなる可能性さえ指摘されているのだ。

同時に、中国とカナダの対立にみられるような報復も、このダメージには重なってくるのだ。

その問題はこのメルマガで書いてきたが、豚肉やワインなどの農産品に対する制裁の発動である。もちろん前述したようにサプライチェーンの調整はある程度可能ではあるが、時間はかかるしコストも生じる。できればない方がよい。切歯扼腕して耐えたからといって得られるものもない。

当然、ドイツやスウェーデン、イタリアはこうした動きを疑問視しているし、スペインも最近この列に加わっている。

中国との話し合いは継続しているが、EUがなぜこんなバカな選択をするのか理解できない。これこそ「政治のコスト」である。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2024年9月29日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録の上、9月分のバックナンバーをお求め下さい)

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image by: Robert Way / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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