圧勝で大統領選を制し、矢継ぎ早に閣僚級ポストの発表を行うトランプ氏。そんなトランプ氏はかねてからウクライナ戦争について「就任後24時間以内に終結させる」と豪語していましたが、果たしてそれは可能なのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、「24時間以内の終結宣言」をプーチン氏がどのように解釈し今後いかなる作戦に出るかを解説。その上で、ウクライナ戦争の停戦は国際社会に安定を取り戻す結果になるのか否かについて考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:不透明感を増す国際情勢の行方‐戦争は終わるのか?それとも破滅へのドミノか?
トランプ新政権はウクライナ戦争を終わらすのか。不透明感を増す国際情勢の行方
「今、ロシア・ウクライナ戦線で見られる状況は、木材の調達の状況に似ている」
調停グループのある専門家が示した認識なのですが、これを聞いたとき、はじめは何のことを指しているのかがあまり理解できませんでした。
「多くの先進国、例えば日本なんて顕著な例だと思うが、自国に山があり、森林も豊かで、十分な木材資源があるにも関わらず、それを用いずに海外から木材を輸入して建築に用いている。ロシアが今、北朝鮮の兵士を前線に派遣しているのもそれに似ているし、これまでにチェチェンの戦士やロシア国内の少数民族で構成される部隊を前線に投入してきたのも、その状況に例えられるのではないか。つまりロシアはまだ主力を温存して戦っているという分析だよ」という追加の説明を聞いた際、100%納得してその内容に合意するわけではないのですが、「ああ、なるほどね。そういう見方もあるのね」と感じました。
最近になって噂になっていた“北朝鮮軍をクルスク州の戦線に投入しているのではないか”という情報は、今週、クルスク州でロシア軍に交じってウクライナ軍と交戦する北朝鮮軍の存在が確認されたことで、現実になりました。詳細についてはまださらなる情報の収集と分析が必要なものの、これまで「わからない、確認できていない」といっていたアメリカ軍もNATOも、今週に起きたロシアとウクライナの交戦において北朝鮮軍の死傷者が出たらしいことを受けて、その存在を確認したとのことです。
これによりロシアとウクライナの戦争は、これまでとはまた違った様相を見せ、戦争の段階が高まったという見方ができるかと考えます。
北朝鮮の派兵が穴を開けた参戦への見えない壁
一つ目の要素は【ロシアとウクライナの戦争がさらに拡大した】という点です。
これまでにもプーチン大統領は意図的に「これはウクライナとの戦争ではなく、ウクライナの背後にいるNATO諸国の企みに対抗するための特別作戦であり、ロシアの国家安全保障問題上、必ず勝たなくてはならない戦いである」と主張し、NATOを“戦争当事者”として非難してきたため、“ロシアとウクライナの戦争”というイメージを薄めてきました。
またゼレンスキー大統領も、自国民と領土、そして主権を守るための自衛戦争という位置づけをしつつ、「ロシアの暴挙に今、毅然とした態度で対抗しなくては、民主主義はすたれるのだ」と主張することでNATO諸国からの即時かつ膨大な規模の支援を引き出そうとしてきているため、ある意味、この戦争はすでに多数の当事者が巻き込まれている戦争という見方が出来ました。
しかし、今回、北朝鮮という、特にウクライナに対して何ら利害を持たない“第3者”が戦線に自国の部隊を派遣し、ロシア軍と共にウクライナ軍への直接攻撃に参加したという現実は、戦争の直接的な当事者を増やしただけでなく、今後、他国がこの戦争に直接的に介入するトリガーとなり、これまでなんとなく存在してきた参戦への見えない壁に穴が開いたことで、これまでに“ウクライナへの派兵という選択肢も放棄しない”と声高に主張していたEUおよびNATOの加盟国の自制が外される危険性も生み出したと考えられます。
フランスのマクロン大統領がその筆頭ですが、フランスについては若干、政治的な受けを狙った眉唾ものの主張であるとも解釈できますが、ロシア・ウクライナと国境を接し、自国への戦争の拡大の危機を日々感じている国々(ポーランド、ルーマニア、ブルガリア、バルト三国、モルドバなど)については、以前にもご紹介したように「仮にNATOやEUの合意を得られなくても、coalition of the willingを形成して思いを同じにする国々だけでウクライナ防衛のための派兵も辞さない」という国々の参戦を一気に加速させる恐れがあると思われます。
それを防ぐには、ゼレンスキー大統領も繰り返し発言し、かつバイデン大統領も強調している通り、“即時かつ持続的な軍事支援が必要”であり、ウクライナ軍のみでロシアからの侵攻を押し返せるだけの武力支援を行う必要がありますが、果たしてどうでしょうか?
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
プーチンの意図を理解できなくなった中国の対ロ懸念
二つ目は【ロシアとウクライナの戦争に対するフォーカスをずらすことで、対応を難しくした】という要素です。
北朝鮮のロシア・ウクライナ戦線への派兵は、国際情勢において多くの懸念と憶測を呼ぶ行為だと言えます。
ロシアとウクライナの戦争をより難しくしたことはすでに触れましたが、北朝鮮が遠くウクライナにまで兵を送ったことにより、国際社会はロシア・ウクライナ戦線に目を配りつつ、同時に北東アジア地域の緊張にも目を配る必要が出てきました。
まず、北朝鮮の後ろ盾を自認してきた中国は、北朝鮮に対するロシアの影響力が高まっていることに神経をとがらせていますが、今、ロシアの意のままにウクライナにまで遠征した北朝鮮の姿を見て、ロシア政府およびプーチン大統領の意図を理解できなくなってきていると言われています。
「もしかして北朝鮮の軍事力をロシアの力添えで拡大させることで、中ロ間のパワーバランスを回復しようとしているのではないか?」
「ロシアは北朝鮮を、中国に対する壁、もしくは抑止力として用いようとしているのではないか?特に核兵器にまつわる技術とノウハウの提供は、中国の国家安全保障に関わる重大な危機であると同時に、北東アジアの不安定化にも繋がりかねない。それは阻止せねばならない」
このような対ロ懸念が大きくなるにつれ、「もしかしたらプーチン大統領はその内、習近平国家主席に対して、『これ以上、北朝鮮の戦力を拡大させたくなければ、ロシアの対ウクライナ作戦に対して、これまでのように曖昧な態度を取るのではなく、中国もロシアの作戦に積極的に加わるべきだ』と迫ってくるのではないか」という懸念なのか、妄想なのか、分からない状況が拡大してきてもおかしくありません。
その中国によるロシアへの肩入れは、北朝鮮のように部隊を派兵してくれというところまでは行かないものの、より公な軍事物資の支援を迫るという内容なのかもしれません。
このような憶測が拡大してくると、次は何が起きるかですが、アメリカ政府を苛立たせ、アメリカの目を、ウクライナおよび中東から、また中国(台湾海峡)に向けさせることになり、アメリカとその同盟国の対応力とフォーカスを削ぐという事態に繋がるかもしれません。
そうなると、ロシアとしては鬼の居ぬ間に洗濯ではありませんが、ウクライナへの攻勢を一気に強め、できるだけ支配地を拡大しようとすることに繋がります。
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米新政権が誕生するまでにプーチンが出ることになる作戦
アメリカ合衆国第47代大統領に就任するトランプ氏は、選挙中より「就任後24時間以内にウクライナ戦争を終結させる」と繰り返していましたが、それをプーチン大統領がまともに取るのだとすれば、その“24時間以内の終結”は、ロシアがそれまでに支配した土地をすべてロシアに割譲することを認め、新しい国境線をウクライナとの間に引き直すという、ウクライナにとっては敗北を意味する結果くらいしか考えられないという分析に基づくと思われるため、トランプ新政権が誕生するまでの2か月ほどの間に一気に獲得できるものはすべて獲得しようという作戦に出ることになるでしょう。
トランプ新政権としては、このようなディールをお膳立てすることで、一旦、ウクライナから手を退くことが出来、その後は親イスラエルの立場から中東に“適度に”介入しつつ、メインターゲットの中国との対峙にリソースを割くものと予想されます。
この通りに事が進めば、国際情勢にそれなりの変化がもたらされることになりますが、北朝鮮を噛ませたことで、どのように展開していくかは不透明です。
トランプ大統領は対北朝鮮情勢については、前政権時の“成果”を強調するために、ロシアおよび中国の思うようにはさせたくない半面、北朝鮮を黙らせておきたいという思惑もあるため、あまり北朝鮮を国際情勢において目立たせるようなことになると、想像できない結果を招く恐れも否定できません。
何しろ、前政権時に習近平国家主席を脅すために、マーラーゴでの歓迎晩餐会時に花火を見ながら、シリアの化学兵器保有の疑惑に対してトマホークミサイルを60数発ぶち込むようなパフォーマンスをする人ですので。
ロシアとの接近によって核兵器関連技術とノウハウを得、かつ北朝鮮にとって課題だったICBM完成のための大気圏突入技術とノウハウが供与された今、北朝鮮はアメリカ本土にまで届くミサイルを持つ核保有国になり、アメリカにとっては一応“国家安全保障上の脅威”にリストアップされる存在になったため、“じゃまをするなら潰す”というメンタリティーが、トランプ大統領に生まれても不思議ではない気がします。
それでもロシアは、あえて北朝鮮カードという不安定かつ危険なカードを用いることにした狙いは、やはりトランプ政権誕生時に、できるだけ有利な状況で停戦を成立させて、しばらくはロシアの行いに対する欧米諸国のちょっかいをやめさせることに賭けているからだと考えます。
一瞬にして崩壊することになる金正恩の甘い夢
ところで“大きな賭け”という点では、ロシアからの支援と引き換えに、ウクライナ戦線に自国兵を送り込んだ北朝鮮および金正恩氏にとっても、自身の存在と統治を根本から危険に曝す状況が生まれています。
今回のウクライナ戦線への北朝鮮兵の派遣については、一切国内では報道されていないようですが、今週の初交戦でそれなりの犠牲が出たという情報があり、それが北朝鮮国内で知られるようになった場合、その犠牲を説明しうるだけの材料があるとは思えず、場合によっては金王朝の終焉に繋がるような反抗が起こる可能性も否定できないという分析が、多方面から寄せられています。
それに中国が絡むのか?韓国が何らかの工作を行うのか?それともロシアの裏切りがあるのか?
方法は分かりませんが、不都合な真実が北朝鮮内で知られることになった場合には、いくら恐怖による統制を強いても、体制の正統性を守ることは困難になり、一気に崩壊の危機に晒されることになりかねません。
そうした場合、北朝鮮の金正恩氏としては、ロシアとの密接な関係を築き、プーチン大統領に恩を売ることで、体制の存続が安泰になり…という甘い夢は、一瞬にして崩壊することになります。
そのような場合に得をするのは誰でしょうか?韓国ではなく、恐らく中国とロシアでしょうが、その詳細については、今回は触れないでおこうと思います。
ウクライナ戦争停戦は国際社会に安定を取り戻すきっかけになるか
話を元に戻すと、仮にプーチン大統領の思惑がぴたりとはまり、トランプ大統領の助けを得て停戦に持ち込み、一旦、戦争を棚上げにできたとして、それは国際社会に安定を取り戻すきっかけになるかと言えば、きっとそうはなりません。
トランプ大統領とプーチン大統領の間の密約で停戦が成立した場合、ウクライナの領土の一部が恒久的にロシア領となり、かつこの先しばらくの間、ウクライナはNATOには加入できないという条件も付けられることで、実質的にウクライナは欧米諸国から見捨てられ、今回の侵攻のほとぼりが冷めたら、ロシアによって蹂躙されることになりかねません。
そうなると、バルト三国やポーランドなど次のターゲットにされかねない国々がロシアを取り囲んで臨戦状態に置かれることになり、いかなる対ロ行動も今度はNATOによるロシアへの明白なaggressionというとてもおいしい口実をロシアに与えることに繋がるため、コーカサス地方は一気に戦火に見舞われることになります。
仮にその地域を巻き込んだ大戦争がすぐには起きなくても、地域は引き続き緊迫した状況に置かれ続けるため、「ウクライナの問題が解決したら、次は中東問題の解決だ」と考える国際社会の思惑は外れることになりかねません――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年11月15日号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
image by: Presidential Press and Information Office, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons