なぜイーロン・マスク氏は、目下、世界経済を混乱に陥れているトランプ大統領の側近になったのか?どのような問題意識と行動原理によって、米国の“スクラップ&ビルド”に取りかかったのか?そもそも、シリコンバレーの富裕層たちがトランプ氏支持に回った理由とは?著名エンジニアの中島聡氏が、カナダ出身のジャーナリスト、ナオミ・クライン氏のトランプ批判を踏まえて解説する。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
なぜシリコンバレーの富裕層はトランプ政権を支持しているのか?
The Guardianに、カナダ出身のジャーナリストで社会批評家であるナオミ・クラインにより書かれた、「The rise of end times fascism」というタイトルの記事が掲載され、話題になっています。
日本語に訳せば「終末論的ファシズムの台頭」となりますが、トランプ政権と、トランプ政権を支えるシリコンバレーの富裕層を厳しく批判する記事です。
彼女は、近年のアメリカ極右運動が「終末論」的な世界観を強めていると指摘しています。これは「自分たちの文明や価値観が破壊される」という危機感を煽り、排外主義や暴力的な言説を正当化する手法だと批判しているのです。
トランプ大統領やイーロン・マスクの強引なやり方に危機感を抱く点は理解できますが、彼女のようなアクティビストの発言が、「反トランプ陣営」を元気付け、各地でテスラ車に火をつけるなどの暴動が起こっていることを考えると、彼女の言説が結果として暴力的な行動を促すという皮肉な結果になっていることも事実です。
「行き過ぎた多様性への反動」だけではない、イーロン・マスク氏の行動原理
この件に関しては、私なりの解釈は以下のようなものです。
シリコンバレーの富裕層がトランプ氏の支持に回った理由は、バイデン政権時代の行き過ぎたDEI(多様性・公平性・包摂性)ムーブメントと、膨らみ過ぎた財政赤字にあります。
行き過ぎたDEIは、白人男性を逆差別することになっているし、不法移民を増やすことにもなっています。白人警官による黒人に対する差別行動をきっかけに起こった、左翼が政権を握る各都市での警察予算のカットは、サンフランシスコ、シアトル、ポートランドなどの治安を大幅に悪化させました。
トランプ氏はトランプ氏で欠点だらけの人ですが、バイデン政権に対抗する共和党の大統領候補になった段階で、シリコンバレーの富裕層の多くが、トランプ氏のサポートに回ったのは、私には驚きではありませんでした。
私にとって、一番の驚きは、イーロン・マスク氏がトランプの側近として、政府予算を大幅にカットするDOGE(Department of Government Efficiency、政府効率化省)のリーダー役を買って出たことです。Tesla、SpaceX、Xなどの経営で忙しい彼が政府のために貴重な時間を割くことは、Teslaの株主としては賛成しかねる行動です。
イーロン・マスクがなぜそんな行動に出たかについては、色々な説がありますが、私は「目の前の問題が難しければ難しいほどアドレナリンが上がる」という、彼の性格・欠点が、彼にそんな行動をさせているのだと解釈しています。
彼は、TeslaとSpaceXの両方を倒産の危機から救っただけでなく、誰もが羨むような素晴らしい企業へと成長させました。さらに、左翼思想に支配されていたTwitterを買収し、8割の人員をカットした上で、立て直すという、スクラップ&ビルドの離れ業をやってみせました。
イーロン・マスクがDOGEで取り組んでいるのは、長年に渡る官僚主義で肥大化した米国政府の官僚組織のスクラップ&ビルドなのです。当然ですが、大きな痛みを伴うし、敵もたくさん作ることになります。日本も同様ですが、官僚組織の周りには、税金に頼る経済圏が出来てしまうため、それを破壊することは簡単ではないのです。
トランプ氏がアナウンスした相互関税もかなり強引なもので、各国を交渉の席に付かせるのには役立つでしょうが、関税は世界全体の経済にとってマイナスであり、株式市場は乱高下をすることになっています。
企業による5年先、10年先を見た設備投資には、安定した政治が不可欠であり、今のような「不確実な時代」には企業は設備投資を控える傾向があり、それが大きな懸念です。(次ページに続く)
【関連】中島聡が「ラピダスの大敗北」を直感する理由。TSMCになれない日本の半導体メーカーが抱える「最大の弱点」とは?
「Appleのブランド戦略」が米国の製造業を崩壊させた?
トランプ氏は製造業を米国国内に呼び戻すと宣言していますが、(残念ながら)教育レベルが日本や中国よりも低い米国に、多くの人を雇用する製造業を呼び戻すことは難しいのが現状です。
これから米国で工場を作るのであれば、可能な限り自動化された工場を作ろうとするのは当然の経営判断であり、必ずしも大きな雇用は生み出さないと予想できます。
ちなみに、ナオミ・クラインを有名にしたのは、彼女が1999年に出版した著書『ノー・ロゴ』です。
この著書の中で、彼女は、ナイキのブランド戦略を分かりやすい例として取り上げ、「モノ作り」よりも「ブランド作り」を重視する戦略が米国の企業の間に広まり、「製造」などの利益率の低いビジネスは、海外にアウトソースした方が儲かる、というビジネスモデルを作り出してしまったことを激しく批判しています。
これで思い出したのが、Simon Sinekによる「How great leaders inspire action」というタイトルのTED Talkです。
彼は、ナイキやアップルが、製品の仕様や性能を訴えるのではなく、彼らの製品を使う人たち(アスリーツやクリエーター)を称えることにより、「なぜ、ナイキやアップルの商品を買うべきか」という、消費者の心の奥底に届くメッセージを届けることにより成功していることを分かりやすく説明している、私が大好きなTED Talkの一つです。
ナオミ・クラインが批判しているのは、まさにこの部分である点がとても重要なのです。
企業が、ナイキやアップルを見習ったブランド戦略を取る限り、製品の製造そのものはアウトソースした方が理にかなっており、それが米国社会の「空洞化」もしくは「ミドルクラスの崩壊」をもたらしている、というのが彼女の批判なのです。
【参考資料】
- Wikipedia: Naomi Klein/
- Naomi Klein: Trump NOT The Anti-Globalist We Demanded/
- Trump allowing the wealthy to ‘have their way’ with U.S., says author Naomi Klein/
【関連】【中島聡×古田貴之 特別対談Vo.2】「やれる方法を考える」のがイノベーション。AIロボット実現のための社会革命!
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年4月22日号を一部抜粋・再構成したものです。「OpenAIとAnthropicが取るべき戦略」「LLMとVibe Coding」「世界を大恐慌から救った農林中央金庫?」などメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です ※メルマガ全体約2.2万字)
【関連】中島聡が大胆予測、「コードが書けるAI」で「SIerの中抜き」が意外な進化を遂げる理由…ムダすぎて草?
【関連】中島聡がガチでテスト、「今一番賢いローカルAI」のすごい実力。Phi-4やGemma3を知らない人、そろそろヤバいかもです
image by: MAG2NEWS