日本初の女性首相が誕生した今、思い出すのは“鉄の女”と呼ばれた英国の元首相であるマーガレット・サッチャーの姿です。強さを装いながらも、彼女は男社会の中で“母性”を武器に変え、したたかに生き抜きました。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんは、高市首相がこれから歩む道にサッチャーを重ねてフォーカスをあてています。
”鉄の女”の処世術
やっと女性初の首相が誕生しました。
期待する声、懸念する声、あくまでも冷静な声と、色々とありますが、私見はそれぞれのメディアで書きますので、そちらをお読みいただきたく。
本メルマガでは、高市首相ご本人はなく、高市氏があこがれるサッチャー氏について取り上げます。
ご承知のとおり、イギリス史上初の女性首相として知られる政治家サッチャー氏は保守党に所属し、1979年から1990年まで約11年間首相を務めました。
その強力なリーダーシップと保守・強硬な政治姿勢から、「鉄の女(Iron Lady)」と呼ばれました。しかし、彼女は自分の性別を政治的なアピールに使うことはほとんどなく、男女平等や女性の権利向上を主要な政策課題としていません。
首相に就任した後も、家事の側面を強調するなど、伝統的な性別分業意識を否定しなかったため、「後の世代の女性の社会進出を支援する視点が欠けていた」という批判も存在します。また、彼女の政権において、閣僚に女性がほとんどいなかったことも、女性の活躍推進に消極的だった証拠として挙げられました。
一方で、女性が権力の座に就く際に必ず立ちはだかる、巨大な壁である「オールド・ボーイズ・ネットワーク(Old Boys’ Network)」をうまくあやつった女性だったことは彼女が引退して何年も経ってから、彼女の番記者だった男性が証言して知られるようになりました。
いわく、「サッチャー氏の処世術は女を武器にすることだった」と。
「彼女は労働党と激しい対立を繰り広げ、自らが率いる保守党の男たちからは時に白い目で見られながらも11年にわたって首相の座を維持しました。私の知る限り、サッチャーは偉大な指導者であり続けるために、女の強みを駆使していたのです」(週刊ニューズウィーク「女性と権力」より)。
彼によるとサッチャー氏は外遊の機内では常に番記者たちのいる機内後方に出向き「大丈夫かしら?」と座席のクッションを整えたり、外遊の勝利を祝うために用意されたシャンパンをひとりひとりに注いだり、実に細かく男性たちを気遣い、ときに母親のように寄り添い続けたそうです。
男性たちはそんなサッチャー氏の言動に安堵し、彼女の“強い言葉”にも耳を傾けるようになりました。そして、次第に強権的な言動にさえ従っていったのです。
サッチャー氏はオールド・ボーイズ・ネットワークから排除されるわけでも、同化するわけでもなく、女性性と男性性を上手く駆使し、男の楼閣でまかり通ってきた“暗黙のルール”を打ち破る応援団となる男性を1人、また1人と増やし、自らの野望を成し遂げたのです。
この記事の著者・河合薫さんのメルマガ
サッチャー氏の「女を武器」にするやり方に、嫌悪感を抱く女性もいるかもしれません。しかし、他者のまなざし(=ジェンダーステレオタイプ)に屈するのと、巧みに使うのは別。前者は自己を捨てることで、後者は自己の応援団を増やすための行為です。サッチャー氏を“鉄の女”たらしめたのは「大丈夫かしら?」といった母親のような振舞いだった。オールド・ボーイズより、一枚上手だったということでしょう。
一方で、多くの女性政治家たちが、オールド・ボーイズ・ネットワークという「決して明文化されることのない、マジョリティーである男性メンバーの間で暗黙のうちに築かれ、共有、伝承されている非公式の人間関係」に苦労し、不公平な「数の論理」によって幾度となく排除されてきた歴史があります。
このネットワークには、男性がキャリアを棒に振るような愚行を犯しても仲間が助けるのに対し、女性の場合、小さな失敗でもすぐに中傷の的にし、キャリアを奪いさる二重基準が存在します。
サッチャー氏は、最も保守的で伝統的な「男の楼閣」たるイギリス保守党という地盤でトップに立ち、強力な労働組合や野党と激しい対立を繰り広げるには鉄の女の「母性」という、無条件の愛を駆使する戦略が不可欠だったのでしょう。
さて、「日本列島を強く、豊かに」といったメッセージを掲げ、全国行脚を通じて熱心な支持者との接点を増やし、オンラインも含めた草の根での支持拡大の「勢い」を作り出し、総理の座についた高市氏は、今後どのような戦略を使うのでしょうか。
できることなら、今後はそのフットワークを日本という国に暮らす、すべての人のために生かしてほしいと心から願うばかりです。
みなさんのご意見、お聞かせください。
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