高市政権の財政政策やイラン戦争の影響も指摘される中で続く、記録的な円安の進行。そんな状況下で始まった今年度ですが、日本経済はどのような推移をたどることになるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、トランプ政権の動向や中東情勢を踏まえた「円高」「円安」の両シナリオを考察。その上で、為替の急変が資産市場や我々の生活に及ぼしかねない影響を検討しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:新年度、日本経済の環境変化を考える
「最後の輝き」としての円高はあるか。新年度、日本経済の環境変化を考える
日本式として考えると、まもなく新年度が始ります。春になって4月になれば会計年度も変わるし、学校では新学年になるということで、日常の季節感かもしれません。ですが、今回の場合は年度替わりによって、様々な変化への「扉が開く」ことになる中で、国民生活、企業活動、そして国の会計ということでも大きな変化を覚悟しておいたほうが良いと思います。
今回は、その直前予測ということで、円高か円安かという2つのシナリオに分けて考えてみたいと思います。勿論、その中間には現状維持という可能性はあります。ドル円が140から160のボックス圏で安定するというシナリオですが、今回はどうもそのような「甘い」予測をすることでは足りないと考えます。140を割る円高、170から180という円安の流れを考えて、これに対処するにはどうしたら良いのかを考えておきたいと思うのです。
現実味は低いが無視できない円高急騰シナリオの条件
現時点ではかなり低いという印象ですが、円高シナリオというのもストーリーとしては考えておいた方が良いと思います。それも、130円台から更に120円前後という高水準となる可能性もです。仮に120円となると、アベノミクス初期まで戻る格好になりますし、160円をベースに見ると33%の上昇ということで、相当にインパクトは大となります。
最初に結論を申し上げておきますと、この円高シナリオというのは可能性は低いと思います。ですが、仮にそうなった場合の影響は大きいと考えられますので、シナリオとして検討しておく必要はあると思うのです。
まず、円高シナリオの成立する条件ですが、ズバリ一つのファクター(要素)に左右される話だと考えられます。それはトランプ政権の動向です。どういうことかと言いますと、トランプ氏とその周辺のコア支持者は「ドル安」を強く望んでいるからです。まず、貿易においては輸入が減ることが国益というイデオロギーがそこにはあります。
何度も大統領自身が口にしているように、アメリカが中国などからモノを輸入するという場合、「彼らはアメリカを食い物にしている」とか「アメリカを利用してビジネスの利益を貪っている」という言い方がされています。つまり、グローバルな自由貿易、そして各国が国際分業に参加してサプライチェーンを築くという方法論は「グローバリズム」であり、それを推進してきたクリントン、オバマ、ブッシュは「グローバリスト」だというのです。
現在の政権はこの「グローバリズム」「グローバリスト」を打倒するために多くの人が票を投じたのであり、これを実現するにはドル安が一番だという信念があるのは間違いありません。どういうことかというと、例えばドルが安くて円が高いと、日本からアメリカへの輸入品はアメリカでの価格が上昇して売りにくくなるし、仮に売れても円での売上は圧縮されますから、日本側の意欲が減るわけです。
反対に、アメリカへ投資する場合は、円高ドル安だと日本には有利なので、ドンドン投資してくれるということになります。このロジックは、トランプ政権には終始つきまとっていますが、例えば中国との間では、為替が変動するとお互いが不幸になるので、通商戦争のような「にらみ合い」をやっている現在でも為替は安定しています。
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円高誘導の思惑と海外投資が動くという日本市場の落とし穴
ですが、日本の場合は円高ドル安に思いっきり振りたいという願望は、政権の側にはあると思います。何度も申し上げていますが、高市政権としては「3月中の円高だけは止めて欲しい」ということで、前回の訪米も含めて様々な交渉を水面下で行って食い止めてきたと見ています。円高になれば企業業績が吹き飛ぶからですが、仮に3月中という期限を切って懇願していた場合は、4月から円高に飛ぶ危険性はあるわけです。
トランプ政権としては、とにかく「輸入」を止めたいし、これを罰するようなこともやりたい、円高ドル安はそのための手段として有効というわけです。更に、対米投資をどんどん引き込みたいし、そのためにも大いにプラスと考えていると思います。中国との関係でこれをやるのは難しいし、ユーロなどは複雑で非常に難しいわけです。更に全世界の中でドルだけを安くすると、いくらエネルギーの自給が可能だと言っても、中東情勢の中で立場は悪くなります。
ですから、日本円を「スケープゴート」として、一種の政治的、象徴的な思惑として思い切り高値に誘導したい、政権としてはそんな思惑はあるはずです。更にもう一つ政権の可能性としては、現在の中東情勢に関して、思い切り激しい対応に突っ込む場合が考えられます。
仮にこのままイランの体制が動揺しないし、ミサイルやドローンによるイスラエル、レバノン、そして湾岸への攻撃も止まない、その場合に米国が最悪の選択肢である地上軍派遣をしたとします。そして、カーグ島だけでなくイラン国内に入って複雑な山岳地形の中に誘導されて泥沼化、更には絶望的な戦況へと陥ったとします。そうした場合に、ドルが叩き売られ、これに対して円が買われるというシナリオは成立します。
裏返しで考えると、トランプ政権が政治的に円高誘導をやるか、イラン情勢でアメリカが窮地に陥るという場合「以外」は、基本的に円安の可能性が高く、円高の可能性は低いと考えていいでしょう。それはともかく、円高になれば、原油をはじめエネルギーの輸入コストは下がります。また、小麦や大豆などの食料品、建設資材なども下がります。多国籍企業の業績は円に倒せば下がりますが、本決算までは時間があります。
ということで、日本経済としては多少の円高は許容できるし、例えば安倍政権当時の120円という水準ならメリットを中心に考えても良さそうに見えます。ですが、ここに大きな落とし穴があるのです。それは、今、怒涛のように日本に入ってきている投資が「動く」という可能性です。
まず一般論として、アメリカの年金ファンドや、中国の富裕層投資もそうですが、世界のマネーがどうして「自国ではなくて外国に投資するのか?」というと、それは「ボラを取りに行っているから」です。ボラ(ボラティリティ)というのは、変動の激しさということです。では、どうして外国投資はボラが激しいのかというと、株も不動産も上がったり下がったりするのに加えて、為替変動が乗っかるからです。
例えば、アメリカの機関投資家が日本株に投資するとします。その際には、まず内容がしっかりしていて、収益率は低くても堅実で潰れそうにないものが選ばれます。もしも割安感があればより良いわけです。その上で、今は円安なので更に割安感が乗ります。そこから先ですが、企業の業績が上がれば株は上げ、下がれば株価は下落します。
これに加えて円安になればドル建ての株価は下がります。下がったとしても、より割安感があるという場合は、そこで買い増しをすることになります。不動産も同じです。様々な観点から見て割安感があるから買いますし、その後、円安になっても、割安感があれば買い増しをします。現在地はここです。
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否定できない日本発の「第2のリーマンショック」の発生
ということで、現地通貨建ての価格の上下に、ドル円相場の上下が「掛け算で」かかってくるわけです。現地通貨ベースならプラマイ20%の話が、仮に通貨の振れ幅がプラマイ20%乗るということですと、全体のプラマイをドルで見ていると、プラマイ44%になる計算です(1.20の2乗になるので)。では、どうしてそんなリスクのある投資をしているのかというと、そうでないと面白くないからです。
というのはウソで、投資というのは多様な対象に分散するのがセオリーです。低リスクのものばかりに投資していては、全体の仕上がりも低リターンにしかなりません。ですから、低リスクのもの、ハイリスクのものを様々に混ぜて、全体的にYTD(年率)で5%とか強気の場合は7%とかを狙う、これが当たり前の投資であり、日本の株や不動産はその「ハイリスク」つまり、ボラを期待しての投資になるわけです。
ちなみに、株価と為替のダブルで掛け算などというのは面倒なので、アメリカ人としてはアメリカ国内のハイリスクなベンチャー株に投資した方が身近だし、分かりやすいという考え方もあると思います。ですが、その場合は40%上がる確率もあれば40%下がる確率もあるだけでなく、会社が一夜にして飛んで価値がゼロになるリスクもあるのです。これは非常に危険です。ベンチャー株だけでなく、クリプト(暗号資産)などもそうです。
一方で日本の株や、東京の不動産が一夜にしてゼロになるという可能性はほぼ無視できる範囲です。そのくせ、投資家からすれば海外の案件ですから、価格の上げ下げに為替の上がり下がりが掛け算される「妙味」があるというわけです。
もうお分かりでしょう。ということは、仮にトランプ政権の政策などの理由で、あるいは高市政権が倒れたとか、突然日本が財政規律のために超行革を始めたなどの際に、一気に円高に振れたとします。その場合ですが、海外の投資家はこう考えるでしょう。それは「これは沈みゆく日本経済を反映した日本円の最後の輝きだ」という判断です。同時に彼らは改めて直感的に思うでしょう。「この時を待っていたんだ」という直感です。
この時点で、不動産にしても株にしてもドル建てでは、初期投資に対してかなりの利益が出ているとします。そうなれば、「今こそ最後のチャンス」だとして「今こそ利益を確定させよう」という結論になるのは、ほぼ瞬間的な判断になります。そうなれば、あれほど社会を揺るがせていた外国人による不動産バブルは一気に吹き飛ぶことになります。
日本株については、仮に業績の過半が海外で、ドルベースの企業価値があるものは大丈夫でしょうが、日本国内中心にビジネスをしている企業の株は、やはり円高でドルベースの価値が膨張したところで、叩き売りに会う可能性があります。
日本の不動産は明らかにバブル化しています。現在は東京23区内でしたら、賃貸に出したらほぼ借り手がつかない水準まで上がっていますし、パワーカップルが夫婦でローン組む場合に、35年とか、最悪50年などという絶望的なものまで登場しています。つまり実用的な価値としては限界を超えているわけで、その超過部分は明らかにバブルです。
仮に円高が実現した場合には、そのバブル分が吹き飛ぶだけでなく、バブルが崩壊する際の激しい勢いで一気に下落が始まると考えたほうが良いと思います。これは本当に恐ろしいことで、とにかく「海外投資家が利益確定の売りを出す」ということのインパクトに対しては警戒を続ける必要があります。ですから、企業業績には影響の少ない「上期の短期間」なら円高の弊害はないなどということは、言えないのです。
これに加えて、実は不動産バブルというのは全世界で起きています。いち早くバブルの弾けた中国はまだ良いとも言える中で、仮に日本発で大規模な不動産バブルの崩壊が起きた場合には、これはアメリカに連鎖する可能性があります。そうなると、ノンバンクを中心に金融危機が起きて、リーマンショックの再発になる可能性も否定できません。
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「誰の目にも明らか」になりかねない日本経済の実力低下
そうは言っても、円高シナリオの成立する可能性は低く、どう考えても円安シナリオの方が可能性としては見ておく必要があると思います。年度末の160円から、新年度にはどんな方向感が出てくるのか、基本は円安の勢いということを見て考える必要があります。
現在の円安ですが、仮に「日本が利上げができない」一方で、「アメリカでは大統領が望む一方で連銀(FRB)が利下げをしない」中で、日米の金利差が縮まらない、これが原因だとされています。つまり、そのため日本円に投資するよりドルのほうが有利としてドル高が続くからという説明です。
更には、今は戦時ですから、戦時というのは世界一の軍事大国の通貨であり、また基軸通貨であることから「戦時のドル買い」が起きているのだという説明がされています。この2つの説明、つまり「金利差」と「戦時のドル買い」というのが本当ならまだ良いのです。
ですが、新年度に警戒しなくてはならないのは、「そうではない」ということです。そうした特殊要因ではなくて、完全に日本経済の実力が下がったことで、円安が続くということが、もしかしたらある時点で「誰の目にも明らか」になるということです。新年度に警戒しなくてはならないのは、この点です。
既に兆候はあります。年度末の数日間に、40年物の超長期国債金利は再び上昇をはじめて、ほぼ4%の水準になっています。財政規律が緩んでおり、財政悪化が避けられないというだけでなく、これにイラン情勢が重なった結果と見ることができます。
現時点では、原油高を反映したガソリンの価格上昇に対しては、補助金をドンドン出す方向になっています。ですが、これは財政悪化を招くだけでなく、弊害の大きいレベルまで購買力を上げ(維持)してしまうので、インフレを招きかねません。そうすると、財政悪化とインフレの悪循環になるわけです。
市場はこれを嫌って国債を売って国債金利の上昇を招いているわけです。こうしたトレンドが本格化すると、やがて金利を上げて「日米の金利差」を圧縮しても、円高に振れないとか、「余計に円が売られる」という状況に陥ります。ちなみに、日銀の植田総裁と片山財務相は、少し以前までは160円に接近すると大規模介入もしくは口先介入をしていました。
ですが、現時点ではそうした行動に出ていません。年度末なので、企業決算を考えて円安を許容しているからだと思います。ですが、仮に年度が替わっても介入をしないとなると、そこには一つの懸念を感じます。それは、もしかしたら日銀と財務省が「介入しても市場が反応しない」と恐れているか、または「介入にアメリカが協調してくれない」という懸念です。
そうなると「昨年度までは160円で介入していたのに、新年度はもうしない」というのが日本政府の姿勢だということになり、市場からは「更にナメられる」という可能性もあります。
ちなみに、アメリカの政局や中東情勢との関連で言えば、トランプ下野とか、対イラン完全停戦という場合は、日本経済にもプラスになるように見えます。ですが、仮にそうした形で、アメリカの経済社会が180度の転換を始めた場合には、全世界がドル買いに回る、となると結果的に円安へと押し出される危険もあり、一筋縄では行かないと思います。
さらに言えば、不況下でインフレだけが進行するスタグフレーションに陥るという可能性もあります。と言いますか、現状は既にそうなっているとも言えます。とにかく、新年度の日本は2つのスパイラルを警戒すべきです。
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相当な乱気流にさらされること必至の新年度の日本経済
1つは小さなスパイラルで、「原油高になる」プラス「円安で余計に原油高」になる中で、「ガソリン価格などには補助金を出す」ことで発生します。つまり、そうした補助金を出すことが「世界の投資家からは財政規律がユルユルに見える」こととなり、更に「円が下がる」というものです。
もう1つはもっと恐ろしいスパイラルで、「円安になる」と日本円、そして日本経済への信認が下がる、すると「国債が売られて金利が上がる」というものです。そのようなモメンタムが回る中では、「貸し出し金利を上げると、国債金利に連動していると思われ」余計に円の価値が低く見られる。そこで「円はさらに下がり」連動して「国債が売られる」というスパイラルです。
これが、もう止められなくなると、最後にはハイパーインフレになってしまいます。資産の海外流失が始まり、これに対する規制が発動するという中では、失敗国家へと階段を降りていくしかなくなります。勿論、日本経済はまだまだ大きな規模を持っているので、アルゼンチンやギリシャのようには簡単にはなりません。
ですが、円が思い切り安くなれば、「多国籍企業に関係している人と、国内産業だけの人の格差が加速度的に拡大」「頼んでも日本に来る労働者は減り、その質がドンドン下がる」「最後には治安が徐々に悪化していく」といった悲劇が展開されるようになります。
円高シナリオでは「不動産と株の利益確定の売り」を警戒すべきですが、この円安シナリオの場合は最後には「不動産と株の損切りの投げ売り」という現象も警戒しなくてはなりません。こうした円安シナリオの悲劇は、勿論、半期とか1年でやってくるわけではありません。ですが、その兆候が出た場合に、そしてその兆候がたとえ遅くても反転の気配のない場合は、相当な覚悟が必要になります。
ということで、円高も円安も過度に振れるようでは、日本経済には破滅的な影響が出てしまいます。先程申し上げた「140円から160円」というボックス圏の内側に、何としてもドル円を留めておくことが必要です。
そうして時間を稼いでいる間に、DX化、正しいAI利用、低付加価値事務職を高度職人や専門職へ転換するリスキリング、高度製造業を回帰させるための人材育成など、「痛みを伴う改革」を実現しなくてはなりません。最後の「製造業向け人材」ですが、定義はハッキリしています。それは「英語のできる理系人材」です。
いずれにしても、新年度の日本経済は相当な乱気流にさらされることを覚悟した方が良さそうです。投資家やビジネス関係者の皆さまを中心に、「バックル・アップ」つまり「シートベルトを堅く締める」ことを強くお勧めします。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年3月31日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「学びに向かう姿勢を評価、教育行政の迷走とは?」や<不定期連載、時空の声>の「MET公演、『トリスタンとイゾルデ』」、人気連載「フラッシュバック81」もすぐに読めます。
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3月配信済みバックナンバー
- 【Vol.632】冷泉彰彦のプリンストン通信 『新年度、日本経済の環境変化』(3/31)
- 【Vol.631】冷泉彰彦のプリンストン通信 『訪米の評価と高市政権の今後』(3/24)
- 【Vol.630】冷泉彰彦のプリンストン通信 『イラン危機と国際経済』(3/17)
- 【Vol.629】冷泉彰彦のプリンストン通信 『中東と東アジアの連立方程式』(3/10)
- 【Vol.628】冷泉彰彦のプリンストン通信 『イラン攻撃でも下がらなかったNY株』(3/3)
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