新年度のスタートとともに、学校では再び「背の順」での整列が行われています。なぜこの慣習はいまだに続いているのでしょうか。合理的な理由があるからではなく、「ずっとやってきたから」──それだけで残り続ける習慣が、学校には数多く存在します。今回のメルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では、著者の松尾英明さんが、背の順を例に、時代とともに見直されるべき学校の「当たり前」について問い直しています。
「背の順」はなぜ残るのか──見直されない学校の当たり前の正体
この新年度のスタートに合わせて、プレジデントオンラインで記事が特集として再掲された。
背の順は、合理性があるから残っているのではない。
ずっとやってきたから残っている。
学校には、理由の形だけ残る習慣が多く存在する。
背の順もその一つだ。
かつては合理性があった。
全校朝会で校庭に並び、立ったまま長時間話を聞く。 そのとき、前に背の高い子がいると見えない。
だからこそ、背の順だった。
しかし、今は違う。
集会は体育館で行われ、多くの場合、座って話を聞く。 見えないという状況自体が、ほとんど存在しなくなっている。
さらに、実際に並んでみれば分かる。
背の順であっても、前が見えない場面は普通にある。 少し間隔を取れば見えるし、詰まれば見えない。 この論理でいえば、ポイントは順番ではなく、距離にある。
他の地域ではもう終わっていた
実際に、別の地域の方とこの話をしたとき、
まだあるんですか もう何年も前にやめましたよ
と、ごく自然に言われたことがある。
また別の場面でも、
制服の話になり、スラックスを基本にしてスカートも選べる形が子どもにとって救いになるという話をしたとき、
それ、関西では普通ですよ
と、あっさり言われた。
そのとき、少し驚くと同時に、正直、少し安心した。
ああ、もう終わっている場所もあるんだ、と。
問い直すべきは「今も必要か」
大切なのは、過去を否定することではない。
必要だった理由は、確かにあった。
しかし、その理由が今も成立しているか。 これを問い直すことだ。
学校は構造上、一度始まったものが見直されにくい。
だからこそ、 それは今も必要か、と問い直す視点が必要になる。
背の順をやめることは、これまでを否定することではない。
時代に合わせて更新することだ。
教育に大切なのは、変えないことではなく、見直し続けることである。
4月は、足並みを揃えることが求められる季節。
だからこそ、揃えることそのものを見直すことも、同時に必要だと感じている。
それは今も必要かと問い直しているか 理由が残っているだけになっていないか 子どもにとって意味のある形になっているか
常に問い直したい。
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