戦後長らく維持されてきた、核不拡散と軍縮への国際的な枠組み。その屋台骨が各地で続く紛争と大国間の対立激化により著しく揺らぎ始めています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、核兵器を巡り国際社会に広がる「危険なロジック」を紹介しつつ、萎む核軍縮の機運と膨らむ核戦争の危機について解説。さらに最先端の技術が核使用の心理的ハードルを下げかねない危険性を指摘しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:萎む核軍縮の機運と膨らむ核戦争の危機?!
露呈した国際協調体制の崩壊。萎む核軍縮の機運と膨らむ核戦争の危機
5年に一度のNPT再検討会議が今週からニューヨークの国連本部で開催されています。
核不拡散の決意の確認と、現状に応じた核軍縮に向けた内容のアップデートが試みられることになっている会議なのですが、実は2回連続で合意文書の採択には至っていません。
2024年に被団協がノーベル平和賞を受賞したこともあり、今回こそは!と期待も高まる中、その機運の高まりに水を差しているのが、世界各地で勃発している紛争と、国際協調体制の崩壊です。
ロシアによるウクライナ戦争から早くも4年以上が経ちましたが、「ロシアが戦況の停滞を打破するためにいつ戦術核兵器を用いるかもしれない」という恐れはまだ消えていません。
そして、昨年6月にアメリカとイスラエルがイランの核施設を攻撃し(12日戦争)、そして今年2月28日に大規模攻撃を加えてから、イランによる激しい反撃とホルムズ海峡の封鎖、そして親米と目される周辺諸国への攻撃が激化する中、「トランプ大統領がイランに対する核兵器の使用を選択肢として挙げた」という不穏な噂も聞こえ、米軍統合参謀本部議長が止めたらしいという噂もあるように(真偽のほどは分かりませんが)、核兵器の存在が再び実際の戦争がエスカレーションする際の恐ろしさを浮き彫りにしています。
そんな中、今回のNPT再検討会議が開幕したのですが、4月27日の開会式からすでに荒れており、アジェンダのうち、いくつか対応が決められない議題が存在する状況です。
それは今回の会合の副議長にアメリカとイランが推挙されたことによりますが、まずアメリカ代表が「イランのような国が核軍縮の重要な議論においてリーダーシップを取ることは絶対に認められない」と主張し、それに英国やフランスが同調したのに対し、イランは「NPTの精神を無視しているのはアメリカであり、主権国に一方的な攻撃を仕掛けるような国がリーダーシップを取ることを許すべきではない。ちなみにイランはこれまでNPTを遵守し、かつIAEAの査察も受け入れてきた。アメリカはIAEAやNPTが定める透明性の要請に従っていない」と非難し、それを中国とロシアがサポートするという図式が提示されました。
その中で面白かったのが、UAE(アラブ首長国連邦)がイランに対する痛烈な非難を行い、イランが副議長の一角を占めることに強烈な反対をしていたにも関わらず、他の産油国は沈黙を保っていたことですが、この分裂こそが、同じ日にアナウンスされたUAEのOPECからの離脱(5月1日付)に繋がっているようです。
中東地域における“鉄壁の団結”が崩壊し、今後、どのような展開になっていくのかが読めない状況に陥っています。
今回の会議と並行して、いろいろな国々や国際機関と協議しましたが、その際に核保有国(米中ロ仏英で別名N5)の代表が皆、言い方は若干異なるものの、「核不拡散は絶対に進めなくてはならないが、核軍縮については、現状に照らし合わせると、非常に困難と言わざるを得ない」といったニュアンスのことを口々に論じていたことは、理解はできるものの、大きな懸念を抱く状況となりました。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
核武装地帯となれば破滅的なレベルにまで緊張が高まる中東
実際に、ロシアによる核使用の威嚇やウクライナ防衛に対して消極的なアメリカの姿勢を受け、フランスが、英国と協力して、欧州全域に核の傘を提供すべく、核戦力の増強を宣言していますし、中国も核戦力の拡充を加速させ、ロシアも最新鋭の核戦力の開発・配備に注力し、英国もジョンソン首相時代に宣言したように核戦力の拡充が行われています。
そしてトランプ米政権も核戦力のアップデートに取り組むことを宣言していることから、核保有国による軍拡が進んでいることが分かります。
ここにインドやパキスタンといった核兵器国(Nuclear States)や、NPT離脱中の北朝鮮、そして明らかにnuclear statesであるイスラエルなどが、挙って核戦力の拡大に走る動きに出ており、そこにイランが核開発能力を高めていると言われていることを合わせると、核軍拡のトレンドは深刻化していると言えるでしょう。
「核兵器を保有していることこそが、自国の安全保障に繋がる」というロジックが広がっています。
それに加え、以前から中東諸国が宣言しているように、サウジアラビア王国やUAEなどが核兵器開発と配備の必要性を強調し始めています。
すでにサウジアラビア王国とカタール、そしてUAEがパキスタンと相互防衛協定を締結していますが、明らかにはなっていないものの、これは一種のパキスタンによる核の傘の提供というように解釈されており、これまでの非核ゾーンとしての中東アラブ地域というステータスが崩れてきています。
実際、中東地域における核への傾倒は、噂段階の話に過ぎないと言い切りたいのですが、UAEがパキスタンによる核の傘の保証に加え、買ってくるのか作るのかは分かりませんが、自前での自衛のための核配備をも検討しているという情報が多方面から入ってきており、中東アラブ地域における核の緊張が高まっていることが分かります(ニューヨークでUAE代表団の友人やパキスタンの代表などと話した際、明確な答えは得られませんでしたが、代わりにただニヤリとしていました。それが何を意味するのかは謎です)。
地域の地図を見ると明らかですが、中東アラブ地域の隣には、イスラエルがありますし、また逆方面にはNATOの核がトルコの基地に配備されているというnuclear presenceがあることから、もし中東アラブ地域が核武装地帯になってしまったら、ただでさえ緊張が高い同地域において、破滅的なレベルにまで緊張が高まることもあり得ると懸念しています。
これはNPTの下、禁止しようとしている核兵器の拡散を意味します。
拡散により、核兵器のコントロール・管理が非常に困難になり、国際機関(国際社会)による協調の下での抑制が効きづらくなるだけでなく、非政府組織・テロリスト組織への核物質の流出などの危険性が格段に上がることを意味します。
そうなると、たまに映画やドラマで見る地獄のような状況が、近いうちに現実のものになる可能性が高まることを意味します。
以前より、複数の紛争がドミノ倒しのように連鎖して、世界大戦に発展する危険性について触れてきましたが、ここに明らかな核拡散が加わると、この“世界大戦”や戦争の連鎖は、想像がつかないほど危険を帯びることになると考えられます。
その観点からはイランによるウラン濃縮と核開発は、核拡散の危険性を高める可能性があるということから望ましくないと考えられ、イランに抑制を促し、要求することは理にかなっていると思われますが、それをアメリカや、自国も隠れて核兵器を保有するイスラエルが”正し、要求する“のはいかがなものかと感じます。
イランの核開発を加速させる結果となった米イスラエルの攻撃
ちなみにイランの場合、濃縮度60%超えの兵器レベルのウランを保有するとしても、殺害されたアリー・ハメネイ師による宗教禁止令(ファトワ)を通じた核兵器の開発と保有の禁止のような縛り・抑制が機能し、革命防衛隊が厳格に管理しているような体制下であればさほど懸念する必要はなかったのですが、アリー・ハメネイ師の死後、そのファトワの効力がどうであるかは知りませんが(一応、このファトワは現在も健在とのことですが)、この抑制の箍(たが)が外れるようなことがあれば、「核兵器があれば攻撃されることは無い」という方向に流れが変わり、イランによる核開発を加速させる危険性が生まれるのではないかという懸念が高まります(ちなみに同じロジックを持ち、国際社会からの非難をものともせず核開発を進めるのが北朝鮮です)。
そうなると、「イランによる核兵器開発を阻止する」ことを目的にしたアメリカとイスラエルの攻撃が、その意図に反して、イランが核兵器開発を加速させる方向に向かうとしたら、まさに笑えないジョークと言わざるを得ませんが、どうもその方向にことは進んでいるようです。
その例として挙げられるのが、今週、アラグチ外相(イラン)がモスクワを訪問し、クレムリンでプーチン大統領と長時間にわたる異例の協議を行っていますが、公になっている地域問題についての協議やエネルギー市場の安定についての協力という要素以外に、ロシアと北朝鮮の協力強化をモデルに、ロシアによるイランに対する核技術とノウハウのシェア、または核兵器の供給の可能性についても議題に上がったという情報があります。
「イスラエル、およびアメリカの脅威から身を守るためには核を持つしかない」という考えを、比較的穏健派とされ、バランスを重んじるアラグチ外相が信じるとは考えられないのですが、彼もかつて所属したイラン革命防衛隊の考えはどうもその方向に向かっているらしく、イランに対するグリップを強化する目的で、ロシアはその要請に応えるというような動きに出るかもしれません。
イランのもう一つの後ろ盾である中国については、イランに対して直接的な軍事技術、特に核兵器に関わるものを提供することは無いと思われますが、その代わり、イランがホルムズ海峡の通過をスムーズにすることを条件に、イランに対する経済的な支援を提供するべく、すでに締結されているイランと中国間の相互経済協力協定を適用して対応することになっているようです。
一応、中国としては「中国によるイランへの経済的な支援と協力が、イランの核開発に向けられることは無い」と主張していますが、実際にはどうなるかは分からないと考えるのが自然かと思います。
これまで中東アラブ諸国は「イランが核開発をするなら我々も」というロジックでイランの核開発を牽制してきましたが、今回、米・イスラエルによるイラン攻撃の最中、イスラエルまたはイランによる攻撃に晒されたことを受け、「イランとイスラエルの脅威に対抗するために核武装が必要だ」という方向に変わってきているようで、中東アラブ地域の核による緊張が現実味を帯びてきていることが覗えます。
中東アラブ地域が核による緊張の場になるとどうなるか?
東アフリカ地域から地中海を挟んでイスラエルとその周辺、アラブ諸国、イラン、トルコ、ロシア・ウクライナ、中央アジア地域(アゼルバイジャン・アルメニアを含む)およびスタン系の地域、インド・パキスタン、そして中国に至るまで戦争拡大の帯が生まれる場合の中心地になりかねません。
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何が起きても不思議ではない状況下で考えられる最悪のシナリオ
ここに中国による台湾への侵攻が加われば紛争の波は東アジアにまで広がり、そしてそれが北朝鮮に飛び火すれば北東アジア地域にまで至ります。そして北東アジア地域といえば、そこには極東ロシアがあり、そしてそのまま東に進むと、なんとアメリカ大陸にまで繋がることになりかねない状況が生まれます。
これはもちろん(?!)最悪のシナリオであり、ここまでの事態が起きるとは考えづらい、または考えたくないのですが、実際に一寸先は闇ともいえる現在の国際情勢を目の当たりにしていると、何が起きても不思議ではない状況です。
まさに今週のニューヨークにおける国連外交の場は、事態のエスカレーションを前に、有効な抑止策が見当たらないというような重い空気に包まれているように感じます。
そのような中でNPT再検討会議は行われています。5月22日に閉会予定となっていますが、仮に合意文書の採択が見送られる事態になった場合、1970年にスタートした核兵器の不拡散の国際合意と協調体制は56年後に崩壊し、核兵器に対する無秩序な世界が表出するかも知れません。
またそれは核兵器禁止条約(TPNW)に込められた【核兵器の存在自体を違法とする・禁止する】という“究極目標達成への道”を閉ざすことにもなりかねず、核軍縮の機運が萎み、かつ核不拡散の枠組みが形骸化することで、核兵器こそが自衛手段との認識が拡がり、国家安全保障および国際安全保障の中心に核兵器が据えられる“真のNuclear Age”が訪れることになります。
核の平和利用としての原子力発電や核融合発電に代表されるエネルギーの安定供給や、X線などの医療への利用が広がるという意味でのNuclear Ageならば良いのですが、その波が軍事部門にまで拡がり、核兵器が軍備の中心を占めるような事態が生まれることで、核管理の難しさ・脆弱性への懸念が高まるのは避けたいところです。
これは今週、カーネギー財団およびCarnegie Endowment for International Peaceの会議において、What do we do for/to Cuba?とInternational Peace and Security in Nuclear Ageの議論にニューヨークから参加した際にも述べた内容にも繋がります(このコラムではCuba関連の会議での発言は掲載しておりません)。
実際に81年前、広島と長崎に投下されて甚大な人的犠牲とエコシステムへの大きなダメージを与えた原子爆弾による残虐な破壊と殺戮、そして今も消えることがない悲劇と苦しみの惨状を目の当たりにしつつ、今、私たちは広島と長崎に投下された原子爆弾の6万倍以上といわれる威力を持ち、人類のみならず地球さえも滅亡させかねない核兵器を引き続き製造して配備し続けています。
数の上での核軍縮は一時期進み、その数は世界で1万2,000発にまで減少しましたが、威力に換算すると核軍拡は進んでいます。
1962年10月から11月にかけて勃発したキューバミサイル危機の13日間は、核保有国米ソによる核の対峙の下、人類滅亡の一歩手前まで進んだという恐ろしい記憶を私たちに刻み込み、またカザフスタンやマーシャル諸島などで繰り返された核実験が人類に消えない傷を残したという現実があるにもかかわらず、それから60年以上たった今でも人類全体の自滅の危険性と隣り合わせの状況を続けて、今、世界を最悪の事態に導こうとしているのはどういうことなのでしょうか?
それを今一度、じっくりと考え、リーダーとして冷静な判断を下すことを強く願います。
会議がワシントンDCで開催されていたことを考えると、かなり踏み込んだ発言だと受け取られる恐れもありますが(ゆえにリモートで良かったなあと感じていました)、会議に出席していた超党派の議員や研究者からも賛同の意が示されたのは、皆がnuclear ageにおける人類が直面する極限の危機を意識しているのではないかと“前向きに”考える材料になるかと思います。
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AI制御のドローンが作り出す核兵器を使いやすい行動心理
以前、核兵器について【人類が自ら生み出した最初で最後の自殺・自滅兵器】という表現をご紹介したかと思いますが、その開発が進められ、そしてその利用が脅しの手段として用いられる現状は、仮に核兵器が使用されるようなことがなかったとしても、非常に憂慮すべき事態です。
一発で相互確証破壊(MAD)が実現する戦略核兵器(長距離弾道ミサイルに核弾頭が搭載されているもの)が使われることはないと信じていますが(そうなると地球と人類の滅亡なので)、ロシアがウクライナへの侵攻後、繰り返し小型の核兵器である戦術核をウクライナおよびウクライナを支援する周辺国に使用する可能性を仄めかし、その脅しをより信憑性の高いものにするため、核使用のためのドクトリンまで改訂したことは、偶発的な衝突が起きた場合に“勢いで”核が使われかねない状況を生み出しています。
「仮に核兵器が使用された場合、それへの報復は核によるものか?通常兵器によるものか?」という、国際政治上の議論はさておき、核の使用は確実に核戦争に至るエスカレーションを招き、核戦争の連鎖を呼び込むことに繋がります。
そしてその危険性は、今回のアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃において、トランプ大統領がイランに対する核兵器の使用を検討したらしいという話と、イスラエルとイランが相互に“核施設”を攻撃したという事例の発生や、アラブ諸国における核保有論またはパキスタンによる核の傘の提供によって、さらに高まっていると認識しています。
以前、ロシアがウクライナへの核使用を仄めかした際にも触れたように、とても変な言い方ですが、「ロシアが核兵器を使わないことで、核兵器は使うことができない兵器であることを初めて証明できる」とお話ししましたが、今ではアメリカとイスラエルがイランを攻撃し、常に核兵器の使用がオプションに含まれている状況を見ると、その“証明”を行うことは不可能か非常に困難であると感じています。
最先端の技術では無人ドローンに超小型化された核弾頭が搭載でき、それがAI(人工知能)によって操縦できるレベルにまで達しているそうです。
自律殺傷兵器システム(LAWS)の議論でもお話ししましたが、AI制御のドローンが自爆攻撃で核兵器を用いるような事態になったら、人による最後の倫理的な判断の猶予がなくなり、それが最後の砦であるはずの罪の意識まで軽減または消滅させて、核兵器を使いやすい行動心理を作り出すのではないかと、真剣に懸念が広がっています。
この懸念はただの想像上のもの、つまりSFの世界の妄想でしょうか?それとも私たちの現実にすでに存在する“いまそこにある危機の姿”でしょうか?
その答えは皆さんに委ねますが、よく耳にする「それでも私たち人類は、ギリギリのところで踏みとどまり、いつも極限の危機を乗り越えてきた」という楽観論にどうしても乗れない私です。
NPT再検討会議が閉会する5月22日までに、もしかしたらまたニューヨークに来ることになるのかなあ…とため息をついています。
今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2026年5月1日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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