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核抑止が「新たな戦争の火種」になる皮肉。各国の“不信”と“軍拡競争”が「核兵器なき世界」を遠ざける恐ろしい現実

123の国と地域が集った広島平和記念式典で「非核」が訴えられた一方で、実現から遠ざかりつつある「核兵器なき世界」。その背景には、大国間の対立や相互不信が世界各地に波及する厳しい現実が存在しているようです。8月から元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが新たに配信を開始したメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では、米イラン交渉やウクライナ戦争、ガザ和平を巡る最新情勢を分析。さらにロシアの苦境や中国による南太平洋への揺さぶりなど、世界各地で進行する「変化」について解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:世界を覆う脅しの悪循環-「相手を信じられないから武器を持つ、武器を持つからますます信じられなくなる」

-世界を覆う脅しの悪循環-「相手を信じられないから武器を持つ、武器を持つからますます信じられなくなる」

【広島、81年目の夏-遠のく「核兵器なき世界の実現」】

2026年8月6日午前8時、広島市中区の平和記念公園には、過去最多となる123の国と地域、そして欧州連合の代表団が集まりました。原爆投下から81年、被爆者の平均年齢は年々上がり(2026年3月に厚生労働省が発表したデータでは86.66歳)、当時のことを直接語れる方はどんどん年々少なくなっています。

それでも、これだけ多くの国が広島に足を運び、平和への思いと核兵器なき世界の実現に向けて結束を示すという事実そのものが、核兵器という問題が過去のものではなく、今なお現在進行形の外交テーマであることを物語っています。

しかし、今年も中国とロシアは平和式典に参列せず、台湾は2年連続で参列したという構図も、今の国際政治の縮図と言えるかもしれません。

広島平和式典では、立場は違っても、「核兵器なき世界の実現」を願う4つの声が響きました。

松井一実広島市長は平和宣言で、「戦争の記憶が薄れることで核兵器の使用そのものが容認されかねない時代を生きている」と警鐘を鳴らし、「国連創設と核兵器廃絶という原点に立ち返るべきだ」と訴えました。

高市早苗首相は、非核三原則の堅持と、唯一の戦争被爆国としての使命を強調しつつも、核抑止という枠組み自体には踏み込まない、慎重な言葉選びに終始しました。首相の挨拶が終わった直後、参列席から「過ちを繰り返さないでください」という叫び声が上がったと報じられていますが、この一言が、式典に流れていた空気をよく表していたように思います。

一方、広島県の横田美香知事の挨拶は、高市首相の挨拶とは対照的でした。「核抑止とは、核兵器を実際に使うという前提がなければそもそも成り立たない概念であり、各国の不信と軍拡競争を助長して世界を不安定化させる、根本的な矛盾をはらんでいる」と正面から指摘したのです。

「抑止力を求めること自体が新たな戦争の火種になっている」という知事の言葉は、私たち紛争調停の世界に身を置く者からすると、決して抽象論ではありません。

「相手を信じられないから武器を持つ、武器を持つからますます相手を信じられなくなる」

この悪循環こそ、私が現場で何度も目にしてきた対立のパターンそのものです。

国連で調停や仲介に携わり始めた頃の私は、「事実を丁寧に説明すれば、人は合理的な判断に近づく」と信じていました。しかし現場で繰り返し思い知らされたのは、人を動かすのは理屈だけではなく、「恐怖」と「不信」だという現実です。

だから私はニュースを見るときも、その場で語られる言葉だけでなく、その背後にある感情や心理を読み解こうとしています。

国連のグテーレス事務総長からのメッセージ(中満泉国連軍縮担当上級代表代読)は、平和は恐怖と力によってではなく、信頼によって築かれるものだと訴えました。私はその“信頼”こそ、今、国際情勢を見る際に最も欠けている要素ではないかと感じています。

「国連はその“信頼”と取り戻すための拠り所に再びなることができるのか?」

2027年1月から新しい事務総長にバトンが託される国連に対する大きな問いと宿題ではないかと、私は考えます。

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■「仄めかしの力学」に終止符を打てるか否かという問い

そして、松井市長の平和宣言に続き、広島市内の小学校6年生の中から選ばれた子ども代表2名による「平和への誓い」は、「被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、あの記憶を事実として受け止める使命がある」と語り、「一人ひとりの小さな行動が平和への後押しになる」という、飾らない、しかし力強いメッセージを届けてくれました。

大人たちがどれだけ複雑な安全保障論を交わしても、最後にこの子どもたちの言葉に立ち返らざるを得ないというのは、皮肉であり、同時に救いでもあると感じています。

個人的な話になってしまいますが、私が国連での仕事を志し、世界平和のために身を捧げたいと決意を固めた際、「一人でも多くの子どもたちが笑顔で暮らすことができる世界を実現する」と誓ったことを、私の長男と同級生(小学校6年生)のお二人のメッセージを聞きながら思い出し、また決意を新たにしました。

「核兵器なき世界の実現」を目指すにあたり、その背景にある国際情勢は、決して楽観できるものではありません。今年4月末から5月まで開催されたNPT(核兵器不拡散条約)」の再検討会議は、3度続けて成果文書を採択できず、これまで15年間も実質的な合意を得られていない現実を、私たちは深刻に捉えないといけません。

ロシアがウクライナとその支援国に対して核使用をちらつかせる一方、NATOを介したアメリカの核の傘の信頼性が揺らぐ中で、フランスやイギリスが独自の核戦力を近代化し、その拡充に動いています。

中東では、イランの核開発への懸念と、公然の事実であるイスラエルの核保有への沈黙という、アメリカの二重基準(ダブルスタンダード)が浮き彫りになり、サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国が核保有への扉に手をかけかねない状況が生まれています。

日本は唯一の被爆国でありながら、北朝鮮、中国、ロシアという核保有国に囲まれるという特異な地政学的立場に置かれ、「核兵器なき世界の実現」を主導すると宣言しつつも、目下の国家安全保障を優先せざるを得ず、非常に残念ですが、核兵器禁止条約への参加はおろか、オブザーバー参加すら見合わせたままです。

国内では、年末に予定される安保関連3文書の改定を巡り、非核三原則の見直しや「核共有の是非を議論する」という言葉まで取り沙汰されており、被爆地を中心に懸念の声が広がっています。

81年前の“あの日”を知る人が少なくなっていく中で、「核兵器なき世界の実現」という理想は、むしろ遠ざかっているように見えます。それでも式典に123の国と地域が集まったという事実は、その理想の実現がまだ完全には諦められてはいないという、かすかな希望でもあるのだと、私は受け止め、その実現のために邁進する思いを改めて強めています。

私自身、これまで様々な紛争の現場で「核」という言葉が交渉のテーブルに乗る瞬間を何度も見てきました。

核兵器というのは不思議な存在で、実際に使われることはほとんどないのに、その存在を仄めかすだけで、交渉の力学を一変させてしまいます。ホルムズ海峡での駆け引きも、太平洋での島嶼国の動揺も、根っこの部分では、この「仄めかしの力学」に振り回されているという点で共通しています。

広島そして長崎が発しているメッセージは、単なる過去への追悼ではなく、この「仄めかしの力学」そのものに終止符を打てるかどうかという、極めて現在進行形、そして未来を見据えた問いなのだと、私は考えています。

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【米イラン、停戦から次の局面へ-譲歩と消耗のはざまで】

イランを巡る報道だけでも、欧米、中東、アジアのメディアでは焦点の当て方がまったく異なります。同じ交渉でも、どの立場から眺めるかによって「前進」にも「行き詰まり」にも映る現実があります。その”焦点と認識の違い”を意識しながら、情報を整理していきます。

中東では、米イラン間の交渉が息をつく間もなく動いています。トランプ大統領は8月2日、イランとの戦闘終結交渉の再開に意欲を示し、ホルムズ海峡の問題についても核問題についても、合意が成立するとの楽観的な見方を口にしました。

ただし交渉期限は明確に定められておらず、「様子を見よう」という言葉にとどまっているあたり、まだ確固たる着地点が見えているわけではなさそうです。

8月4日から5日にかけて、米イラン間の協議についての動きはさらに加速しました。ルビオ国務長官はホルムズ海峡の管理を巡るイランとオマーンの協議について「近く合意することを望む」と述べ、戦闘終結に向けた最終合意についても「進展している」と説明しました。

ベッセント財務長官もCNBCのインタビューで、合意が「今日か明日にも成立する可能性がある」と踏み込み、その根拠として、イランの海空軍がすでに壊滅し、ミサイルの大部分が破壊されたことを挙げています。この発言が伝わると、WTI原油先物は一時1バレル75ドル台まで急落し、前日比で6パーセントを超える下げとなりました。ダウ平均も一時1,000ドルを超える上げ幅を記録するなど、市場は交渉の進展を素直に好感したかたちです。

オマーンやパキスタンと共に米イラン間の協議の仲介にあたっているカタールの外務省報道官は、米イラン間の外交交渉が「非常に進展した段階」に達していると明らかにし、カタール、パキスタン、オマーンの3か国が緊密に連携しながら、米イラン間の草案交換と間接協議を仲介していることを認めました。

カタールのタミム首長はトランプ大統領と電話会談し、6月中旬に両国が署名した覚書、つまり軍事行動の即時停止を定めた合意を守ることの重要性を強調したといいます。

今回の“合意”には明確な期限が設定されていないとのことですが、これは「交渉を焦らせすぎず、かといって間延びさせすぎない」という、絶妙な距離感を保とうとする仲介国側の工夫のようにも見えます。

しかし、正直に申し上げると、手詰まり感は否めません。ホルムズ海峡の支配を強硬に主張し続けるイランを譲歩させる決定打は、今のところ見当たらないのが実情です。

イラン側はオマーンとの協議について、「あくまで航路のルートに関するものであり、海峡開放の可否そのものではない」と繰り返し強調しています。米側が求める「海峡の即時かつ完全な開放」と、イラン側が求める「自国による海峡の完全な管理」というふたつの立場は、いまだに大きく隔たったままです。

興味深いのはAP通信が伝えた合意案の中身です。ペルシャ湾に入る船舶にはイランが管理する航路を、湾から出ていく船舶にはオマーンが管理する航路を通過させるという内容で、私には、実質的にイランによるホルムズ海峡の管理権を一定程度認める方向へ傾いているようにも映ります。アメリカはこれまでイランの支配権を頑なに認めない姿勢を貫いてきただけに、この案が実現すれば、事実上の譲歩と受け止められることになるでしょう。

イスラエルの軍事専門家であるダン・オルバック氏が指摘するように、交渉の初期段階で米側が大幅な譲歩を示したことで、イラン側に「さらに要求を引き上げても米側は応じる」という判断を許してしまった可能性は、私自身の紛争調停の経験に照らしても、非常に説得力のある見立てだと感じます。交渉というのは、最初にどこまで手の内を見せるかで、その後の力関係がほぼ決まってしまうものだからです。

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■外交交渉に舵を切ったアメリカ側の「切実な事情」

では、どうしてここにきてアメリカ政府は外交交渉に舵を切ったのでしょうか?

その背景には、アメリカ側の切実な事情があります。米軍高官らによれば、主要なミサイル防衛システムの迎撃ミサイルはすでに80パーセント近くを使い果たしており、弾薬備蓄は「危険な水準」にまで落ち込んでいます。

とりわけイランとの戦闘で迎撃ミサイルの消耗が著しく、開戦前と比べてTHAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)用は5分の4近く、防空システム「パトリオット」用はおよそ半数を使い切ったといいます。米戦略国際問題研究所(CSIS)の推計では、開戦前の備蓄はパトリオットの最新型2種類で約2,200発、THAADで452発だったとされていますから、この消耗ペースがいかに急激なものかがわかります。

米陸軍の地対地ミサイルであるATACMSとPrSMについても、大半を使い切ったとロイター通信が報じており、仮にトランプ大統領がイランに対する大規模攻撃の再開を決断したとしても、有人機による空爆に頼らざるを得ない可能性が浮上しています。

湾岸アラブ諸国の多くも米国の防空システムに依存しているため、この備蓄不足はイランの報復に対する自国の防衛能力にも直結しかねないという不安を抱えています。

つまり、今のアメリカは「強気な交渉姿勢」と「実際の軍事的余力の乏しさ」という、ふたつの現実の間で綱渡りをしている状態といえます。

イラン側がこの事情をどこまで正確に見透かしているかはわかりませんが、革命防衛隊主導の現体制がエスカレーションを有力な戦略として位置づけつつあることを踏まえると、交渉の主導権は、少なくとも現時点では、ワシントンが一方的に握っているようには見えません。

皆さんにはこの状況がどう見えているでしょうか?

私には、11月に中間選挙を控えるトランプ大統領にとって、原油価格のさらなる高騰につながる戦闘再開は避けたいところであり、イラン側はまさにこのアメリカ国内の事情を見透かして、強硬姿勢を崩さずにいるように見えます。

交渉の世界では、「相手が降りることができない事情をどれだけ正確に把握しているか」が、力関係を大きく左右します。

今回のケースに当てはめれば、イラン側は「米連邦中間選挙という時限装置」と、「ミサイル備蓄という物理的な制約」という、アメリカ側の”ふたつの弱み”を同時に握っているように見えます。

ちなみに、これほど明確な非対称性がある交渉は、私の経験上、着地までにかなりの時間と忍耐を要します。

交渉が長引く案件では、双方とも「時間は自分の味方だ」と考え始めた瞬間に、最も合意が遠のく場面を何度も見てきました。“時間”は交渉を成熟させることもありますが、同時に立場を硬直化させることもあります。

仲介国であるカタール、オマーン、パキスタンが「期限を設定しない」という姿勢を取っているのも、あえて時間をかけることで双方の焦りを均等化させようという”知恵”なのかもしれません。

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【紅海とバベルマンデブ海峡-広がる海上の緊張】

中東の緊張は、ホルムズ海峡だけにとどまりません。紅海の出入り口にあたるバベルマンデブ海峡では、フーシー派が通航料の徴収こそ考えていないとしながらも、サウジアラビアの艦船の通航は許さないという姿勢を崩していません。

これを受けてサウジアラビアの国防相は7月30日、紅海などの安全保障を確保するため、中東やアフリカの計14か国からなる多国籍連合の結成を発表しました(同日、サウジアラビア王国の首都リヤドで国防相会議が開催されました)。

参加した14か国は、サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、パキスタン、トルコ、エジプト、ヨルダン、イエメン、バングラデシュ、ナイジェリア、スーダン、ジブチ、ソマリアという顔ぶれですが、UAEとオマーンといった一部の湾岸アラブ諸国が名を連ねていない点は見逃せません。

ホルムズ海峡を巡る交渉でオマーンが果たしている仲介役としての立場を考えると、この連合への不参加は、あえて中立的なポジションを保とうとする戦略的な選択なのかもしれません。

オマーンの“不参加”については、もしかしたら、現在進行中の「ホルムズ海峡の管理に関するイランとの協議」が何らかの影響を与えているのかもしれません(ちなみに、UAEの不参加については、昨今、緊張が増しているサウジアラビア王国との対立が影響しているのかもしれません)。

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【ロシアの誤算-漁夫の利は得られなかった】

「米イラン間の軍事衝突が長引けば、ロシアが漁夫の利を得るのではないか」という見立てが、これまで多くの識者の間で共有されてきました。以前メルマガの中で私も、「中東情勢が長引けばロシアには追い風になる」と書きました。

しかし、状況が変われば分析内容も修正しなければなりません。ちなみに、国際情勢を読む上で最も危険なのは、自分の見立てに固執することだと私は考えています(これはビジネスの現場でも同じでしょう)。

実際に起きていることを見てみると、その皮算用は外れつつあるようです。原油価格の高騰と、アメリカによる対ロシア制裁の一部緩和による歳入増で、ロシアの財政が一息つけるはずだという予想は、期待ほどには実現していません。

JOGMEC(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構)の原田大輔調査部長の分析によれば、2026年4月のロシアの石油・ガス部門の歳入は9,080億ルーブルとなり、1月から3月の平均と比べて9割増となったものの、5月と6月にはむしろ減少に転じています。

その理由の一つは、仮に制裁が緩和されても、ロシア産原油は市場価格に対して1バレルあたり12ドルから20ドルを割り引いて売らざるを得ないという構造的な問題です。加えて、制裁を回避するための「影の船団」を維持するコストや保険料もかさみ、輸出量が増えても、それに見合うだけの歳入増につながらない理由だと考えられます。

さらに、ウクライナが今春以降、無人機を用いてロシアの製油所や積み出し港を集中的に攻撃していることも、石油製品の輸出減少に拍車をかけています。カザフスタン産原油の輸出拠点であるノボロシスク近郊の積み出し設備も攻撃を受けており、被害はロシア国外の周辺国にまで及んでいるのが実情です。

IEA(国際エネルギー機関)は、ウクライナの攻撃を理由に、ロシアの2026年の石油供給見通しを日量8万5,000バレル引き下げ、2027年についても日量15万バレルの下方修正を行いました。これが先日ご紹介したカザフスタンのトカエフ大統領がプーチン大統領に伝えた苦言の背景にある厳しい現状ではないかと考えます。

ウクライナ側の戦術にも注目すべき変化が見られます。ロシア最大級の通販企業であるワイルドベリーズ(通称“ロシアのAmazon”)の物流拠点への攻撃を強め、生活に密着したサービスに打撃を与えることで、市民の間に厭戦の空気を広げようとしているようです。

ロシアメディアによれば、同社の物流拠点面積の14パーセントがすでにウクライナの無人ドローン攻撃による被害を受けており、出店業者の損害は少なくとも2,000億ルーブルに達すると見込まれています。

軍事施設だけでなく、日常生活を支える経済インフラそのものが標的になっているという事実は、この戦争がすでに「前線」と「銃後」という古典的な区分を超えていることを示しています。

紛争が長期化すると、戦場は必ず生活空間へ広がります。交渉の席で停戦を急ぐ理由は、軍事的勝敗だけではありません。市民の日常が戦場へと変わってしまうからです。

出口が見えないまま、ロシアによるウクライナ侵攻からもうすぐ4年半が過ぎますが、ロシア・ウクライナが一進一退を繰り返しつつ、非常に厳しい消耗戦に囚われている現実が見えてきます。

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【イスラエル国内政治の混迷とアメリカの視線の変化】

イスラエル国内でも、10月27日に予定されている国会(クネセト)選挙を前に、政治の地殻変動が進んでいます。

世論調査では、ネタニヤフ首相率いる与党陣営(右派政党リクード、「宗教シオニズム」や「ユダヤの力」などの極右政党、ユダヤ教超正統派政党)が野党陣営を下回る支持率にとどまっており、アイゼンコット元参謀総長が率いる中道政党「ヤシャル」がリクードを上回る支持を集めているとの報道もあります。

ネタニヤフ氏は、ハマスの襲撃を許した指導者としての責任を問われる立場にあり、複数の汚職疑惑の裁判にも直面しているだけに、首相の座を失うことは政治生命の終わりを意味しかねません。野党側からは、危機を政治的延命の道具として利用しているという批判の声も上がっています。

ちなみに、仮に連立協議が失敗すれば、2019年から2022年にかけて経験したような連続選挙の再来もあり得るとの見方があり(実際にこの時には5度総選挙がやり直された)、専門家の間では、ネタニヤフ氏が野党の連立協議を妨害しながら選挙を繰り返す可能性すら指摘されています。

こうしたイスラエル国内の混乱と並行して、アメリカ社会でもイスラエル離れともいうべき変化が静かに、しかし着実に進んでいます。

ミシガン州の民主党上院議員候補であるアブドゥル・エルサイード氏は、「(アメリカ国内で)子どもたちが医療を受けられない状況が解決されていないのに、なぜ他国に戦車や爆弾を買い与えるのか」と訴え、有権者の支持を広げています。

これまで超党派で親イスラエルを貫いてきたアメリカ連邦議会も、2023年10月7日以降続くイスラエルによるガザ侵攻を境に、その足並みが崩れ始めました。

親イスラエルの牙城とされてきた民主党の予備選でも、イスラエルを巡る対立が激化し、有力なユダヤ系ロビー団体であるAIPACから資金提供を受けた候補が批判の対象になる場面が増えています。

また、伝統的に親イスラエルとされてきた共和党でも同様の傾向が見られ、バンス副大統領が「イスラエル政府にはアメリカ世論を操作しようとする人々がいる」と、異例ともいえる発言をしたことも話題になりました。

アメリカの政策シンクタンク、ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の調査によれば、2026年3月時点で50歳未満の共和党支持者の57パーセントがイスラエルに否定的な見方を示しているとのことで、若い世代を中心にした変化の大きさがうかがえます。今は8月ですから、その後の情勢の変化を受けて、その数字も変化しているのではないかと推測します。

10月の米連邦議会中間選挙で示される有権者の判断が、今後のアメリカの中東政策の方向性を占う試金石になりそうです。

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【動き出したガザ和平と、その脆さ】

ガザ情勢では、7月31日、エジプト、カタール、トルコの仲介の下、トランプ大統領が主導するガザ暫定統治機関「平和評議会」が、これまで事実上棚上げになっていた計画を再始動させる行程表を発表しました。

15項目からなるこの行程表は、2025年にアメリカによって示され、国連安保理でも採択された和平計画の再確認から始まり、ハマスの武装解除、国際検証委員会による履行確認、国際安定化部隊(ISF)の展開、イスラエル軍の段階的撤退までを含む内容になっています。

米当局者によれば、ハマスはパレスチナ人技術官僚で構成される暫定行政組織に武器を引き渡し、200日から350日をかけて段階的に武装解除する方針だといいます。ハマスの報道官も日本経済新聞の取材に対し、武装解除を含めた行程表に合意したことを明かしました。

ただし、この合意にはすでに綻びが見えています。トランプ大統領は「イスラエルも行程表の内容に合意した」と述べていますが、イスラエル側は正式な声明を出しておらず、関係者の話として、イスラエルは提示された条件に満足していないと伝えられています。

和平実現の目玉と目される国際安定化部隊(ISF)の構成そのものも、大きな懸念材料です。

この部隊の中核を担うことを期待されているトルコの受け入れを、イスラエルが拒み続けている上、そもそもどの国がどれだけ部隊を出すのか、参加国が十分に集まるかどうかも、まだ見通せていません(当初、8,000人規模の部隊派遣を準備していたインドネシア政府も、米・イスラエルとイランの戦闘激化を理由に3月、派遣を延期すると発表しました。新たな日程はいまだ示されていません)。

ガザ和平プロセスの第2段階として予定されている「イスラエル軍の撤退とハマスの武装解除」は、いわば「鶏が先か卵が先か」という構造になっており、どちらも「相手が先に動くなら自分も動く」という姿勢を崩していません。

私はこのような状況を「同時不信」と呼んでいます。双方とも「相手が先なら応じる」と考えるため、誰も最初の一歩を踏み出せません。紛争調停とは、この膠着した状況をどう動かすかの仕事でもあります。

2023年10月7日のハマスの襲撃で251人が人質に取られ、1,200人を超える犠牲者を出したイスラエルにとって、「絶対的な安全が保障されない限り、ガザでの作戦を止めるという選択肢はあり得ない」というのが本音でしょう。一方のハマスも、「イスラエルが攻撃を止めない限り武装解除には応じられない」という立場を崩していません。

8月3日には、平和評議会のムラデノフ上級代表がネタニヤフ首相との協議後、「ガザ域内でのイスラエル軍撤退はハマスの武装解除完了後に初めて行われる」との見解を示しました。これはイスラエル側に歩調を合わせた内容と読み取ることができ、イスラエル軍の撤収を武装解除の条件とするハマス側の強い反発を招くことは避けられない状況です。

実際にイスラエル政府筋は、軍は「現在支配している地域から撤収せず、脅威の阻止を続ける」と明言しており、これに対して仲介国であるカタール、エジプト、トルコも8月3日の共同声明で、イスラエルのガザ攻撃が続き、連日民間人の死傷者が出ていることに強い非難を表明しました。

合意はできたものの、両者が互いの違反を指摘し合う構図はまったく変わっておらず、トランプ氏がどれだけ圧力をかけても、履行は難航を極めそうです。

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【西サハラとガザ-国連安保理は何を追認しようとしているのか】

ここで少し視点を変えて、法的な角度からガザ情勢を眺めてみたいと思います。

実はこの論点は、サウサンプトン大学のアンドレア・マリア・ペリコーニ氏と、ノッティンガム大学のヴィクター・カッタン氏という、国際法を専門とする研究者が提示した興味深い論考ですが、再度これを読み返していて、改めていろいろ深く考えさせられました。

2025年10月に採択された安保理決議第2797号は、西サハラの帰属を巡る国連西サハラ住民投票監視団(MINURSO)の任期延長を扱ったものですが、その中で初めて、モロッコが2007年に提示した「自治提案」が明示的に参照され、「現実的な解決策のひとつ」として位置づけられました。

これは「半世紀近くにわたるモロッコによる事実上の併合を、国際社会がなし崩し的に追認する内容」だと、両氏は指摘しています。

その背景には、1975年の国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見や、国連総会決議第1514号が確立してきた「武力による領土併合を認めない」という戦後国際秩序の大原則があります。

しかし、アメリカ、イギリス、フランスという安保理常任理事国5か国のうち3か国が、すでにモロッコの自治提案を「信頼できる現実的な基盤」として支持しています。

どうしてこのような事態になったのでしょうか?

ここにも国際政治における複雑な利害の絡み合いが影響しています。

アメリカは2020年、イスラエルとの国交正常化、いわゆるアブラハム合意との引き換えに、モロッコの西サハラ主権を承認済みであったため、今回、それを国連安保理の場で”追認”したのではないかと考えます。

ロシアと中国は決議第2797号の採決で拒否権を行使せず棄権にとどまりましたが、これはMINURSOの任期延長そのものを阻止した責任を問われることを避けるための判断だったのではないかと、両氏は見ています。

そして両氏は、これとまったく同じパターンが、ガザに関する安保理決議第2803号(2025年11月17日採択)、つまり通称“トランプ和平計画”を承認した決議の採決でも見られたと指摘しているのです。

安保理決議第2803号そのものも、丁寧に読み解くと興味深い“留保”が含まれていることに気付きます。

決議第2803号には「イスラエルはガザを占領も併合もしない」と明記される一方で、「テロの脅威が完全に収束するまで安全保障の境界線に部隊を駐留させる」という留保条件が付されており、これは事実上、ガザの安全保障状況をいつ「安全」と判断するかという主導権を、イスラエル側に委ねる内容になっています。

パレスチナ自治政府への権限移譲についても、「自治能力があると認められた場合」という条件付きにとどまり、パレスチナの自決権や国家建設は、あくまで「パレスチナ人の願望」として言及されるにとどまっています。

“権限移譲”についてのプロセスが具体的な行程として明記されていない以上、この“パレスチナ人の願望”がいつ実現するのか、誰にも保証はできません。

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「その後」の交渉を難しくする「なし崩しの追認」

両氏の論考が指摘する最も重い部分は、西サハラとガザという、地理的にも文脈的にもまったく異なるふたつのケースに、実は共通のパターンがあるという点です。

それは、長期にわたる占領という現実を、「解消すべき違法行為」としてではなく、「管理すべき統治上の課題」として読み替えてしまうという、安保理の姿勢そのものです。

この“読み替え”が定着すれば、東部ウクライナに対するロシアの併合や、南シナ海における中国の進出、北キプロスに対するトルコの実効支配、そしてイエメンのソコトラ島に対するUAEの占領といった、他の係争地域における「既成事実」の追認にも、道を開きかねません。

これはかなり懸念すべき内容だと思いますが、どうでしょうか?

そのような状況を目の当たりにしたにもかかわらず、なぜ安保理常任理事国のロシアと中国が、こうした決議に対して拒否権を行使しなかったのでしょうか。

両氏の分析によれば、それはMINURSOの任期延長そのものを止めた責任や、ガザの停戦とパレスチナ人の苦しみを長引かせた責任を、国際社会から問われることを恐れたためだといいます。

つまり、良心的な理由で拒否権を使わなかった結果として、本来であれば大きな議論を呼ぶはずの条項が、なし崩し的に国際社会のお墨付きを得てしまうという、皮肉な構造がここにはあります。

長年、紛争解決の現場に立ってきた私自身の実感としても、こうした「なし崩しの追認」ほど、その後の交渉を難しくするものはありません。一度、力による現状変更が国際社会に受け入れられてしまえば、次にそれを覆すためには、以前よりもはるかに大きなコストが必要になるからです。

占領する側からすれば、時間さえかければ既成事実が国際法上の正当性に転化していくという成功体験を得ることになり、この成功体験は必ず他の紛争地域にも伝播していきます。

だから私は、国際法を単なる法律ではなく、「未来の交渉の土台」だと考えています。一度その土台が崩れると、次の紛争では、交渉そのものが成立しにくくなるからです。

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【太平洋を揺さぶる中国の存在】

目を太平洋、特に南太平洋に移すと、こちらでも「非核」という理念の結束が試される事態が起きています。

このニュースを見たとき、私が最初に思い浮かべたのは、以前、南太平洋の島嶼国の首脳たちと交わした会話でした。彼らが繰り返していたのは、「私たちは大国同士の対立に巻き込まれたくない」という切実な思いです。

7月6日、中国人民解放軍の原子力潜水艦が核弾頭を搭載可能な長距離弾道ミサイルを発射し、ツバルの排他的経済水域近くに着弾しました。

南太平洋の島嶼国は、かつてアメリカ、イギリス、フランスの核実験場とされた歴史から核兵器に対する警戒感が非常に強く、1986年発効のラロトンガ条約によって非核地帯を定め、地域における核実験の禁止と核の持ち込み禁止を保障してきました。それだけに、ソロモン諸島は中国に激しく抗議し、バヌアツやトンガからも「太平洋を核や軍事兵器と無縁の地域であり続けさせるべきだ」という声が上がりました。

そこでオーストラリアのアルバニージ首相は7月8日、太平洋諸島フォーラム(PIF)としてミサイル発射への共同非難声明を準備していることを明らかにしましたが、それから3週間以上が経った今も、その声明は発出されないままになっています。その背景には、キリバスやナウルといった中国との経済関係が深い一部の加盟国が、取りまとめに難色を示しているという事情があるようです。

両国はそれぞれ2019年と2024年に台湾と断交し、中華人民共和国との外交関係を樹立していますから、経済的な結びつきへの配慮が滲んでいるとの見方も出ています。ただ、核兵器禁止条約でも率先して「核兵器なき世界の実現」を主導してきたはずのキリバスがこうした態度を取っているのは、正直なところ、想定外という言葉がふさわしい展開です。

これは太平洋の小島嶼国が置かれている構造的なジレンマをよく表しています。

「安全保障の観点からは中国のミサイル発射に強く抗議したい。しかし、経済的な生命線を握られている以上、正面から対立するわけにもいかない」

この板挟みの構図は、太平洋の小島嶼国に限った話ではなく、世界中の中小国が大国間競争の中で直面している共通の悩みです。南太平洋における影響力拡大を狙う中国とオーストラリアの競争が激化していることも懸念材料として挙げられます。

しかし、残念ながら、南太平洋の小島嶼国は“大国間の対立”という「国際情勢の荒波」にしっかり巻き込まれ、漂流することになってしまいました。

中国はパプアニューギニアの国内にあった台湾の代表処の閉鎖を後押ししたほか、フィジー、キリバス、トンガなどとは法執行や警察官の人材育成でも協力関係を築き、影響力を拡大しています。

これに対抗するように、オーストラリアはパプアニューギニアと相互防衛条約を結び、ソロモン諸島との包括的な条約締結に向けた協議やバヌアツとの安保協定、フィジーとの相互防衛協定を進めています。

中国の王毅外相は「太平洋島嶼国との連携は共同発展を促進するためで地政学的な意図はない」と述べる一方で、「第三国の干渉を受けるべきではない」とも語っており、この二枚舌ともいえる言い回しには、オーストラリアの安保協力拡大を牽制する意図が透けて見えます。

8月末から9月初旬にかけてパラオで開かれるPIF首脳会議は、島嶼国の非核の結束がどこまで本物なのかを見極める、の試金石になりそうです――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』2026年8月7日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)

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