クリエイターの発信を支える「まぐまぐ」の提供でお送りするラジオ番組『Why So Good?』(interfm・毎週木曜25:00〜25:30)。プロフェッショナルや経営者をゲストに迎え、「何をやっているか」ではなく「なぜそれに至ったのか」——成功の裏側にある思考を紐解く30分番組です。
MCを務めるのは、株式会社クロスリバー代表取締役の越川慎司。アシスタントMCは上條美沙子。
この日の放送は8月27日。冒頭、越川は亡き父の誕生日であることに触れました。渡米も、転職も、起業も、父親は一度も「やめろ」と言わず、返ってくるのはいつも「大丈夫」の一言だったといいます。「だから僕も、多くの方に”大丈夫”を届けたい」——そう語り、ご両親が元気なうちに電話を一本、とリスナーに呼びかけました。
そんな導入から始まった今回のゲストは、Horizon株式会社 代表取締役のアレックス・サイ氏です。
Horizon株式会社は2022年設立。香りや匂いは人類にとって極めて重要な要素でありながら、五感のなかで唯一、いまだにアナログのままでダウンロードができません。同社はその香りをデジタルデータ化し、香りを届ける距離とコストの壁をなくす事業を展開しています。
主力は、香りのデータストリーミングサービス「Scentdays(セントデイズ)」の運営。あわせて、香りの世界共通フォーマット「Universal Scent Format(USF)」の開発、香りをテーマにしたウェブマガジン「Proust」の運営も手がけています。
その独創性は外部からも評価されています。知財図鑑が主催する「第6回 知財番付」では、ScentdaysとUSFが「創造性部門 一般投票グランプリ」を受賞。専門家審査に加え、一般投票でも最高評価を獲得しました。ディフューザーの制御技術に関する特許も取得しています。
アレックス氏自身のキャリアも異色です。楽天グループで広告管理や特集制作を担当し、AIの基礎技術を活用した購買ページを起案してMVPを受賞。その後は宿泊事業を起業して年商6億円規模まで拡大させ、2017年に事業を譲渡。翌年にはブロックチェーン技術を用いたITシステム会社を創業し、開発した人事評価システムはMITスローン経営大学院にブロックチェーン活用事例として紹介されました。
香りの業界の出身ではなく、徹頭徹尾、IT側の人間である——。この一点が、のちに語られるイノベーションの核心につながっていきます。そして今回の収録には、アレックス氏が”あるもの”を持参していました。
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「料理の鉄人に、なぜ匂いがしないのか」——原点は小学生の夜だった
番組の恒例として、越川はまずゲストに「リスナーに届けたいグッドなポイント」を尋ねます。アレックス氏の答えは、明快な一言でした。
アレックス: 私がお伝えしたいグッドなポイントは、香りのデジタル配信です。
越川: きました。
上條: これはどういうことでしょう。
アレックス氏が説明するサービスの中身は、こうです。
アレックス: 今やっているこの「Scentdays」というのがサービス名なんですけども、香りをインターネットでダウンロードできるようなサービスで。これ、わかりやすく例えると、音楽の「iTunes」ってあるじゃないですか。いろんな音楽が配信されていて、ワークアウトしたい時はEDM、お家でリラックスしたい時はR&B、と選べるじゃないですか。デジタルで配信されているから、ライフスタイルが変わると好きなものが選べる。これが今の音楽の体験だと思うんですね。これと同じ体験を香りでもできたらいいのにな、と思って作ったのがScentdaysというサービスなんですよ。
越川はすぐさま「わかりみが深い」と食いつき、あらためて問いを投げました。香りにこれほど興味を持ったきっかけは何だったのか、と。
アレックス: 香りって、本当に我々にとってとても大事なファクターだと思っているんですよ。たとえば、このスタジオを出て、お昼ご飯を食べようって出て行くじゃないですか。お蕎麦にするか、と思って出て行く。でもカレーの匂いがしたら、やっぱりカレーにする? みたいな。
上條: 絶対カレーです。
アレックス: なるじゃないですか。香りは我々の意思決定にすごく左右するものであるし、記憶とかもそうで、昔のことを思い出したりする。こんなに大事なのに、唯一まだダウンロードできないんですよ。
越川: そもそも匂いをダウンロードしようっていう考え方が、僕みたいな凡人には思い浮かばないんですけど。いつ、そのiTunesのようにダウンロードしてやろうと思ったんですか。やっぱり、生活のなかで嗅ぎたい匂いがなかなか入手できないとか、カレーの匂いがめちゃくちゃ好みだったとか、そういう一次体験なんですか?
返ってきたのは、拍子抜けするほど素朴な原体験でした。
アレックス: これはめちゃくちゃ単純なんですけど、小学校の時にテレビを見ていて。昔『料理の鉄人』っていう番組があって。
越川: ありました。
アレックス: 夜遅くやっていたやつですけど、あれでいつも匂いがしなかったっていうのが。こんなに美味しそうなものをテレビでやっているのに、なんでテレビから匂いがしないんだろうって、ずっと思っていたんですよ。
越川: 僕もそうです。夜11時、テレビを見ながらめちゃくちゃお腹が空く時間なんですよ。おいしさの表現って、言葉と目だと思ったんですよ。やたら湯気が立ってるじゃないですか。あれ、匂いがしてきたら、より美味しさが伝わりますね。
アレックス: そうなんです。そこが、なんでしないのかなとずっと思っていて。大人になるにつれて、いろんな人と会うじゃないですか。その度に「匂いってプリントアウトとかできないんですかね」みたいなことを、いろんな業界の人に話をしていって。「できる」みたいなことになったんで、実はやり始めたっていう。
「こんなに大事なのに、香りだけが、唯一まだダウンロードできないんですよ」
「いい匂い」という、抽象度が高すぎる言葉
越川がここで、言葉を扱う専門家としての疑問をぶつけます。企業の会議や商談を分析し、言語化を生業のひとつにしてきた人間としての違和感でした。
越川: ただ一方で、匂いの表現ってめちゃくちゃ難しいんですよ。「心地の良い匂い」「いい匂い」っていう抽象度の高い表現をされる方が多くて、それを再現するのはすごく難しい。生活のなかで、相手が嗅ぎたいであろう匂いをどうやって種別化、グループ化、言語化するのかというのは 、結構苦労があったんじゃないかと思うんですが、いかがですか?
ところが、アレックス氏の答えは意外なものでした。言語化は、むしろ香りの業界がすでに極めていた領域だというのです。
アレックス: 言語化するというところに関しては、実はこの香りの業界は、そもそも香りは伝わらないじゃないですか。なので、取扱説明書とか、その商品を買う時に、かなり言語化されているんですよ、表現が。
越川: もともと。
アレックス: それはもう、この業界はそうしなきゃ生きていけなかったから、そこは発展しているんですけど。香りを統一していく、フォーマット化していくというところは全然できてなかったんですよ。
ここで越川が、音楽との対比に思い至ります。
越川: これ、よくそこで思いつきましたね。確かに音楽を聴きたい時に、どういう音楽かの説明なんて一切書いてないんですよ、CDの説明書きに。でもね、パフュームとかアロマディフューザーって、めちゃくちゃ事細かに書いてありますよね。
上條: ありますね。ちっちゃい字で「こういう時に」とか。
越川: 知らない名前の花がいっぱい出てくるじゃないですか。
アレックス: じゃあ、それって何と何と何の組み合わせにしようか、というルール化がなくて。みんなそれぞれ調香師さんが、この解釈でいろんな香りを作ってきたわけです。それを統一すれば、なんとなくデジタルデータで配信できるんじゃないかと思ってやり始めたのが、今回のルール設定みたいなところです。
越川: なるほど。確かに調合の、いわゆる再現性の高いメカニズムができれば、たとえばAが7割、Bが3割ということがデジタル化されれば、それは再現できるっていうのがデジタルのいいところですね。
上條: すごい。これ、無限にいろんな香りが楽しめるような、そんな可能性も感じますね。
香りが伝わらないからこそ、言葉は磨かれてきた。しかし「共通の設計図」だけが、ついに作られてこなかった——。ここに、IT出身者だけが見つけられた空白がありました。
【実演】再生ボタンを押すと、スタジオに「雨上がり」が流れ込んだ
理屈はわかった。ならば、嗅がせてほしい。深夜のスタジオで、越川と上條の我慢が限界を迎えます。
越川: なんかもう今、僕と上條さんは嗅ぎたくてしょうがないんですけど。
上條: わかりました。
越川: 今ね、目の前に持ってきてもらってるんですよ。これ、使い方も含めて、今、実演してもらっていいですか?
アレックス: 使い方はめちゃくちゃ簡単で。「Scentdays」というアプリがありまして。
越川: スマホのアプリをインストールして。
アレックス: ここに調香師さんとか、あとはタレントさんとか、香水メーカーさんが作った香りのデータが配信されるんですよ。
越川: 「〇〇さんおすすめの匂い」とかが実現できるわけですね。すごいわ。
アレックス: 例えば、推しの匂いとか、よくアナログでも売られてるじゃないですか。それと同じように、ここでも配信がされていて。あとは企業さんがプロモーションしたい香りとか、そういうのが配信されていて、それをユーザーが選ぶと、アプリさえ入れれば、指の操作だけで実現できます。
アレックス氏がアプリをスクロールし、ひとつの香りを選びます。
アレックス: この中でたとえば、そうですね……「After the Rain」っていう。
越川: 今スマホのアプリをスクロールしていただいて、特定の香りを選んでいただきました。
アレックス: これ、雨の後のしずくをイメージした香りというので、調香師さんが作ったもので。
越川: それ、今、再生ボタンを押しましたね。
アレックス: 再生ボタンを押しました。そうすると。
越川: なんか今、スタジオのテーブルの目の前に、まさにそのデバイスを置いていただいてるんですね。これ、モバイルバッテリーをつないでいて、ほのかな色が出ながら、香りが出ていることがわかるような、ちょっと白い湯気が立ちながら、匂いが今まさに出てる状態。
アレックス: 出てます。
越川: ちょっと嗅いでいいですか?
アレックス: どうぞ。
越川: あー、ほのかに。でも意外と、その強烈な匂いじゃないんですね。すごい自然な匂い。
アレックス: コンセプトが「After the Rain」なので。
越川: 雨の後。
上條: ほのかに来ました。
越川: またあとで来ますね。なんか爽やかな、水っぽい……私の表現があれですけど。たまたま今選んでいただいた雨上がりの感じと、このデバイスから湯気が立ってる感じが、すごくフィットしてますね。
ここで、アレックス氏が湯気の”ムラ”を指摘します。これが、このデバイスの正体を明かす伏線でした。
アレックス: この湯気も、量がバラバラなんですよ。
越川: 本当だ、出てるところが違う。
上條: 不規則というか。
アレックス: これは、ここで香りを調合しているからなんですね。
完成品の香水を噴霧しているのではない。デバイスの内部で、いま、リアルタイムに香りが”混ぜられて”いる——。
香りの「12の基本香」——プリンターのCMYKと同じ発想
越川: そうか。その匂いの元となるのが液体だと思うんですけど、それって何種類ぐらいあるんですか?
アレックス: 今回は、香りの12原色。
越川: これは匂い業界では、12原色というのが基本中の基本なんですか?
アレックス: 皆さん、香りの業界っていうのはオートクチュールみたいなもんで、毎回毎回、素晴らしい一点物を作るんで、原料がみんなバラバラなんですね。そこを今回、12というフォーマットに統一させたっていう。
越川: フォーマットを作らないと再現できないですよね。
アレックス: そうなんですよ。そういうことなんです。
越川: だから、プリンターでいうCMYKと一緒ですね。
アレックス: 同じです。そういうことです。
越川: 4色を組み合わせると、あらゆる色が出てくる。
アレックス: そういうことです。
そして、この「12」という数字の決め方にこそ、Horizonの流儀が現れていました。
越川: それ、12って自分で「よし、決めるぞ」と決めた感じですか?
アレックス: いえ、これはもう香料会社さんと、あと調香師さんとで相談して。「こういうコンセプトのことをやりたい、フォーマット化させたいんだけれども、どれがいいですかね」と。「もう入れられるのは12個しかないから、どういうものを一個一個作ればいいですか?」って言って作られたのが、今回のこのフォーマットですよ。
なぜ、IT出身の自分だけが「12個」に収められたのか
後半戦。1曲を挟んだあと、越川はこの回のいちばん深いところに切り込みます。匂いは昔からある。デジタルもずっとある。サブスクも山ほどある。それなのに、なぜ「香りのサブスク」という発想に誰も行き着かなかったのか。そしてなぜ、アレックス氏だけが行き着いたのか。
越川: この12個のカートリッジに収めたということが、僕は一番のイノベーションじゃないかと思うんですけど。職人さんからすれば、自分の思いを実現するためにカートリッジが60とか100になっても全然普通なのを、この12に収めた。その発想を思いついたのは、なぜですかね 。
アレックス: やっぱり私がもともとIT出身。私がもし香り業界出身の人だったら、多分すごいこだわって、「いや、もう再現するためには、たとえばバラとハチミツは違うんです」みたいな。これ、絶対言うと思うんですよ。ただ、でもITなんで、「お客さんが感じれば、お客さんがそうだと言えば、別に裏側は何でもよくない?」みたいな。実現をもっとライトにできればいいのにな、もっと共通化できたらいいのにな、みたいな考え方がもともとあるので。
「お客さんが感じればいい」——この一言が、香りの業界の常識を裏返しました。
アレックス: さっきもバラとハチミツの話をしたじゃないですか。これって我々人類は、匂いだけだと多分ね、区別つかないんですよ。
越川: つかない。
上條: そうなんだ。
アレックス: で、写真が目の前にあると。
越川: そう。
アレックス: 「これはバラだ」。
越川: そう、視覚情報とマッチングさせますよね。
アレックス: そうなんですよ。なので今回このアプリは、ジャケット写真が採用されてるんですよ。
上條: 確かにさっきね、見せていただいた時、「あ、このイメージなんだ」と思って、すごい入ってきました。
越川: それも雨の映像じゃなくて、個別具体的な映像じゃなくて、シーンの映像じゃないですか。雨が上がって、ちょっと雨粒が路面に、とか葉っぱに残っていて、薄日が差し込んでいるみたいなシーンを見て嗅ぐから、もうそれは実現してるものだって思いますね。
アレックス: そうなんですよ。
越川: これがやっぱり重要ですか?
アレックス: めちゃくちゃ重要だと思います。結局、そこである程度補正がされて、「これだ」というふうにやっぱり人は感じている。そこを私は「脳をハックする」と言っていたんですけど、脳をハックしていきながら、やっぱりバリエーションを増やすっていう。
音楽アプリのジャケット写真と同じ役割を、香りのアプリに持ち込む。原料の精度を上げるのではなく、人間の知覚の仕組みを利用する。これは香りの職人からは生まれにくい発想 であり、IT出身者だからこそたどり着いた解でした。
「お客さんがそうだと言えば、別に裏側は何でもよくない? という考え方がもともとあるので」
「皆さんは生演奏、私はMP3です」——職人たちをどう口説いたか
とはいえ、フォーマットを統一するには、香りを作る側の協力が不可欠です。越川が、この事業の最大の関門を突きます。
越川: 調香師の方とか、香りを作ってる製造業の研究開発の方って、結構職人気質というか、「再現は難しいんじゃないか、そんなのデジタルで無理なんじゃないか」っていう属性の人たちを、なんで説得できたんですかね。
アレックス: これはまず、一緒にお仕事させていただいた調香師の川島さんという方がいらっしゃるんですけど、すごくご理解のある方で。「それはこういうことがあってもいいよね」っていう方だったんですよ。あと香料会社さんも、今お付き合いしている香料会社さんにもご理解があって。
そして、職人たちを前にしてアレックス氏が使った”殺し文句”が、この回のハイライトのひとつです。
アレックス: おっしゃる通り、職人気質の方がたくさんいらっしゃるんです。さっきオートクチュールの話をしたじゃないですか。「皆さんがやられていることは、音楽でいうと生演奏なので、これは素晴らしいものです。私はMP3なので、競技が違うと。そういうふうに思ってください」と。「で、もしよかったら、こちらの競技にも参加いただけませんか」って。
越川: わかりやすい。演奏と放送の違いというか。
アレックス: そういうことです。そういうふうにお願いしに回ったっていう。
上條: すごいな。
越川: その交渉術、知りたいですよ。
対立ではなく、棲み分け。相手の価値を否定せず、別の競技への招待状として差し出す。この構図は、より具体的なメリットとしても語られました。
アレックス: 自分はIT出身なので、どちらかというとプラットフォーム側に回りたいという考えがあって。香りのサービスをするとなった時に、「カートリッジを送ります」「物理を送ります」ではなくて、「データレシピを送ります」ができるようになったら、いろんな方々が喜んでくれるんじゃないかと。一番のいい事例で言うと、調香師さんって香りをいっぱい作るじゃないですか。レシピが絶対あるんですよ。でも彼らは、このレシピを売れないんです。
越川: あ、それは真似されちゃうから。
アレックス: そうなんですよ。彼らが売るのは液体なんです。レシピで作られた液体を納品する。なので在庫をいっぱい抱えなきゃいけないというのが、今の調香師さんたちの悩みなんですよ。
上條: 課題になっている。
アレックス: で、このiTunesスタイルというか、データ配信スタイルになると、レシピの中は公開されてないんで、調香師さんも自分の作ったレシピを売ることができるようになる。
越川: なるほど、他の人が再現できないですもんね。まさに香りのDXですね、そういった意味では。DXすると、まず在庫リスクを持たなくていい、物流も持たなくていい、配送費が高くなるのも関係ない、そして柔軟にサービス提供ができる。この4つは、調香師さんの「素敵な匂いを届けたい」ということの実現可能性を高めるってことなんですね、逆に。
上條: その思いもちゃんと汲み取って入れているっていうのが素敵ですね。
越川: 赤いバラの匂いと白いバラの匂いって、厳密には違うかもしれないですけど、嗅ぐ側ではあんまり関係ないのかもしれない。
アレックス: 実際はね、そうなんですよ。そこは本当に音楽と同じで、めちゃくちゃ好きな人だったら「レコードを買ってください」と。それはもうアナログの香水を買っていただくのと同じで、そっちを選んでもらって。「いや、でも今日この瞬間を楽しみたい」というニーズだけであれば、多分我々のサービスを使っていただく。音楽で言ったらMP3を聴くとかっていうような、この棲み分けの新しい選択肢を作ったっていう感覚ですかね。
ここで越川が、事業家としての本質論を口にします。
越川: やっぱりね、事業って翻訳者にならなきゃいけないんですよ。トランスレーター。「匂いを再現したい」という調香師さんの思い。でも嗅ぎたい人たちは、バラの匂いとか雨の匂いっていうよりも、「心地よくなりたい」っていう価値なんですよ。ここをつなげるのには翻訳者が必要で、「これとこれを混ぜたらこの心地よさにつながる」とか、「じゃあ元の匂いを再現させるためにはデータにしなきゃいけない」って、この真ん中をアレックスさんの会社がやっているっていうのが、もう素晴らしいことなんです。
「皆さんの仕事は生演奏です。私はMP3なので、競技が違うんです」
商談、ホテル、空港——香りが”パーソナライズ”される日
話題は、実際の展開シーンへと移ります。アレックス氏が挙げたのは、いずれも「香りを個人に合わせる」という発想で貫かれていました。
越川: これからサービスを展開する上で、こんなシーンで使われそうだ、もしくはこういった使い方をされたいっていうのがあれば、ぜひ教えていただきたいんですけど。
アレックス: いくつかありますが、たとえばオフィスの会議室でも使っていただきたいんですよ。いい香りがしたらいいアイデアも出るし、円滑に話が進む。あと私はよく商談で香りをやるんですけど、商談の時って相手が誰かも分かってるじゃないですか。年齢も性別も分かる。その情報があるんで、先にその方が好きそうな香りを出しておいてあげるっていう。
越川: 面白い、相手に合わせて。
アレックス: 相手に合わせて出してあげて、「あ、いい香りですね」って思ってもらったら、もうそこから話が進むじゃないですか。
上條: もう先にね、おもてなしで体験できる。
アレックス: 「パーソナライズ」と私は呼んでるんですけど、相手によって香りを変えていくというところは、これは使えるポイントの一つだと思っていて。あと、ホテルさんで「これいいね」と言っていただいているのは、ホテルさんも結局はパーソナライズじゃないですか。ゲストの誕生日を覚えてお花を送ってくれたりするじゃないですか。香りも覚えましょうと。
越川: あー、相手の心地よい匂いを覚えておきましょうと。
アレックス: なぜそれができるかというと、お部屋に置くじゃないですか。ゲストは寝るときも好きな香りをリピートするはずなんですよ。そのデータを我々が持っているので、ゲストデータと紐付けて。次にチェックインする時は、ドアを開けたら、あの時の自分の好きな香りがぶわっと流れてくる。
上條: すごい体験。
越川も自身の宿泊体験から共感を寄せます。高級ホテルには枕元に香りをスプレーするサービスがあり、ホテルごとに香りが違う。気に入っても、そのホテルに行かないと再現できないもどかしさがある、と。
アレックス: 香りって人によって絶対好き嫌いがあるんで。万が一嫌いな香りしかなかったら、ホテルとしては最悪な体験を提供することになる。僕たちはいろんな香りをゲストが選べるので、必ず自分の好きな香りが見つかる。それで心地いい空間を絶対に作れるようになるっていう。
「好みを覚える」だけでなく、「嫌いを押し付けない」。パーソナライズの本質を突いた指摘でした。そして越川は、逆方向のアイデアを投げ込みます。
越川: ちょっと逆の発想なんですけど、ホテルとか空港とか駅って、ストレスの溜まる場所でもあるじゃないですか。みんながスマホを見てイライラしてるシーンって、ユーザー側もサービス提供者側も緩和させたい。そこ、匂いは役立たないですかね。
アレックス: これは役立つと思ってまして。実際に、そういった施設様から「やりたい」とお話をいただいています。刺さったポイントは、香りを午前と午後で切り替えられること。時間帯や、そこを通る方の国籍に合わせて香りを変えて、大きなサイネージと香りでおもてなしをする。待ち時間のイライラを緩和させるという使い方ですね。
越川: いや、それは十分ありますね。最高級のおもてなしですね。
さらにアレックス氏が、他社にはない優位性を明かします。
アレックス: 私たちのディフューザーって、全部インターネットにつながってるんですよ。そういう施設は広いので、1台では置かない。何十台と置くんですね。それを全部つなげてセントラル管理する。「今、何号のディフューザーがこの香りを出していて」というのを全部管理できる。「そこが他にはないですよね」と言っていただいて。
越川: なんか音響システムに近いですね。スピーカーが会場の中にたくさんあって、その全体最適をコントロールできるみたいな。確かに、匂いではできないですもんね。
アレックス: そうなんですよ。もう「インターネットにつなぐ」という感覚が今まではなかったんで。iTunesみたいなものもないですから。
眠りという、いちばん切実な市場
香りのビジネスチャンスとして、越川がもっとも手応えを感じていた領域が「睡眠」でした。働き方改革の現場では、メンタルヘルスの不調を抱える働き手の増加が深刻な課題になっています。その緩和策として、入眠の質の向上が大きな鍵を握る——という文脈から、越川は自身のリサーチデータを持ち出します。
越川: 睡眠時間を長くするには入眠がすごく重要で、その一つとして匂いってものすごく重要で。実は23,000人で再現実験をやったんですけど、「入浴の時に好きな香りの入浴剤を入れましょう」と言ったら、71%の人が早く寝れるようになったって言ってるんですよ。その匂いの効果って、入眠、それからストレス発散にものすごく効果があるんじゃないかなと思って。その辺のビジネスチャンスってどうですか?
アレックス: めちゃくちゃあると思ってまして。そこを僕は結構こじ開けたい。我々のサービスをお求めいただいた方が、誰かに紹介する時に「あのさ、これ知ってる? めっちゃ寝れるよ」って。
越川: それは嬉しい。
アレックス: ってなったら、我々は嬉しいわけで。結構やっぱり眠りについては調査していて。私、元々の社会人経験は楽天なんですけど、香りのジャンルの店舗様もいらっしゃっていて、そこにレビューが書かれてるわけですけど、45%のレビューが、やっぱり「よく寝たいから」なんですよ。
越川: やっぱりそうだ。僕もそうですもん。
アレックス: 僕たちもお求めいただいたお客様には、よく眠れるようにしてあげたいと思っていて。これはデジタルでアプリでも管理ができますから、そのお客様が、じゃあ今晩再生した香りは本当に眠れたのかどうかっていうデータを取っていく。
越川: そこにも紐付け。個別の統計が取れるってことですね。
アレックス: そうなんですよ。今はスマホのセンサーや、時計・指輪型のヘルスケアデバイスでもデータが取れる。そういうデータをしっかり取っていきながら、そのお客様が最もよく眠れた香りを、自動でリピートしてあげるところまで。
越川: それ、ニーズがある。絶対。睡眠の深さを知ることができるので、それをどう維持できるか、高められるかっていう意味では、匂いというものはものすごくキラーコンテンツですね。
上條: なんか、いろんな課題を実は解決できるポテンシャルというか、すごい感じますね。
香りを「気持ちいいもの」から「効いたかどうかを検証できるもの」へ。デジタル化がもたらす最大の変化は、ここにあるのかもしれません。
「45%のレビューが、やっぱり『よく寝たいから』なんですよ」
「電柱を建てていく」——香りのインフラをつくるという仕事
番組も終盤。越川が今後のビジョンを尋ねると、アレックス氏の答えは、自社製品の話ではありませんでした。
アレックス: この香りを配信するネットワークを整備するというところが、僕の仕事だと思ってる。
越川: プラットフォームですね。
アレックス: 電柱を建てていくみたいな感じで。なので、こういう香りを噴霧できるデバイス、これは今、当社が作りましたけれども、当社が作らなくても別にいいんですよ。
越川: あー、なるほど。OEMとして。
アレックス: 音楽でいうと、スピーカーメーカーっていっぱいあるじゃないですか。それと同じで、このプロトコル、このルールを採用してディフューザーを作ってくれる会社さんがいたら、ぜひ作ってくださいと。それを世界中に広げていただいて、いろんな方が香りのデジタル化のインフラを使って商売をしていただきたいなって思ってます。
自社でハードを囲い込まない。プロトコルを開放し、規格そのものを世界に普及させる。Horizonが「Universal Scent Format」という世界共通フォーマットの開発を事業の柱に掲げている理由が、ここで腑に落ちます。
越川: 確かに、そうなれば匂いという電柱が、たとえばヘルスケアとか、エンターテインメントとか、リテールに、どんどん建ちそうな感じがしますね。
アレックス: そうですね。テレビのドラマで、主人公のお部屋の香りが自分のお部屋でも再現できますよ、みたいなエンタメとのリンクも可能だと思いますし。ゲームをしてる時に、殴られたらいい香りがするとか。
越川: シューティングゲームだと、ちょっと焦げた匂いがしてくると、すごく臨場感が高まりますね。
アレックス: そうですね。いろんなメディアで、シーンが変わっている時に。
上條: 没入感がすごい。
深夜のスタジオで、3人の話は尽きる気配を見せません。最後に上條が最新情報の入手先を尋ねると、アレックス氏はHorizonのホームページとSNSを挙げました。越川が「アレックスさんのキャリアにもめちゃくちゃ興味がある」と付け加え、Facebookを勧めます。
越川: いや、もう素晴らしいストーリー、そして素晴らしい匂い。アレックスさん、ありがとうございました。
香りは、五感のなかで最後までデジタルの外側に取り残されてきました。その壁を壊しているのは、香りの専門家ではなく、「お客さんが感じればいい」と言い切れるIT出身の起業家です。
「僕の仕事は、香りを配信するネットワークを整備すること。電柱を建てていくみたいな感じで」
その電柱が日本中、世界中に立ち並んだとき、私たちは音楽を選ぶのと同じ気軽さで、今日の気分にふさわしい香りを選んでいるのかもしれません。
番組概要
- 番組名:Why So Good?
- 放送局:interfm
- 放送日時:毎週木曜25:00~25:30
- 出演:越川慎司氏(株式会社クロスリバー 代表取締役)
上條美沙子氏 - ゲスト出演:アレックス・サイ氏(Horizon株式会社 代表取締役)
- 公式サイト:https://hrz.co.jp/
-Scentdays:https://www.scentstore.jp/ - プロデューサー:エダコDX
- ラジオ本編はこちらから https://www.interfm.co.jp/whysogood
- interfm(東京:89.7MHz 横浜:76.5 MHz) https://www.interfm.co.jp/
- 番組TikTok(https://www.tiktok.com/@whysogood_radio)
※本記事は、トーク番組「Why So Good?」の放送内容をもとに再構成したものです