元『旅行読売』編集長・飯塚玲児さんのメルマガ『『温泉失格』著者がホンネを明かす~飯塚玲児の“一湯”両断!』。前回のメルマガで、「1泊2食1万2000円くらいのそれなりの規模がある温泉旅館またはホテルは飯が不味い」と暴露し、その一因として調理人の人件費が高く食材に予算を割けないことを挙げていました。今回はその続編、人件費が高くてもなかなか体制を入れ替えることが難しい板前業界ならではの「暗黙の掟」を明かしています。
調理場のヒエラルキーとは?
以下、行きつけの居酒屋「あいおい」のマスターに聞いた話。
料亭や旅館の規模にもよるので、多少の違いはあるそうだが、あくまで基本、ということで話を進めたい。
まず、料亭でも旅館でも、調理場ヒエラルキーの頂点に君臨するのは「女将」なのだそうである。 社長などもいるわけだが、あくまで調理場担当としては女将さんが一番で、その下に「親方」がいる。 「オヤジ」とも呼ぶ。
以下、順番に、
「煮方」(文字通り煮物などを担当する。 店や宿の料理の味を左右するので、地位が高い。 「二番」とも呼ばれる)
「本板」(または単純に「板」。 刺し身などを担当するポスト)
「焼き方」(これも塩焼きや柚庵焼きなどの焼き物を担当する。 墨の火加減などが味を左右することもあって、この地位になるわけだ)
「揚げ場」(文字通り揚げ物担当。 天ぷらの上げ加減とか難しそうだが、最近はフライヤーを使うところがほとんどで、天ぷら鍋の場合も温度計が付いているから管理が楽)
そして一番下が「追い回し」(いわゆる雑用係の小僧)というヒエラルキーになっている。
関西では「親方」と「煮方」のとの間に「シン」と呼ばれる親方代理みたいな役職があるそうだ。 ほかにも、調理場が大きい場合には各役職にサブの人が「脇鍋」「脇板」などの立場の人がいると聞いた。
仲居さんにもそれなりの序列があるが、やはりトップは女将さんである。
その下に仲居頭、教育係など、経験によって明確ではないにしても、それなりに上下関係が存在するという。
その仲居さんと調理場の橋渡しをする役目の人もいる。 「デシャップ」と呼ばれ、調理場から料理が上がってくる場所にいて、この料理は*の間へ、これは*の間へ、などと仲居さんが混乱しないように整理して伝える。
仲居さんからはデシャップに「*の間の料理の進みが早いので、次の料理を」「*の間の刺し身は食べ終わりました」と言うことが伝えられ、それを調理場に「「*の間の刺し身を出してください」「*の間の揚げ物もう一皿足りません、急ぎでお願いします」などと伝えるわけだ。
小さな店や宿であれば、このデシャップ業務を熟練の仲居さんが担当することもあるし、料理店では店長がやったり、調理場の人がやったり、ということもあるようである。 しかし、100室規模の旅館などでは、この役目をする人がいないと、どうにもならない。 なにしろ、部屋ごとに予約されている料理の内容も違うわけだから、交通整理をする人がいないと大変なのだ。
かくして、宿の規模が大きくなるほどに、調理場に関わる人も増えていく。当然人件費は料理の原価計算に響く。
10室以下の宿であれば、板場が2~3人、仲居さんが数人でデシャップまで担当できるし、女将さん自ら料理を運ぶということもあるだろう。 女将さんがお客さんの顔を見られるし、話も、料理の反応も直に聞くことができる。 こういうことが料理のおいしさに関わってこないわけがない。 小さい宿の方がおいしい夕食にありつける可能性が高い、というのはそんな事情もあるわけである。
もう一つ、調理師会の話。 日本には各地に調理師会という組織がある。
よく聞く名前では、「あいおい」のマスターが所属していた「松和会」や関西調理師の「大京会」、「萬屋調理師会」などが有名である。
大規模な旅館だと、調理場に10人以上のスタッフが必要なので、こうした調理師会にお願いして料理人を送ってもらうことが多い。 ほとんどそう。
こうした調理師会に所属している料理人というのは、同じ会が契約している宿や料理店などをあちこち行ったりしている。 それは別に悪いことではない。
実際「あいおい」のマスターも、「稲取銀水荘」の追い回しから始まり、鎌倉桜花亭(現在はない)、「銀座さくろ」「日本橋鴨川」「沼津石亭」「鴨川グランドホテル」「つきじ植むら」と渡り歩いている。 で、最後の「つきじ植むら」で親方に次ぐ煮方を長年務めていたわけである。
前号で紹介した「調理師会がガンだ」というある人の意見に関しては、少し乱暴な気もするのだが、でも、そう言いたくなる気持ちはわかる。
親方の給料が高い、とういうのはさておき、一番問題なのは、親方と宿の女将や社長などの関係がうまくいかなくなって、親方を変える場合、親方の下で働いていた料理人が全部辞めてしまうことである。
同じ調理師会のなかでの変更、ということなら違うのだろうけども、あまりそういう話は聞かなくて、調理師会ごと変えちゃう、というような場合は、必ず下で働いている人も一緒に辞める。かわりに雇う親方には、煮方から追い回しまで全員まとめてくっついてくる。
皆さん、案外こういうことって知らないでしょう?
いきなり調理場全員が辞めたら営業もできなくなってしまうので、おいそれと親方を辞めさせることはできない仕組みな訳だ。 これをもって「ガン」といいたいのであろうことは察しがつく。
こういうことを考えても、調理師会の縛りを受けず、少数精鋭の料理人と宿の経営者が一体となって料理を提供できるというのは、やっぱり、規模が小さな宿でないと難しいことなのである。
以上、宿の料理場事情の解説であります。 知っておいても損はないと思う。
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『『温泉失格』著者がホンネを明かす~飯塚玲児の“一湯”両断!』より一部抜粋
著者/飯塚玲児
温泉業界にはびこる「源泉かけ流し偏重主義」に疑問を投げかけた『温泉失格』の著者が、旅業界の裏話や温泉にまつわる問題点、本当に信用していい名湯名宿ガイド、プロならではの旅行術などを大公開!
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