私達が普段無意識に使っている言葉のなかには、「呪い」と同じレベルで自分自身を縛り付け、行動や感情を勝手にコントロールしている恐ろしいものがあるそうです。無料メルマガ『東北NO1メンタルトレーナーが送る『自信をはぐくむ、幸せな自分のなり方』』の著者で心理カウンセラーでもある吉田こうじさんは、その言葉をプラスに使っている場合は別として、そうでないならばすぐに手放さすべき、と指摘しています。さて、その言葉とは一体?
私たちを縛り付けている呪いの言葉
さて今日は、ちょっとオドロオドロしいお話です。この話を聞いて、信じられないと思う人もいるかもしれません。別に信じていただく必要はありませんが、「まあ、そういうこともあるかもね~」くらいに聞いていただけると、面白いかもしれません。
さて、オドロオドロしいとは一体どういうことかと言うと、私たちは「ある呪いの言葉」の呪縛によって、無意識に思考や行動、感情までもがコントロールされてしまっているということなんです。「呪いの言葉」。怖いですね~。
「吉田さん、私はそんな人から呪われるようなことはしていないので大丈夫ですよ!」
はい。もちろん、呪われていない人もいます。ですが、ここで言っている「呪い」とは、別に人から恨みを買ったからとか、そういう意味ではないのです。むしろ、その呪いの言葉を受け取る側も、それが呪いだなんて思わずに相手から受け取っていたりするのです。
さて、その呪いの言葉の正体とは何でしょうか? それは「◯◯するべき」あるいは「◯◯するべきでない」という言葉です。「◯◯するべき」を「命令」、「◯◯するべきでない」を「禁止令」と言います。私たちは無意識に、この「命令」や「禁止令」に、かなりガチガチに縛られているのです。
例えば、
「会社員なら上司の命令には絶対的に従うべき」
こんなふうに思い込んでしまっている人なら、上司から理不尽なことを言われたりやらされたりしたとしても、「しょうがないよね。だって会社員だし」と受け入れてしまいます。あるいは、
「理不尽なことなら、たとえ上司の命令だとしても言うことを聞くべきではない」
こんなふうに思い込んでいる人は、上司から理不尽なことを言われたりやらされそうになった時には、徹底的に抵抗します。
さて、これらの何が呪いなのかというと…、「べき」とか「べきではない」ということを、
- なぜ自分は信じているのか?
- いつから自分は信じているのか?
- なぜ、自分はそれを信じないと気が済まないようになっているのか?
こうしたことに、「何の疑問も持たない状態」…、もっと言えば、「何の疑問も持てない状態」でいることが、呪いだということなんですね。色々な選択肢を吟味した上で「今回はこれを選択する」ということを自分の自由意思でできるのが、呪縛がない状態です。
ですが、選択肢がこれ以外にないと完全に思い込んでいる状態に気づかずに「べき」「べきではない」と思っていることに、何の疑問を持てない時点で、思考や行動、感情が「呪い」によってコントロールされてしまっているということなんです。
とは言え、この「べき」とか「べきではない」が
「人を傷つけるべきではない」
「人には親切にするべき」
こんなふうにプラスに働いている場合もありますよ。ですが、自分を無意識に制限したり、無意識に望まない方向に進めてしまうものは「呪い」と言えます。
あなたは、無意識に「べき」「べきではない」を使っていませんか? それは、あなたの人生や人間関係をプラスに持って行っているものですか? もしもそうじゃないなら、とっとと、その「べき」「べきではない」を手放しちゃいましょう。
そもそも「べき」も「べきではない」も、誰かから刷り込まれているだけなので、新しい「べき」「べきではない」を刷り込めばいいだけですからね。
image by: Shutterstock