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中国空母の日本近海通過は「心理戦」。軍事アナリストが鋭く分析

12月25日付の朝日新聞で、中国初の空母「遼寧」の空母打撃群が日本近海を通過したことが大きく取り上げられました。この目的は日本への牽制と見る声も少なくありませんが、 メルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さんは、この見方を否定。中国の空母戦略の苦しい事情を明かし、対中強硬姿勢を見せる米国トランプ次期大統領に対して、中国ができる精一杯の「心理戦」だったのではないか、と分析しています。

中国空母が日本近海にやってきた!

中国初の空母『遼寧』(満載排水量67500トン)の空母打撃群が日本近海に初めて姿を現しました。自衛隊が目視で確認したのは初めてだそうです。

<中国>空母「遼寧」など艦隊 東シナ海で初確認

「防衛省は25日、中国海軍の空母『遼寧』が駆逐艦など7隻と艦隊を組んで24日午後4時ごろに東シナ海中部の海域を東進しているのを確認したと発表した。海上自衛隊が中国空母を目視して確認したのは初めて。

中国空母の艦隊については中国国防省が24日、西太平洋で遠洋訓練を行うと発表しており、西太平洋へ向かっているものとみられる。

同省によると、空母のほかは駆逐艦3隻、フリゲート3隻、補給艦1隻。海上自衛隊の護衛艦が確認した。

中国は今年に入って戦闘機などが東シナ海から宮古海峡上空を通過し、西太平洋まで飛行する遠距離訓練を続けて実施。今回も遠洋航行能力の向上を図る目的もあるとみられる。【町田徳丈】」(12月25日付け毎日新聞)

中国政府は防衛省に対しても空母打撃群の日本近海通過を連絡してきたそうですが、狙いはどこにあるのでしょうか。

それはずばり、「三戦」のうちの「心理戦」の遂行です。

中国は2003年に人民解放軍政治工作条例を改定し、輿論戦、法律戦、心理戦の「三戦」を「砲煙の上がらない戦争」として、戦わずに勝つための取り組みを強化してきました。

この「三戦」については、メルマガ2015年9月17日号に詳しいので参照していただきたいと思います。

そこで、なぜ心理戦なのか、です。

ここで浮かび上がってくるのは、米国のトランプ次期大統領の対中国強硬姿勢です。

トランプ氏は、台湾の蔡英文総統との電話会談で中国側を刺激したばかりか、次のような言葉を連発しています。

「なぜアメリカが『一つの中国』政策に縛られなくてはならないのかわからない」(12月11日のフォックス・ニュースとのインタビュー)

それでは、空母打撃群の東シナ海から西太平洋への進出は、米国に正面から対抗しようというものなのでしょうか。

その意図は全くないといってよいでしょう。

まず、中国は空母の運用のノウハウを身につけていません。その現状については、就役式で『遼寧』の艦長がスピーチで率直に認めたとおり、「若葉マーク」のレベルにあります。

艦載機の運用についても、米海軍が戦後のジェット戦闘機時代に入る過程で3桁のパイロットを犠牲にしていることをみても、そう簡単に実戦で通用する運用能力を備えられるとは思えません。

さらに深刻なのは、中国海軍の対潜水艦戦(ASW)能力の貧弱さです。世界1の米海軍、それと一体で連携する世界2位の海上自衛隊に完全にマークされている中では、空母打撃群を守り切る能力を備えるためには、どれほどの時間と費用が必要になるか、見当がつかないほどなのです。

お金の問題もあります。空母打撃群を一つ臨戦即応態勢にするためには、同じような空母打撃群が3組なければなりません。それは、定期点検など整備で行動できない期間があること、そして教育訓練に取り組む必要があることなどが理由です。

かりに中国が南シナ海で米国海軍に対して接近阻止能力を見せようとすれば、少なくとも4個打撃群を即応態勢に置く必要があります。この場合、教育訓練については合理化するとしても定期点検などは避けることができませんから、必要な空母打撃群は8個群ほどになるでしょう。

護衛艦の部隊も配備しなければなりませんし、肝心の戦闘機など艦載機の部隊を搭載しなければなりません。

これだけでも、気の遠くなるような国防費が必要となることは想像がつきます。海軍だけでも、ほかの戦力の整備も必要ですし、陸軍、海軍、戦略ミサイル部隊にも巨額の国防費が必要だということを考えれば、中国がそう簡単に空母打撃群を自由自在に運用できる日が来るとは考えられないのです。

このような現状を踏まえると、中国空母の西太平洋方面への進出は「トランプ次期政権の対中強硬姿勢にも屈することなく、果敢に海洋進出を図っている中国」の姿勢を周辺諸国に示し、特に南シナ海における影響力の低下を招かないようにするための心理戦、と考えるのが自然ではないかと思います。(小川和久)

image by: Simon YANG (WikimediaCommons)

 

NEWSを疑え!』より一部抜粋

著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。
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