誰もが知っているシャンプー「ヴィダルサスーン」と「パンテーン」と「ラックス」の違いって何だと思いますか? この質問にどう答えるかによって、あなたの「マーケティング力」が測れてしまうかもしれません。 P&G時代に「SK-II」「ヴィダルサスーン」などのブランドマネジメントを担当した、メルマガ『銀行とP&Gとライブドアとラムチョップ』の著者・高岳史典さんは自身のメルマガで、実際に関わったP&G時代の商品ブランドを例に、現場でどのように商品イメージを作ってきたのか、そのマーケティング手法を数回に分けて公開しています。
「ヴィダルサスーン」と「パンテーン」は何が違うのか? P&Gに学ぶマーケティング戦略
皆さんは「コンセプト」という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?アイデア? 世界観? メッセージ?Amazonで書籍に絞って検索すると「コンセプト」と名のつくものだけで、およそ1000冊もあります。ザッとみると、それぞれ定義はバラバラ。中には「定義すらしていない」ものも。これだけビジネスの場面で使われている言葉なのに、いざ定義となると曖昧な言葉って意外と多いですよね。
「ブランド」とか「ストラテジー(戦略)」とか、下手すると「マーケティング」ですらも。僕がいたP&Gでは、同じ言葉は誰にとっても同じ定義、同じ意味を指していました。「コンセプト」で言うと、
素の形で存在する「モノ」を、マーケティングできる「商品」に変えること
これがP&Gにおける「コンセプト」です。どういうことかと言うと、
「モノ」+「コンセプト」=「商品」
ということです。つまり、
「シャンプー」+「ヘアスタイルが決まる髪」=「ヴィダルサスーン」
「シャンプー」+「健康で輝く髪」=「パンテーン」
「シャンプー」+「リッチで艶のある髪」=「ラックス」
こうやって、具体的な商品名を出してみると分かりやすいですよね。
「モノ」としてのシャンプーは、もちろん処方の違いはあれど、基本的にはどれも「髪を洗浄してダメージから守る」液体です。そこに「コンセプト」を加えることで、マーケティングできる(すなわち、商売の対象となる)「商品」にするわけです。
コンセプトを定義する「3つの要素」とは?
さて、この「コンセプト」、上のシャンプーの例では簡易的にワンフレーズで示しましたが、より定義的にいうと次の3つの要素から成っています。
Target(ターゲット): 誰に向けてか?
Benefit(顧客の利益): 約束する便益は?
Reason(根拠): 便益を約束できる理由は?
僕が担当した、「ヴィダルサスーン」というシャンプーを全国発売したときの例でいえば、
Target(ターゲット):
髪をファッションとして楽しむ女性
Benefit(顧客の利益):
ヘアスタイルが自在に決まるよう髪のコンディションを保つ
Reason(根拠):
世界的なヘアファッションの権威である、ヴィダル・サスーン氏が開発したから
となります。
※補足:P&GのOBの方が見たら、Reason(根拠)のところがP&Gっぽくないと思われるかもしれません。通常であれば、ここにはもっとタンジブル(実体感)な要素(例えばパンテーンでいう「プロビタミン」など)が盛り込まれるからです。でも当時は本当にこれだったんです、逆にいかにも「ヴィダルサスーン」っぽくないですか(笑)。
P&Gは、どんな「商品開発サイクル」を回し続けているのか?
では、P&Gの中の人たちは日々どのように「商品」開発をおこなっているか分かりますか?結論から言ってしまうと、
膨大なデータの分析→仮説の立案→「コンセプト」への落とし込み→テストリサーチ→分析
というサイクルの繰り返しなんです。このプロセスに近道は無し、とにかく地道に、泥臭く、このサイクルをぐるぐる回し続けるだけです。そして、この「ぐるぐる」から抜け出すたった一つの方法があります。
それは、テストリサーチで基準以上のスコアを出すこと。
この「基準を超える」ということが、P&Gの過去の膨大なデータベースから勘案して、市場での成功率を高めることになるからです(それでも失敗するときはするからマーケティングは難しい!)。
Target(ターゲット)の選択肢は無数にあり、それと掛け合わせるBenefit(顧客の利益)の選択肢も無数にある。その中で、より筋の良い仮説を立てて、最も可能性のある「コンセプト」に落とし込めることが出来るかどうか。
何枚も、何枚も「コンセプト」ばかり書いていたP&G時代が懐かしく、いま思い出してもしんどくなります……。
なぜ「コンセプト」なしで「モノ」だけを売っても、商売が成り立たないのか?
さて、P&G時代をあらためて振り返りながら、「なぜコンセプトは必要なのか?」ということについて考えてみます。先ほど、
「モノ」+「コンセプト」=「商品」
と言いました。では、なぜ「モノ」のまま売ってはいけないのか?
別に構いません。
でも、それはビジネスとして成功する確率が大きく下がるからです。先ほどのシャンプーの例でいえば、
「すべての人に、洗浄力があって、髪を痛めないシャンプーを売る」
ということになりますね。この場合、なぜビジネスで成功する確率が下がってしまうのか?もうお分かりだと思いますが、おおよそ現代に売られているシャンプーである以上、「洗浄力があって髪を痛めない」のは「当たり前」だからです。こういった便益のことを「カテゴリー便益」といいます。
すなわち、シャンプーという商品カテゴリーである以上、当たり前の便益というわけです。「当たり前」ということは、逆にいえば、どのシャンプーにも備わっているということであり、そこでは差別化できない(すなわち、マーケティングできない)ということになります。
もちろん、洗浄力は洗浄力でも「凄まじい洗浄力」という感じに差別化することは可能かもしれません。でも、それはそれで、
・誰がそんな「凄まじい洗浄力」を欲しがっているのか
・「凄まじい洗浄力」とは具体的に髪がどうなることなのか
・なぜ、そんな「凄まじさ」を謳えるのか
と、結局「コンセプト」に落とし込まなければならない、ということになります。そしてP&Gくらいの大企業ともなれば当然、他の「コンセプト」と比べてテストリサーチで優位な結果を得なければなりません。
このように、「コンセプト」をつくり、練り上げることは、ビジネスの構築において極めて重要な要素となるわけです。
P&G流「コンセプトの定義」で、ビジネスはもっともっと輝く
さて、冒頭でもお話しした、一般的なマーケティング業界の「コンセプト」の定義について話を戻しますと、残念ながらその定義は往々にしてボンヤリしており、「カテゴリー便益」に世界観をくっつけただけのような説も散見されるのが現実です。
このように、定義づけが曖昧模糊な状態で作られた「コンセプト」が、どれだけ現在のビジネスシーンで貢献できているのかといえば、どうしても疑問符がつきます。
もちろん、今回ご紹介したようなP&Gで使われているフレームワークが「万能だ」とは私自身も、まったく思っていません。
ただ、このP&G流の「コンセプト」の定義は、いろいろな商売に応用可能だと思うのです。
P&Gのブランドマネジメント担当などを経て、事件後のライブドア再建に尽力。あの高岳史典氏のマーケティング講座がスタートしました。このマーケティング戦略の記事はその講座からの抜粋です。最近では飲食業界でゼロからの起業に成功、本田圭佑氏も出資するフードテックサービスをリリースした高岳氏の「ここだけの話」をぜひお楽しみください。
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