誰もが入社時には、やりがいのある仕事をしたい、出世したいといった夢や希望を持っているものです。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、松下電器産業(現・パナソニック)や松下政経塾で創業者の松下幸之助氏から直接薫陶を受けた、上甲晃氏が実践してきた仕事に対する取り組み方を、幸之助氏とのエピソードを交えながら紹介しています。
松下電器の重役になれる2つの方法
「新入社員でも、意識は社長になれ! 」
松下電器産業(現・パナソニック)の創業者・松下幸之助の訓話は刺激に満ちていたといいます。
長年、松下氏から直接薫陶を受け、松下電器と松下政経塾で活躍した上甲晃氏の土台となった経営の神様の教えとは?
20代をどう生きるか
私が人生で最も影響を受けたのは、松下幸之助に他ならない。大学で様々な専門の知識を勉強したが、本当の生き方を教えられたのは会社に入ってからであり、もっと言えば、松下幸之助と出逢ってからである。
とりわけ心に深く刻まれているのは新人研修での訓話だ。正確な言い回しは忘れてしまったが、
「君らな、僕がいまから言う2つのことを守り通したら、松下電器の重役になれる」
といったような前置きをした上でこう言った。
「1つは、いい会社に入ったと思い続けられるかどうかや」
誰でも入社したばかりの時はいい会社に入ったと思う。しかし、嫌な上司がいたり、意に沿わない仕事をさせられたり、様々な不遇に遭う。それでもなお、いい会社を選んだと心から思えるかどうかはすごく大事なことだ、と。
「人間、9割は自分ではどうにもならない運命のもとに生きている。その運命を呪ってはいけない。喜んで受け入れる。すると、運がよくなる」
とも教えられた。世に数百万社あるといわれる中で、この会社に入ったというのは、縁や運としか言いようがない。その自分の運命を呪わず、前向きに喜んで受け止めていくと人生は好転する。これは会社のみならず、生まれた国や自分の容姿など、あらゆる境遇に当てはまると学んだ。
「もう1つは、社会人になってお金が一番大事と思ったらあかんぞ。もちろんお金も大事やけどな、お金は失くしても取り戻せるんや。
しかし、人生にはこれを失うと取り戻すのに大変苦労するものがある。それは信用や。信用を大事にせなあかん」
この2つの言葉に強烈な衝撃を受けた。同時に、私の社会人生活の基本、考え方の根っこになった。
不思議なもので、後年同期にこの話をしたところ、皆覚えていないと言う。当時の私は松下電器に入社したからには、重役になろうと思って真剣に聞いていたのだろう。そこだけ鮮明に記憶していた。
どういう意識で過ごしているか、すべては受け手の姿勢次第なのだとつくづく感じる。
経営方針発表会の前日に、ある社員がしたこと
別の日の研修で、松下幸之助は仕事をする上での2つの心構えを説いた。それもまた、私の社会人生活の基本的な心構えとなった。
「君らの立場は一新入社員やな。しかし、意識は社長になれ」
新入社員とかサラリーマンだと思って働いていると、意識まで雇われ人、使われ人になってしまう。だが、社長の意識になると、同じものを見ても景色が違ってくる。
松下電器製のネオンの一角が消えていたとしよう。一社員の意識だったら消えていることに気づきもしない。万一気づいても「消えてるな」としか思わない。無関心である。しかし、社長だったら絶対にこう言う。
「おい、うちのネオンが消えとるぞ。直せ」
と。つまり、当事者意識に変わるのだ。
その日以来、私の意識はずっと社長だった。
経営方針発表会の前日には、誰に言われたわけでもないのに、もし自分が社長だったらどんな方針を発表するかを考え、それを書いて当日に臨んだ。そうすると、
「なるほどな。社長はいまそんなふうに考えとるんか。そういう見方もあったか」
と自分との差に気がつく。ただ受け身で社長の話を聞き、ノートに写すだけでは得られない学びである。
あるいは、松下幸之助が現場視察に訪れた時など、大抵の人は畏れ多くて二歩も三歩も後ろに下がるが、私は逆に松下幸之助の後ろにピタッとつき、何を質問するか、どんなことを指摘するか、どこを見ているかを徹底して研究した。
胡麻を擂るわけでも何でもない。その一挙手一投足から経営者としての物の見方、考え方を盗み取ろうと必死だったのである。