5月28日に川崎市の路上で発生した殺傷事件に、日本中が大きな怒りと悲しみに包まれています。一体なぜこのような無差別殺傷事件が起きてしまうのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では著者で健康社会学者の河合薫さんが、法務省がまとめた「無差別殺傷事犯に関する研究」から、犯行に及ぶ人間に共通して見られる点を紹介しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年5月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
犯罪はなぜ、生まれるのか?「無差別殺傷事犯に関する研究」より
またもや痛ましい事件が起きてしまいました。5月28日(火)の朝方、川崎市で多くの子どもが刃物で襲われ、小学6年生の女児と39歳の男性が死亡。十数人が負傷し、小学生2人と40代の女性の計3人が重傷で、負傷者のうち、10人ほどが小学生の女児でした。
現場は、JRと小田急の登戸駅の西約250メートルの住宅街で、私立「カリタス小学校」のスクールバスが止まるバス停付近。
刺したのは51歳の男で、自らの首を切り、搬送先の病院で死亡が確認されています。男は上下黒っぽい服装で、刃が長い包丁2本を両手に持って児童らに歩いて近づき、突然、切り付けたそうです。
いったいなぜ、こんなことになってしまうか。怒りがおさまりません。
事件直後から、テレビではコメンターターや司会者が、SNSでは多くの人たちが「死ぬなら一人で死ねばいい」「死ぬのに人を巻き込むな」と犯人への批判が殺到しました。その一方で、「次の凶行を生まないために、こういった言説をネット上で流布しないでほしい。こういった事件の背後には『社会に対する恨み』を募らせている場合が多いので、辛いことがあれば、社会は手を差し伸べるし何かしらできることはあるというメッセージが必要」といった投稿もありました。
個人的には犯人に激しい憤りを感じているし、なぜ全く関係ない子供や大人がこんな目にあわらなきゃならないんだ?とやりきれない思いでいっぱいで。今、この時点で「次の凶行を生まないためのメッセージ」を出す気持ちには、正直なところなれません。
亡くなった方、傷つけれた方、その家族の方たちの心情を慮ると、とてもじゃないけど、「次の…」とは思えないのです。
ただ、以前、私が刑務所を訪問したときに抱いた「気持ち」や、刑務官の人たちから聞いた言葉、さらには「人は環境で変わる」という自分が大切にしている信条から、「こういう事件を起こす犯人と環境との関わり」を考え、痛ましい事件が起こる社会背景を紐解くことは極めて重要だと考えています。
そこで今回は、2013年に法務省がまとめた「無差別殺傷事犯に関する研究」を取り上げ、紹介します。
本研究では無差別殺傷事件を、「分かりにくい動機に基づき、それまでに殺意を抱くような対立・敵対関係が全くなかった被害者に対して、殺意をもって危害を加えた事件」と定義。
2000年~2010年までの間に判決が確定した無差別殺傷事件で、刑事施設に入所した52人を対象に行っています。
その結果、
- 犯人の多くは男性であり、年齢層は一般殺人と比べると低く、高齢者は少ない
- 年齢層が低い者は親と同居している者が多いが、それ以外は単身で生活し、配偶者等と円満な家庭生活を送っている者は少ない
- 犯行時に異性の交際相手がいる者はほとんどいない
- 犯行時に友人がいなかったり、交友関係が希薄、険悪である者が多数
- 学校や職場に在籍していた時点から、友人関係を築くことができなかった者が多い
- 就労経験があっても長続きせず、犯行時には無職や非正規雇用等の不安定な就労状況にある者がほとんど
- 収入は少なく、住所不定だったり、社会福祉施設に居住するなど安定した住居がない者が多い
- 犯行前に自殺を図った経験がある者が4割超と多く、引きこもりも2割
- 犯行を相当前から決意していた者は少ないものの、犯行時にいきなり思い立ったものではなく、その前から犯行を決意した計画的犯行が多い
- 犯行前に、医師等に犯行に関する内的衝動を相談していた者も一定の割合いた
- 過去の無差別殺傷事件を明確に模倣して犯行を行った者は少なく、マスコミ報道によるアピールを明確に意図していた者も少なかった
また、被害者については、
- 女性、子ども、高齢者などの弱者を攻撃対象として選定する場合が多い
さらに、
- 誰からも相手にされないという対人的孤立感
- 誰にも必要とされていないという対人的疎外感
- 失職したことを契機とする将来への不安
- 生活に行き詰まり、生きる気力を失った絶望感
- 努力しても何も報われないという諦め
- 職場でのいじめやストレスへの怒り
- 守るもの、失うもの、居場所が何もないという孤独感や虚無感
- 自分だけがみじめな思いをしてきたのに周りがぬくぬく生きているという怒り
- 失職や交際相手との復縁がかなわず何事も自分の思惑どおりに行かないという憤り
といった不満や閉塞感等が共通して見られました。
以上のことから、社会的に孤立し、生活も苦しいという生活状況から、希望や意欲を失い、視野狭窄的で偏った思考の下、不平不満を募らせ、事件の引き金になっていると考えることができます。
…これ以上の私見は、またの機会にお話するつもりです。
みなさまのご意見もお聞かせください。
image by: Shutterstock.com
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年5月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー
※初月無料の定期購読手続きを完了後、各月バックナンバーをお求めください。
2019年4月分
- 「加速の罠」にはまった平成の30年間/オレにも言わせろ! ほか(4/24)
- 「約束破りの季節」と10連休/「他人の足をひっぱる男たち」(22) ほか(4/17)
- 「性交渉 経験なし25%」の真意/「他人の足をひっぱる男たち」(21) ほか(4/10)
- 三つ子虐待事件と日本の闇/「他人の足をひっぱる男たち」(20) ほか(4/3)
※1ヶ月分540円(税込)で購入できます。
※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2019年5月29日号)より一部抜粋