アメリカとイスラエルが引き起こしたイラン戦争の思わぬ長期化で、混迷を極める中東情勢。ホルムズ海峡の閉鎖で、世界経済はこれまでにないパニックに見舞われる事態となっています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、そんな中で行われたトランプ氏の演説内容に着目し、大統領の「本心」を推察。さらにこの戦争が結果的に中国とロシアを利する結果となった構造を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:崩壊が止まらないアメリカの覇権と、トランプの思い付きに振り回され危機が高まる国際情勢
止まらないアメリカ覇権の崩壊。トランプの気まぐれが国際社会に与える危機的状況
「アメリカ国民は本当にイランに対する戦争を望み、何か得ることはあるのだろうか?」
「この戦争はアメリカ国民の利益に資するものなのか?」
イランのペゼシュキアン大統領がアメリカ国民に向けて発出した書簡が訴えかけた、シンプルでありつつ、的を射た疑問です。
2月28日にアメリカとイスラエルが始めた対イラン戦争は、開始から1か月以上が経ちましたが、当初、トランプ大統領が意図していたHit & Go(攻撃して、早期に立ち去る)という“ベネズエラ式”の結果にはならず、イランによる対イスラエルそしてアメリカ軍に対する報復に留まらず、親米とされ、自国内に米軍基地をホストする周辺諸国およびヨルダンへの攻撃に発展し、そこにホルムズ海峡の封鎖による世界経済とアメリカに与するアラブ産油国の生命線をも握って“アメリカとイスラエルの愚”を世界に示す形にまで発展しました。
毎年2月にトルコ・イスタンブールで開催されている武器Expoでも発表されたことがないような最新型の弾道ミサイルがイランによって用いられ、テルアビブをはじめとするイスラエルの主要都市に容赦なく降り注ぎ、これまでにない大きな被害をイスラエルにもたらしています。
それは同時に、イスラエルが絶対的な自信を誇ってきたアイアンドームの限界を露呈し、イスラエルに迎撃ミサイルを消費させることで、親イランのヒズボラ(レバノン)やフーシー派(イエメン)からのミサイル攻撃に対する脆弱性も増しており、イスラエルの思惑も外れてきています。
そのような中、ネタニエフ首相は自身の政治生命の延命という最大の目的に加え、イスラエルがずっと抱えてきた周辺アラブ諸国への生存上の危機を排し、加えて大イスラエル主義の実現という“民族の目標”の実現のために、何があってもイランへの攻撃を止めることは考えられず、それはガザへの蛮行やヒズボラ掃討を看板に行うレバノンへの領土的拡大、パレスチナの壊滅に向けた“ユダヤ人入植の拡大”、シリアに対するコントロールの掌握に向けた軍事攻撃にも当てはまるため、イスラエルが絡む紛争は終わる兆しが見えません(これについては、Multilateral Mediation Initiativeの専門家によると「イスラエルが何らかの形で滅亡しない限りは」というBig Ifがついていることを追記したいと思います)。
しかし、アメリカについては少し事情が変わってきているように見えます。結論から申し上げるとすれば、【トランプ大統領は急速にイラン情勢に対する関心を失い、一刻も早くイランから離れ、“ほかのこと”に注力したいと考え始めている】と思われます。
それがはっきりしたのが4月1日米国東部時間21時(日本時間は4月2日午前10時)に行われたトランプ大統領によるアメリカ国民向けの演説内容です。
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一方的な勝利宣言で戦争から手を退きたいというトランプの願望
「どのようなことを言うのだろうか?」
「イラン情勢の終息に向けた具体的な道筋が示されるのではないか?」
いろいろな憶測が飛び、アメリカの主要メディアはもちろん、各国のメディアも中継・生放送でカバーするほどの期待の現れでしたが、約20分の演説の内容はこれまで発信してきたことのまとめに過ぎないとの印象で、米国メディアでさえ、「正直期待はずれで、見せかけの勝利宣言に過ぎないとの印象で、解決に向けた具体的な内容は皆無だった」(ABCニュース)、「現実を見ず、自らの偽りの成果を飾り立てるだけの妄言に満ちた演説だった」(CNN)など、非常に失望感が溢れる内容だったようです。
それに加え、Stone Ageの話になったり、イランにおける破壊行為をジョークのように話したりする姿勢に嫌悪感を抱いたニュースも多かったとの印象を受けました。
当のイランは全くこの演説に対しては反応を示さず、終結に向けて示されたタイムラインについても、“イランの指導部が壊滅した”という内容についても一切コメントしていませんが、ペゼシュキアン大統領が欧州の指導者(コスタ欧州理事会議長・大統領)に語った内容によると「イランに対する攻撃が未来永劫行われないとの確約を得ることができ、かつアメリカとイスラエルによって被った被害に対する弁済・賠償が行われるとの合意が成立するならば、イランは停戦または戦闘停止に応じる用意がある」と発言しているものの、それはイランの指導部の総意とは考えづらく、またペゼシュキアン大統領が掲げた条件も、アメリカおよびイスラエルにとっては受け入れ不可能なものであることから、戦闘はしばらくの間、続くものと考えるのが筋かと思います。
そのような中で行われたトランプ大統領の自画自賛演説を解きほぐすと、次のような内容が見えてきます。
一つ目は【ホルムズ海峡の封鎖を解くことを諦めて、一方的に勝利宣言をしてこの戦争から手を退きたいという願望の現れ】です。
これまで連日イランに対する攻撃を加えてきましたが、イランの革命防衛隊によるホルムズ海峡の封鎖は機能しており、親米国に対しては通航を許さず、命令に違反した場合には攻撃する構えがキープされたままです。
そしてトランプ大統領が一度は約束したはずの米海軍による同盟国タンカーの護衛も行われず、同盟国とされた国々は、次々とイラン政府との交渉に臨み、ホルムズ海峡の通航税を払ってでも、自国のタンカーの通過を働きかける動きに出たことで、対イラン包囲網の解れが出てきています。
我が国日本も、イラン政府からの【通行料を中国元で支払うように】との条件を呑んで、タンカーの通過を勝ち取っており、この点では“イランの作戦勝ち”と言え、またその背後に構える中国の戦略勝ちともいえると考えます。
NATO諸国も同盟国も自身の言うことを聞かないことに業を煮やしているのか、今回の演説では「アメリカはホルムズ海峡経由の原油にほとんど依存していないためコストはゼロだが、ホルムズ海峡経由の原油に依存している国々は、まずアメリカから原油を購入すべきだ。もしそれが嫌なら、自国の艦船を派遣して自国のタンカーを護衛し、ホルムズ海峡経由で原油を確保するべきだ」と不満を表明していますが、これが意味することは、「アメリカはホルムズ海峡の解放には関わらない」という意思表明であり、これは“ホルムズ海峡の状況を放置したまま、一方的に勝利宣言をし、アメリカは停戦する”という意図の表明と分析することが出来ます。
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イラン攻撃失敗の自覚はあるが決して認めたくないトランプ
しかし、これは非常に甘い見通しであり、自ら先陣を切ってか、またはイスラエルの口車に載せられてか、または自身の強欲に引きずられたのかはともかく、イランに大規模な攻撃を加え、ハメネイ師(アリ─・ハメネイ師)を殺害し、ラリジャニ氏を殺害し、イランの体制転換を図ろうとしたアメリカの失敗を覆い隠すことを許してはくれません。
この戦争を本当に終わらせるのであれば、【ホルムズ海峡の解放なくしての勝利はない】というのが常識的な話ではないかと考えます。
イランがホルムズ海峡を武器として用いて、世界に抗議しているわけですから、それを解かない限りは、成功とは言えないと考えますが、この1か月でホルムズ海峡の閉鎖は効果的に世界経済の首を絞め、原油価格を高騰させ、それが“米国が困らないはず”の国内のガソリン価格の高騰につながっています。
アメリカ国内では1ガロンあたり4ドルが判断基準になると言われていますが、現在、そのレベルはすでに超えており、秋の中間選挙を前に国民・有権者の不満は高まっているとの数値も多く出てきています。
2つ目は【トランプ大統領自身、正直なところ、今回の介入は失敗であったと自覚しているが、それを決して認めたくない】ということです。
トランプ大統領にとっては自らの面子を保つことと併せ、自らの親族や側近たちへの利益配分が行われることがとても大事とされていますが、ベネズエラへの侵攻とは大きく違い、今回のイランへの攻撃において、アメリカそしてトランプ氏および周辺が何らかの利益を得ることはありません。
実は数週間前、The Economist誌のインタビューか何かで、今回のイランへの攻撃の目的を聞かれた際、「イランの石油をコントロールしたい」という発言が取り上げられて、利益追求の欲望を全く隠していない様子が報じられましたが、その目的が果たされることは無く、代わりにロシアを利することに繋がっていますし、征服したはずの西半球・ラテンアメリカ諸国がエネルギー資源の共同調達のパートナーシップ協定を結んで、独自の態勢を組んだことで、アメリカによる支配力が弱められていますが、それに対抗するだけの力をトランプ政権は持っておらず、そして“獲得(略奪?!)”したはずのベネズエラの利権も、今、コントロールできていない状況のようです。
そしてロシアは、トランプ大統領に「ロシアがキューバに原油を供給する許可」をもらい、キューバの危機を救うことで再度コントロールを強めていますし、対ロ制裁が緩和されたことで、ロシア産原油・天然ガスへのニーズが一気に高まったことで、まさに宝くじに当たったかのように、ロシア経済の復活が起きています。
その結果、トランプ大統領と政権はいろいろなケースに介入して、成果を強調するものの、それらの“成果”も失いつつあるだけでなく、アメリカの力が支えてきたはずの信頼性をも失いつつあるという、全方面で負け始めていると思われることを、今回の演説は示したのではないかと分析します。
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露呈した「トランプはネタニヤフを制御できない」という事実
3つ目は【明らかにトランプ大統領はネタニエフ首相とイスラエルを制御できないことがあきらかになったこと】です。
今回の戦争に引きずり込まれたのは間違いないと考えますが、自らの面子と保つために、イランが核兵器を持つ危険性に鑑みて、自らがイランへの攻撃を決めたと発言しているものの、イランによる親米国への報復攻撃が激化し、そしてアメリカ軍に深刻なダメージが生じていることから、イランの報復を控えさせるために、イスラエルにイランの発電設備への攻撃(特に原発への攻撃)を止めるように要請したものの、イスラエルは、表向きは要請を受け入れたように見せかけ、イランの原発への攻撃を強行し、さらにはイラン・湾岸諸国の命綱になる海水淡水化施設への攻撃も、イランの仕業に見せかけて行うという、戦争の拡大に向けた工作を強化していますが、それをすでにトランプ大統領とアメリカ政府は制御不能になっています。
またヒズボラへの攻撃と称して行うレバノンへの攻撃や、ガザへの攻撃、そしてトランプ大統領でさえレッドラインと発言したヨルダン川西岸地域へのユダヤ人入植地拡大も、イスラエルは強行し、その結果、アメリカがガザ情勢に対して行ってきた停戦協議および仲介に対する信頼は失墜する結果となりました。
平和評議会(Board of Peace)の下、ガザの統治と治安維持が行われるとの内容だったかと思いますが、そのコアを担うはずだった治安維持組織へのインドネシア軍の派遣が取り消され、トルコとパキスタンも参加を見合わせ、同時に反イスラエルのトーンを強めて、「アメリカがイスラエルをきちんと制御しないのであれば、その先に平和はなく、そのようなプロセスに加わることはできない」という意思表示がされたようです。
イスラエルとしてはトランプ大統領と政権の面子を潰すつもりはないと思うものの、対イラン戦争をはじめた理由と目的は、アメリカのそれとは大きく異なるため、現時点でイスラエルが停戦に応じるつもりはなく、あくまでも「まず親イラン勢力であるヒズボラ、フーシー派、ハマスなどを徹底的につぶし、同時にその親玉であるイランも二度とイスラエルの脅威になることが無いように叩き潰す」という目的の完遂のために(ネタニエフ首相個人の政治生命の延命という別アジェンダとは別に)、イスラエルは現在の勢いを駆って、攻撃を強化するものと思われますが、それをトランプ大統領が止めることはできないことが鮮明になったと思われます。
このように自信満々のトランプ大統領でも、アメリカの負け・失敗がはっきりと見えてきたようで、イランからの出口を模索していることが感じられますが、いろいろと迷っている様子も見えてきます。
例えば、イランへの圧倒的な軍事的圧力をかける目的で、イランの発電所への攻撃を仄めかし、48時間以内に核放棄を受け入れよと言っていたかと思えば、3日延び、それから5日延び、最新の状況では、イスラエルに自制を求める以外は、具体的な期限には言及していません。
演説の中であと2週間から3週間は苛烈な攻撃を加えると言ってみるものの、このところ、やっていることと、言っていることの乖離または矛盾がはっきりと見えてくるようになってきています。
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トランプがイラン戦争から興味を失い始めた何よりの理由
例えば、自身の岩盤支持層であるMAGA派内で高まる「トランプ大統領はアメリカ・ファーストを捨て、これまで非難してきた過去の大統領たちのように、海外の戦争に尽力することは許さない」という意図に応えるべく、「近く戦争は終わる」と述べたり、「アメリカの地上軍がイランの地に派遣されることはない」と言ってみたりしています。
しかし、その半面、特殊部隊である第82空挺師団が派遣され、近く1万人単位での増派命令もすでに発出され、「アメリカがイランの地上作戦を強行するのではないか」との憶測を呼ぶような言動を繰り返しています。
見方をあえて変えるならば、実際に何を考えているのか分からなくすることで、実際の行動の効果を最大化するという戦略なのかもしれませんが、もし今回のイランへの侵攻の真の目的が、イランの体制転換であるならば、いくら最新鋭の爆撃機や弾道ミサイルを多用してみても、地上軍の派遣によるイラン国内の制圧と掌握無くしては、その実現は不可能なため、実際にどうするのか、だれも分からないまま、ズルズルと攻撃が繰り返される間に、アメリカ軍内にも混乱が広がるだけでなく、確実に犠牲も拡大するという悪循環に陥る羽目になっています。
MAGA派の最新の世論調査によると、トランプ氏に早く対イラン戦争を完遂してもらい、国内の諸問題に集中してほしいとの願いから、その実現のための地上軍派遣はやむを得ないという意見が高まっているとのことですが、それもあくまで、イランとの戦争というよりは、MAGA派への約束を果たすことにフォーカスされた要望と理解できます。
そして何よりもトランプ大統領がこのところイランから関心を失い始め、一刻も早い出口を模索している理由が、まるでネタニエフ首相と同じですが、自身の政治的なレガシーと保身です。
すでに政権の支持率は下降線を辿っており、このままだと高止まりするガソリン価格にも押され、上下院で過半数を割り込み、その結果、レームダック状態に陥ることが予測されています。
そうなった場合、通常の政権であれば懸念事項は「大統領は何一つやりたいことをさせてもらえない」という政治的な停滞ですが、トランプ大統領の場合、すでに出てきている罷免と訴追の可能性が現実のものになりかねないという懸念が存在するようです。
もし両院を失った場合、まず下院でトランプ大統領に対する弾劾決議が可決され、上院においてはアメリカ合衆国憲法修正第25条の規定に基づく罷免動議が採択され、任期半ばで大統領職を追われるだけでなく、失職した暁には、一旦、休眠状態にある多数の訴追案件が再起動されて、有罪判決を受ける可能性が一気に高まることが予想されています。
そうなると、これまで築き上げてきたものは一瞬にして崩れるだけでなく、メンツは丸つぶれで、レガシーどころではありませんが、今、トランプ大統領をその窮地から救い出す奇策はないのが現状かと考えます。
イラン情勢・紛争から手を退き、他の案件で“成果”を導き出すことで、何とか支持率を改善させたいというのが狙いかと思いますが、果たしてイスラエルのネタニエフ首相がそれをさせてくれるかは分かりませんし、何よりもイランが停戦する気がなく、これまで長年にわたって繰り広げられてきた“アメリカによるイランへの攻撃の仇討ちの絶好の機会”と考えている節があることからも、期待薄かなと感じます。
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国際交渉人が「実行されないもの」と信じたい最悪シナリオ
ではそのどのようなシナリオが考えられるでしょうか?
一つ目は【アメリカがホルムズ海峡の解放なしに、一方的に勝利宣言を行って撤退する】シナリオです。
このシナリオにおいては、演説でも繰り返されたように、ホルムズ海峡の問題は、ホルムズ海峡に依存する欧州各国や日本、中国、韓国が自ら解決すべきという、同盟国を馬鹿にしたような内容で、自らの尻拭いをさせようという非常に都合のいい内容です。
ただ、これに対してはさすがのアメリカのメディアも【無責任はなはなだしく、アメリカを世界の恥に晒している】(ワシントンポスト・ニューヨークタイムズなど)と非難し、アラブの産油国で構成されているGCC(湾岸協力理事会)の6か国(サウジアラビア王国、UAE、バーレーン、オマーン、クウェート、カタール)に加え、巻き添えを食らっているヨルダンも「そんな勝手な話は断じて許さない」と非難を強め、UAEを除いては、アメリカ軍機の領内からの発進および領空の通過を許可しない姿勢を打ち出し、かつ、これまでに締結してきたアメリカとの投資案件も白紙に戻すとの意思表明も行い、抗議しています。
さらには、これは恐らくトランプ大統領にはショッキングな内容と思われますが、サウジアラビア王国のMBS皇太子が「今後、サウジアラビア王国は米国からの武器調達・購入は行わない」という意思を伝達したことも伝わってきており、アラブ諸国の対アメリカ・対イスラエルの憤慨の度合いが分かります。
二つ目は【イランへの地上部隊の派兵と地上戦の実施】という選択肢ですが、これは予測不可能とされるトランプ大統領の思考パターンから考えると、かなり実施の可能性は低いと考えます。
ただ、もし自身の保身に目がくらむか、またネタニエフ首相の口車にのせられるかした場合、実行を決断する可能性はゼロとは言えませんが、仮に地上戦に突入した場合には、恐らくアメリカが戦後経験したどの戦争よりも(ベトナム、イラクなど)苦戦を強いられ、確実に戦争が泥沼化し、アメリカが中東の地に縛り付けられる可能性が高まります。
その結果、他地域におけるアメリカのプレゼンスは格段に低下し、世界的な覇権の確立と回復を狙ってきた外交戦略が頓挫することとなり、そこに中国、ロシアのみならず、インドやブラジルといった地域大国が台頭し、またトルコのように地政学上、非常に戦略的な位置にある国が大きな影響力を持ち、群雄割拠の時代が訪れ、アメリカの影が薄れる事態が予想されます。
ゆえにこのシナリオは、100%否定できないものの、実行されないものと信じたい内容です。
三つ目は【イランへの特殊部隊の派遣と特別任務の実施という限定的な介入】です。
これは陸軍第82空挺師団やグリーンベレーなどの特殊部隊を投入し、イランが各地に隠していると言われている濃縮ウランを奪取して、半強制的に核能力を削ぎ、非核化するという作戦を指します。
ただベネズエラのケースとは大きく違い、イランは隣国イラクとも比較にならないほど、地形に凹凸があり、山岳地帯もあるため、明らかにイラン側に地の利があり、戦闘は非常に対応に苦慮することが容易に予測できますし、イランの100万人ともいわれる兵力を相手に、どこまで最新鋭の武器装備を持ち、特殊訓練を受けている精鋭が対応できるかは未知数です。
そして、いろいろと衛星で監視はしているでしょうが、バンカーバスターをもってしても破壊し尽くせなかった核関連施設および濃縮ウランの貯蔵施設を見つけ出し、アメリカ側の被害を最小限に止めるという大きな命題を確実にこなしつつ、片っ端から破壊するか、奪取することは、イランの能力に鑑みた場合、実質的に不可能か限りなく困難だと考えます。
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アメリカのみならず世界を圧倒しているイランの戦略
トランプ大統領が攻撃当初に挙げた【イランの核兵器能力の排除】を確実なものにし、侵攻を正当化するためには、上記の実現が不可欠だと考えますが、それがいかにmission impossibleかは容易に想像できるかと思います。
ただ、トランプ大統領の場合、勝手な推測であることは断っておきますが、中長期的な成果には恐らく関心がないため、成果を強調するためにより現実的な選択肢があるとすれば、イランの原油搬出のターミナルとなっているカーグ島の占拠を、特殊部隊による特別作戦で行い、“ホルムズ海峡を取り戻す”ことかと考えますが、イラン側はそれを予測してすでにカーグ島の守りを固めているとされており、こちらも実現にかなりの混乱と困難が予想されます。
まだ対応を決めきれず、出口も確保できない中、アメリカは迷走していますが、それに対してイランはどうでしょうか?
ガリバフ議長や革命防衛隊のハードライナーが実権を握りつつ、ペゼシュキアン大統領やアラグチ外相という柔軟な対応を選択しそうな雰囲気をもつリーダーを時折出しつつ、消息不明のモジタバ・ハメネイ師の最高指導者としての権威を上手に用いて、体制維持のための戦略を着々と実行しています。
その中で特に注力されているのが【非当事国をいかに味方に付けるか】という作戦であり、ホルムズ海峡を一旦閉鎖した上で、国の立場によってアクセスの度合いを差別化して、分断を図る作戦を実行しています。
親米国に対しては一切のアクセスを禁じる中、中・ロ・パキスタンなどにはフルアクセスをgrantし、日本のように要求を呑んで(中国元での通行料支払い)かつ元々友好的な関係にある国には、徐々に通航を許すという差異化を図って、分断を加速させています。
強大かつ優秀な軍事力と、ホルムズ海峡という戦略的な拠点を掌握して、それを武器として用いることができる戦略が、アメリカ、そして世界を圧倒していると言えるでしょう。
その分断・差別化はアラブ諸国に対しても同じです。最も親米的で、かつ“アブラハム合意”を通じてイスラエルとの経済的な関係を強化するUAEに対しては、“アメリカの手先”とレッテルを貼って米軍基地のみならず、ホテル、空港、エネルギー施設などに容赦ない攻撃を加え、UAE経済に大打撃を与えることで思い知らせる作戦を取っています。
しかし、アメリカとの仲介を行ってくれたオマーンについては、散発的な攻撃は行ったか、またはイスラエルがイランに見せかけた偽の攻撃を行ったことはあるものの、攻撃を抑制して差異化を図っています。
特にオマーンについては、今、イランがコントロールしているホルムズ海峡の制御を行うことができる国と見なしているため、非常に慎重に対応しているようです。
また、ハマスとイスラエルの仲介を行ってきたカタールについても、オマーンに比べると攻撃の度合いは高いものの、クリティカルな攻撃は実施せず、時折、決断を迫るかのようにミサイルを撃っているという、抑制的な対応で、かつカタール曰く、事前に通告の上、攻撃してくるのだそうです。
アラブの盟主サウジアラビア王国については、中国による仲介で外交関係を修復したばかりという現実に鑑み、サウジアラビア王国がアメリカ軍の基地使用を認め、攻撃を止めなかったことに対する不満を表明するための攻撃は行いつつ、対話のチャンネルはキープし、アラブの姿勢を左右できるcasting voteを握る国として尊重しているようです。
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分岐点を越えた自国ファーストのエゴがぶつかり合う国際情勢
そして、ヨルダンについては、イランの対イスラエル攻撃の流れ弾が襲っている事態なのですが、これはあくまでも“イスラエルがわるく、ヨルダンは巻き添えを食らった”という認識で、イスラエルを制御できないアメリカが悪いとの認識を強め、2月28日以降はアメリカとのコンタクトを拒絶するという姿勢を取っており、イランに対するシンパシーが強まっているとされています。
このようにアラブ諸国間でも攻撃の内容や頻度に差をつけることで、挙ってイランを襲ってくる事態を未然に防ごうとして、イランの立ち位置を明確に示しています。
イラン情勢が混迷を極め、出口が見えない中、ウクライナはアメリカに見捨てられ、欧州はウクライナ最優先との立場を取ってイスラエルを見捨て、アメリカと距離を取る姿勢を取りましたが、これが一気に欧米の同盟関係を根本から崩壊させ、NATOを形骸化し、結果としてロシアのプーチン大統領を大きく利することに繋がっています。
石油・天然ガスの輸出が再開され、キューバを手始めに西半球での影響力が回復しただけでなく、アフリカ諸国との関係強化を通じて影響力を拡大していますし、混乱を極める中東においてもロシアのプレゼンスが高まるという、非常に皮肉な結果を生み出しています。
独断的な行動と同盟国への冷遇及び失礼な扱いがアメリカの孤立を深め、イスラエルが暴走することで中東地域のデリケートな安定は崩れ、大イスラエル主義の実現とアラブ社会の団結の衝突が起き、そこにイランが紛争当事国として混じり、その背後にはトルコ、ロシア、中国が控え、パキスタンがイランとアラブ諸国に“核の傘”を提供し、インドが独自の姿勢を取りつつも、影響力を各地に拡大し、それぞれの主要なパワーハウスの国々が、混乱極まるアフリカに食指を伸ばして、さらに国際情勢を激しく揺らし、混乱の極みに陥れるという状況が静かに、でも確実に表面化しつつあります。
協調による安定よりも、力に根差した自分・自国ファーストのエゴがぶつかり合う国際情勢は、もう決して戻ることができない分岐点をすでに越えてしまったのかもしれません。
一応“話し合いのチャンネル”は複数開かれ、“話し合いによる解決”の可能性に賭けて調停努力は続けられているのですが、果たしてどうなるやら、こちらも出口が見えてこない今日この頃です。
今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2026年4月3日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
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