トランプ大統領による「文明破壊通告」から半日にも満たないうちに、2週間の停戦に合意した米国とイラン。とは言えなお先行きの不透明さが残る中東情勢ですが、これまでトランプ氏にたびたび槍玉に挙げられてきた中国は、アメリカの軍事行動をどのように捉えているのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』ではジャーナリストの富坂聰さんが、習近平氏が依然として米国に対する警戒心を抱いているとして、その理由を解説。さらに中国がイランやベネズエラと同じ轍を踏まないために怠らない対応策を紹介しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:アメリカがイラン戦争に拘泥する中、内政を引き締める中国の意図
なぜ中国は今、内政引き締めに血道を上げるのか。習近平が解かないアメリカへの警戒
イランを石器時代に戻してやる──。
ドナルド・トランプ米大統領のこんな脅し文句に対しイランは「石器時代にも我々には立派な文明があった」と応じた。
高々200年ほどの歴史しか持たない国が6,000年の歴史を誇る国を潰せるはずはない。そんな主旨の発言もあった。
イランのこうした反応を、いまやトランプ政権も単なる強がりと一笑に付すことはできない。そのことは、イランの戦況が如実に物語っている。
米外交誌『フォーリン・ポリシー』は3月30日、「トランプはイラン戦争で敗れつつある」という衝撃的なタイトルをつけた記事を配信した。
大統領は4月1日の夜、国民向けの演説で、「(イランの)ミサイルやドローンの発射能力は大幅に削減されている。兵器工場や発射装置は粉々に吹き飛び、ほとんど残っていない」と語った。しかし米CNNは、記事「イランは相当なミサイル発射能力をなお保持、ドローンも数千機残存 米情報機関評価」(2026年4月3日)で、大統領の見立てに疑問を投げかけた。
当初は「ザル」と揶揄されたイランの防空システムも、いまだに機能していることを示す動きも目立つ。これも米CNNが、やはり情報筋の話として伝えている。
記事のタイトルは「イラン上空で米戦闘機F15Eが撃墜、乗員2人のうち1人救出」である。戦闘機F15Eとは「ストライクイーグル」のことだ。
視点を変えれば、ホルムズ海峡を事実上閉鎖に追い込んで世界経済、ひいてはアメリカ経済を人質にとったイランの攻勢は、はた目にも勢い付いているように見える。
中でもアメリカにとって痛いのは、ホルムズ海峡を通って届く肥料が止まってしまったことだ。これが農産物の作付に大きな打撃となると懸念する声が国内に広がっている。
作付に肥料が間に合わなければ、秋の収穫が大幅に減り、米国内で餓死者も出るとの予測さえ流れ始めているのだ。
ベネズエラでの成功体験がまるで通用しない現実にトランプ大統領も戸惑っているのではないだろうか。
アメリカがイラン戦争の泥沼で足を取られるニュースが世界にあふれるなか、中国が発信するニュースに目を向けると、こちらは相変わらずAIやロボット、電気自動車(EV)での躍進を宣伝する内容が目立ち、コントラストが鮮明だ。
今週はさらに「習近平国家主席が「植樹を行った」という牧歌的なニュースを中国中央テレビ(CCTV)が夕方の番組で、大きくトップで伝えている。
植樹は恒例の行事で映像も見飽きているのだが、あらためてアメリカ発の殺伐としたニュースと並べてみると彼我の差がよく表れていて興味深い。
ただ、だからといって中国が、現状に安穏としているかといえば決してそうではない。依然、アメリカに対する警戒心は極めて強い。
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
習近平が警戒する「高官の寝返り」と「政権への不支持の広がり」
但し、その警戒心は巷間言われるような「イランで中国製の防空システムが機能しなかった」といったことに向けられたものではない。そもそも防空システムの話題では、その前提としての事実誤認が多過ぎて話にならないのだが、そこは一先ず横に置いておこう。
習政権の一番の警戒は、いま意外に思うかもしれないが国内の官僚腐敗に向けられている。
この一年ほど軍の幹部をはじめ党・政府の大物官僚たちが次々と落馬するニュースが相次いで報じられてきたが、その激しさはかつて反腐敗キャンペーンが最も盛んだった頃を彷彿とさせる。翻ってみれば、これは政権内部が緩んでいることの証左でもあるのだ。
ベネズエラ攻撃もイランのトップへのピンポイント攻撃も、作戦が機能した背景には米情報機関の正確なインフォメーションがあったことは言うまでもない。つまりヒューミントの力だが、これを機能させるための前提条件は高官の寝返りだ。
中国がなぜ、日本では悪名高い「反スパイ法」を制定し徹底した取締りを行ってきたかといえば、これを防ぐためだ。
そしてもう一つの問題が国民の政権への不支持の広がりだ。政権に不満を抱えた国は必ずアメリカの工作に付け込まれる。イラン攻撃の直前に国内で大規模な反政府デモが仕掛けられたのは記憶に新しい。
国民が政府に不満を持つのは、一に生活苦だが、同じくらい重要なのが政治家や官僚など有力者に対する不信である。
とくに権力を利用し濡れ手に粟の利益を得ていると疑われれば致命的だ。
今年3月31日、習近平国家主席が雑誌『求是』に発表した「正しい業績評価を確立し、それを実践する」の中では、そうした官僚に対する戒めが列記されているのだが、これこそ政権が抱く危機感の象徴だ。
発言録の最初にはこんな言葉がある。
「我々は信条について、これまで様々な言葉で語ってきたが、結局のところ『人民のために奉仕する』ということに尽きるのだろう。(中略)古くから、『君主の禄を食む者は、君主に忠を尽くす』と言う。現代においてそれは、『人民に奉仕する』ことにほかならない」
これは日本にはほとんど伝わらない「中国式民主」の一つの形だが、単にきれいごとを並べているわけではない。
これまで書いてきたように、背後には危機感があり、直近ではそれはアメリカに付け込まれるスキを埋めるためだが、そもそも国民との信頼関係は、共産党が依って立つ力の源泉でもあるのだ。
第一次整風運動の歴史もそうだが、国共内戦時、戦力で圧倒的に勝る国民党軍が、兵力でも装備でも大きく劣る共産党軍に敗れたのは、国民党の腐敗体質に嫌気がさした国民が共産党を熱烈に支持したからだ。その勝利の理由を共産党の指導層はそのDNAに刻み込んでいる。
習主席が繰り返す「初心を忘れず」はまさにこのことを指しているのだ。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2026年4月5日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録下さい)
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
image by: FotoField / Shutterstock.com