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問題は「ひきこもり」ではない。殺意を形成する心のケアの必要性

川崎市で起こった痛ましい通り魔事件と、その事件がきっかけと言われる練馬区での元農水次官による長男殺害事件は、多くの人をいいようのない不安に陥れました。そして、安心し安心させたいマスメディアは、「ひきこもり」をキーワードとすることで結論を急ごうとしています。しかし、メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、「問題はそこではない」と指摘。必要なのは、殺意を形成する心をいかにケアするかにあると、自由に語れる場の必要性を訴えています。

ポリフォニーで語る「命×公共性」で殺意のココロをほぐしたい

川崎市の登戸駅近くでの殺傷事件と農林水産省元事務次官が息子を殺害した事件は、「ひきこもり」をキーワードとして、一方では加害者(川崎事件)の一方では被害者(元事務次官事件)の、どちらもこの世にいない人の「異常な」心理性を語る中で、多くの人にとって導きやすい理解に押し込めようとして、結論を急ぐパターンをまた繰り返している。

ちょうど内閣府が中高年の引きこもりの推計が61万人と発表したことも手伝って、今回の事件に関係する2人がこのカテゴリーに入るのではないか、との分類により、議論は引きこもりに流れてしまったが、再度立ち止まって考えてみたい。やはり引きこもりとは、何かをきっかけにして存する状態であり、その何かを考えることが今の私たちに求められているのだと思う。

社会が出るに値しない、つまらない世界なのか、人との交流は煩わしく、回避するべきものだろうか、日本国憲法で権利として明記されている幸福の追求を求められないほど、日本社会は夢や希望がないのだろうか。私が疾患や障がいのある方々との対話では、答えは「イエス」であり「ノー」である

つまり状態によって、答えは変わる。世の中を生きていくのは大変なことだ。お金を稼がなくてはならない雰囲気だし、年金も減らされそうだし、老後の資金を準備しろ、と無茶な発言も出てきた。誰でも引きこもりたくもなる。だから、引きこもりたい気持ちは共感できるし、多くの人は無理矢理に社会に「働かされている」のかもしれない。

引きこもりが悪いことと思っていない前提で、引きこもっている人の家を訪問し、部屋にノックしたりしながら、当事者と対話をしていると、誰もが原因があることに気付かされる。素因となったストーリーが明確にあるのだ。それらの多くは、筋書の通った共感できる物語だ。その結果として、引きこもっている現在もストーリーの中にあるから、人生は続いていく。ここから、どうしたいのかが、大事な物語だ。

結果的に引きこもっても、それは事後、冬眠期間だったと振り返られれば、よい経験にもなる。この過程で、世の中を「くそったれ」と罵ってもよいのだが、他者に危害を加えるメンタリティになるのは、やはり社会悪になるので、避けたい。問題はここである。

引きこもりではなく、社会に対し危害を加えようとする心のケアが現在問われているのである。川崎の事件での加害者の心に宿した「殺す」という決意、農水次官事件での、「周囲に危害を加えるのではないか」に至る周囲の暴力を仄めかす発言と、殺害という手段を選ぶ父親の心の閉そく感、すべてが不健全な形に帰結してしまっている悲劇を注視する必要がある。

不幸な状態を抜け出すために、人に危害を加えるメンタリティを形成するメカニズムに迫る必要があるのだが、これは付け刃のような政策では対応できない。自殺対策でも、無差別殺人でも、「人間の命」と「公共性の在り方」を社会科学の視点から語れる場を作るべきであろう。

それは一方的に誰かが教えるのではなく、話し合って気づき合うポリフォニー的対話ではないだろうか。殺意のココロをほぐすために真剣に考える必要がある。それを実現するには、自由に語れる環境が必要だ。大きな社会の絵の中で、引きこもりも受け入れつつ、命を守る守られることに重点を置く視点こそが悲劇を繰り返さないための第一歩だと思う。

image by:  Shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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