日本のテロ対策の不十分さについて、自身のメルマガ『NEWSを疑え!』でさまざまな角度から提言を行なう軍事アナリストの小川和久さん。今回は、東京2020に向けてテロへの備えが万全かのような印象を受ける記事に反応。日本の警察の対テロ作戦の足枷となっている「警察比例の原則」の問題について言及し、その最大の弱点は「テロリストに見破られている」と警告しています。
対テロ作戦と警察比例の原則
読売新聞は7月30日、[プロジェクト TOKYO2020]<7>技術結集 テロ抑止という特集記事を掲載しました。一見したところ、東京オリンピック・パラリンピックに向けて、万全の備えがとられているような印象です。
なにしろ、顔認証、サイバーセキュリティときて、装備品もラストマイルカメラなどが勢揃いしているからです。ラストマイルカメラとは、競技会場と最寄り駅を結ぶ道に、ドーム型で360度撮影できる最新型の防犯カメラを計約200台設置しようというものです。
映像は瞬時に警視庁本部のモニターに映し出され、不審者や爆発物、観客が殺到して雑踏事故が起きそうな場所があれば、近くの警察官や機動隊員が駆けつけるというもので、基本的にはテロを未然に防ぐことが狙いです。人工知能(AI)を組み合わせ、不審物や不審者を自動で検知したり、雑踏の動きを先回りして予測したりするシステムの構築も検討中とのことです。
これを見て、国民が安心感を抱くことは重要ですが、備えなければならない相手はテロリストであり、場合によってはどこかの国の特殊部隊かもしれないのです。そのようなプロたちは、見た目のテロ対策に誤魔化されたりはしません。最近でいえば、大阪で開催されたG20サミットなど大規模イベントへの日本の警察の取り組み全体や、現場で警備に当たる警察官の動作を通じて、日本のテロ対策の弱点を探っているのです。
今回は、日本のテロ対策のおおもとにひそむ深刻な問題について考えてみたいと思います。それは、警察比例の原則です。
警察比例の原則とは、警察権の発動に際し、目的達成のためにいくつかの手段が考えられる場合にも、目的達成の障害の程度と比例する限度においてのみ行使することが妥当である、という原則を言います。実質的には、複数の手段がある場合は、対象(国民)にとって最も穏和で、侵害的でない手段を選択しなければならない、と解釈されています。
もっとかみ砕いて言うなら、相手がピストルならこちらもピストル、ライフルならこちらもライフルというような武器の使い方が求められ、軍事組織が最も避けなければならない「兵力の逐次投入」にあたるような対処しかできないのです。軍事組織は、任務達成のために「兵力の集中使用」を旨としています。相手を上回る威力の武器で、一気に制圧するのが軍事組織の基本的な考え方です。
テロリストや特殊部隊の強みは、いつ、どこで、何を目標として、どんな手段で攻撃するのか、その全てを決めることができるということです。狙われる側は、常に不意打ちに遭い、そこから反撃しなければならない宿命にあります。そうであればこそ、わずか19人のハイジャック犯が9.11同時多発テロで米国を震撼させることができたとも言えるのです。
しかも、相手は日本の警察が警察比例の原則に縛られていることを知っており、目的達成のために意表を衝いた先制攻撃を仕掛けてくることは覚悟しておかなければなりません。そのとき、警察比例の原則にがんじがらめになっている思考法のもと、相手が使った武器の種類などを考えていたら、たちまち殲滅されてしまうでしょう。
米国の法執行機関の対テロ部隊であっても、警察比例の原則は最大限尊重されます。しかし、必要に応じては先制的にテロリストを制圧することもまた常識です。日本の警察のように、杓子定規に考える体質では張り子の虎に過ぎず、その最大の弱点をテロリストに見破られていることを忘れてはならないと思います。(小川和久)
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