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迷走Brexitで生じた独仏結束の綻び。国際交渉人が危ぶむEU分裂

離脱期限の延長が繰り返されてきたBrexitの問題も、10月31日に迎える期限においては、これ以上の延期はないと見ているのは、EUとの交渉経験も豊富な国際交渉人の島田久仁彦さんです。島田さんは、自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、その理由として、期限延長への反対姿勢を鮮明にしているマクロン大統領の存在を上げ、Brexitがどのように決着しても、独仏の主導権争いによって生じたEU内の綻びが、大きな裂け目となって広がる可能性を指摘しています。

Brexitの迷走が作り出したEU分裂の危機

「何としても10月末までの離脱を実現する」と高らかに宣言し、自らに盾突く保守党幹部を21人も追放したジョンソン首相。

EUのバルニエ交渉官と英国の交渉官が何とかまとめた妥協案を下院にかけ、大枠で賛成を取り付けたものの、24日までに110ページにわたる妥協案の採決を行おうとした提案が23日に否決され、英国下院は、先に合意している法律に基づいて、EUに対して離脱期限延期を要請することになりました。同時に、ジョンソン首相は「離脱期限延期要請に対するEU側からの回答があるまでは、Brexitについての議論は停止する」と宣言し、ボールをEUサイドに投げてしまいました。

彼の意図するところについては、諸説ありますが、もうすぐ任期満了でポジションを去るトゥスクEU大統領はEU27か国に対して「英国からの離脱期限延期要請を認めるようにしてほしい。私の辞書にはHard Brexitという言葉はない」と急遽呼び掛け、数日中の回答・合意を求めていますが、先述の通り、全会一致を要する本件が、すんなりEU首脳会合で合意される見込みは低いと思われます。

その理由は、これまでのEU側の英国を突き放すような頑なな態度からも予想できますが、これまで2年以上にわたるBrexitの先延ばしは、EU27か国の結束、One Europeの姿勢を確実に蝕んできたようです。

Brexitの内容を巡る英国下院でのやり取りは、あまり生産性の高くないものであることは、メディアの報道でも明らかですので、その詳細については書きませんが、EU各国の対応には、確実にsplitが入り、それは日ごとに広がっています。

その主なactorsは、EU統合の基礎で、EUの中心を占めるドイツとフランスです。当初、両国は苦労して築き上げてきた欧州統合の道を、通貨統合の際に一人距離を置き、冷や水を浴びせた英国に、再度崩されてはならないと、メイ首相率いる英国政府に非常に厳しく当たってきましたが、時が経つにつれ、両国の対応に温度差が顕著に見えるようになりました。

ドイツのメルケル首相は、「メイ首相が完全にEUと議会の間に板挟みになったのは、EUサイドの不寛容が原因ではないか。かわいそうなことをした」と同情にも似た気持ちになり、退任前のメイ首相からのBrexit期限延期の嘆願に対しても、2020年5月までという1年の延長を呑む可能性を表明しました。

批判的な声も多かった中で、それでもメルケル首相のリーダーシップを認めて、「ドイツがいいのなら…」と寛容な回答が用意されかけましたが、それに真っ向から立ち向かい、最後まで対英ハードライナーを貫いたのが、フランスのマクロン大統領です。

「いつまでもEU首脳の大事な時間が、英国1国の都合で無駄にされるべきではないし、フランスはそれをもうこれ以上看過できない」と、4月末には「今、出ていくか、EUとの妥協案を即座にのむか、どちらかだ!」と半ば、英国に最後通告を突きつけるような勢いだったようです。

結果は、ご存じの通り、10月31日までの限定延長で、かつ『これは最後の延長』という姿勢になり、一応、表向きはOne Europeの意向として英国政府に突き付けられ、それがメイ首相の政治生命に止めを刺すことになりました。その結果、Hard Brexitも辞さないジョンソン首相が誕生し、その後の英国議会での混乱は皆さんご存じの通りです。

一応、One Europeの体裁は保ったのですが、“最後”とくぎを刺した10月31日が1週間後に迫る中、英国議会はまた再延長を要請し、それを受けて、もう任期が1週間しかないoutgoing president of the EU(トゥスク大統領)が再延長を認めるように各国に依頼するという事態を“また”迎えてしまいました。

再延長の承認には、全加盟国の全会一致がルールですが、すでにフランスのマクロン大統領は「絶対に認めない」と鼻息が荒くなっていますし、メルケル首相も、聞くところによると、もう呆れてものが言えない状態だが、それでも欧州統合の要としては「話だけでも聞いてみては」と“協議の可能性”を示唆しているようです。すでに、独仏の結束は綻びています。

マクロン大統領がここまで頑なな対抗姿勢を示すのには、「もうこれ以上、ずるずると私たちの時間を無駄にはさせない」とのいら立ちやプライドを傷つけられたとの思いがあるかと思いますが、その裏には、『隠れた意図』と、これまで独仏間で共有してきた“脅威”が現実味を帯びることへの強い警戒心があります。

まず、『隠れた意図』ですが、こちらはドイツとの姿勢の違いをあえて打ち出し、強いフランスのイメージを表面化させることで、これまでEUの統合プロセスにおいて、常にドイツの後塵を拝していた地位を返上し、『EUはフランスが率いるのだ!』という強い政治的な思惑が働いています。

科学技術やAI、自動車産業の発展など、まだまだEUの経済政策面では、密接に協力する両国ですが、政治・安全保障を含む『EU内での主導権争い』の側面では対立が際立ってきています。

そこでフランスの“復権”を感じさせる出来事が、次期EU大統領の地位を“フランス系”ベルギー人にとらせ、その代わりに、ダークホースとさえ言われ、ゆえに支持獲得に苦労したドイツの前防衛相を委員長に据えるという『人事ゲーム』を仕切ったことと、『ドイツ有利』と言われていたECB(欧州中央銀行)総裁のポストを、わざわざIMFの専務理事の職を辞させてまで、ラガルド女史を出して、獲得したことで顕在化しているように思います。この巧みな『人事ゲーム』により、これまで加盟国はドイツ・メルケル首相の顔色を窺っていた姿勢が、フランスのマクロン大統領の顔色を窺うケースが多くなってきているようです。

ゆえに、今回のBrexitにかかる延期要請には、これまで以上に、フランスの意向が働くことになり、望まないが致し方ない結果として、Hard Brexitが結果として選択されるということになるのかもしれません。それを裏付けるように、英仏国境部はすでに税関を設置するなどのHard Brexitモードに入っていますし、ドイツの経済界もHard Brexitに対応する体制は整ったとのことです。

今回、Hard Brexitという結果になった場合、マクロン大統領が狙うシナリオは、『ほかに離脱を目論む南欧諸国(スペイン、イタリア、ポルトガル、そしてギリシャ)に釘を刺して、離脱がいかに大きな痛みを伴うかを思い知らせることで、フランス主導のEUの結束を狙う』ということと、EUへの残留というカードをちらつかせることで、残留に前向きな北アイルランドを英国から引きはがし、アイルランド共和国と“念願の統一”をするように仕向けることで、アイルランドの経済の規模の拡大に加え、英国を完全にEUから切り離すという狙いがあるように思います。

実際に、EU27か国がどの方向に動き、英国はそれに対しどのような“返答”を行うのかは、まだ不明ですが、結果がどのようなものであっても、盤石の結束を誇っていた独仏の間には隙間風が今後吹くことになり、それは、拡大路線を続けていたEU外交政策の大きな転換点となることは間違いないでしょう。

『ドイツ主導でいろいろと政策が決められてきた』と不満をためているポーランドやハンガリーなどの中東欧諸国の動向も気になりますし、ポピュリスト・反EUの色合いを強めてきたイタリアやギリシャ、国内政治が不安定化しているスペインなどの“主要南欧メンバー”の動向も注目しないといけません。

Brexit期限延長という結果が出る可能性はゼロではありませんが、仮に嵐が去ったように描かれるであろうそのような事態でも、独仏間に生じた綻びと、それを敏感に感じ取る周辺国という図式ができ、それはEU統合にとっての、おそらく最大の試練になるような予感がしています。

image by: Mia Elliott Smith / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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