先日掲載の「失われた30年から脱却。日本が再び『国営化』に舵を切るべき理由」では、日本を救うため企業の国有化の必要性を説いた、日本国際戦略問題研究所長の津田慶治さん。今回津田さんは自身のメルマガ『国際戦略コラム有料版』でその論をさらに進め、世界的な大停滞時代を迎える世界にあって、早くも衰退途上国と成り下がってしまった日本を復活させるため、政府が急ぎ取るべき政策を記しています。
大停滞時代の経済社会
サマーズが言った「大停滞」の時代になっている。この大停滞時代に適合した経済社会の仕組みを作る必要がある。それを検討したい。
米中貿易交渉と米国株価
米中の1次通商合意の内容は、米農産品購入、金融市場の開放、知的財産権の保護、技術移転強要禁止、為替操作禁止などを中国が実行する代わりに、米国は、12/15のスマートフォンなどが対象残り1,600億ドル分の関税UPをしないことと、9月発動分(1,200億ドル分)の関税率も15%から7.5%に半減する。一方、第1~3弾(2,500億ドル分)の25%は維持する。
しかし、中国は「米国は段階的に関税UPを取り消すと約束した」と解説した。ホワイトハウス関係者も「9月発動分の関税は全面撤回する方向で協議していた」が、詳細の詰めよりも合意を急いだことで、引き下げになったようである。
しかし、トランプ大統領は、12月15日の関税UPをしないだけで、後は今まで通りで25%関税UPのままとツイートしている。それと、中国が合意事項を実行しない時には、関税復活事項が入っている。
また、米国側は農産品や工業製品、サービスなど米国製品の購入を中国が2年間で2,000億ドル増やすと表明。米政府高官は記者団に「農産品の輸入規模は(17年の)240億ドルから年400億ドルに拡大する」と述べた。だが中国側は「具体的な規模は後日発表する」(国家発展改革委員会の寧吉喆副主任)と数値への言及を避けた。
というように、中国の説明とトランプ大統領の認識が大きく違う事態になっている。まだ、詳細な詰めができていないようであることが判明した。
このため、合意文書への署名時期も、米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表は「1月の第1週を目指す」と主張するが、中国側は「法律の審査、翻訳などが終わってから決める」としただけだ。ということは、最終合意がいつになるのか、わからないことになる。
中国は、12月15日の関税UPを回避するために合意を急いだが、それ以外の約束を保留にしていることになる。
その上、中国の国家企業への補助金などの問題は2次交渉になり、中国も、これ以上の譲歩はできないので、交渉は長期に渡りトランプ大統領の任期中には合意できないはずである。中国ハイテク企業の排除などの安全保障上の問題で輸入禁止は、今のままで、拡大こそすれ解消には向かわないことになる。
中国も、中央経済工作会議で、今年の経済政策を発表しているが、この中でも、国内政策を中心にして、対米政策を重視していない。これ以上の米国への譲歩はないと見ているようである。
トランプ大統領は、再選を目指して、目を北朝鮮や中東、欧州に向けてくることになる。特に欧州との貿易摩擦が来ると、厄介なことになりそうだ。
日本の株価
英国の合意あるEU離脱になることが確実になり、英国の経済政策に注目が行くが、英国はTPPに加盟するというし、F-2次期戦闘機を日本と共同開発する方向となり、日英同盟が再度締結される可能性が出てきた。日英で世界経済を先導するのは良いことである。英国も日本と組んで、日本企業の英国での工場を発展させることが英国にとっても重要になっていると見る。
このように、日本への目線が変化している。このようなことで、海外投資家の買いが優勢で、PER14倍とNYダウに比べても低いので、市場は楽観的な見方であるのは変わらない。しかし、材料出尽くし感と日銀短観での景気が悪いという景況感と年初来高値の株価が相反した状態になっている。この状態がいつまで続くのだろうか?
米国経済の環境
日本国債と違い米国国債は、国内で消化できていない。このため、米金利が低くなると、米国債が買われなくなるので、金利を他国以上に上げて、他国資金を米国に呼び込んでいる。金利が高いのでドル買いが優勢になり、ドル高になる。
ドル高になると、米国で製造する製品の価格が上がり、他国に売れないことになるので、トランプ大統領は、マイナス金利をFRBに要求してドル安政策にするという。
そうすると、欧州や日本と同じマイナス金利になり、米国債は売れなくなる。米国は、慢性的な財政赤字であり、米国債を大量に発行しているので、売れなくなると、国債金利が上昇する。
金利が上昇すると、ドル高になるので、米国債をFRBが大量に買う必要になり、量的緩和を行うことになる。しかし、多くの米国債が他国にあるので、国債金利が安くなると、米国債の価格が上昇することであり、このため売りが膨らむことになる。
今年の日本のメガバンクの半期決算は、国内での貸出金利が低く赤字であるが、1.5%程度の米国債金利になり、3%金利で買った米国債が高値で売れて益出しをして黒字にしていた。このように米国債が低金利になると、今までの大量に買い込んだ米国債の高値で、日本のメガバンクは、大儲けになる。
そして、米国債を売るとドルから他通貨に代えるので、ドル売り他通貨買いになるので、ドル安になる。ドル安になるとインフレが厳しくなり、また、市場のドル札も大量に出回り、その面からもインフレになる。インフレになると、FRBは公定金利を上げる必要になる。金利を上げることが必要になる。
というように、最初の意図と違う矛盾した結果になる。米国は米国債を他国に消化させていたことで、大きな矛盾を引き起こしていることになる。
また、今の米国企業は、金利の安い他通貨で社債発行量が多く、他国の金利が低いし、ドル高であり、二重の意味で借金は容易である。しかし、米国の金利が下がるとドル安になり、かつ景気後退になると、企業業績が落ちて、格付けが下がり、金利が上がってしまう。金利が上がると、社債の償還時に借り換えの社債発行ができずに、かつ、他通貨高になり、返済ができずに企業倒産が増えていくことになる。
というように、景気後退時のインフレということで、スタグフレーションになる。
そして、法人税の税収も落ちて、より多くの米国債を発行することになる。金利とインフレに関係する多くの要素があり、それも相矛盾した関係であることで、金融統制が難しいことになっている。
日本は企業の内部留保が多く、景気後退期にも十分な余裕があるので企業倒産は少ない。また、日本国債は国内消化率が高いので、国債の大量な売りを考えなくて良い。企業も余裕があるので、あまり社債を発行していない。このため、日本は金融関係要素が少なく、統制しやすい。この統制しやすいことで、次の時代の経済体制も構築しやすくなっている。
大停滞時代の経済
ここからは、前回の「失われた30年から脱却。日本が再び『国営化』に舵を切るべき理由」の続きである。追われる国では投資がない。このため、国が投資するしかないという。事実、日本も欧州も中国も経済成長が減速してきた。米国だけ景気が良いように見えるが、これは2020年6月末まで行うステルスQE4のおかげで、中央銀行が資金を大量に市場に供給しているからである。この恩恵を受けて、日本株も大幅な上昇になっている。
世界の全体的な傾向は、経済成長もなく、しかし、インフレもなく、経済は水平になってきている。この原因は、新しい需要がないことによる。このため、企業間の競争は激しいが、経済成長ができなく大停滞時代になっているのだ。新しい需要を作らないとこの大停滞経済を抜け出せない。
その需要を作るには3つの方法がある。1つには、戦争で今までのインフラを大量に破壊して、需要を作る出す方法である。中東戦争や第2次朝鮮戦争などの大規模戦争を、どこかで行う可能性はある。
2つには、イノベーションや社会変革などで、今までの製品を時代遅れにしたり、目先の変わった商品で、新しい需要を作ることである。日本のインバウンドもこれであろうし、AIや自動運転も、この中であるが、省力化技術で人間の働き口がなくなる可能性もある。
3つには、アフリカ諸国を経済発展させて、新しい人たちに経済力を付けてもらい、商品を買ってもらうことで、需要を作ることである。しかし、最後のフロンティアであるアフリカの人達に労働習慣をつける国は、今話題の中国ではない。中国は中国人をアフリカに送り、労働を中国人だけで行っている。その内、アフリカ諸国での漢民族の比率が50%以上になる日が来る可能性もある。
要するに、新しい需要を作り出さないとこの大停滞時代が続くことになる。
米トランプ大統領は、製品輸入を止めて、自国を鎖国化して国内製造業を復興して、多くの人たちに経済力をつけて、需要を作る方向の経済政策を取っている。
一方、中国は、自国民に経済発展で経済力を付けて需要を作るのと、同時にアフリカ諸国の経済成長を助けて、経済力を持ってもらい、中国製品の需要を作ろうとしている。買う人も中国人かもしれないが。
日本が大停滞時代を乗り切る政策
日本は、江戸時代という大停滞時代を経験しているので、インバウンドという新しい需要を作ってはいるが、もう1つ、社会を大停滞時代に適合するように改革しているように見える。
それも、政府も日銀も意図しないで、それを行っている。または、米国などの目があるので、意図していないと見せているだけなのかもしれないが。
江戸時代の幕府は、庶民の生活に関与しないという自由性を確保しつつ、コメ中心の統制経済の社会にした。太平洋戦争時にも統制経済にしたが、それを再度、日本は世界に先駆けて行い始めた様に見える。そして、経験があり国民も目新しくないので、抵抗しない。
しかも、すでに、日本だけがこの大停滞を30年も続けて、日本は、大停滞時代の先導者になっている。このため、日本が、この大停滞時代に適合する社会体制を築いているとも見える。
長短金利の統制を日銀が行い、成功したのでFRBも来年初めには始めるようである。もう1つが、株価の統制である。これは、まだ制御が不十分であり、持続性に問題がある。当初、長く行おうと思っていなかったことから、持続性を考えなかったことによると見るが、株価維持を止めたら、大幅な暴落になるので、止めることができない。
ということで、日本の目指していることは、国民の自由性を確保した統制経済であるとみる。前回見たように、日銀がETFを買い続けると、東証1部の上場企業のほとんどが、企業の株の半分以上を日銀が持つようになる。
企業株の半分以上を国が持つと、企業の自由性は確保して、しかし、政府の統制事項を守らせることができるようになる。統制事項違反をすると社長交代を要求できるからである。この低成長時代は、企業利益も必要であるが、国民の平等的な分配も必要になる。労働者と企業経営者の分配にも国が関与することになる。
この統制経済が成功すると、大停滞時代の経済体制として、普遍性を持つようになる。
国家資本主義とも社会主義とも見えるが、日本は苦し紛れで、その実は意図しないか他に隠して、統制経済社会を構築している。
勿論、需要を作る3つの方法を行うことも必要であるが、そう簡単に需要は作れないので、大停滞時代になっているから、社会全体が定常状態になっている。貧富や地方と東京の格差も固定化するので、いかに分配するかや、いかに研究開発投資をするかが、国としての大きな関心事でもある。
ソ連のゴルバチョフ書記長は、高度成長期の日本を訪れた時に「日本は世界で最も成功した社会主義国だ」と述べたというが、それを今、日本は復活させているともいえる。
というように、高度成長を日本にもたらした日本株式会社を再度、機能させることでもあるようだ。衰退途上国から復活するには、再度、大きな方向を描いて国が関与していくしかない。そして、日本が再度、大停滞時代を抜けて、先進国トップ近くになったら、国主導から民間主導に戻していくことである。
さあ、どうなりますか?
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