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読解力の底割れが始まった。「話が通じない階級」再生産の悪夢

12月3日に公表された国際学習到達度調査(PISA)によると、日本の高校生の読解力低下が進み、世界8位から15位に急落しました。メルマガ『虚構新聞友の会会報』の発行者で虚構新聞の社主UKさんは、この結果から深刻な原因が読み取れると指摘されています。

流言蜚語〜子どもの読解力・その後

第292号で書いた「若者の読解力低下」を数字裏付けるニュースが入ってきたので、今回はそれについて少し書きます。経済協力開発機構(OECD)が世界79カ国・地域の15歳の生徒を対象に、3年おきに行っている学習到達度調査(PISA)によると、日本は読解力が前回の8位から15位まで急落したそうです。

▼日本の15歳「読解力」15位に後退デジタル活用進まず(日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52905290T01C19A2CC1000/

ちなみに数学的応用力は6位(前回は5位)、科学的応用力は5位(前回は2位)。記事には「世界トップレベルは維持した」と書いているものの、文系理系問わず日本の若者の学力が全体的に低下したと言える結果でしょう。

なぜこのようなことが起きているのか。詳しく考えるのは後に回しますが、それにしても文科省の分析には苦笑いするしかありませんでした。

「PISAは15年調査で、紙に手書きで解答する方式からパソコンで入力する方式に変更しており、文科省は「日本の生徒は機器の操作に慣れていないことが影響した可能性がある」とする」

簡単に言えば「順位が落ちたのはパソコン入力に戸惑ったせい!実際の読解力はそこまで落ちてない!」と主張しているわけです。しかし、読解力が8位だった前回調査のときもパソコンを使っていて、なおかつその後さらに子どものデジタルネイティブ化が進行していることを考えると、この主張は負け惜しみか責任逃れにしか聞こえません。徒競走に負けた小学生が「今日はいつもの運動靴じゃなかったから!いつもの靴なら勝ってた!」と言っているようなものです。

ちなみに読解力トップ3は「北京・上海・江蘇・浙江」「シンガポール」「マカオ」、以下「香港」「エストニア」と続きます。アジアを中心にエネルギッシュな国々・地域が多くを占める印象です。日々競争に揉まれる活力のある国・地域の子どもは必然的に貪欲に学ばねばならないのでしょう。「受験戦争」が社会問題になっていたかつての日本もこんな感じだったのかもしれません。

さて、冒頭の日経記事を読んで、社主が特に深刻だと思ったのはこの部分です。

「日本の読解力の平均得点は504点で、OECD加盟国の平均(487点)は上回ったものの、前回から12点下がった。408点未満の低得点層の生徒の割合が全体の16.9%を占め15年調査よりも4ポイント増えた。」

低得点層が約17%、つまり生徒の6人に1人が十分な読解力を持っていないのです。しかも、これほど低得点層が増えたにもかかわらず、ある意味「15位で踏みとどまれた」ということは、高得点層が全体的な下落を下支えしてカバーしたと考えられます。

これはつまり、十分な読解力を備えた子どもが増える一方で、読解力の底が割れてしまった、文章が読めない子どもも同時に増える「二極化が進んでいるということを意味します。

ただ、実を言うと、読解力に限らず、この種の学力の二極化は(社主の実感では)少なくとも10年以上前から起こっている現象でした。地元の中学で行われている定期テストでも、平均点は昔からあまり変わらないものの、得点分布をよく見ると、ある時点から平均中央に山ができる標準的なグラフから、中央の左右に2つの山ができるグラフへと変化しているのです。「平均点」という言葉にもかかわらず、実際に平均点を取る子は少なく、平均以上グループか平均以下グループに偏るのです。

「東大生の親の6割以上が年収950万円以上」という分析があるように、高学歴な子どもほど世帯年収が高い関係にあることが示されていますが、読解力の二極化が進みつつある昨今、世代交代が進んで、いよいよその二極化の固定が進行しているように感じます。そう言えば、今の日本で「相対的貧困」と呼ばれる子どもの割合も、奇しくも読解力の低得点層と同じ6人に1人だそうです。

▼東大生の親の6割以上は年収950万円以上(ニューズウィーク日本版)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/6950.php

▼6人に1人が貧困状態の日本 自己責任では片付けられない構造的な問題(ライブドアニュース)
https://news.livedoor.com/article/detail/16956714/

あくまで社主の観察範囲内で、という前提ですが、子どもの家庭環境は学力に少なからず影響を与えているように感じます。

例えば、勉強ができる子どもの家庭は、親が子どもの得意不得意分野をしっかり把握していることが多く、面談でも「この部分が苦手みたいなので丁寧に教えてやってください」と言われたりします。

一方で、勉強が苦手な生徒の親は親本人も苦手だったせいか、我が子の得意不得意を把握できず、またその学力にも関心が薄いように思えます。せいぜい試験で子どもが取った点数を平均点と比べたり、成績表の数字を見たりする表面的な関心程度で、どの教科のどの分野が苦手なのかまで踏み込んで見られる親はあまりいません。もっとひどい場合だと、子どもが成績記録を親に見せず、印鑑を勝手に持ち出して、判を押して学校に戻したりもします。親も半ば黙認で、ここまで行くと放任に近い状態です。

とは言え、親としては「自分が勉強で苦労したから、子どもには勉強ができるようになってほしい」という気持ちから塾に通わせているわけで、そういう危機意識を感じているだけまだましと言うべきかもしれません。

ここで思い出すのが、以前坂本義太夫先生に勧められて読んだイギリスの社会学者ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)という本のことです。これは英国・ハマータウンにある学校の様子について、生徒や教師らから実際に聞き取った生の声を調査分析した社会学の古典的名著とされています。

学校と教師が労働者階級の貧しい家庭に生まれた子どもたちに教育を施すことで、親世代より良い待遇のホワイトカラーに就けるようにしようとするのですが、「学校や教師という権力に反抗することがカッコいいという価値観を親から受け継いだ労働者階級の子どもたち(野郎ども)にとって、学校という施設は結局、親と変わらぬ労働者階級を再生産するだけになっているという哀しい逆説を『ハマータウン』は明らかにしていました。

今回の調査から分かった、読解力の底が割れた子どもの増加と二極化は「読解力を備えた=会話が通じる階級」と「読解力の貧しい=会話が通じない階級」が日本の中に生まれつつある兆候なのかもしれません。そしてその両者を合わせた日本全体として平均点が下がっているということは、前者の得点では支えきれないくらいに後者の割合が増えているということでもあります。

第292号で「ケーキを3等分できない非行少年」の話を紹介しましたが、「人の気持ちを読み解くこと」は円滑な社会生活を営む上で欠かせない能力の一つです。話が通じない人は異なる意見に耳を貸しません。話が通じない人は自分を変える柔軟性を持ちません。話の通じない人は往々にして自分の意見を通そうと力に訴えます。そして、このような性質は「野郎ども」の性格とも重なります。

▼「ケーキを等分に切れない」非行少年たちの実情(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/292381

では最後に、どのようにすれば読解力を高めることができるのかについて考えてみましょう。なお、いま国が学校で行おうとしているパソコン教育の充実は、少なくとも根本的な解決からは程遠いです。

▼【経済対策】PCを「1人に1台」学校のICT化を加速(産経新聞)
https://www.sankei.com/politics/news/191205/plt1912050039-n1.html

報道によると、経済対策も兼ねて近く小中学校で1人1台パソコンが使えるよう設備投資するそうですが、「子どもがパソコンに慣れる」→「新方式のテストにも慣れる」→「読解力順位が回復する」と考えているなら、もうどうしようもありません。そもそも教育でのICT(情報通信技術)に関して言えば、既に国内の多くの学校に電子黒板が備えてあるのに、それを扱う教師の運用能力が追いつかず、宝の持ち腐れになっているのが実情なのです。社主の地元の小学生も「電子黒板の教室あるけど、週に1回くらいしか使わない」と話していて、何ともあきれました。

読解力低下問題の原因を突き詰めようとすると、まずは「二極化という教育格差の問題であり、さらにその格差の背景には経済格差少子化教員不足デジタルディバイド読書離れ、そしてそれらを解決できない国の無為無策など多くの要素が複雑に絡み合っています。

そして今後その二極化の固定化が進んでしまえば、ことは単純に教育の問題だけにとどまらなくなります。話の通じない親によって育てられた話の通じない子どもを学校や教師が啓蒙して生まれ変わらせようなんて、今どき金八先生じゃあるまいしそうそう簡単なことではありません。その上『ハマータウン』のように、教師が奮闘すればするほど彼らを頑なに反抗的にしてしまう可能性だってあるのです。

そこで最後に提案なのですが、若者の読解力を培うため、次回2021年の学力調査までに日本全国の子どもたちに京都の伝統的なご家庭へ、 1週間のホームステイを義務付けるというのはどうでしょうか。「にぎやか」「元気」を文字通り受け取ると痛い目を見る世界で、言外の意味(ハイコンテクスト)を学ぶことによって、より豊かな読解力を養うことができると思うのです。

お茶漬けを勧められても、遠慮してすばやくお暇できるほどの読解力を身につけた次の世代の若者たちなら、次の調査で世界トップクラスに返り咲くこと間違いありません。

image by: Shutterstock.com

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京都市生まれ。滋賀県在住。虚構新聞社社主。2004年3月、虚構記事を配信するウェブサイト「虚構新聞」を設立。2010年「アルファブロガーアワード」にノミネート。第16回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品受賞。2012年開始のメルマガ「虚構新聞友の会会報」では、記事執筆の舞台裏やコラムなどをお届けしています。

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