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トランプの悪辣。「黒人殺害抗議デモ」で威嚇し暴力も勧める愚行

ミネアポリスで発生した白人警官による黒人男性殺害事件への抗議デモが全米に拡大し、収束が見通せない状況となっています。そもそもなぜアメリカでは、黒人男性が公権力から不当な暴力を受け殺害されるという悲劇が繰り返されるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住歴の長い作家の冷泉彰彦さんが、「3つの問題点」を挙げその原因を解説するとともに、トランプ大統領が見せた抗議デモに対する姿勢に対し「悪質」と批判的に記しています。

ミネソタ州での黒人男性暴行死事件、その歴史的意味

ミネソタ州のミネアポリス市で、46歳の黒人男性、ジョージ・フロイド氏が警察の拘束下で首を膝で7分間に渡って圧迫された死亡した事件は、アメリカの社会と政治を一変させました。この事件ですが、とりあえず実行犯のデレク・ショービンという男は警官を解雇されて、「第3級殺人」で逮捕されています。

現場にいて、ショービンの行動を幇助していた別の3名の警官も解雇されていますが、現時点ではまだ起訴されていません。尚、ショービンは白人、残り3名のうち2名も白人ですが1名はアジア系です。

事件が起きたのは25日(月)ですが、26日からミネアポリスでは抗議行動が拡大して、警察署が放火されるなど深刻な事態となっています。また、28日ごろからは、抗議行動が全米に拡大する中で、29日(金)の晩あたりからはニューヨーク、ロサンゼルス、アトランタ、ミルウォーキー、デトロイトなどで激しい実力行動が発生しました。

この問題の深刻さを考えるには、BLM(Black Lives Matter =黒人の生命を尊重し、生命が脅かされる事態を厳しく批判)運動の流れを確認しておく必要があると思います。

BLM的な運動に結びつくような事件、つまり黒人が一方的に生命を脅かされるということでは、それこそ19世紀末における南北戦争後の「黒人への陰湿なリンチ」があり、20世紀初頭にはそれがKKK(ク・クルックス党)の悪質な暴力となり、また1960年代には公民権運動への弾圧という形で顕在化していました。

そして警官による差別的な暴力事件というのは、70年代も80年代も起きていました。そして、1つの歴史的な転換点となったのが1991年3月にLAで発生した「ロドニー・キング事件」です。キング氏はスピード違反を摘発された際に白人警官4名から激しい暴行を受けたのですが、4名は不起訴となりました。この不起訴となったのが92年の4月29日でこれを契機にLA南部では激しい暴動が発生したのでした。

その際には、黒人と韓国系社会の対立も浮き彫りになりましたが、とにかく6日間にわたって続いた暴動では、60名以上が死亡、1万人以上が逮捕、火災は3,000件以上というアメリカ史に残る深刻な事件になったのです。

その後も、散発的にいろいろな事件があったのですが、改めて黒人に対する暴力が問題になったのは、2012年のトレイボン・マーティン殺害事件でした。この事件の犯人は警官ではなく自警団の男性でしたが、17歳の高校生である黒人男性を一方的に犯罪者と思い込んでトラブルになり、射殺したという事件です。

この事件では、ジマーマンという実行犯の正当防衛が認められて、無罪となったことから「BLM」運動の発端になったと言われています。

続いて2014年にも多くの事件が起きました。まず、ミズーリ州ファーガソンでは2014年の8月白人警官による黒人青年のマイケル・ブラウン氏が射殺されて、その白人警官が11月に不起訴となったことから暴動が発生しています。

またその事件の前月、つまり2014年の7月にニューヨークのスタッテン島で起きた白人警官による黒人男性エリック・ガーナー氏の殺害事件が発生しています。このガーナー氏の事件に関しても、同じように同年12月に不起訴処分が決定し、抗議行動が拡大するという事態になっています。

このガーナー氏の事件は、ニューヨーク市にとって一種のトラウマになっていると言っていいでしょう。そして、今回のミネソタ州で起きたジョージ・フロイド氏の殺害事件は、このガーナー氏の事件と重なる部分があり、NYではとりわけ激しい抗議行動が起きているというのも、そのためだと思います。

ガーナー氏は43歳の黒人男性で、体重160キロ、身長が190センチという巨漢でした。トラブルの契機としては、違法な「脱税タバコ」を販売しようとしたところを、通報を受けて駆けつけた警官と「もみ合い」になったのです。

事件としては、「印紙のないタバコの箱からバラ売りしていた」つまり、一本あたりでは25セントとか、そうした極めて微額の「商売」であったわけですが、通報があれば警官が駆けつけるのは当然ということでトラブルになったのです。

ガーナー氏は抵抗したのですが、警官は身柄を拘束しようと最初は1名、やがて2名で立ち向かい「取っ組み合いのケンカ」状態になりました。何しろ、相手は160キロの巨漢ですから、最終的に身の危険を感じたダニエル・パンタレオという警官は、ガーナーの首を絞めるという行為に出ました。

正に今回のミネソタと同じ膝を使って首を圧迫するという方法ですが、凶悪な相手を確保する場合に警官には(州により合法非合法はあいまいなものの)良く知られている方法なのだそうです。

ガーナー氏は「息ができない」と何度も叫び、最後には窒息死したとされています。死亡確認は病院に搬送した1時間後でした。ただ、警官には殺意はなく、ガーナーが心臓の持病があり、また喘息体質であったことが死因の背後にあるという議論もあり不起訴の理由の1つとされています。

問題は、一連のトラブルがガーナー氏の知人によってビデオで撮影されていたということでした。このビデオが公開されたことで、「息ができない(”Ican’t breathe!”)」というガーナー氏の言葉は一躍有名になりました。そして抗議行動ではこのフレーズがスローガンになった、こうしたストーリーは、今回のフロイド氏のケースとソックリです。

そんなわけで、NYでは今回のフロイド氏の事件が、2014年のガーナー氏の事件に重ねられて、改めて警察への怒りを呼んでいるわけです。また、警察の中にも抗議行動に連帯する人もあるし、基本的にリベラルなNYでは、中道左派のクオモ知事も、左派のデブラシオ市長もデモの姿勢には賛同しています。

では、どうしてこうした事件が繰り返されているのでしょうか?

今回の事件ですが、問題は3つあると思います。

1つは、この種の事件が繰り返される社会的な構造です。そこには、黒人独特の言語やカルチャーについて、白人警官が、あるいは白人のコミュニティーが正確に理解できていない、そこで多くの局面でコミュニケーション上の誤解が起きるということがあると思います。例えば2014年のガーナー氏にしても、射殺されたマイケル・ブラウン氏にしても、彼らなりの「反抗姿勢」の「危険度」が正確に伝わらなかった、そこで恐らくは「殺意と誤認される」ということがあったのだと思います。

また、今回のジョージ・フロイド氏の場合は、恐らく(良くも悪くもストリートに生きていた)ガーナー氏などと違って、警備員などをしていた普通の市民です。ただ、フロイド氏は背が高い巨漢であり、それが白人警官たちの警戒心を誤って刺激した、つまり差別感情の原因になったと考えられます。

つまり、非常に単純化して言えば、「黒人として人権意識とプライドがあるから逮捕を従順に受け入れない」という姿勢が、警官には「危険で反抗的だから最大限の注意を払って無害化しなくては」という差別感情になる、そして「黒人の巨漢が抵抗しているのだからマニュアル通り無害化が優先される」という暴力の正当化が行われるわけです。

例えばNYの場合はガーナー氏の事件以来、膝で首を締めるという「手段」は限りなく禁止されている一方で、ミネソタでは異常に多かったという報告もありますが、こうした問題については厳しい検証が必要でしょう。

2番目は、主犯のショービンという元警官は、地元TV局の報道によれば容疑者を射殺するなど、捜査にあたって暴力行為が問題になったことが17回もあったというのです。ということは、こうした事件を起こす可能性はそもそも高かったという考え方ができます。また半端な暴力行為を証言されるよりも、相手の「口封じ」をしてしまおうという動機も抱えていたかもしれません。いずれにしても、警察の人事に大きな問題があったと思われます。

3番目は時代的な問題です。1991年はブッシュ(父)の時代で湾岸戦争が終わったばかり、政治が内政に向いていない中で発生した事件でした。一方で、2014年はオバマ時代で、一見すると「どうして差別暴力事件が頻発?」という違和感を感じさせますが、オバマがこの種の事件に対しては「とにかく人種間の分断を避けたい」という穏便な言動に終始したことが、問題の根絶を先送りした事になったのかもしれません。

そうした時代と比較すると、今回はトランプ時代であり、多くの反対派は「トランプが白人至上主義を煽った結果、こうした事件が起きる土壌が生まれた」と考えています。ですから、もしかすると事件への抗議行動は、このままエスカレートして行って「トランプ打倒運動」に発展する可能性もゼロではありません。

そのトランプは、当初は犠牲になったフロイド氏の遺族に電話をするなど「殊勝な」態度も見せていた(但し一方的に喋った失礼な電話であったとのこと)ようですが、ホワイトハウスがデモ隊に囲まれると、

「突入してきたら犬で攻撃して、その次は見たこともないような武器で対抗してやる」

などと暴力的な威嚇を行い、更に全国知事会議では、

「諸君は手ぬるい。デモ隊を圧倒すべきだ」

と更に暴力の使用を勧めるという悪質な姿勢を取っています。この問題、一気にアメリカを「コロナどころではない」状況に追い込みました。

image by: bgrocker / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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