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任命拒否の本質隠しか?菅政権が日本学術会議を解体したい真の理由

菅首相の「推薦人6名任命拒否問題」に端を発し、そのあり方までが議論されることとなった日本学術会議。故意か否かは定かではありませんが、同会議に対する誤った情報もネット上やマスメディアで拡散される事態ともなりました。なぜ政権は6名を任命拒否とした理由を説明せずに、各術会議の存続議論を進めようと前のめりになるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では、元全国紙社会部記者の新 恭さんがその理由を考察するとともに、無責任にデマを流す公人やそれを信じ同調する一部国民に対して苦言を呈しています。

任命拒否問題の本質を隠すため?繰り出される日本学術会議攻撃の数々

「総合的・俯瞰的」と曖昧語を駆使して国民を煙に巻く菅首相がまたまた奇妙なことを言い出した。

日本学術会議が推薦した新会員105人のうち6人を排除して任命した件。自分が最初に見たとき、会員候補リストには99人しか記載されていなかったというのだ。

ということは、菅首相は6人の除外判断に関与しておらず、他の誰かが無断で99人のリストを作成したということなのだろうか。内閣官房が、任命権者の指示もなくそんな勝手なことができるのだろうか。

10月9日、内閣記者会のグループインタビュー。該当する場面はここだ。

記者 「学術会議について、最初に案を見たのはいつで、その時点では105人の名前が載っていたんでしょうか?」

 

菅首相 「私が最終的に決裁をおこなったのは9月の28日です。会員候補のリストを拝見したのは、その直前だったと記憶しております。その時点では最終的に会員となった方がそのままリストにあったと思ってます」

 

記者 「任命する前の推薦段階でのリストはご覧にはなっていない?」

 

菅首相 「見てません」

それより数日前、10月5日のグループインタビューでは、菅首相はこう語っていた。

「日本学術会議については、省庁再編の際、そもそも必要性を含めてその在り方について相当の議論が行われ、その結果として総合的、俯瞰的活動を求めることにした。まさに総合的、俯瞰的活動を確保する観点から、今回の人事も判断した」

てっきり、菅首相の「総合的、俯瞰的活動を確保」しようとする意思が働いて、6人の任命を拒んだと受け取ってしまったのだが、違っていたのだろうか。

もし、別の誰かが、菅首相に相談もせずに6人を除外し、それを、日本学術会議の推薦リストですと見せて、菅首相を騙したのだとしたら、それこそ菅首相の沽券にかかわる由々しき問題だ。

すぐにでも、なぜそのようなことをしたのか、リスト作成者を問い詰め、聞き取った内容を国民に発表すべきであろう。そのうえで、105人のリストを復元し、任命しなおすのが筋である。

だが、ひょっとしたら、安倍政権から引き継いだ「ご飯論法」というやつかもしれない。

105人の推薦リストは見ていないが、政権批判をした6人を外すよう指示はしていた。あるいは官房長官のときに105人のリストを見ていたが、総理になって見たのは99人の名簿だというような。

野党合同ヒアリングにおける政府側の説明では、日本学術会議から内閣府に105名の推薦名簿が提出されたのは8月31日だった。菅氏がまだ内閣官房長官のころだ。その名簿について、側近の杉田和博内閣官房副長官や北村滋国家安全保障局長と話し合い、除外の方向で一致したと考えるのが自然ではないか。何しろ彼ら3人は、識者の言論に目を光らせ、圧力を加えるプロフェッショナルなのだ。

それにしても「総合的、俯瞰的活動を確保」するための人事って何なのか。そんなもの、日本学術会議法に定められた会員選定基準と関係ないではないか。

日本学術会議は、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣総理大臣に推薦し、それに基づいて内閣総理大臣が任命する。
(日本学術会議法7条、17条)

優れた研究又は業績がある科学者。それ以外に、判断基準などないはずだ。ようするに、政治権力者の使う「総合的」「俯瞰的」は、政治的判断ということにすぎない。恣意的な政治行動をごまかす言葉だ。

9日のインタビューでも、菅首相は実によくこれらの言葉を使った。

「俯瞰的な視点を持って社会的課題に向き合うことが、できる制度、できる人材が望ましい」

「日本学術会議は総合的、俯瞰的な観点から活動すること、こうしたことが求められてきています」

「総合的、俯瞰的な活動すなわち、広い視野に立って、バランスの取れる活動を行って、国の予算を投じる機関として、国民に理解される存在であるべき」

数え上げればまだまだある。同じ中身の繰り返しだ。6人の具体的な除外理由を説明しないための言葉が「総合的」「俯瞰的」なのである。何度聞かれても、それを言うしかない。

日本学術会議は、候補者選考にあたって、論文や特許などの業績を重視する。個人の主義や信条は様々だが、学問の世界における評価というものはあるていど客観化できる。任命拒否された6人は言うまでもなく学問的業績が評価されたのである。それをくつがえす理由などあるはずがない。

「総合的」「俯瞰的」について大西隆元日本学術会議会長は「第一義的には、ある会員がではなく、組織のあり方が総合的、俯瞰的でなければならないと思っている。色々な人がいることによって総合的であり俯瞰的になりうる」と語っている。

こういう意味でならわかるのだが、6人の任命を拒否した件についての文脈で用いられると、6人が総合的、俯瞰的視点を持っていないとか、この6人が会員になれば、学術会議全体の総合的、俯瞰的立場が失われると言っているように受け取れる。そう思うのなら、その理由を具体的にきちんと説明すればいいのだ。

つまるところ、まともな理屈ではかなわないから、そもそも学術会議は必要なのかとか、行政改革の対象にすべきではないか、という話にすり替えるのだ。

それを援護射撃するかのように、学術会議をめぐる実にさまざまなデマが一部の自民党議員や、右派論客から流され、ネット上で拡散された。

お粗末な例をあげるなら、日本学術会議の会員はみんな日本学士院の会員になって、年金をもらえるというのがある。

3日のツイッター投稿で、自民党の長島昭久衆院議員。「OBが所属する日本学士院へ年間6億円も支出」「その3分の2を財源に終身年金が給付されている」。

5日のフジテレビ『バイキングMORE』で平井文夫上席解説委員。「この人たち、6年ここで働いたら、そのあと学士院ってところに行って、年間250万円年金もらえるんですよ。死ぬまで。皆さんの税金から、だいたい」。

130人の学士院会員には学術会議OBも三十数人はいるが、ごく一部である。むろん、学術会議とは無関係の審査で学士院会員は選ばれているのだ。

ネットで間違いを指摘され、長島氏、平井氏ともにあえなく撃沈。すごすごと訂正やら謝罪に追い込まれた。

今回の問題が発端というわけではないが、日本学術会議に関する見逃せない報道がある。日本学術会議が「日本の防衛研究は認めないが、中国の軍事研究には参加する」という情報が広がっているというのだ。

BuzzFeed Newsによると、ネット上で広がっているのは、以下のようなツイートだ。

日本学術会議。「防衛研究は認めないが、中国の軍事研究には参加する」という結構な反日組織になっており、今回の官邸側の動きは十分理解できる。

 

「中国との戦争はもう始まっている」と痛感させられた。「戦争の結果は戦争する前に決まっている」ので、こういう地道な改善は重要。

どうやらこのネタ元は自民党の甘利明・元経済再生担当相らしい。甘利氏は自らのブログ(8月6日)で以下のように記している。

日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の「外国人研究者ヘッドハンティングプラン」である「千人計画」には積極的に協力しています。(中略)中国はかつての、研究の「軍民共同」から現在の「軍民融合」へと関係を深化させています。つまり民間学者の研究は人民解放軍の軍事研究と一体であると云う宣言です。軍事研究には与しないという学術会議の方針は一国二制度なんでしょうか。 ※

「千人計画」とは、中国政府が破格の待遇で海外から、優秀な研究者を引き抜いている国家的プロジェクトだ。技術の流出や盗用、軍事転用が心配されるため、アメリカではFBIが目を光らせているとか。

これについてBuzzFeed Newsがファクトチェックをしている。結論だけ言うと、「千人計画」への協力は事実誤認だ。学術会議として他国との間で「研究(計画)に協力」しているという事実がないのである。

甘利氏は政権中枢に近い元大臣で、現在も自民党の要職を務める責任ある立場だ。その人が、よく調べもせずに、日本学術会議を貶めるような言説を吐くことなど許されるはずもなく、ましてや、事実を承知したうえでデマを流したとしたら悪質極まりない。

それを素直に信じて、これ見よがしに拡散したり、物知り顔に「日本学術会議は中国寄りだ」と喧伝する日本人がいることは、実に嘆かわしい。

※ 編集部注:その後、甘利氏は『「千人計画」には積極的に協力しています』→ 『「千人計画」には間接的に協力しているように映ります』と修正しています。

image by: 首相官邸

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