この国の政治は、今後も「弱者」を切り捨て続けてゆくのでしょうか。少なくとも26日に行われた菅首相の所信表明演説を聞く限り、政府が社会保障に本腰を入れて取り組む姿勢は見えないと言っても過言ではないようです。そんな所信表明演説を「残念が満載」と切って捨てるのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、首相が語った「安心の社会保障」を取り上げ、そのあまりの物足りなさを厳しく批判しています。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
「安心の社会保障」という虚構
26日に召集された臨時国会で、菅首相が所信表明演説を行いました。新型コロナウイルスの対応やデジタル庁の新設など、重点施策をマスク姿で読み上げていましたね。既に、新聞各紙で識者たちのコメントが出ていますので、ここでは私が感じた「残念なことの一部」を書き綴ります。
「一部」としているのは、文字通り一部で、ここでは書ききれない「残念」が満載なのです。具体的な内容のオンバレードだっただけに、脳内のライオンやら猿やらが「おい!あれはどうするんですか!」と大暴れしているのであります。
「わが国の未来を担うのは子どもたちであります。長年の課題である少子化対策に真正面から取り組み、大きく前に進めてまいります」
こう菅首相は「安心の社会保障」についてお話になりました。
…が、その内容はといいますと、どれもこれも聞いたものばかりで、目新しいものといえば、首相就任後に打ち出した「不妊治療への保険適用」だけ。どうにもこうにも物足りません。
もちろん金銭的にも精神的にも負担の大きい不妊治療を、国が全面的にサポートするのは大賛成です。以前、私が参加した不妊に関する調査では、5組に1組の夫婦が不妊に悩んでいました。なので、「子供が欲しい」と思う人たちが安心できる社会を目指すことに異論は全くありません。
しかし、婚外子を認めてない日本では、子供を持つには「結婚」がマストです。フランスなどの国では、婚外子を認めることが出生率上昇の要因の一つになったことは広く知られていますし、「家族のカタチ」を社会全体で考え、議論し、理解を深めることを、なぜ、やらないのか。
そもそも、選択的別姓すら許さないのは「人権」意識の欠如であり、日本が直面しているさまざまな社会問題の解決には、もっと「人権」教育をする必要があります。そのことにも一切触れていません。
なぜ、男性の生涯未婚率が1990年代以降急激に増加しているのか?という現実を国はとことん考えたことがあるのでしょうか。
直近の2015年国勢調査では、男性の生涯未婚率は24.2%で、女性の14.9%を大きく上回ります。一方で、18~34歳の独身男女の結婚意志を尋ねた国の大規模調査では、男性の86%、女性の89%が「いずれ結婚するつもり」と回答しているのです。
つまり、「長年の課題である少子化対策に真正面から取り組む」というなら、生涯未婚率が急増している要因を調査し、「結婚したいのにできない」理由を明らかにする必要があるはずです。
生涯未婚率を雇用形態別に分析した調査では、非正規社員の30代の7割が未婚でした。この問題は10年以上前から指摘され続けているのに、非正規問題は一向に解決されていません。同一労働同一賃金が「働き方改革法」に明記せれてもなお、おきざりにされているのです。
さらに子供の貧困問題も、「シングルマザー問題」とセットで語られがちですが、2人親世帯の「子供の貧困」の方が、ひとり親世帯より数の上では多いし、20~24歳のワーキングプアは17.3%と、5人に1人が働けど働けど苦しい生活に耐えています。
少子化問題は雇用政策や最低賃金問題と絡めて議論しなければならない課題です。耳さわりのいい対策だけではなく、根っこの根っこまで掘り下げることでしか本当の意味での「安心の社会保障」の道筋はみえてきません。
みなさんの意見もお聞かせください。
image by: 首相官邸