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「定年後の再雇用で待遇が悪くなった」と提訴。なぜ企業は負けたのか?

 定年を迎えて再雇用されたけれど、今までよりも待遇が下がってしまった。それが「当たり前」と考える人も多いかもしれません。今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが、その当たり前を壊した裁判結果を紹介しています。

定年後の給与変更はどこまでOKなのか

去年のちょうど今頃。「コロナ」という言葉がニュースなどで話題になることが増えてきた時期だったように思います。おそらく感染者数は日本全国で数十名くらいだったでしょうか。それがまさかの「緊急事態宣言」という聞いたことも無い状態になり、「Zoom」や「居酒屋のテイクアウト」という身近に無かったサービスが普通のサービスになり、まさに「別世界」になったような気がします(これはみなさんも感じていることだと思いますが)。

これは労務管理についても同じことが言えます。例えば、今までは「正社員とアルバイトは待遇が違って当たり前」(一般的には、アルバイトの方が待遇が良くない)「定年後は待遇が変わる」(一般的には、給与等の待遇が下がる)などが「当たり前」と考えられる傾向にありました。これが大きく「別世界」に変わります。

どう変わるか?これについてある裁判があります。

ある自動車学校で、定年を迎えて再雇用された嘱託社員(元社員)が「仕事の内容は同じなのに給与が安くなるのはおかしい!」と訴えて裁判になりました。具体的には

1.役職は無くなったが仕事内容は同じ
2.にもかかわらず給与が50%くらい減らされた
3.さらに給与に連動して賞与も減らされた

というのです。これはみなさんでしたらどう感じるでしょうか。「定年後には待遇が変わる」という今までの感覚ではそれほど特殊なことでは無いと考える人もいらっしゃるかも知れません(と言うか、むしろこれが普通と考える人もいるでしょう)。

では、この裁判はどうなったか。

会社が負けました。裁判所はこの雇用条件の変更を「不合理(認められない)」と判断したのです。その具体的な理由は次の通りです。

  1. 定年前と定年後で仕事の内容に違いが無い
  2. この条件の変更についての合意や、社員と会社が話し合いをして決めたという事実が無い
  3. 定年前に比べて「60%」を下回るのは不合理

つまり「仕事内容に変更が無いのであれば減額は60%まで」ということです。

いかがでしょうか。裁判の内容からは「なぜ60%ならOKなのか」というのは少々わかりづらいようには感じましたが、数字的な目安ができたのは実務的には非常に参考になるでしょう。ただし、実務的には次の2点については考慮が必要です。

1つ目は「60%」というのはひとつの目安であり、法律上、60%であれば絶対に問題無いという意味ではありません。例えば、残業代であれば25%割増というのが法律で決まっているため、25%支払っていれば絶対に問題無いです(もちろん、就業規則等にそれ以上支払うと記載されている場合や、深夜残業、60時間以上残業、等々の場合は除きますが)。

ただ、今回の60%はあくまで判例です。よって、この判例をもって一方的に、強引に、60%に減額することはおススメいたしません。今回の裁判でも「会社と社員との話し合いが充分ではなかった」というのが不合理の判断の一つにもなっていますのでこの判例を60%の根拠にしつつも、丁寧な話し合いが必要でしょう。

そして、2つ目が「そもそも定年後の減額は必要か」という視点を持つことです。通常は減額する理由として総額の人件費を抑制するというのがもちろんあるのだと思いますがそれに加えて多くの会社では、「いやいや定年後の再雇用をしている」というのもあるように感じます。

「本当は再雇用なんかしたくない」
 ↓
「でも、法律上しなくてはいけない」
 ↓
「だったら、給料は下げよう」

という考えです。ただ、給料が下がれば当然ながらモチベーションも下がります。本来であれば戦力になったはずの人も戦力外になってしまう可能性もあります。

法律論とは少し話が外れますが人事政策において「マイナスな現象」を「ネガティブな対策」で解決できたという話は聞いたことがありません。例えば、入社してもすぐに辞めてしまう早期退職(マイナスな現象)で悩んでいた会社があったとします。これに対し、どうせ早く辞めてしまうからと

など(ネガティブな対策)をおこなっている会社は結構あります。ただ、それらで早期退職が解決できたという話は一社も聞いたことがありません。もちろんそれらを全否定するつもりはありませんし、気持ちはわかります(なにより私自身が早期退職で相当悩まされた人事担当者でしたので)。ただ、もし早期退職を解決するのであれば「どうせ辞めるから」というネガティブな対策よりも「どう辞めさせないか」というポジティブな対策が必要なのではないでしょうか。

定年後の再雇用についても同じことが言えます。いかに「定年後も会社の戦力として働いてもらうか」と考えたら、安易に給与を減額なんかしている場合ではありません。全く同条件とまではいかなくても評価制度などを導入して頑張り次第ではそれ相応の給与がもらえるようにするとかいろいろできることはあるでしょう。

実際にそうしている会社はすでに「開始して」います。みなさんの会社でも検討してみてはいかがでしょうか。

image by: Shutterstock.com

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【社員10人の会社を3年で100人にする成長型労務管理】 社員300名の中小企業での人事担当10年、現在は特定社会保険労務士として活動する筆者が労務管理のコツを「わかりやすさ」を重視してお伝えいたします。 その知識を「知っているだけ」で防げる労務トラブルはたくさんあります。逆に「知らなかった」だけで、容易に防げたはずの労務トラブルを発生させてしまうこともあります。 法律論だけでも建前論だけでもない、実務にそった内容のメルマガです。

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【著者】 特定社会保険労務士 小林一石 【発行周期】 ほぼ週刊

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