5月25日現在、日本国内の新型コロナウイルス陽性者数の累計は72万6千人余り。人口比では約170人に1人が陽性判定を受けたことになります。昨年中は周囲で感染したという話を聞かなかった人でも、年末年始の第3波、4月からの第4波で知り合いが陽性判定を受けたというケースが増えているようで、メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さんもその一人。知り合いの中でも最も感染しそうにないと思っていた女性が無症状感染者となり語った恐怖をリアル伝え、このウイルスに対し持つべき心構えを改めて説いています。
感染者第1号のこと
この1年というもの「コロナ」について随分と書いて来たが、自分の身内や知り合いからは一人の感染者も出ることはなかった。そういう事情もあって、口では「恐い」と言いつつも、心では「危ない」と知りつつも、どこか隣家の大事件のような身近だけど縁遠いもののようにも思えて、下手に近づきさえしなければ巻き込まれることもなかろうと自分なりにおとなしく過ごしてきた。
先週5月17日のことである。ついに私の知り合いに感染者が出てしまった。その人は20代女性、コロナ下にあって猶業績好調な日本屈指の企業グループに勤務している。私とは去年の夏からは完全リモートでの付き合いとなっている。
意外だったのは、彼女が私の中の最も感染しなさそうな人リストにおいて第1位に位置するような人であったことである。というのも彼女はCOVID-19の流行とは無関係に、つまりそれ以前から自他ともに認める潔癖症なのである。例えば、親疎を問わず自分以外の者と鍋料理や大皿料理をつつくことは絶対NGだし、温泉などの共同浴場もダメ、常にアルコール消毒液を携行し、トイレに行けばその度に肘まで石鹸で洗うという徹底ぶりだ。
一応彼女の名誉のために言っておくが、それは決して病的なものではない。清潔好きの極相といった感じで、付き合っていて不愉快に思うところは一つとてない。むしろ、きれいに整理されたカバン(女性は男性より遙かに持ち物が多い筈)や整然と片付けられたデスク(彼女の職場では稀有)など、見ていて気持ちのいいところの方が目立つくらいだ。
今のところ、同社・同棟・同階・同部署での感染者は彼女ともう一人らしいが、時差通勤とリモートワークの併用などにより、その人とは所謂(現行保健所定義における)濃厚接触にはならないようなのだ。頼みのアプリを見ても何も示すところはなく所謂感染経路不明ということになるのだそうである。
そもそも、彼女もその同僚も会社が新規プロジェクト等に合わせて行っている検査でたまたま陽性と分かっただけで何の症状もないと言う。それでもどうしようもなく恐いと言う。まったくの無症状でも、である。
自分が陽性と判明した瞬間、彼女の心を暗く支配したのは「誰かにうつしたのでは」という恐怖であった。こういう場合、自分が無症状だと却って罪悪感が増すような気がするらしい。不幸中の幸いで名前の分かる範囲での接触者に新たな感染者はいなかったようだが、だからといって安堵できるものでもない。経路も分からず向かって来たものが、どの経路をたどって去って行ったかなどおよそ分かるものではない。「どこかで、誰かが…」これを思うと夜も昼も眠れないと言う(因みに今は自宅待機中)。
ソーシャルディスタンスということが言われるようになってほぼ1年が経つ。個人と個人、言い換えれば自分と他人の物理的距離は基本遠くなったと言っていい。ただその分「わがこと」の領域も広がったことを忘れてはならない。心を痛めなければならない範囲、幾ばくかの責任を負わなければならない範囲は既に我が身一つでは収まらなくなっているのである。
このことを思う時「俺はどうなっても構わない」とか「自分の身体なんだから好きにさせろ」といった物言いが如何にも無責任に聞こえて来るのは自分だけだろうか。誰でも感染し得る。それは彼女のことで現実問題としてよく分かった。注意してもし過ぎるということはないのである。
彼女が自宅待機になった初日、別に何かしてあげられることもないので「話し相手くらいならいくらでもなってあげるよ」と言ったら、どういう訳だか1日2時間くらいはモニター越しに話をする破目になった。私は彼女にとって親でも疎でもない。話すのにちょうどいいのだろう。嬉しいことに、最近は表情が少しずつ明るくなって特にここ2、3日はよく笑うようになった。長引く自宅軟禁生活ではあるが、それでも相変わらず手は肘まで洗っているらしい。
image by: Shutterstock.com