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IOCと東京都の“不平等”契約が炙り出す、五輪ゴリ押し開催の意外な真相

コロナ禍のため、国民の8割が「中止」または「延期」すべきとしているにも関わらず、開催に向けて着実に準備が進められている東京オリンピック・パラリンピック。なぜ、IOC(国際オリンピック委員会)も東京都も、ここまで「五輪開催」を強行しようとしているのでしょうか? 今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、「Windows95を設計した日本人」として知られる米シアトル在住の世界的エンジニア・中島聡さんが、IOCと東京都の間で交わされた契約書の内容を翻訳して紹介。そこから炙り出されたのは、五輪開催をゴリ押しするIOCと都それぞれの「ウラ事情」でした。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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最終的に都が全責任を負うよう書かれた、IOCと東京都の間の契約書

最近、米国のメディアでも「日本人の多くが東京オリンピックは中止すべきだと考えている」という報道が出るようになりました。

菅総理は「やるかやらないかは、IOCが決めること」と逃げているし、当事者である小池百合子都知事は「再延期をすれば基本的には大会は全く異なるものになると思う。アスリートそのものもモチベーションや体力が変わってくると思うので、別物と考えたほうがいいのではないか」という、まるでIOC側が書いた原稿を読んでいるような発言しかしません(小池都知事“東京五輪・パラ 再延期は難しい”)。

そこで、IOCが公開している、IOCと東京都の間の契約書を読んでみました(Host City Contract, Games of the XXXII Olympiad in 2020)。契約書そのものは、日本オリンピック委員会(JOC、一般名称はNOC)と東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(TOCOG、一般名称はOCOG)を含めたものになっていますが、最終的には東京都が全ての責任を負うように書かれています。

この契約書の一番特徴的な部分は、第66項の “Termination of Contract” という部分です。ここには、IOC側が契約を破棄してゲームを中止する権利について書かれていますが、東京都側の権利には一切触れていません。つまり、東京都側からは、どんな事情があってもゲームの中止をすることは出来ず、それでも無理矢理中止をした場合は、契約違反になる、という一方的な契約になっているのです。

契約違反があった場合の責任に関しては、第4項に書いてありますが、これも一方的です。IOC側が被った経済的被害を東京都側が全て補填すると明記されています。逆に、IOC側が契約違反をした場合の責任に関しては、一切触れていません。

この二つを見ただけで、この契約がIOCに有利な契約であることが分かります。オリンピックを誘致したがっている都市の足元を見た不平等な契約書なのです。

この契約書に基づけば、オリンピック(およびパラリンピック、以下省略)を開催するかしないかを決める権利はIOCのみにあり、東京都側から無理矢理中止をした場合には、契約違反となり、莫大な罰金を支払うことになるのです。IOCには既に、放映権とスポンサー料として1兆円を超えるお金が前払い金として支払われています。オリンピックが中止になれば、これらのお金の返済が必要になりますが、その責任が東京都に降りかかってくることになります。

小池百合子都知事の発言が、まるでIOCが書いた原稿のようである理由は、第59項のプレスリリースに関する項目を見ると説明がつきます。東京都や組織委員会がIOC(もしくはIOCの関係者)に関して、なんらかのプレスリリースをする場合には、あらかじめIOCの承認を得なければならないと明記されているのです。

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オリンピック組織委員会が、看護協会に対して看護師を500人を要請したことが報道されましたが(看護師「5日以上を500人」五輪組織委が看護協会に要請)、これに関しては、第24項に “Health Service” に関する記述があります。

これによると、東京都側は、大会関係者(選手、コーチ、審判、技術スタッフ、メディア、スポンサー、IOCメンバーなど)に対する医療サービスを全て無料で提供する、となっています。

つまり、万が一選手村でクラスターが発生し、入院が必要な重症患者が発生した場合には、その人たちに対する必要な医療サービスを、すべて無料で提供する責任が東京都にはあるのです。

ちなみに、契約書の中には、放映権やチケット売り上げに関する記述もあります。基本的には放映権は全てIOCのものであり、チケットの売り上げやオリンピック関連グッズに関しては、売り上げの5~7.5%をIOCに渡すという契約になっています。

つまり、無観客でオリンピックを開催した場合、IOCにとっての主たる収入源である放映権に関わる収入は全く影響を受けませんが、東京都側にとっての主たる収入源であるチケットと関連グッズの売り上げだけが大幅に減るということになります。

つまり、IOC側にとってみれば、たとえ無観客であろうとオリンピックを開催することが当然なのです。IOC側からオリンピックを中止するメリットは一切ないのです。

日本政府は、5月28日に観客を入れる検討を始めたと発表しましたが(五輪パラ、国内の観客入れる検討 首相「緊急事態下も準備進める」)、これは IOC側が放映権収入とスポンサー料のみにこだわっており、観客を入れて開催するかどうかに関しては、東京都側(及び日本政府)に任せていることを意味します。

以上が、国民の8割が反対していても、東京オリンピック・パラリンピックが開催される理由です。IOCが守銭奴だからでも、東京都が都民のことを考えていないからでもないのです。単に、IOC側に一方的に有利な契約書が結ばれており、IOC側が契約書に基づいて自分たちの利益を最大化するように行動しており、東京都は契約違反をしないように行動している、だけの話なのです。

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実は、東京都に大きな負担をかけずに、オリンピックを中止に追い込む方法が一つだけありました。日本政府が、選手やオリンピック関係者を特別扱いせず、一般の渡航者に対する「2週間の待機」という義務を、そのまま適用すれば良いだけの話です。2週間もの間、選手村に閉じ込められて練習も出来ないとなれば、まともな競技は出来ないと選手たちからクレームが殺到するので、IOCはオリンピックを中止せざるを得ない状況に追い込まれます。

その場合、東京都は契約違反をしたことにはならないので、賠償責任は生じません。日本政府は、そもそもIOCとの契約は何も結んでいないし、日本国民を守るために当たり前のことをするだけであり、IOCが日本政府を訴えたところで勝ち目はありません。

しかし、残念なことに、最近になって(4月28日)、日本政府は、選手らに対する2週間の待機を免除し、公共交通機関の使用を認める方針を決めてしまいました(外国人選手ら「2週間待機」免除へ 五輪めぐり政府方針)。日本政府自ら「最後の切り札」を捨ててしまったのです。

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image by: yu_photo / Shutterstock.com

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