平和維持活動などに赴く自衛隊や自衛隊員は、紛争当事国においてどのように位置づけられているのでしょうか。この問いに対する日本政府の答弁や憲法改正を訴える政治家の見解を「無邪気」と呆れるのは、軍事アナリストの小川和久さん。今回のメルマガ『NEWSを疑え!』では、軍隊や戦闘員、捕虜として扱われるべき人員についてジュネーヴ諸条約でどのように規定されているかを述べ、自衛隊が紛争当事国の戦闘員かどうかを決めるのは日本政府ではないという現実と国際的な常識を伝えています。
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自衛官には捕虜として扱われる権利がある
最近、台湾有事などのキナ臭いニュースに関連して、自衛官の地位に関する論考を目にすることが少なくありません。典型的な議論は次のような国会答弁です。
「イラクに派遣され復興支援をする自衛隊は、非戦闘地域において武力の行使をしないから、日本は武力紛争の当事国にはならない。だから、自衛隊員がジュネーブ諸条約の規定の適用を受けることはない。(捕虜の待遇に関する)ジュネーブ条約の第3条約もそのまま適用になることはない」(2003年7月22日、参議院外交防衛委員会での林景一・外務省条約局長)
「(日本は)紛争当事国になることはなく、そのような場合に自衛隊員がジュネーブ諸条約上の捕虜となることは想定されない」(2015年7月1日、衆議院平和安全法制特別委員会、岸田文雄外相)
安倍晋三さんも首相に復帰する直前の2012年11月24日、「自衛隊を国防軍にしなければ捕虜になったとき大変」と演説しています。いかにもそうであるかのようですが、実は間違いなのです。
同僚の西恭之さん(静岡県立大学特任准教授)によれば、日本の議論はジュネーヴ諸条約を踏まえて整理する必要があるとのことです。
『1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書I)』は第2部(戦闘員及び捕虜の地位)の第43条(軍隊)で戦闘員と捕虜について次のように述べています。
1 紛争当事者の軍隊は、部下の行動について当該紛争当事者に対して責任を負う司令部の下にある組織され及び武装したすべての兵力、集団及び部隊から成る(当該紛争当事者を代表する政府又は当局が敵対する紛争当事者によって承認されているか否かを問わない。)。このような軍隊は、内部規律に関する制度、特に武力紛争の際に適用される国際法の諸規則を遵守させる内部規律に関する制度に従う。
2 紛争当事者の軍隊の構成員(第三条約第三十三条に規定する衛生要員及び宗教要員を除く。)は、戦闘員であり、すなわち、敵対行為に直接参加する権利を有する。
3 紛争当事者は、準軍事的な又は武装した法執行機関を自国の軍隊に編入したときは、他の紛争当事者にその旨を通報する。
自衛官が捕虜に関するジュネーブ条約の適用を受ける根拠、そして相手が自衛隊を攻撃する国際法的な根拠は、自衛隊がジュネーブ条約の定義する軍隊であることです。
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PKO(国連平和維持活動)や国際平和協力活動の後方支援に出る自衛隊は、この第43条の意味で、明らかに『軍隊』ということになります。また、1994年に国連総会で採択された『国際連合要員及び関連要員の安全に関する条約』も、軍人・警察官・文民を問わず国連PKO要員の抑留を禁止しています。
この地位は、自衛隊が戦力なのかとか、自衛隊の海外派遣は許されるのかといった日本国内の憲法論議とは、まったく別の話なのです。日本政府にも自衛隊にも、紛争当事国の戦闘員になる意思などまったくないとしても、紛争が起こっている国に、武器を持った軍隊として存在しているのですから、なんらかの武装勢力の攻撃が自衛隊に及んだ瞬間、自衛隊は紛争当事者となるのです。
さきほどの政府の答弁は、自衛隊が紛争当事国の戦闘員かどうかを決めるのは、日本政府ではなくて自衛隊を攻撃する側である、という現実を忘れています。
要するに、自衛隊という名称のままであり、自衛官という身分であっても、捕虜として扱われる権利はあるのです。そして、自衛隊が軍隊と名称を変え、自衛官の身分が軍人になったとしても、捕虜の待遇を受けられるかどうかは相手次第なのです。
その現実を直視して、どんな場合にも捕虜として処遇され、虐待を受けたりしないようにするためには、そんなことをしたら手痛い報復を受けることになることを知らしめ、その能力を備えていることを見せておく必要があるのです。それでも密かに処刑される可能性がありますが、相手に躊躇わせるだけの姿勢を示しておかなければなりません。
日本の議論は、いかにも自衛官の身の安全を考えているかに見えながら、実は現実を知らずに机上の空論に終始しているのです。これは、国際社会の常識からして、あまりにもナイーブです。条約や法律があれば必ず守られると思うのは無邪気すぎます。世の中が条約や法律が想定したとおりに動くなどということはありえないのです。
日本の議論がいかに国際的な常識やリアリズムに欠けているか、いま一度、肝に銘じたいものです。(小川和久)
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