前回記事「ロシアが「泥将軍」に苦戦。日本が国土を守るために学ぶべきこと」で、ロシア軍の苦戦理由の1つに「泥将軍」との戦いを上げた軍事アナリストの小川和久さん。今回のメルマガ『NEWSを疑え!』では、さらに、相手となるウクライナ軍が対ロシア軍に特化した準備をしてきた組織であることを指摘。まんべんなく兵器を揃えた大国の軍隊に対しても対抗する手段はあることと、狙いを絞った軍隊の凄みを伝えています。そしてその先に、これ以上破壊のない停戦が実現することを望んでいます。
ウクライナの抵抗の凄み
ウクライナ情勢を見るにつけ、一日も早くロシア軍の侵攻が止まり、それが撤退するなかで破壊された町々の復興が始まることを願わずにはいられませんが、いま、とても気になってならないことがあります。
それは、ロシア軍がどのような形でキエフやハリコフといった大都市を攻略しようとしているのか、という点です。ロシア軍は戦略目標であるキエフの攻略のために、最も距離的に近いベラルーシからのルートを主攻軸に定めました。
ロシア軍の兵站能力の問題は1月17日号で西恭之さん(静岡県立大学特任准教授)が詳しく書いたとおりですが、その弱点を補うこともあってベラルーシ軍との合同演習を設定したと考えられます。
しかし、これまでにも書いてきたように今年のウクライナの気温は高く、原野が凍結することなく泥濘地化してしまいました。キャタピラを履いた戦車や歩兵戦闘車でもスリップして尻を振りますから、進撃速度は極端に鈍ります。
そのうえ、戦車を至近距離からの攻撃から守るために必要な歩兵を乗せた装輪式の装甲車は、すべての車輪にチェーンを巻いてもスリップするため、戦車などキャタピラを履いた車両と行動を共にすることができません。自然、戦車と歩兵が切り離される結果となり、戦車や装甲車の乗員は身を乗り出して周囲を見回せば狙撃されますから、閉じこもった状態を強いられます。その結果、肉迫してくるウクライナ側の対戦車火器や住民が投げつける火炎瓶の餌食となっていったのです。
そうなると、原野を突っ切っての進撃を諦め、主要幹線道路を使うしかありません。そこに待っているのは大渋滞。ウクライナ側は危険を冒して渋滞した隊列を攻撃しないでも、進撃を阻み、補給線を止める戦果を手にすることができたのです。
こんな「泥将軍」との戦いが待っていることは、ロシア軍としては百も承知だったと思われますが、プーチン大統領の号令一下、侵攻することになったのでしょう。
おまけにウクライナ軍は2014年のクリミア併合のあと、米国の軍事顧問団の教育訓練を受けており、強大なロシア軍との戦いに適した兵器を多数備えてきたと思われます。まんべんなく兵器を揃えた形だけの軍隊ではなく、巨人をひと突きで倒せるような軍事力だと言ってよいと思います。
そこから手にした果実は、米国製のスティンガー携行式地対空ミサイルによるKa-52M戦闘ヘリコプターの撃墜、ジャベリン対戦車ミサイルやトルコ製バイラクタルTB2無人機による戦車の撃破となって表れています。欧米の専門家の指導によるサイバー攻撃も、ロシア軍の司令部と前線部隊との指揮命令システムを機能不全に陥らせているようです。
さらに、ウクライナが突出させているスナイパー(狙撃手)の存在があります。指揮官が狙撃されると、その部隊は狙撃を警戒して数日間は動きが止まると言われます。そのウクライナのスナイパーは、ロシア軍のアンドレイ・スホベツキー少将(第7空輸師団長)ともう一人の少将の狙撃にも成功しています。ロシア側の狼狽ぶりが目に見えるようです。
ウクライナ側では、編集者出身の女性スナイパー、オレナ・ビロゼルスカが抵抗のシンボルとなり、アフガニスタンなどで知られたカナダ軍のスナイパー「ウォリ」が志願したという情報もあります。装甲車やヘリに有効な対物狙撃銃はカナダ製が導入されたとも言われます。
このスナイパーやサイバー部隊は、ウクライナの市民が自発的に参加したケースも多く、さらに大きな戦力になっていくと思われます。ただでさえ士気が低下しているロシア軍の身になってみれば、こんなウクライナとは戦いたくないというのが本音でしょう。
あとは、キエフなどを包囲した状態のまま停戦を迎えるか、破壊の限りを尽くしてでも一気に攻略に出るか。後者の展開にならないことを祈らずにはいられません。(小川和久)
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