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ホンマでっか池田教授が考察。なぜ人は関わりのない他人を助けようとするのか

ウクライナの現状を伝える映像に心を痛め、寄付や支援物資を送る活動をする人たちが世界中にいます。欧米ほど寄付や奉仕の文化が浸透しているとは言えない日本でも、国内で災害が起こると多くの人がボランティアに駆けつける様子が報道されます。このような、生物学で言う「利他行動」について、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』著者で、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田清彦教授が考察。誰かに感謝されることで働く「報酬系」には中毒性があること、誰の目もなければ悪いことを平気でしてしまう日本人の特徴についても綴っています。

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地獄への道は善意によって敷き詰められている

私が若かりし頃、「アフリカで飢えに苦しんでいる人に、ほんの僅かでもよろしいので募金をして下さい」というような趣旨のことを話して、戸別訪問してお金を集めている人を時々見かけた。私は、インチキに違いないと思っていたので、その手の募金はしたことがない。実際、集めた募金をネコババしている人もいると聞いた。

当時の友人にその話をしたら、「お母さんも時々、募金していたな。そんな金があるなら、俺にくれ」と言ったら、「お前は可哀そうじゃないからいいんだよ」と返事されたと言う。多くの人にとって、可哀そうな人を助けるのは良いことなので、自分の身に災難が降りかからない限り、少額の募金をするのは普通の行動なのだろう。根っからの善意の人は、騙されているかもしれないとは考えないのかもしれない。

私がもっと小さかった頃は、母親や叔母に連れられて上野公園に花見などに行くと、上野駅の不忍口から西郷隆盛の銅像に行く幅の広い階段の両脇に、傷痍軍人の方たちが陣取って、お金の無心をしていた。叔母は、戦争での悲しい思い出があるようで、何人もの傷痍軍人に小銭を渡していた。後に、小遣い稼ぎでやっている人もいると人づてに聞いた。傷痍軍人の方々はほぼ鬼籍に入られたのだろう。今はこういう風景を見かけることはない。

昔から、「性善説」と「性悪説」という考えがあって、「性善説」は孟子が唱えたと喧伝されている説で、「性悪説」は孟子に対抗して荀子が唱えたとされる。性善説はヒトの本性は善で、悪は後天的な環境要因のなせる業だと考える。単純に言えば「朱に交われば赤くなる」ということだ。一方、性悪説はヒトの本性は悪で、善を為すのは教育の成果だと考える。

しかし私は、ヒトの本性が、善か悪かという問いそのものが、そもそも間違っていると思う。人は状況に応じて、善人にもなれるし、悪人にもなれる。人は時になりふり構わず、お金や物や権力を得たい、と思うこともあるし、その同じ人が、他人にやさしいふるまいをすることもある。同じ個人でも状況次第で、どちらの行動を取るかは異なるのだ。

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多少のコストは承知の上で、他人を助ける行動を生物学的には利他行動という。生物は通常、自分の生存可能性と繁殖可能性を最大化するように行動する。これは利己行動である。利他行動はこれに反するので、生物学者は長い間、野生動物の利他行動をうまく説明できなかったが、生物は、自分の生存可能性を最適化するのではなく、自分の遺伝子の生存可能性を最適化するのだ、というパラダイムチェンジによって、この問題を解決した。自分の遺伝子を沢山有している可能性が高い個体(子や孫)を助けるのは、まさにこの故である。

生物は血縁関係にない群れの個体を助けることもある。人間の言葉で言えば、困った時はお互い様だ、ということだ。これを「互恵的利他主義」という。ヒトの利他行動の一部はこれで説明できる。今、恩を売っておけば、将来見返りがあるはずだ、という話である。選挙で、自分の当落に関係ない候補を応援する政治家の行動は、この典型であろう。然るに、冒頭に記したような見知らぬ人を助けても、見返りは期待できない。これはどうしたものか。

多くの人の脳では、誰かに感謝されると心地よくなる報酬系が働いている。これは承認欲求の一つで、ヒトは、感謝されたり、褒められたり、認められたりすると、A10神経からドーパミンが分泌され、快感が生じるようになっているのだ。報酬系は一度形成されると、依存症になり易く、ギャンブル依存症も、甘味依存症も、アルコール依存症もなかなか治らない。

同じように感謝・承認依存症も一度形成されると、なかなか治らない。こういう人にとって、みんなの見ている前で、誰かに感謝されたり認められたりするのは快感なのだ。時々、デパートなどでの買い物が止められなくなってしまう人がいる。店員に下にも置かないもてなしを受けて、感謝される快感に溺れてしまったのだ。程度の差こそあれ、傷痍軍人にお金を渡して、感謝された叔母の脳内にもドーパミンは分泌されたに違いない。

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怒る人もいるかもしれないが、ボランティアをやっている人の多くは、感謝されるのが嬉しいのだと思う。全く誰にも知られずに、ボランティアをはじめとする、利他行動をする人は多くない。高尾駅から自宅に帰る途中に、自転車置き場の横を通る、多少薄暗い径がある。飲み屋のすぐ側なので、酔っ払って立小便や嘔吐をする人が後を絶たないのだろう。「立小便禁止」「嘔吐禁止」という看板が掲げてある。「誰かが見ているぞ」という大きな眼を書いた看板も掲げてある。誰かが見ていれば、確かに立小便や嘔吐をする人は減るかもしれない。

いかにも日本的だなあと私は思う。毀誉褒貶は他人との関係の中で生ずる。誰にも知られなければ、良いことをしても褒めてくれる人はいないし、悪いことをしても糾弾する人はいない。これは日本人の多くが無宗教であることと関連しているのかも知れない。一神教を信じている人たちは、他人の眼がなくても神様が見ているので、一人でいる時でも、行動にある程度の抑制がかかるのであろう。(『池田清彦のやせ我慢日記』2022年3月25日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください)

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image by: Shutterstock.com

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