2022年現在も世界的なブームが続き、「sake」と呼ばれ親しまれている日本酒。中でも「獺祭」は圧倒的な品質が人気で入手困難な時期もあったほどですが、山口県が生んだこの名酒には意外な物語がありました。今回の『藤沢数希メールマガジン「週刊金融日記」』では作家でトレーダーの藤沢さんが、在住先の香港でよく口にする獺祭について調べてみて分かった「めちゃくちゃ面白いバックグラウンド」を紹介。さらに関連書籍を読んで知ったという日本酒業界の裏話も併せて披露しています。
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ブログではいえないお店:AIが美術コンクールで優勝した話と日本酒の獺祭(だっさい)の話
第534号で孫正義さんのAIファンドが大損ぶっこいている話を書きましたが、そこで最近は僕のTLでAIが勝手に芸術的な絵を描いてくれるプログラムが流行っている、という話をしました。大量の絵画をディープラーニングに学習させ、簡単な文章でイメージを伝えるだけで、そういう学習した絵画が絶妙にミックスされたすごい絵画がいくらでも出てきます。
先日、美術コンクールで、誰かがAIで作った作品を提出したところ、優勝してしまったというニュースがバズっていました。
● 画像生成AI「Midjourney」の描いた絵が美術品評会で1位を取ってしまい人間のアーティストが激怒
『週刊金融日記 第534号 孫さんが金融のプロにカモられ損した話とAIの未来について』
そしたら、それについてTwitterで誰かが、これは日本酒の獺祭(だっさい)と同じじゃないか、と言っていたのです。僕は香港でこの獺祭という日本酒をよく目にしていたので、興味を持って調べました。香港のレストランだと、ちょっといい美味しい日本酒として、獺祭はよく置いてあります。だから、獺祭って、良く知らなかったんですが、海外マーケティングに成功した酒蔵なんだな、ぐらいに思っていました。
ところで、僕は高校生の時に漫画オタクの友だちがいて、その時に『夏子の酒』を読んでいたので、日本酒の作り方については勉強したし、メルマガなどでいろんな高級レストランに行ってはグルメレポートを書いたりしていたぐらいなので、日本酒もちょっとは勉強したんですが、高校生の頃から暗記科目が苦手で、関心がなくなるとあっという間に忘れてしまいます。
香港でよく見ていた獺祭という日本酒は、同じように工学的に味を最適化していって世界中の料理家から称賛された日本酒だということを知りました。
獺祭って、香港でめちゃよく見るんだけど、そういう日本酒だったんか! 「科学的」の方だと思うが。 https://t.co/DSPPXP7Yh9
— Kazuki Fujisawa (@kazu_fujisawa) September 2, 2022
僕が大学生のころは、調味料や醸造アルコールを添加した、貧乏な学生が酔っ払うために飲む、不味くて安い日本酒がたくさんあったんですが、不味いラーメン屋とかがすっかり淘汰されてしまったように、もはや日本にはそんな日本酒はなく、純米酒(=米だけから作る酒)である限り、ちょっといいスーパーで売ってる720ml瓶の日本酒って1,000円ぐらいで、どれもスッキリした味で、とても美味しいのです。ところが、香港のレストランの日本酒は、どう考えてもこの1,000円の日本酒と同じか、輸送の時に品質が落ちちゃってるので、日本のスーパーで買える1,000円の日本酒より美味しくないのに、価格が何倍もして、僕はうんざりしておりました。というのも、香港人とか外国人の僕の知人は、そういうボッタクリの日本酒をクールなSakeとして、何にもわかってないくせに、高い金出してありがたがって飲むわけです。もう、かんべんしてよ、と。
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香港のちょっといいレストランの日本酒のやばさはこの写真を見ればわかります。この原稿を書いている時点で1HKD=17.9円です。ご査収ください。
香港の和食はちょっと気を抜くとこうやって日本酒??でぼったくられます?? 1HKD=13.5円ぐらいっす笑 pic.twitter.com/Qo5clsWoKZ
— Kazuki Fujisawa (@kazu_fujisawa) November 13, 2020
しかし、獺祭は、良心的なレストランでは比較的リーズナブルな価格で出てきます。日本のスーパーで買えば1,500円しないと思うんですが、こっちのレストランだと、720mlの瓶でだいたい7,000円ぐらいです。7,000円ぐらいならまあ許せる範囲です。だから、僕はよく獺祭を香港で飲んでいたわけです。
そしたら、この獺祭というお酒は、めちゃくちゃ面白いバックグラウンドがあったわけです。
山口県にある旭酒造という弱小酒造メーカーを三代目の桜井博志さんが継ぐのですが、経営が上手く行けず、杜氏(とうじ)も辞めてしまいました。日本酒は、杜氏が職人芸でいろいろやっていたのです、博志さんたちは途方にくれていたのですが、この方が、日本酒作りに革命を起こしていきます。よく考えたら、杜氏なんかいらなくね?みたいに考え、残された素人の社員を集めて、いろいろ高校の理科の実験のようにデータを取りながら見様見真似で、日本酒を作り始めます。それで杜氏なしで、数年でかなりの高品質の日本酒を作れるようになってしまったわけです。
最初は、桜井博志さんという方は、どっかの大学で醸造学とか学んだり、なんか理系の勉強した人かと思ったんですが、そうでもなく、ふつうに高卒の方なんですけど、こういう科学的な仮説実験を繰り返すスピリットを持っていたわけですね。こういう科学的アプローチで、安定して高品質の日本酒を作れるようなりました。1990年に精米歩合50%の獺祭を完成させました。また、商売のセンスもあって、当事は、地酒を地元で売る、みたいなことがふつうだったらしいのですが、東京には山口県出身の人がたくさんいるのに、山口県の日本酒がそれほどない、ということでここを狙って東京に営業をかけます。中間業者の問屋とも揉めて、問屋をぶった切って、メーカーが直接販売するという中抜きも堂々とやりました。日本酒づくりも、社員たちがデータを蓄積させていき、どんどん品質を上げていきました。こうして2016年ごろには売上100億円の大手酒造メーカーにまでなっていたのです。
すでに旭酒造はこのように成功していたので、長男の一宏(かずひろ)さんは、中国地方トップの広島学院という中高一貫校に山口県から新幹線で通学するボンボンになっていました。一宏さんは、早稲田大学に合格し、在学中は留学とかして英語も堪能でした。この一宏さんが、ニューヨークを拠点にして、レストランに一軒一軒飛び込み営業して獺祭を広げていきます。また、パリでもさまざまな著名な料理家に売り込みます。こうしてクールなSakeのイメージを作っていったわけです。そして、安倍晋三氏が時の首相だったとき、安倍首相は同じ山口県出身ですから、プーチン大統領とかを山口県に招いて虎河豚とかごちそうするわけです。自分の山口県の日本酒である獺祭をことあるごとにプレゼントする。オバマ大統領にも獺祭をプレゼントしました。こうして一宏さんの地道な営業努力と安倍首相のプッシュで、海外マーケティングが大成功し、獺祭は国際的な名声を獲得していくのでした。
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また、灘中学出身の作家である勝谷さんの本を読んだら、他にも面白いことがいろいろ書いてありました。灘中学は日本最難関の中高一貫校ですが、元々は酒造家が作った学校です。日本には他にも有名酒蔵がたくさんあり、一宏さんみたいなボンボンがいるわけです。彼らは、東京農業大学の醸造科学科に親に入れられます。もちろん、ボンボンの彼らは、本当は青山学院大学とかに進学して、東京でチャラチャラ遊びたいんですが、そこを親はなんとか説得するわけです。青山学院大学はダメだが、東京農業大学に進学してくれたら留学させてやる、と。留学して1年ぐらい海外で遊んでこい、と。こうして、酒蔵の子供たちは英語ができるようなっているわけです。彼らが、海外で日本酒をマーケティングするものだから、香港などで、こんなに高い日本酒が売られたりしているわけですね。
週末に獺祭について調べていたら、いろいろすべてがつながりました。もっと安くて美味しい日本酒を海外で普及させてもらいたいですね。
『獺祭 この国を動かした酒』勝谷誠彦
『獺祭の挑戦 山奥から世界へ』弘兼憲史
※本記事は有料メルマガ『藤沢数希メールマガジン「週刊金融日記」』2022年9月6日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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image by: Dutchmen Photography / Shutterstock.com