「このノウハウを用いれば仕事がさくさく進む」や「○○さえ徹底すれば悩みは解消」など、世の中に溢れる「成功術」に触れて、煙に巻かれたような気持ちになったことはないでしょうか。なぜちょっと「胡散臭い」と感じるのか、ある一冊の本ですっきりと理解できたと語るのは、メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』著者で文筆家の倉下忠憲さんです。今回倉下さんは、人間にとって最も根本的な問題への対応を避け、取捨選択の問題を棚上げにした「成功術」が多いことを指摘しています。
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成功術のうさん臭さ
オリバー・バークマンの『限りある時間の使い方』を読んでいて腑に落ちたことがありました。それは「成功術」に感じるうさん臭さの正体です。
『限りある時間の使い方』は、人間の有限性に目を向け、その中で何を為すのかを考えていこうと提言している本で、私の中では「よい自己啓発書」に分類されています。
で、その際のポイントは「大切なものを優先しようとしても、そのすべてを手にすることはできない」となります。たとえば、「タスクに優先順位をつけましょう」とアドバイスは有効なものの、すべての作業が「最優先」となってしまったら状況は何も変わっていません。結局、それらの中からどれかを選ぶ必要が出てきますし、つまりそれは何かを捨てる選択をする、ということです。
時間管理がうまくなれば、そうした「捨てる選択」をしなくても済むかのように謳うタイムマネジメントはぜんぜんダメなのだと本書はばっさり切り捨てているのですが、まさにその通りでしょう。
たとえば、Tak.さんは一日のタスクリストには6つしか「やること」を載せないという運用をされています。当然何か新しい「やること」が増えたら別の何かが「今日やること」からは落ちていきます。そこにはどうしようもないトレードオフがあるわけです。残念きわまりない。
「何もかもが思い通りに達成できる」という幻想は万能感で自分を満たしてくれるわけですが、結局それは「自分にとって何が大切なのか」という問いとの直面を避けているにすぎません。
限られた存在である人間は、限られたものしか手に取ることができず、そこではいやおうなしに価値観(=自分にとって何が大切なのか」が試されるのですが、それを回避しているのです。そのことを理解すると、ちまたの「成功術」に感じるうさん臭さの正体がはっきりします。
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ここでいう「成功術」とは、「こういうノウハウを使うことで私は一切悩みや問題がなくなりました。今ではすごくスムーズに仕事ができています」と謳うノウハウのことです。よくありますよね。
しかしながら、どんなに優れたタイムマネジメント手法を使おうが、有能なツールを使おうが、私たちが限りある存在である点は揺らぎません。何かを欲しても、そのすべてを手にすることはできないのです。だとしたら「悩みや問題」がなくなることもないでしょう。
先ほどのTak.さんの「6つだけ法」(適当に命名)も、それを使うことである程度納得感を持って一日を進めていけるようになるにしても、何一つ「悩みや問題」がなくなるなんてことはないでしょう。むしろ何を残して、何を落とすかでずいぶん頭を悩ませることが起こるはずです。それがごく当たり前の状態だと思います。
一冊の本を書く場合でも同じです。ページ数は限られているので、書きたいことのすべてを書くことはできません。何かの説明を増やせば、別の何かの説明は削除せざるを得なくなります。
また、ある表現を使えばそれ以外の表現の可能性は使えなくなります。初心者向けに書けば書くほど、上級者には冗長な表現になっていくでしょう。そのどちらかを選択しなければなりません。難しいトレードオフがそこにはあります。
著者は最後の最後まで、そういう選択に頭を悩ませます。そうしてその本を磨き上げていくのです──(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』2023年1月16日号より一部抜粋)
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