サラリーマンの聖地・新橋で、55年もの間庶民の胃袋を満たし続けてきたやきとんの老舗「まこちゃん」が今、若者に人気の中目黒で繁盛店を目指し、順調な歩みを進めています。なぜ「まこちゃんは」、新橋とまったく客層の異なる中目黒に出店したのでしょうか。そんな名店の取り組みを丁寧な取材を通してレポートするのは、フードサービスジャーナリストの千葉哲幸さん。千葉さんは今回、早くも月商1,000万円を超えた「まこちゃん ナカメグロ」の「おしゃレトロ」戦略と、新天地でも引き継がれている同社の文化を紹介しています。
プロフィール:千葉哲幸(ちば・てつゆき)
フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
新橋だけで5店も展開する、やきとん老舗まこちゃんが「名物秘伝たれ」と「おしゃレトロ」で挑む新しい道
東京・中目黒に昨年11月「まこちゃん ナカメグロ」という居酒屋がオープンした。「まこちゃん」と言えば、サラリーマンの聖地「新橋」にある大繁盛店「やきとん まこちゃん」を連想する人が多いことだろう。
新橋本店の外観。店舗がシンメトリーになっているが、これは繁盛していた創業店が、空いた隣りの物件をつなげたことの名残り
新橋に現状3店舗あるが、どの店も夕方5時を過ぎると満席になり、優に3回転、4回転している。このようにサラリーマンに愛される「まこちゃん」はいかにして中目黒に出店することになったのだろうか。
新橋本店の平日19時の様子。このような繁盛風景で日に3~4回転している
創業以来55年間つぎ足しのたれ
「やきとん まこちゃん」を展開するのはマックスフーズジャパン(本社/東京都品川区、代表/西田勇貴)。先代の西田眞氏が1968年に創業した。
同店の一番の魅力は圧倒的なコスパの高さ、「名物秘伝たれ」をうたうやきとんが1本160円(税込、以下同)であること。しかも見た目に大きい。串を持つと重さを感じる。優に50g以上ある。このたれはこの大振りのやきとんにとても良くマッチして強烈に記憶に残る。
実際におしながきに「たれ焼きのおすすめ」とあり、このような文章でお薦めされている。
新橋やきとん まこちゃんのたれは一九六八年の創業以来、毎日丁寧につぎ足し、つぎ足しで造り上げられた「秘伝のたれ」を使用しております。日々、数百本という串が入り、肉の旨みで更に味が深まる「秘伝のたれ」。まずは、この『秘伝のたれ』で当店自慢のやきとんをお召し上がり下さい。
新橋エリアのやきとんは1本160円(税込、以下同)。たれは1968年の創業以来“つぎ足し”でつくり続けている
お客のほとんどはスーツ姿、男性の先輩に誘われてついてきたという感じのスーツ姿の若い女性が同席しているのを見ると「サラリーマンの仕事帰りって楽しいな」という気分になる。この女性はきっと男性の先輩から「創業以来55年間つぎ足しつぎ足しのたれのやきとんがうまい店があるんだ」と聞かされて来たのだろう。新入女子社員が新橋の居酒屋伝説でサラリーマン社会の奥義に親しむ、といった感じか。
しかしながら、コロナ禍にあって新橋からサラリーマンが消えた。
現在の代表、西田勇貴氏(40)は先代の子息で、2019年に事業継承をして先代が築いた“新橋ドミナント”(*限定エリアの中で集中して店舗展開すること)の路線を継続していくつもりでいたという。
ここで“選択と集中”を決断。店舗は新橋に5店舗あったが、一本通りを隔てた2店舗を閉店して近接する3店舗に集中した。この3店舗でも新橋で5店舗当時の売上と変わらない状態になった。引きついだ事業の中に貿易事業があったが、これからは撤退して飲食業一本で進んでいくことを志した。
“ネオ大衆酒場”の次は“おしゃレトロ”
コロナ禍ではオフィス街近くの飲食街にはお客が少なくなったが、お客が減らないエリアがあった。それは若者が集まる街である。そこで、同社では新橋一極集中ではなく、新橋とは異なる顧客がいる新天地を求めた。そこで見つけたのが中目黒で30坪の物件。
店名は「まこちゃん ナカメグロ」。サラリーマンの街新橋の繁盛店がおしゃれになって中目黒にやってきた、というイメージだ。西田氏は「ここで営業することは、リスクヘッジであり新しい客層を発掘すること」と語り、若者をターゲットにしたデザインで食事も楽しむことができる店づくりを心掛けた。内装はおしゃれとレトロを融合した“おしゃレトロ”。エントランスをくぐると大きな円形のカウンター席があり、内側には煮込みをつくっている大きな鍋が置かれている。料理への期待が膨らむ。
「まこちゃん ナカメグロ」のデザインコンセプト“おしゃレトロ”を象徴する円形のカウンター席。お一人様、カップルの使い勝手が良い
代表の西田氏は「若者には“レトロ”の要素が人気。これまで“ネオ大衆酒場”が人気を博してきたが。さらに“新しいレトロの要素”が必要だと考えた」という。“ネオ大衆酒場”はデザインそのものが昭和30年代ごろに人気を博した“大衆酒場”の雰囲気があるが、「まこちゃん ナカメグロ」の“おしゃレトロ”にはそのイメージがない。備品や接客の心配りにレトロを感じる。例えば、テラス席の壁に掛けられてありお客が自由に着用できる「はんてん」がカラフルで、新しいセンスを感じさせる。この“おしゃレトロ”はこれから飲食空間づくりのトレンドとなって行くことだろう。
接客の心配りもしかり。「まこちゃん ナカメグロ」を利用して驚くことは、接客する女性従業員が20代そこそこと若いながらも、お客に積極的に語り掛けること。筆者が一人で飲食をしていたところ「うちのお店のことを楽しんでいますか」と語りかけてきた。それに対して私が「なんか楽しんでいないように見えましたか」と切り返したところ「いえいえ、当店ではお客様に元気になっていただきたくて、コミュニケーションを取るようにしているのです」と言ってくれた。
代表の西田氏も「新橋では当店を利用してくれたお客様に『明日も頑張ろう』と思っていただけるような対応を伝統的に行なっている」と語る。新橋一極集中から脱して、新天地で新しい客層を発掘することを志すようになっても、お客本位の文化は継承されている。
フードを強化して「食事ができる店」に
フードメニューはビブグルマン(*ミシュランで5,000円以下の優れた店)を取得した料理人が監修。新橋の店と同様にやきとんが看板商品で1本181円、さらにこちらの店はでフードメニューのバラエティを充実させて「食事ができる店」のイメージをもたらしている。
「まこちゃん ナカメグロ」のメニューの一つ「4種の肉刺しユッケ」1,078円は肉刺しが20gずつ楽しむことができる
中でも“〆の逸品”の「まこちゃん鉄板もつ焼きそば」803円は印象深い。麺はこしのある太麺で茹で上げで250g、ホルモン60gとキャベツでやきとんの「名物秘伝たれ」をベースにしたソースを絡めている。
フードメニュー強化を象徴する「まこちゃん鉄板もつ焼きそば」803円。麺250g、ホルモン60g
ドリンクは「名物 まこレモンサワー」616円と「瀬戸田レモンサワー」583円が印象深い。前者は店内仕込みの特製シロップにつけこんだ角切りレモンと少量のオレンジを配合。後者は広島県瀬戸田町産の無農薬レモンを低速ジューサーで絞ったもの。
客単価は3,500円を目指したが、現状は2,000~3,000円という。お酒の杯数は新橋エリアが3.5杯であるのに対し、中目黒は2.5杯程度となっている。これは中目黒の特徴と言えることで、顧客は中目黒の飲食店のはしごを楽しみにしていることから。お酒の杯数や客単価も低めになる模様。狙い通りに20代のお客や新橋の「まこちゃん」を知る中高年など、さまざまな客層から愛される店となった。客単価が低めとは言え、昨年11月にオープンして以来、月商は1,000万円を超えている。
「サラリーマンの街・新橋」の名店は、いまはブランドとなって若者の街で通用するようになった。「おしゃレトロ」はこれからのキーワードになっていくことだろう。
image by: 千葉哲幸
協力:株式会社マックスフーズジャパン