高偏差値の大学を卒業したものの、いざ実社会に出てみると自信をなくしてしまうという人は少なくないようです。今回の無料メルマガ『戦略経営の「よもやま話」』では著者の浅井良一さんが、『ビリギャル』を慶応大学に合格させた学習塾塾長の話から、答えのない実社会で高い成果を上げる人間になるにはどうすればよいのかということについて語っています。
唯一の意味ある強み
うまい先生
ドラッカーはこのように言います。
「“マネジメントのリーダーシップ”なくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない。彼らの能力と仕事ぶりだけが、事業に成功さらに事業の存続を左右する。『マネジメントこそ、企業が持ちうる唯一の意味ある強み』である」
ということで、すべてはマネジメントに委ねられます。そして、加えて「最も希少な資源は人材である」と続きます。ということで「“人材”のマネジメントこそが、事業に成功さらに事業の存続を左右する唯一の強みである」となると解されます。このことは、自分一人で仕事を行っていても“考え方”は同じです。
NHKのテレビ番組で、偏差値30(下位2%)のビリギャルを偏差値70(上位2%)にまで押し上げ、みごと慶応合格させた学習塾塾長の示唆に富んだ話が紹介されていました。その人物とは坪田信貴さんなのですが、このような思いがけないことを言っています。
「大学までの勉強では、頭が良い悪いなどない。究極的に言うと、東大に行くことは誰でもできる」
なぜならば
「大学受験の勉強には“答えがある”からだ」
と。そこで、人の親なら思わずつぶやかされてしまうんですが「この先生に、我が子を預ずけることができれば、万々歳だ」と。子供を一流の大学に合格させるには、一にも二もなく「うまい先生を見つけ出して、その先生にすがるにしくはない」と。やはり、東進ハイスクールの林修先生は大正解なのではないかと。
さらに「先生にうまいへたはあるか」と坪田信貴さんが問われて、その返答が「生徒に、才能が“ある/ない”と思っている先生はへた」つまり「うまい先生(弘法)は、生徒(筆)を選ばず」だと言い切ります。
それでは、うまい先生はどうするのかと問われて「世間は結果を見て評価するので“才能を認めさせよう!”と、先に言うのが、いい先生」で、「うまい、へたと言われる先生の差」は、まさに「動機付けのうま、へた」なのだそうで、ビリ・ギャルには「良い大学に入ったら、カッコイイ男子学生に会えるぞ」と付け加えることも忘れないのです。
この坪田さんの見解は耳の痛い言葉で「我が子は出来が悪い」とか、はたまた「わが社の社員は、全く出来の良いのがいない」と決めつける経営者は、“へた”な親や経営者だとなりそうで、子供の成績が悪いのも、決められた仕事がこなせないのも、元凶はすべて「へたな先生」つまり「親、経営者」であることを示唆しているかのようです。
「うまい先生、経営者は」と考えたときに、いつものように一人の経営者の顔が浮かびあがるのですが、部下に困難な課題に挑戦させるときに、しり込みするその部下に、松下幸之助さんが言い続けた常套句が、「いや、できるよ。きみだったら必ずできる」で、それでもって「人をつくり」大きな成果へと導いて行ったとなります。
さらに、坪田信貴さんから、どんな風にすすめていくのか聞き取ります。
最初にとりかかったのは学力(現状能力)の確認で、ビリギャルは小4程度であり「できることできないことを最初に伝えた」のだそうで。次に取り組んだのが、大学受験において最も重要なのが“記憶力”なので、スタート時点おいては若干差があるとはいえ、記憶の仕方にはコツがあり、訓練しだいで伸ばすことができるので、これを高めさせたのでした。
さて、ビリギャルをみごと慶応合格に導いてゆくことができたのですが、そんな受験請負人の坪田信貴さんが、ここから本題に入ってゆくのですが、「大学合格は“答えのある勉強のゴール”であり、一方では答えのない戦い、旅のスタートである」「大学受験までの勉強はチョロイ」と言います。
とうぜんなのですが「実社会での事業は、答えがない戦い」。答えのある戦いであれば、知識さえあればよく高学歴の社員を集めれば勝てるのですが、そうはいかないのが課題であるのです。
高学歴のソニーの盛田昭夫さんが『学歴無用論』で「その人が、どの大学で、何を勉強してきたかは、あくまでもその人が身につけた一つの資産であって、その資産をどのように使いこなして、社会に貢献するかは、それ以後の本人の努力によるものであり、その度合と実績とによって、その人の評価が決められるべきである。」と、述べています。
日本電産の永森重信さんは、さらにこのように指摘しています。
「入試を突破するためのテクニックだけを身につけたような人がいざ社会に出て、正解のわからない問題や先の見えない課題にぶつかったとき、果たして自分の力で解決していけるだろうか。たとえすぐに結果が出なくても、諦きらめずに『できるまでやる』という強い心を保てるだろうか。私は難しいと思っている」
こんな指摘もしています
「これまで日本が生んだ優れた経営者や実業家たちに目を向けてみてほしい。パナソニック創業者の松下幸之助さん(尋常小学校中退)やホンダ創業者の本田宗一郎さん(高等小学校卒。後に高等工業学校の聴講生を経験)、サントリー創業者の鳥井信治郎さん(商業学校中退)のように、大学を出ていない人もいる」
「もちろんこの方たちはほんの一例に過ぎないが、そのほかの名だたる経営者にも、一流大学出身者はそれほど多くないのが実情である」
“答えのない社会”において、高い成果をあげようとするならば、
「強い意欲と、それに“真摯さ(誠実さ)”があれば、逆に言うとこの二つを持たないではマグレはあっても腐敗します。加えて失敗にめげない不屈の忍耐があれば、紆余曲折はあったとしてもそれを糧にして必ず成功します」
先に名のある松下幸之助さん、本田宗一郎さん、鳥井信治郎さんのように。
“実社会での事業は、答えがない戦い”なのであり、だから「答えは、自身でやってみて探し出すより法はなく、誰かに教えてもらうことができない。」ということであり、とは言え、先人の知恵や成果を実現させた考え方は、コケないための杖になり、これを起点として多様にやってみれば多様な成果に達しそうなのです。
違うゲームのルール
さて、東大を卒業した教え子が「実社会に出て自信があったのに、様子が違いどうしたらよいのか」と坪田信貴さんに言ってくるのだそうです。そんなときにこんな助言を与えているのです。「社会に出ると違うゲームになる」。だから「違うゲームのルールを覚えましょう」と。
プロの将棋の世界ではAI活用が常識になってきているということで、早くから活用をしてきた藤井聡太竜王が名人位も獲得することになったのですが、負けた渡辺前名人がAI活用が十分でなかったというとそうでもなくて、「AIは“この手が最善”と示してくれますが、その理由までは教えてくれません」と言われ、そのうえで「『なぜ』をクリアできないと、その戦法は使えないのです」と言われています。
新名人になった藤井聡太竜王が、竜王戦で初防衛したときに色紙にこんな言葉を書いています。「千思万考」と。勝とうとするならば“なぜ”を知らなければならず、ために人の更に上を行くには自分自身での「千思万考」が求められるということでしょう。
回りくどい説明になるのですが、ここで結論的に言えるのは、学ばなければならない知識は当然習得しなければならず、また学べるのですが、また専門家に頼れるし、大いに頼ればいいのですが、リーダー(経営者、管理者)にとっての「必須の資質は“真摯さ”(誠実)」であると、ドラッカーの言葉がリフレインしてきます。
「事をなそう」とするならば、ここを押さえられるかどうかが「経営のコツここなりとつかんだ価値は百万両」となるのでは、となります。
覚えることのできる“知識”は、誰にでもが活用可能な「強み」であり、“うまい”経営者ならこれをどうするのか、ここのところを覚れる経営者なら「企業が持ちうる唯一の意味ある強み」のマネジメントを行うのでしょう。
企業(組織)は、一人では行えないことを実現させる機関だと定義されます。マネジメントは、その企業(組織)に成果をもたらすための唯一の機関です。ところで、トヨタのマネジメントは「トヨタ生産方式」をつくり、突出した成果をあげる企業へと上昇しました。
「トヨタ生産方式」は、創始者の豊田喜一郎さんの“ジャストインタイム”「必要なものを、必要な時に、必要な量を生産する」というアイディアを、大野耐一さんが具体的な方式として、現場に定着させたものでした。
現場の人に、継続して常に高い目標を求め、課題を自身で見つけ解決策を探し“カイゼン”を実行させ“自己効力感”ある人材に変身させるのです。大野さんの要諦は、自身の行動を通してリーダーのあるべき範を示したこと。リーダーは、権限や権力を使ってではなく「やってみせ、人を説得し、理解させて行く」というやり方で、それを続けたのです。
トヨタは、松下幸之助さんと同じ考え方「人をつくる」を核にしました。ドラッカーは、組織の目的について「凡人をして非凡をなさしめることにある」と明言しています。
「組織は天才に頼ることはできない。天才は稀である。当てにはできない。凡人から強みを引き出し、それを他の者の助けとすることができるか否かが、組織の良否を決める。同時に、組織の役割は、人の弱みを無意味にすることである。要するに、組織の良否は、そこに“成果中心の精神”があるか否かによって決まる」と言います。
トヨタは、この「人づくり」ができる「トヨタ生産方式」を具現化させることに忍耐強く続けたので高利益企業になったといえます。パナソニックも「人づくり精神」が寄与したので有力企業となりました。シャープや東芝は「人づくり精神」が破綻したので、現在のような状況へと落ち込んだと言えます。
ホンダもソニーも“マネジメント”により、ドラッカーの言うところの「凡人をして非凡をなさしめること」により成立した企業の代表なのでしょう。
一人で事業を行っている場合も同じで、もとよりトップマネジメントはいつ最終決断を一人で行わなければならないものなので、苦行の“なぜ”を「千思万考」する自分づくりが、将来の成果を実現させるうえでの、必須の“事業者の責務”となると言えそうです。
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