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美しいビブラフォンの調べに酔いしれて。あなたは幻の作曲家・平岡精二を知っているか?

貴方は、作曲家・平岡精二(ひらおか・せいじ)の名前をご存知だろうか?聞いたことがない人でも、彼の作曲した音楽を聴けばピンとくるに違いない。なぜなら、彼が遺した音楽は今も多くの人の記憶に刻まれているものばかりだからだ。まずは、この曲をお聴きいただこう。

2017年に亡くなった、あの「ドレミの歌」の作詞ならびに歌唱者でおなじみの歌手・ペギー葉山による「学生時代」である。今もCMなどに使用されているので、ご存じの方も多いはずだ。この曲の作詞・作曲を担当したのが、作曲家でビブラフォン奏者の平岡精二(1931-1990)である。

一方、ジャズのビブラフォン奏者としての平岡は、こちらの動画を聴けば理解できるのではないだろうか。

しかし、私たちは「平岡精二」という名前を今までほとんど目にしたことがない。そんな平岡の作品を2枚組のCDにまとめた初の作品集が今年春に発売された。今までベールに包まれていた天才作曲家の偉業が、初めて一つのCDパッケージにまとめられたことになる。

ビクター・トレジャー・アーカイヴス『平岡精二ビクター・イヤーズ

では、今まであまり語られることのなかった作曲家・平岡精二とは一体どんな人物だったのだろうか? その謎を解くには、まず彼の生い立ちを紐解かねばならない。それは、山あり谷ありの人生を送った音楽家の「波乱万丈」の物語であった。

 天才作曲家の波乱万丈人生

ここで平岡の生い立ちをご紹介しよう。平岡精二は1931年8月13日、東京・麻布生まれ。徳川家の家臣に遡ると言われる名家に生まれた彼は、幼いときから父にピアノの手ほどきを受け、世界的な木琴奏者の叔父・平岡養一には木琴を、和声学を池内友次郎に師事している。13歳でNHKからクラシック木琴独奏者としてデビュー。しかし、叔父からクラシックよりもジャズの才能があると見込まれて背中を押され、方向転換する。

戦後、青山学院高等部在学中に浜口庫之助、犬丸一郎、益田貞信らとハワイアン・バンド「村上一徳とサーフライダース(のちのスウィング・サーフライダース)」に参加し、プロ入りを果たした。大学卒業後、1956年には自己のカルテットを結成。のちに宮川泰らとともにクインテットに改編し人気を得た。

1960年には東芝と専属契約を結び、メンバーを入れ替えて、帝国ホテルのディナー・ルームに腰を落ち着けて、洗練された純度の高いディナー・ミュージックに打ち込むようになる。

その後もメンバーの変動を繰り返し、規模の拡大・縮小を重ねながらジャズ・ヴィブラフォンの第一人者として人気を博すようになる。また、歌謡曲の作詩・作曲にも才能を発揮し、旗照夫「あいつ」、ペギー葉山「学生時代」「爪」などのヒット曲を発表。母校である青山学院大学校歌も手掛けている。1965年5月からはフジテレビの朝のワイド番組「小川宏ショー」の専属バンドとしてお茶の間に登場し、5年間のレギュラーを果たした。

しかし1970年の秋に突然バンドを解散、自身の会社「平岡プロダクション」も閉鎖して単身ハワイへと渡った。現地のホテルでバンドに加わり演奏を続けていたが、体の不調により、翌年4月には帰国。このとき平岡は、不眠解消のために酒量が増え、アルコール依存症で手が震えるほどの状態だったという。その彼を支えたのが、ハワイで再会した幼馴染の女性であり、帰国後に2人は結婚。しかし1年後に離婚し、その頃から平岡は不安神経症という奇病に罹って「再起不能」とまで言われ、完全に表舞台から姿を消した。

ところが1976年、銀座ヤマハホールで開催されたリサイタル「平岡精二リサイタル’76/まだやってます41才!」で奇蹟のカムバックを果たし、以降、創作・演奏活動に復帰。1981年には自作自演アルバム『平岡精二より愛をこめて』を制作・発表した(演奏:平岡精二クインテットとフレッシュ・ノーブル)。

1990年3月22日に永眠、享年58歳。音楽に生き、しかし音楽を辞め、そして再び音楽に返り咲く、「還暦」にも届かなかった太くて短い波乱万丈の人生だった。 (参考文献:ビクター・トレジャー・アーカイヴス『平岡精二ビクター・イヤーズ』ライナーノーツより)

 令和の世に再び光をあてた企画者に聞く、音楽家・平岡精二の魅力

今年4月、昭和の職業作家たちの発掘音源を集めた作品集『ビクター・トレジャー・アーカイヴス』シリーズの第二弾が発売された。作曲家の鈴木庸一、中村八大とともに選出されたのが、作曲家の平岡精二であった。 

 今回の平岡を含む職業作家の過去の偉業を発掘したシリーズは、一体どのように企画されたのか? そしてどのような楽曲が発掘されたのか? 数多くのCDを世に送り出してきた今シリーズの企画者であるアンソロジスト・濱田髙志氏にお話をうかがった。


──この度はお忙しい中、このような機会をいただきありがとうございます。作曲家の平岡精二さんですが、私は寡聞にして知らず、しかし曲は聴いたことがあるという知られざる作曲家だと思うのですが、彼のビブラフォンの調べを聴くと、今の時代においてもまったく古さを感じさせないモダンさがありますね。

濱田髙志氏(以下、濱田:今回のCDですが、DISC1は名作「或る窓/松尾和子」(1973年)を中心にロミ山田、中尾ミエ、フランク永井などビクター専属歌手のために書かれた楽曲を収録、DISC2は「ベッド・タイム・ミュージック」(初CD化)を中心に平岡精二のビブラフォン奏者としての代表作を収録しているんです。なので、ソングライターとしての平岡精二、ビブラフォン奏者としての平岡精二、さらに言えば大半の曲を自身が編曲していますので、編曲家としての平岡精二も楽しめるような内容になっています。

──平岡精二さんは、どのような功績を残されたのでしょうか?

濱田:平岡さんは、中村八大さんと同い年で、あの「クレイジーキャッツ」のバンマスであるハナ肇さんとも同世代の、日本のジャズブームを支えたミュージシャンの一人です。彼の作曲する曲は、歌謡曲でもジャズでも、歴史の彼方に忘れられていく流行歌ではなく普遍性、つまり「スタンダード」な楽曲なんですね。ヒットしていない曲でも、今の時代に聴いても良い曲だとわかる。彼の遺したダークダックス、ペギー葉山、松尾和子らへの提供曲は、いつの時代でも古くならないスタンダードソングとしての魅力があります。

──濱田さんといえば、今までコンピレーションCDなどを500枚以上も企画・監修されてきましたが、平岡精二さん単体のCDは今回が初めてなんですね。

濱田:今まで数多くのCDに関わってきましたが、実はチョコチョコ、平岡さんの曲をまぎれこませていたんですよ(笑)。でも、その名を冠した作品集というものが無かった。そこで、平岡さんをはじめ、鈴木庸一さん、中村八大さんという音楽家たちがビクターに残した楽曲だけで、作品集を作りたいという思いから、前回の山下毅雄、山上路夫、いずみたくの三氏に続く『ビクター・トレジャー・アーカイヴス』の第二弾を企画しました。今回のCDは、没後初の平岡精二作品集になります。

──今回の平岡精二さんを含む発掘音源シリーズの聴きどころを教えていただけますでしょうか。

濱田:平岡さんのグループにいたミュージシャンは、東海林修さんや宮川泰さん、ジミー竹内さんら、みなさん大成しているんですね。つまり平岡さんは目利きというか、審美眼がある天才肌の人だったんです。ある時期、クラブシーンで「ラウンジミュージック」がもてはやされたことがありましたが、ま平岡さんの演奏するビブラフォンの調べは、このラウンジ系の元祖なんですよね。文字通りラウンジミュージック。帝国ホテルのラウンジで奏でられていた音楽ですから。だから、そうした傾向の音楽好きの人にもぜひ聴いていただきたいと思います。ちなみに今回発売した3タイトルはいずれも全てマスターテープからの収録です。

なにも<平岡精二を流行らせよう>と思って今回の盤を企画したんじゃないんですよ。こういうスタンダードな曲を作っていた、演奏していた作曲家、ビブラフォン奏者がいた、ということを改めて知らせたいという思いからの企画です。とにかくCDというメディアのある今のうちに「盤にすることが重要」だと思います、多くの方に平岡さんの音楽の魅力が届くことを願っています。

──私も今回、平岡さんのモダンな音の数々を聴いて大ファンになりました。本日はお忙しい中ありがとうございました。


90年代中盤、渋谷に近い編集部に出入りしていた頃に、ビブラフォンの調べを効かせたラウンジ系の音楽をよく耳にしていた。渋谷系全盛期の当時は、古臭い喫茶店やホテルのバーカウンターに流れている音楽かなくらいの認識しかなかったが、大人になるにつれ、あのモダンで大人な雰囲気の音楽の良さに気づくようになっていた。実は、まさにあのラウンジ音楽こそ「渋谷系」だったのだと後年に気づいた。昨今では、ジャズのクールな音楽が若い人に人気なのだという。平岡精二の奏でるビブラフォンの優しい調べが、そんな彼らの耳に届く日も近いのかもしれない。(MAG2 NEWS編集部gyouza)

【関連商品情報】

ビクター・トレジャー・アーカイヴス

シティポップのルーツとも言える60~70年代にかけてヒット曲を世に放った職業作家たち。『いずみたくソングブック』などでお馴染みアンソロジスト・濱田髙志によるビクター専属作家3名の作品集、第二弾。初CD化音源を多数収録。

平岡精二ビクター・イヤーズ
鈴木庸一ビクター・イヤーズ
中村八大ビクター・イヤーズ

各2枚組
価格: 各3,520円(税込)

image by: 『ビクター・トレジャー・アーカイヴス

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