懐かしのアニメ『まいっちんぐマチコ先生』が令和の今、意外な好評を博している。現代のポリコレ・コンプラ基準ではおよそ許容されないはずの“エッチな表現”に、視聴者から拍手喝采が起きたのだ。だがその裏では、日本のネット上で10年来愛されてきた動画『汚い仔猫を見つけたので虐待することにした』(※実際は溺愛動画)が削除されてしまうという事件も発生。国家や自治体ですらないアメリカの民間決済企業が“検閲機関”として機能している現状の危うさを、小林よしのり氏主宰「ゴー宣道場」の寄稿者で作家の泉美木蘭氏が解説する。(メルマガ『小林よしのりライジング』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:泉美木蘭のトンデモ見聞録・第326回「アメリカ由来の表現規制」
過激で平和な『まいっちんぐマチコ先生』の復権
民放各局によるテレビ動画配信サービス「TVer」で、1980年代のアニメ『まいっちんぐマチコ先生』が配信されている。配信元はテレビ東京で、開局60周年記念企画の1つらしい。
小学生以来だが、久しぶりに見てみると、オープニングでいきなりマチコ先生のお尻というお尻が出てくるし、プールを泳ぐマチコ先生の水着を男子生徒たちが釣り竿ですぽ~んと脱がせてしまうし、裸体が一回転して堂々と乳首も出ているしで、やむを得ず凝視した。
本編は、女子生徒だけのテニス合宿に、エロ本を尻ポケットに入れている教頭先生と、思春期真っ盛りの男子生徒らが、のぞき見のために紛れ込むという回だった。
受験勉強ばかりしているガリ勉の男子生徒が、実はテニスがうまいという一面を見せたことで、女子生徒が「男らしいのねえ♪」と言って擦り寄ったり、ガリ勉君の手をとって自分のおっぱいを触らせたりする。
「男らしさ」を許容した上に、女性が主体的かつ積極的に性にいざなうという、一周回ってもはや先進的なシーンである。
その後、お待ちかねのシャワールームのぞき見シーンがあって、最後は合宿所に野生のクマが現れ、逃げ惑うマチコ先生を追いかけ、覆いかぶさって、胸をぺろぺろなめてTシャツの胸元だけを食い破って消えていくという、やたら過激だけど総合的に平和という世界観で、「大らかさって、スゴかったんだな」と思った。
かつて『ドラえもん』には、「しずかちゃん」の入浴シーンがよく登場した。『水戸黄門』で言うところの、由美かおる演じる「お銀」の入浴シーンと同じ「サービスショット」の類だが、ポリコレ・コンプラブームによってテレビ放送からは消えていった。
ところが、それをはるかに上回る『まいっちんぐマチコ先生』を、テレビ局がネット配信で復活させているというあべこべ状況が起きているわけだ。
ポリコレ・コンプラと戦いはじめたテレビ業界
「TVer」は、民放各局が合同出資して作った「見逃し配信」サービスで、ドラマやバラエティ、アニメ、報道、ドキュメンタリーなどの番組をテレビと同じCM入りでいつでも視聴できるように提供している。
放送作家の鈴木おさむが話していたが、最近は、ドラマ制作側も「TVer」での再生回数を気にするらしい。ドラマがヒットした時、プロデューサーからはまず「TVer」再生回数を見ての喜びの報告があり、視聴率については「ちなみに〇%でした」と添えられる程度だという。同時に、作品の中には、やたらとセックスやキスシーンが増えたらしい。
テレビの前に座って見るのとは違って、スマホや個人のパソコンを使って、都合の良い時間に1人で見る人が増えてきたため、性的なシーンをたくさん入れたほうが「TVer」での再生回数を稼ぎやすいというのが理由だという。人気作品として話題になれば、地上波の視聴率にも影響するということなのだろう。
テレビ制作現場に入り込む「インティマシー・コーディネーター」という存在
このようなテレビドラマの制作現場で、現在活動しはじめているのが、「インティマシー・コーディネーター」という職業だ。
名前を聞いても一体なにをするのかわかりんマシーという感じなのだが、「インティマシー」とは、親密さ、性的な領域のことなどを示し、テレビドラマや映画の撮影現場において、性的なシーンや肌を露出するシーンを演じる俳優と監督との間に入り、全員が演技について「同意」した状態で撮影に臨めるよう調整する職業なのだという。
発端は、2017年にアメリカの映画界で起きた「MeToo運動」だ。撮影現場では、男性の監督の権限が強く、特に若い女優が嫌な演技を断れないケースが多いために、第三者がガイドラインを作り、介入する仕組みを編み出したらしい。
アメリカにその資格を授与する認定機関があるとかで、日本にも、認定資格を受けたコーディネーターがいて、2021年ごろから映画やドラマ、舞台の制作現場に起用されはじめているのだそうだ。
実際に日本の撮影現場に入っているインティマシー・コーディネーターの女性が話す対談動画を見たが、事前に脚本を読んで、性的なシーンについて、逐一「このシーンはどういう意図があって存在するのか?」など監督に聞くらしい。
その上で、俳優に個別に面談して、どこまで触っていいか、どのぐらいの強さならいいか、心配事はないかを聞き取って擦り合わせを行い、女優が喘ぎ声を出すシーンなら、どのぐらいの声量の、どのぐらいの高さの、どのような発音をするのかまで事前に決めて、「同意したこと以外は本番でやらせない」ということを徹底するという。
撮影現場では、実際に演技をしながら「ちょっと違うなあ」「いいね、でも、もうちょっと抑えめに」など監督の要求に呼応しながら納得のいく演技を作り上げていくパターンが多いが、そういうやり方をやめさせて、「最初から全部決めといてくれよ」というわけだ。俳優の演技が下手だった場合、どうなるの? と思うが……。
名作はひらめきと「ムダ」で出来ている
さらに、インティマシー・コーディネーターとしては、「サービスショット」は、なくしていくべきだと考えているようで、脚本に「ムダな肌の露出」と感じるものがあれば、監督に「このシーンは、この作品にとって本当に必要なのか?」と問うらしい。
コーディネーターが「ムダ」と感じても、男女関わらずその俳優のファンが「見たい」と期待しているものもあれば、俳優自身が人々を魅せるためにトレーニングしてきたものもあるわけで、「ムダ」「不必要」という感覚で作品をつついていくと、つまらないものしか作られなくなるのではないかと心配になる。
おまけに、「ハリウッドの俳優は、脚本の気になるところは自分ですべて監督に質問するが、日本の俳優は、空気を読んで嫌なことを嫌だと言えない」というようなことも言うので、ずっこけた。
アメリカ発の職業でありながら、アメリカの俳優が自分でやっていることを、日本の俳優はできないから代わりにやってあげるということなのか?? それじゃあ、日本の俳優にはいつまでも主体性がないという話になってしまうのでは……。
一定の評価はあるものの、新たな懸念も
インティマシー・コーディネーターについて調べてみると、介在してもらったおかげで、安心できたという声もあった。
新潮社の『波』2024年4月号に、高嶋政伸が、NHKドラマ「大奥」で徳川家慶を演じた際、10代の女優演じる自分の娘役に乱暴するというシーンがあり、非常に神経を使ったという体験を寄稿している。
本番でアドレナリンが上がった役者は、想像以上に力が入ってしまうもので、高嶋も、過去に刑事役を演じた際、勢い余って窓ガラスを粉々に割ってしまったことがあるという。そのことをコーディネーターに話して、相手役にケガやショックを与えないよう、事前の聞き取りでとことん撮影方法を考えて臨んだ経緯が書かれていた。
高嶋の役者としての演技に対する真摯さ、役作りに深く向き合うがゆえに相手役の少女を見て怖くなるという真剣さの伝わる内容だが、ナーバスな場面は、しっかり意見を出し合って特に慎重にやらなければならないという話でもあって、「インティマシー・コーディネーター」がいないとそれができないほど、乱雑な現場だったのかどうかは、よくわからない。
アメリカで資格認定された人間が、今後、新たな「アメリカでは」をどんどん現場に持ち込んだり、作品に対する権限を強めたりした場合、性的なシーン以外にも介入が起きるのではないか、やがて、「同意」を気にするあまり、勢い余って窓ガラスを割るほどの迫真の演技を打ち出せる俳優がいなくなるのではないかなど不安も感じた。
クレジットカード会社による「検閲」が広がっている
アメリカ由来の表現に対する規制は、別の形でも広がっている。
今月10日から、ニコニコの有料会員「プレミアム会員」の月額会費の支払いにおいて、VISAによるクレジットカード決済が停止されている。 昨年11月にはMastercard、今年3月にはAmerican Expressでの支払いも停止されており、現在利用できるクレジットカードはJCBとDiners Clubのみだ。
現時点では、『ゴー宣道場チャンネル』や『小林よしのりライジング』など個別のチャンネル会費の支払いについては「影響はない」ということらしいが、ニコニコは、今後影響が発生する場合は別途案内するとしている。
なぜクレジットカードの決済が相次いで停止されたのか。 実は、米国での表現規制の影響が及んだ結果なのだ。
2022年、米国で、児童ポルノを含む大手ポルノサイトに決済手段を提供していたとして、VISAが責任を問われる判例が出た。
はじまりは、大手ポルノ動画サイトに、13歳の少女の性的な自撮り動画が投稿されたことだった。このサイトはYouTubeのような仕組みで、誰でも自分で撮ったポルノ動画を投稿できるようになっていた。
少女の動画は、片思いの男の子に頼まれて送信したものだったが、無断で投稿されてしまい、たちまち拡散、数百万回再生されてしまう。
当然、悪いのはこの男の子なのだが、それから7年後、少女は精神的苦痛から薬物中毒やうつ病になり苦しんだとして、動画の拡散を止めず、収益化し続けたポルノ動画サイトに損害賠償を求めて提訴。
また、このサイトの決済業者であるVISAに対しても、児童ポルノという犯罪を収益化する仕組みを提供したとして提訴した。
ポルノだけではない。一般サイトにも広がる表現規制
訴えられたVISAは、自分たちはあくまでも決済業者で、その利用会員のサイトの中身までは管理できないとして、訴訟の対象外とするよう主張していたが、カリフォルニア州の地裁は原告の主張を認め、「VISAはポルノサイトが相当量の児童ポルノを収益化していることを知っていた」「犯罪を完遂するためのツールを故意に提供した」とし、VISAを「被告人」としたまま訴訟を進めることを認めたのだ。
VISAは、この裁定に「失望させられた」とコメントを出しているが、結果的に、ポルノサイトとの契約を解除。 同じく米国の有名決済業者Mastercardも、このサイトとの契約を解除した。
ところが、話はここで終わらない。たちまち「アダルトや暴力行為を含むコンテンツ配信に関する責任は、クレジット決済業者にも及ぶ」という流れができてしまい、それが日本にも波及。
まず、成人マンガを配信していた電子書籍サイトなどが、米国のクレジット会社から次々と決済契約を停止され、サービス停止に追い込まれたり、マンガ制作者たちに表現規制を通告するケースが相次いだ。
クレジット会社は、マンガの内容までいちいち精査できないので、AIで一斉に探知をかけ、タイトルや表紙絵で判断し、一方的に削除要請と契約解除を突き付けているらしい。
さらに、この流れはアダルトを扱っていない動画配信サイトにまで及び、現在、ニコニコに影響が及んでいるのだ。
仔猫「虐待動画」の本質を理解できないアメリカの横暴
ニコニコには、10年近く親しまれていた人気動画があった。
「汚い仔猫を見つけたので虐待することにした」というもので、タイトルはギョッとするが、これは「釣り」で、中身は実家の車庫で拾った子猫を洗面器に入れて、大事にお湯で洗ってやっているだけのものだ。
投稿者は子猫をシロと名付けて飼いはじめ、その愛くるしい様子を日々ニコニコ動画に投稿していた。
ところが昨年10月、この動画がいきなり非公開処理され、ニコニコから「Mastercardからの要請に従い、動物虐待の不適切なコンテンツがクレジットカードブランドの棄損にあたるということで非公開にした」という旨の連絡が届く。
Mastercardは、AIでタイトルだけを検索して「動物虐待」と決めつけており、ニコニコもこの要請には不満で、Mastercardへの問い合わせを試みたようだが、結局、動画の再公開はできず、そして、同様のケースが他にどれほど発生していたのかは不明だが、Mastercardの決済そのものが停止されることになってしまった。
それに続く形で、American Express、VISAと続々決済停止ということになって、この分だとDiners Clubもいつ停止になるかわからず、頼みの綱は、唯一の日本企業、JCBカードのみとなるかもしれない状況だ。
むろん、アメリカのクレジットカード会社なんてどうでもいいので、もう日本企業だけでやっていこうや、と言いたい気持ちだが。
タイトルや画像のみで一斉検知して締め出すという風潮は、コロナの際に、ワクチンに疑義を呈したYouTube動画がたちまち消されていった時のことを思い出させる。表現規制はポルノや虐待だけに留まらない恐れがあるから困るのだ。
しかも、国や自治体を通して規制を作るのでなく、国際的な決済システムを運営するアメリカの民間企業が一方的に締め付けてくるのだからますます腹が立つ。アメリカ、まじでウザい。 ウザすぎる。その2に続きます――(メルマガ『小林よしのりライジング』2024年5月14日号より一部抜粋・敬称略。続きはメルマガ登録の上お楽しみ下さい。「ゴー宣道場」を主宰する小林よしのり氏が「女性中心」社会の虚実を斬るメインコラム「ゴーマニズム宣言・第532回『モソ族に何を夢見る?』」や読者Q&Aコーナーなどもすぐに読めます。
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