衆院選で事前予想を遥かに上回る「圧勝」を果たした高市自民。この結果は、一部で語られる「我が国の右傾化」を加速させることとなるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、投票率の上昇や無党派層の動き、そして市場が突きつけた「高市トレード」等を鑑みつつ、政権に課された「宿命」を考察。さらに高市氏が掲げるべき「最大にして最重要な課題」を提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:日本の総選挙結果を評価する
「圧勝」がもたらしたのは自由か制約か。総選挙結果を評価する
2026年2月8日の総選挙は、それにしても鮮やかな勝利としか言いようがありません。雪の季節、しかも例外的な寒波が押し寄せ、冬型の気圧配置で普通なら山を超えた関東では晴れるはずが、雪が吹き出す、そんな過酷な気象条件となりました。ですが、2千万票以上が期日前投票するなど、投票率は高かったようです。過去3回の衆院選を考えると、
- 2017年(安倍政権):53.68%
- 2021年(岸田政権):55.93%
- 2024年(石破政権):53.85%
という投票率だったのが、今回は56.26%まで伸ばしています。無党派層が多く投票所に行ったということもあるでしょうが、とにもかくにも高い投票率の中で、現政権は有権者からの信任を獲得しました。厳寒ということでは、投票に足を運んだ有権者の年齢を考えると、シルバー民主主義とは逆の動きもあったかもしれません。
いずれにしても、鮮やかな勝利ですが、要因としては統治能力への信頼ということに尽きると思います。高市総理は対中ハードライナーとして売っていました。無責任に対立を煽るのではないが、国としての結束、同盟の維持による抑止力で平和を確保するという姿勢にはブレはありませんでした。
その一方で、減税問題については「しません」とは言わず、また「某メガネ氏」のように「減税イコール財源としての増税」だというような1+1=2=3-1という子どもでも分かることを言うこともしませんでした。「減税は2年限定で食料品消費税で行うが、検討を加速する」という言い方は、ニュース好きには「やらないしできない」というメッセージとして届き、多くの有権者には「大変そうだが国民の生活のことを忘れたわけではない」というニュアンスで届いたのだと思います。
一見すると、永田町や霞が関の無責任な逃げ口上にも見えますが、それでも有権者にはメッセージが届いたわけです。その秘密は、どんな発言もきちんと予習して臨んだという、総理の熱心な姿勢にあったと思います。高市氏はアドリブ発言が多く危険だ、という批判というか懸念が就任当初は言われていました。ですが、あの「いかにも自分の言葉でのアドリブ」に聞こえる発言の数々は、実はそうではないのです。
そうではなくて、官僚機構から上がってくる見解や答弁について、従来の政治家は「面倒なので棒読み」していたのを、高市氏は必ず予習をして、自分の語彙に置き換え、言いやすく、従って伝わりやすく変換して語っていたのでした。これは当たり前のことですが、日本政治においては画期的なことであり、いい意味で戦後初の本格的な大衆政治家だと言えます。
それにしても、ここまでの大勝というのは、誰も予想し得なかったことでした。そして、勝利がここまで圧倒的だったことで、政治的には全く異次元の効果が生まれたと言っていいと思います。それは本当の意味で、安倍晋三氏の後継者となるということです。つまり保守票の全面委任を取り付けつつ、中道政策を粛々と実行するということです。更にこれに加えて、中道無党派票の大きな支持も取り付けました。
この記事の著者・冷泉彰彦さんのメルマガ
総選挙の裏で動いていた「高市トレード」という大変な事態
以降は、この巨大な勝利と議席が一つの基準となります。この議席を維持できるような政治をしなければ、多くの議員は次回総選挙では落選します。そして、中道無党派層の票は他に流れるでしょう。つまり、保守票から白紙委任を取り付けたから中道政治ができるだけでなく、実際に中道票にも支えられてしまった以上は中道政治をする宿命に立ったということにもなります。
この点については、別途詳しく議論したいので簡単に済ませますが、
「大勝したがゆえに、憲法改正の手続きを進める環境はできたが、同じく大勝したがゆえに憲法改正を焦る理由もないし、大勝したがゆえに急いで進めることはできなくなった」
「大勝したがゆえに、保守票を恐れる必要はなくなり、靖国参拝は堂々と見送れるようになった」
「大勝したがゆえに、トランプ政権と協調して対中関係改善に進めるかもしれない」
ということは指摘できると思います。既に憲法については「少しでも早く国民投票が行われる環境をつくっていけるよう粘り強く取り組む覚悟」という言い方で「やらない」としています。靖国についても「環境を整えるために努力している」「同盟国、周辺諸国にもちゃんと理解を得る」としています。これも「行かない」という意味です。
更には靖国に関して「互いに国のために亡くなった方々に敬意をささげる環境をつくるのが私の目標だ」としており、これは安倍氏の実現した日米相互献花外交を、韓国と中国にも適用できればという理想論と受け止めました。そこには、大政治家への道を歩く気概すら感じます。
しかしながら、ここまでの説明は全くの本筋でありません。そうではなくて、総理自身が勝利宣言において語っているように、経済財政政策が最大の問題だと思います。実は、今回の総選挙ですが、裏では大変な事態が動いていました。それは「高市トレード」という問題です。積極経済を打ち出す高市総理に関して、更には与野党が全員で「消費減税」を語る姿を見て、国際市場は「円と債券のダブル安」を突きつけました。
一時期にはドル円が160円にタッチするとともに、40年ものの超長期国債の金利が4%を超える水準になったのです。しかも米連銀が利下げをして、日米の金利差が縮小しても、円は上がらないで下がるというモメンタムが出ていました。これは非常に危険なことです。中期的には97年のアジア通貨危機のように、あるいはギリシャやアルゼンチンのように、日本国債と日本円が暴落して、国内にハイパーインフレが渦巻く可能性が否定できなくなっていました。
その一方で、トランプ政権は「何かと利下げを渋る」連銀のパウエル議長に辞任を迫り、遂に自分の言うことを聴きそうなケビン・ウォーシュ元連銀理事を、連銀の次期議長に指名しています。ウォーシュ氏は、百戦錬磨の強者ですが、さすがに大統領の意向には逆らえずに利下げはすると見られています。
ですが、トランプ氏の要求はそれだけではありません。恐らく、ウォーシュ氏などには「ドル安」を指示していると考えられます。仮にそうだとしても、ドル安というのは金融大国アメリカとしては簡単には是認できない話です。世界のカネが集まるウォール街から、カネが世界に逃げてしまうからです。
与党大勝利が判明した後の「夢のような」市場のリアクション
勿論、トランプ政権は、関税作戦で製造業回帰を実現しようとしていますが、仮に実現するにしても、これはかなり先の話です。ですから、今、ドル安に振ってしまうと、単純に「輸入品が暴騰」して、インフレが暴走するだけとなってしまいます。そこで、あくまで推測ですが、可能性としてありうるのが、ドルの独歩安ではなく、円の独歩高を演出するというシナリオになります。
トランプ氏のコア支持者、特に中高年の支持者には、例えば自動車戦争のような日米貿易摩擦の記憶を抱いている人が多いわけです。(中略)一方で、ウォーシュ氏の世代は、経済大国ニッポンを教科書でしか知らない世代ですし、実際に円が独歩高になっても、アメリカ経済には大きな影響はないし、政治的効果になるのならやっても良い、そんな議論がある可能性もあります。
そう考えると、全くの想像ですが、高市氏が選挙で大勝して、市場から円売りと日本国債売りの強い圧力を受けた場合に、トランプ政権とFRBが何らかの方法で、円の独歩高を歓迎するように動いてくれれば、という話が成立するわけです。つまり、日本円は上げ圧力と下げ圧力によって均衡する、言い換えれば市場の売り圧力と拮抗する形で、結果的に為替安定が実現されるわけです。
これは実は非常に綱渡りのような話であり、円高、円安のどちらに振れても、日本経済は瞬殺ということになりかねません。
「円高に一気に振れてドル円が120円などになれば、国外で稼いでいる企業の3月決算は悲惨なことになり、株も大暴落。4月の賃上げなども全て吹っ飛ぶ。更に利益確定のために外資による不動産相場の投げ売りも生じかねない」
「反対に、円が暴落して170円などになれば、物価が一段と上昇。またつられて債券が下がれば、金利がかさんで国債費の予算が組めなくなる」
まさに、行くも地獄、引くも地獄というわけです。とにかく、高市氏は「あのタイミングで総選挙をやって、政治的安定を実現」するしか政治的に、またこの国の経済を維持する道はなかったのかもしれません。とにかく、アメリカは利下げをする、また円高を望むかもしれない、国民は減税を望んでいる、という悪夢のようなトライアングルがあり、そこを突破することが喫緊の課題であったのです。
そして、ここが大切なのですが、選挙後に与党の大勝利が判明した後の市場のリアクションとしては、
「ドル円は156円から7円で安定」
「債券相場はやや金利が下がる方向で安定」
「にもかかわらず日本株は改革期待で暴騰」
という夢のような展開になりました。ここまで持っていくのに、片山財務相や麻生太郎氏は、何をしたのかは謎ですが、とにかく相当なことをしてアメリカを説得し、アメリカを利用したのだと思います。そんな中で、タイミングとして、絶妙なのは、3月19日に高市総理の訪米がセットされていることです。この機会に高市総理としては、為替の安定が相互にウィンウィンの関係になるというアピールをしたら良いと思います。
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「安倍氏がやり残した改革」に進むことが可能になった高市首相
ところで、この高市訪米は、他でもない4月のトランプ訪中へ向けての日米の準備会議という意味合いを持っています。その4月の米中首脳会談に関しては、恐らくは通商政策に関する相当程度の合意がされる可能性があると見ていいでしょう。
もしかしたら、米中の緊張緩和、通商戦争に関する暫定和平が実現するのであれば、日本はバスに乗り遅れてはなりません。何よりも、米中の通商が「無制限ではないにしても」健全に復活してゆくのであれば、これは日本にとって願ったりかなったりだからです。
また、仮に米中に何らかの合意が出来るのであれば、日中関係も改善が必要となります。その場合には、安倍晋三氏が毅然と進めたように、高市氏も高い支持を背景に、是々非々を保ちつつ、毅然と日中首脳外交へと進むことができるかもしれません。
その安倍晋三氏にしても、アベノミクスの「3つの矢」のうち構造改革については未達成に終わりました。この問題こそ、これからの政権にとって大きなテーマになっていくと思われます。いわゆる保守派の支持を中核に抱えていては、構造改革は難しくなります。ですが、今回、高市氏は中間無党派層を含む広範な支持を取り付けることに成功しました。これによって改革に進むことが可能となったのは事実だと思います。
産業構造を変えるために、そして失われた生産性を回復するために、3大改革、つまり「雇用改革」「DX改革」「教育改革」に手を付ける必要があります。こうした改革は、巨大な抵抗を生むことが考えられますが、今、このタイミングで進めなくては間に合わなくなります。この問題こそが、高市政権の掲げるべき最大にして最重要な課題であると思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年2月10日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「『エプスタイン・スキャンダル』の深層」、人気連載「フラッシュバック81」もすぐに読めます。
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- 【Vol.625】冷泉彰彦のプリンストン通信 『日本の総選挙結果を評価する』(2/10)
- 【Vol.624】冷泉彰彦のプリンストン通信 『選挙の裏にあるメカニズム』(2/3)
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