米国大統領の言動をめぐり、これまで「型破り」「過激」といった言葉で片づけられてきた現象が、いま新たな局面を迎えています。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、世界最大の軍事力を握る国家の最高指導者の精神状態が疑問視されるという事態を見ながら冷戦後の国際秩序に適応できなかった超大国が抱える、より深刻な退行の兆候について考えています。
「危険」と言われるほどにまで進んだトランプの精神状態/その背景には米国そのものの急速な退化
米国の政治情報サイト「ポリティコ」が1月28日報じたところによると、スロバキアのフィツォ首相が22日にブリュッセルで複数の欧州首脳と会合した際、その数日前に米国で面会したトランプ米大統領の精神状態に深刻な懸念を抱いたと語った。日本のいくつかの新聞も引用・補足して記事にしているが、ポリティコの元の記事全文は次のとおり。
▼スロバキアの首相が先週開かれたEU首脳との会談の席上、ドナルド・トランプと面会して米国大統領の精神状態についてショックを受けたと語った。5人の欧州の外交官がこの会談について説明し、そう語った。
▼ロベルト・フィツォは、欧州の弱さに対するトランプの批判にしばしば支持を表明している数少ないEU指導者の1人だが、米国大統領の「心理学的な状態」を懸念していた。その外交官のうちの2人がそう語った。
▼そしてさらに:フィツォは、米国大統領との1対1の面談中にどんな様子だったかを描写するのに「危険な」という言葉を用いた。
▼繰り返すが:フィツォは、欧州では数少ない親トランプの首脳の1人。昨年にはCPAC〔保守政治行動会議〕で発言しており、本質的にトランプ叩きをするような人ではない。
▼反論権:ホワイトハウスはこの話を「全くのフェイクニュース」だと呼んだ。フィツォの事務所は(これまでのところ)コメントしていない……。
米日の他メディアの補足によると、フィツォは17日にフロリダ州のトランプの私邸「マールアラーゴ」でトランプと会談した。また記事中ではフィツォはコメントしていないが、28日に自身のX(旧ツイッター)で「憎悪に満ちた虚偽報道を強く拒否する」と投稿した。おそらく、非公式の席で面白おかしく喋ったことをポリティコが5人の証言者に丁寧に取材して暴露したので、慌てふためいて全面否定に走ったのだろう。
CPACは、1964年に創建された老舗の保守政治団体ACU(アメリカン・コンサバティブ・ユニオン)が年に1回、全米から100以上もの保守系団体を集め、諸外国からのゲストも招いて開催する一大討論イベント。近年はトランプ支持の大合唱の場となっている。25年2月のイベントでのフィツォのスピーチはこちらから(英語)
→ https://www.youtube.com/watch?v=08r-or_k17k
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●余談:日本のCPACに群がる人たち
余談ながら、CPACの日本での受け手は「幸福の科学=幸福実現党」で、同党初代党首の饗庭直道は米国CPACに毎年参加、登壇している。日本での「CPAC JAPAN」に2023年第7回と24年第8回の両方とも参加している政治家は、玉木雄一郎(国民民主党代表)、青柳仁士(衆議院議員・日本維新の会国際局長)、原口一博(衆議院議員)、長尾敬(元衆議院議員・自民党安倍派)の4人。
どちらかに参加は神谷宗幣(参政党代表)、松田学(参政党前代表)。政治家以外では、田母神俊雄(元航空幕僚長)、三橋貴明(経世論研究所)、山口敬之(元TBS記者)、河添恵子(作家)など。米国からはビル・ハガティ、テッド・クルーズ両上院議員など。韓国からはチェ・ウォンモクCPAC KOREA共同議長、チェ・ヨンジェ「アジア・トゥデイ」編集局長など。
●グリーンランドをアイスランドと言い間違えて
閑話休題。トランプが認知障害気味であるというのは今に始まった話ではなく、本誌も何年か前から米国の精神病理学者の説などを引用しながらそれを論じてきた。
しかし、フィツォの最新の知見は、具体的にどんな振る舞いや言葉遣いがあったのかは分からないが、「危険な」という尋常でない形容詞が象徴するように、米国大統領としていくら何でも守らなければならない最後の一線をも踏み越えつつあることを示唆している。フィツォが欧州の同僚にその話をした前日にはトランプはダボス会議の演壇に立ち、グリーンランドを米国が領有すべき理由を延々と述べたが、その中でグリーンランドを何度も「アイスランド」と言い間違えた。それを記者から糾されたレビット報道官は「彼は間違えていない。グリーンランドは氷の島だ。混乱しているのはあなただけだ」と反論したが、こんな詭弁を弄して大統領を防衛しなければならない報道官ほど辛いものはないだろう。
問題は2つあって、1つは、他の小さな国の指導者ならともかく、米国大統領は全世界の軍事費の38%(1兆ドル弱)を一国で費やして、世界史上で最強とまで言われる軍隊を作り上げたその最高司令官だということである。だからベネズエラのようなことが起きても、世界中の誰も文句を言い出さない。幸にしてダボス会議の演説では、グリーンランド取得のために武力を用いないと明言したけれども、いつまた気分が変わるか分かったものではない。これほど世界の人々にとって「危険な」ことはまたとない。
もう1つは、この認知障害はトランプ個人の抱える問題であるにとどまらない。前任者のバイデンもまた(程度の差こそあれ)同じで、ホワイトハウスのスタッフや閣僚も家族も、ひたすらそれを取り繕い続けて任期一杯まで何とか務め上させようとした。つまり、大統領がこんな風に「裸の王様」になってしまった場合にそれに対処する術を持っていない訳で、ということは、たまたま2人の大統領が連続して老衰してしまったという話ではなく、米国という国家そのものが老衰して、こんな指導者しか生み出せなくなっているという悲惨な事態なのである。
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●驚くべきスピードで進む米国の退化
フランスの皮肉屋の批評家エマニュエル・トッドが最近、仏「フィガロ」紙に対して語っていることが興味深い(クーリエ・ジャポン1月26日付)。
▼単に西側諸国の力が衰退しているだけではありません。現時点では、まだ穏やかな段階ではありますが、いま西側諸国で起きていることは、共産主義の崩壊に匹敵するものがあると私は感じています。
▼米国の退化が、私たちが思っている以上に猛スピードで進んでいます。米国の16~24歳の若者層で読み書きの能力が充分な水準に達していない人の割合は、2017年に17%だったのが今は25%になっています。米国は識字率の低い国になっているわけです。
▼貿易事情も悪化し、いまや米国は農産物でも貿易赤字なのです。製造業の復活も起きていません。
▼米国がベネズエラやグリーンランドでしていることを見れば、トランプが「生産」を諦めて「収奪」に軸足を移しているのです。
▼トランプが力にものを言わせて好き勝手にやっていると言う人もいるようです。しかし、実際にはトランプは、米国がロシアに軍事で負け、中国に経済で負けた事実を認めざるを得なくなり、その敗北の怒りを同盟国やいまも米国の勢力圏内にある国々にぶつけていると見るのが妥当です……。
ここでトッドが「いま西側諸国で起きていることは、共産主義の崩壊に匹敵するものがある」と言っていることに、私は強く同意する。本誌が冷戦終結当時から繰り返し述べてきた「そもそも論」を繰り返せばーー、
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●「冷戦終結」に今頃対応しなければならない?
(1)「冷戦」が終わったら1945年以前の「熱戦」に戻るのかと言えばそんなことはなく、熱戦にせよ冷戦にせよ、国家(群)と国家(群)同士が互いに重武装を競って睨み合い憎み合い、いざとなればその総力を上げて戦争で決着をつけるという数世紀に及ぶ国際社会のありようを今度こそ卒業しようという機運が生じた。そのために国連が生まれ、主権平等の原則に基礎をおき、いかなる国に対しても武力による威嚇もしくは武力の行使を謹んで平和的手段で国際紛争を解決するという「多国間主義」に立つ国連憲章が出来た。
(2)ところがその憲章を真っ先に踏み躙って、再び国家群同士の「覇権主義」の野蛮に世界を引き戻してしまったのが米国とソ連で、いくら開発を競っても所詮は使えない核兵器に際限もない資金と資源を注ぐことの馬鹿らしさにようやく気づいて、どちらからともなく「こんなことはもうやめよう」と言い出して話がまとまったのが「冷戦終結」である。
(3)だから冷戦に勝者も敗者もなく、(程度の差はあったとしても)どちらもが原理的な意味での敗者だった。だからゴルバチョフは、当然のこととして、率先、東側の覇権システムたるワルシャワ条約機構を解体し軍縮プロセスを辿ろうとしたが、相手方のブッシュ父は「冷戦という名の第3次世界大戦に米国は勝利した。これからは米国の“唯一超大国”の時代だ」という幻想に舞い上がってしまった。そしてNATOを解体せず、その目的を欧州域外の危機対処に書き換え、それだけならまだしも、それを東方拡大して旧東欧・ソ連邦傘下の諸国を次々に加盟させながら、ロシアから見れば血を分けた兄弟のウクライナまで手を伸ばそうとした。このNATOの東方拡大策こそが今日のウクライナ戦争の遠因であることは言うまでもない。
(4)つまり、米国は今から3分の1世紀前に、冷戦終結という世界史的な事態に適応することに失敗した。ゴルバチョフは自らの手で「覇権主義」に始末をつけ「多国間主義」の時代に進もうとしたが、ブッシュ父は逆にますます「覇権主義」に走ってしまった。そのため米国は、冷戦後の世界でどう生きるかの進路を見失ってドタバタし、今頃になって何とかしなければならなくなって思考停止に陥っている。国家が思考停止状態なので、大統領も認知障害に陥らざるを得ないのである……。
そこでいよいよ浮き彫りになるのが、そんな米国に「守ってもらう」といまだに考えている高市首相の致命的な時代錯誤である。▲
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