1月初旬から始まったいじめの動画投稿が大きな波紋を広げる中、こども家庭庁を中心とした6省庁の会議が動画削除方針を示し、多くの人が反発しました。一方で、いじめ被害の経験者たちは隠蔽される事実や教育委員会の独立性の問題を指摘しています。特に深刻なのは「第三者委員会」の形骸化です。東京都大田区では教育委員会の職員が第三者委員となり、調査対象の元校長と利害関係がある可能性が指摘されています。今回のメルマガ『伝説の探偵』では、現役探偵で「いじめSOS 特定非営利活動法人ユース・ガーディアン」の代表も務める阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、いじめ問題の政策提言をするとともに、第三者委員会の闇を告発しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
いじめ問題の政策提言
1月初旬から始まったいじめの動画投稿が大きな波紋を広げながら、関係各所の様々なスタンスが明らかになっている。
こども家庭庁を中心とした6省庁の会議では、アンケート調査を実施するとしつつも、動画の拡散や投稿等を削除する方針を示すことが決まり、これがニュースで流れると、ネットを含め多くの人が、その姿勢に反発した。
一方で、政界もほぼ動乱状態である。23日午後1時過ぎ、衆議院が解散し、選挙となる。
2月8日に開票となり、国会の勢力図がどうなるかが決まるわけだ。
各政党は、公約を掲げるわけだが、大々的に取り上げられたいじめ関係についての公約に取り入れられている。
いじめ防止対策推進法は改正期に改正がされず、その後、勉強会や研究会が行われて改正の準備が出来ていたが、この伝説の探偵で記事にした通り、時の超党派の議員らの座長が暴走し、骨抜き座長試案を突如お披露目して、それまで積み重ねられてきた問題点の改善ができはずの改正案が空中分解してしまった。
その後、いじめ防止対策推進法の改正には至っていない。
参考: いじめ探偵が告発する「いじめ防止法」座長試案の許せぬ改悪部分
各政党がどこまでいじめ問題を重く見ているのか私にはわからないが、今回は参考になればと思い、この記事を崇高な理想を実現しようとする政治を目指す方々に贈りたい。
日本版Ofstedのススメ
現在問題となっているこどもたちの暴力動画拡散の問題は、こどもたちの安全や人権の問題であると解せる。また、人権問題になると被害者の人権は既にこの動画等によって加害者らに酷く蹂躙されていることがわかり、各省庁のメッセージや多くの識者からのメッセージは、拡散や特定班による晒しなどは別のリスクとして警告するものであろうが、加害者を守っているのではないか?という批判にさらされている。
当初の栃木県の高校の暴力動画も直近拡散された大阪市の首絞め海に突き落とすというショッキングな暴力も、動画の拡散があってからの教育委員会の動きが始まることになっており、教育行政に対する不信感は増すと同時に、動画の投稿が無ければここまで動かなったことの証明になっている。
一方、いじめ被害の経験者たちは声を揃えて、隠蔽される事実や強固な教育委員会の独立性などの問題を投稿している。私学に至っては、学校の自治権をまるで治外法権のように使い、犯罪行為や著しい人権侵害被害が伴う重大事態いじめの隠蔽が各地で起きており、自治体の私学担当部署が機能不全しているという報告も多数挙がっている。
私は被害側の支援をしているからこのような一種の二次被害のシーンを間近で見ており、その都度、首長や議会、メディアを含めて様々なところに協力を仰ぐが、いっこうに埒が明かないということはままあることなのだ。文科省などから指導が入ったとしても、これを拒絶する教育委員会も存在するわけだ。これは、教育委員会などは独立した行政委員会であるという、教育の独立性を基礎としたものがあるからだ。
いわゆる戦前の軍事教育などの悲劇を二度と繰り返してはならないということから、教育の独立性の重要性は唱えられてきたが、社会が進化し多様化した現在、当然に教育の独立性は論じるまでもなく重要ではあるが、こどもの安全や人権、権利は教育カリキュラムなどの独立性とは分離して考えるべきだと私は考える。
イギリスでは、「Office for Standards in Education」教育水準監査局(オフステッド)というものがある。これは、いわゆる学校を評価し監査を行う独立した組織であり、様々な評価を行うのだが、その中にいじめ問題がある。学校が適切な対応をしていなければ、オフステッドは即座に「不十分(最低ランク)」の評価を下すことになり、強力な権限によって、この評価を受けると、校長の更迭や、学校運営の強制的な外部委託(実質的な解体)に追い込まれてしまうのだ。
日本でも学校の評価制度はあるが、評価をする側を学校やその関係者が選び、関係性の強い人が評価表をつける内輪式という形骸化した仕組みを用いているから、比較対象にもならないであろう。
こうした監査組織ができることで、いじめなどの隠蔽は難しくなり、本来調査が必要であった問題の取りこぼしが減少させることができるわけだ。
この記事の著者・阿部泰尚さんのメルマガ
予防教育としての法教育の充実
私はいじめ防止の講演や道徳教育会などPTAが主催する保護者の研修講師などで学校に呼ばれることが多い。その経験から言えば、いじめ防止対策推進法を知る保護者があまりに少ない事やいじめとは何かという問いに全く答えられないこどもたちがほとんどなのだ。
予防教育ではやたらと日本昔話的な話を使いたがるようだが、猿蟹合戦の解釈でいじめ予防につなげてどうする?と現場では戸惑ってしまう。いじめについては、いじめ防止対策推進法があるのだから、2条の定義をいじめとはで教えればいい。
いじめは法律があり、いじめ行為はこれに反するのだから少なからず違法行為となると、声を大にして言ってもどこからもお咎めはないはずだ。
犯罪行為に手を染めれば、それがどういう法令に反するのかを予防教育として学んでもらえばいいだろう。
こうしたことから言えることは、現状までいじめの予防教育はあってないような不十分なものであったということであり、まともに予防教育をした学校では校内暴力を含め児童生徒の問題校は極端に減っているのだ。
また、日本すげー動画等を見ている人は、日本教育はとにかくすげーんだという洗脳を受けているかもしれないが、もっとすごい世界の先頭を走ることだってできる。
例えば、アメリカイリノイ州で奇跡と言われた「0時間体育(Learning Readiness PE / LRPE)」など成功事例の導入だ。細かな説明は書籍などがあるので省くが、運動が及ぼす脳の働きを活かした教育方法によって、成績アップや問題解決能力の向上はもとより、校内暴力が極端に減少したなどが報告されている。
先端の科学が教育と繋がることで、多様化する問題を解決した事例と捉えることができよう。特に校内暴力や児童生徒の問題行動が減少するという効果の報告は、いじめ問題に効果があるのではないかと思うのだ。
世界各国で成功している事例を学び、取り入れ、より進化させて運用するのは日本人が得意としていることでもあろうし、国の未来を生き、この国を作るこどもたちに有益なことはすべきであろう。国の教育投資は確実に数倍のリターンがあるとも言われている。
まあ、教育予算をドンドン減らしてきた過去がある日本では国がどう考えるか次第ということもあろうが、教育予算を増やした隣国や先進国は、相応に成果を出しているわけだ。
また、日本では、探究活動など新しい取り組みは始まっているが、現在では「探求公害」とも呼ばれている。探究の授業とは、児童生徒が、自ら問いを立て、情報を収集・分析し、解決策や新たな価値を導き出す学習のことだ。答えのない課題に対し、客観的根拠に基づき論理的に考える力を養い、自己の生き方や社会との関わりを深めることを目標としているが、その実態は、学校の活動、つまりは授業の一環であるのに、取材と称して生徒に研究者や慈善団体、商店主などに直接アポを取らせて、取材などをするのだが、教員が一切ここに出てこないケースが圧倒的に多い。私のもとには数か月の間に80件ほどの探究のアポが入ったことがあるが、教師からの説明は一切ない。2件ほど教職員からの説明があったところは何の問題もなく私も学びがある良き機会となったが、説明も何もない学校かの探究では、レポートが必要だと8時間事務所にいた子もおり、授業の一環であるならばなぜ教員からの説明も何もないのか説明を求めようとしたこともある。しかし、それ自体がこどもの成績に反映される恐れもあると聞き、控える代わりに、縁故者や説明のある学校以外からの探究協力はアポイントの段階から断る方針にしてホームページに掲載した。
1か月1件2件なら社会貢献の1つとしてお付き合いもできようが、どういうわけか、「探偵」「いじめ」のカテゴリーは学生の興味をくすぐってしまうらしい。
こうしたことを、ネットで書けば、一般の方々からは、それは大変だったねと慰めの言葉ももらえるが、教員垢(教員のアカウント)からは一斉砲火の誹謗中傷が飛び交う事態となった。
一般事業者も研究者も仕事をしてその成果で報酬を得るなどしている、私の感想に過ぎないが、そういう現実を知らない、実経験がない人が多過ぎるのではないかと思った。
また同時に、目的や目標、活動の理念は良いのに、教師の監督や一般常識としての範囲での監督行動が伴わない、手当が無いことで、取材等を受ける側の負担が極端に大きくなってしまっている運用問題があると思う。
しかし、こうした問題が改善されることはなく、文句があるやつは炎上させ、誹謗中傷に晒し、排除するということが起きているわけだ。被害を受けたからこそわかる。
やはり、こうしたところは、教育は独立しているからを建前に、関係各省庁が放置するのではなく、しっかりグリップして効果や検証をしつつ改善していくべきだろうと思う。
この記事の著者・阿部泰尚さんのメルマガ
いじめの第三者委員会の独立性
動画拡散によって、第三者委員会の調査が始まっても、この第三者委員会がダメであれば元の木阿弥になるわけだ。事実、第三者委員会はもはや風前の灯火レベル、赤信号とも言える状態になっている。
理由は、「選任が難しいから制度を軽くして~」の教育行政側からの大合唱によって、これが、まかり通り始めているからである。
今後ニュースになるかとは思うが、例えば、東京都大田区では、自殺未遂とも評価されるほど深刻な事態になっていても、教育委員会式で調査が行われる。教育委員会式とは、教育委員会の職員が第三者委員となって調査を進める方式だ。
この大田区の問題では、学校長がいじめを調査もせずにいじめではないと否定し、いじめを見ている生徒らからの証言を、あからさまに圧をかけたことも問題となっている。つまり校長の対応も調査対象になっている。この校長は校長就任の直近まで大田区教育委員会の指導課長であったが、これを調べるはずの第三者委員会の委員長は指導課部署の課長が就任しているのだ。
元の上司部下か同僚かは不明だが、論じるまでもなく関係者であろう。
一方、よくある教育委員会人事では、教育委員会の一部署の課長が、管轄の比較的問題が少ない学校の校長となり、一応の現場を見ましたよの天下りをして、元の教育委員会に戻って出世するという、あるある出世人事というものもあるはずだ。
私が第三者性に疑いがあるから組織構成から考え直してほしいと意見しても、文科省のガイドラインでは教育委員会式は認められていると曲解した回答をして、公然と調査を続けている。
今後、上申等はしていくが、大田区長には書面で問題を意見しており、問題は把握しているはずだ。それでも、行政の公定力の如く、ストップが掛るまでは、現在進行形でまかり通ってしまうわけだ。
ある市ではいじめ防止基本方針を大幅に変更し、第三者委員会の方式の多くは学校主体で行うことになっている。学校主体とは、問題が起きた小学校や中学校の教職員が「第三者委員会」を構成するということだ。ここに弁護士など外部の専門家を一人つけるというが、仮にこれが親密な関係であったり、利害関係があったり、金銭的な雇用の関係にあったりしたら、問題なのではなかろうか。
そうでないことを心から願うが、いずれにしても、重大事態いじめと評価されるケースの場合の多くは、学校の対応問題があるわけで、対応に問題があった学校が自ら第三者委員会を称すること自体、詐欺みたいな話だろう。
こうした事例を1つ1つ出せば枚挙にいとまがない。町田市では遺族が知らぬ間に第三者委員会が形成され、そのうち委員の一人は加害側の関係者であり途中辞任しているし、専門家に混じって本人も困惑していたが、全く知識も経験もない民生委員さんが委員にされていた。
東京高専でおきた教師によるパワハラ自殺問題での第三者委員会は専門家の中でもスターと言える実績を持つ委員が名を連ねたが、途中で一人、調査対象と利害関係があるとして辞任している。
被害側に拒絶され、文科省のガイドラインでも第三者委員会の就任は控えるべきとされているスクールロイヤーが強引に第三者委員会の委員をやっていたケースもある。彼は共通の友人も多いので武士の情けで具体的には書かないが、著名な方である。
問題の経験者になったことがない一般の方からすれば、第三者委員会がいじめの重大事態で設置されましたと聞けば、ひと段落着いたねと思うかもしれないが、それこそが、本当の落とし穴なのだ。
公然と第三者ではない利害関係者が委員に就任し、不都合な事実を無かったことにしてしまうわけだ。こうしたことは、全国各地で起きている。私からすればさして珍しくもない事実なのだ。当然抗議もするし、あらゆる対抗手段を用いるが、どうにもならないことは確かにあるのだ。
ちなみに、私もいじめの第三者委員会、委員の経験はあるし、現在も自治体の第三者委員として調査をしている件もある。私の場合は、被害側の推薦を教育委員会が受けてのことなので、上のような似非ではないが、そうした経験からより深く問題を理解することができる。
その上で、政治家の方々には、第三者委員会が、いかにあるべきかをよく考えてもらいたい。重要なことは、第三者性、独立性が確保されていることであり、この担保がしっかりされていることだ。人柄や実績の評価もあろうが、担保がないことは排除要因となろう。
また、当初のいじめ防止対策推進法においては、中立公平の視点が論じられているが、その見解回答は、「被害者から見て」であった。
しかし現状、文科省の改悪ガイドラインでは、職能団体の推薦状があれば、すなわち中立公平であろうとされている。
文科省が苦し紛れにこの見解を出したのは、第三者委員会の成り手不足と教育委員会直下の常任の調査委員会の利用をしやすくするためなどが主な要因だとされているが、成り手不足問題の主要因は、報酬不足と責任の重さと業務の異常な多さだ。
中立公平については、常任調査委員会で考えてみよう。
いじめ問題対策委員会などの名称で教育委員会は常任で各専門家に会議に参加してもらっているのだが、当然この委員らは、各職能団体からの推薦を受けて就任している。
教育委員会などからすれば顔見知りの頼れる専門家ということになろう。しかし、常任の場合は、個別の問題を調べるいじめの第三者委員会において、誰と個人的に付き合いがあるかなど予め予見して推薦状を出すことは不可能だ。
例えば、A弁護士が経験も人柄も素晴らしく、教育委員会直下のいじめ対策の常任委員にいたとする。その教育委員会管轄の小学校で重大事態いじめが発生し、第三者委員会を設置することが決まったとして、このA弁護士はその専門性や実績から第三者委員会の委員長になったとする。しかし、加害児童Bの保護者は会社を経営しており、その顧問弁護士はA弁護士であったという事態が起こり得るということだ。通常、A弁護士は、事案の概要や当事者を聞き、利害関係があると自らわかるから、委員の就任を辞退する。
保護者が同級生だったら?親族縁者であったら?有力者の子息が起こした問題で委員に影響力がある場合は?など、つまり、推薦状のみで中立公平の担保にはならないことは小学生でもわかる事なのだ。
ここで起きていることは、オペレーションができないから出来る様にハードルをアリの股程度まで下げてやろうという本末転倒な対策に過ぎない。
各自治体予算で第三者委員会を形成するから、予算があまりに少ないというケースも多い。タイムチャージで2万円というところもあれば、日額で3千円というところもある。委員を遠方から呼んでおきながら交通費が出ない自治体もある。
政策提案するとすれば、大きな組織になってしまうかもしれないが、文科省やこども家庭庁が、有識者専門家リストを予め職能団体などから集めておき、予算措置をして、各地で起きる重大事態いじめの第三者委員会を形成するのが良いのではなかろうか。
各自治体や教育委員会、学校法人などは、この第三者委員会の調査要請には従い、資料提供をする事を予めきめてしまう。できれば、この調査組織に権限を持たせ、強制的な資料収集や聞き取り、警察官の立ち合いや協力を要請することが出来る様にすればよい。報告書を被害側にも渡さない教委が今は多いので、原則公開にして再発防止の検証を行う仕組みを作るのが良いと思う。
昨年度の重大事態いじめの発生数はおよそ1500件程度だ。月1会議で行う現在の第三者委員会の主流から、毎日ガンガン調査をする第三者委員会とすれば、平均で1年掛かる調査は半月で終わるだろう。
スクール○○はもう増やさない
現在、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、スクールロイヤーと、スクール○○というのが増えている。
しかし、これが良き機能もあるが、悪きに傾くこともあるのだ。
例えば、スクールカウンセラーの多くは単年度契約で不安定な年度職員になっていることが多い。つまり雇用が不安定なのだ。企業経営者である私から見れば、立場的には責任は正社員並みに求められ、問題が起きればいの一番に頼りにされ、責任を負わされ、給与は派遣以下、雇用は日雇いよりも不安定な人たちである。
こうした専門職の雇用が不安定というのは、業界としては沈没寸前のドロ船ともいえるわけだ。専門家も育ちづらい環境になろう。まずは、今いるスクール○○さんの雇用は安定させるべきだと私は思うが、同時に、これ以上は不要だと考える。
現在、時折検討されるのが、「スクールポリス」の導入だ。
学校に警察!いいじゃん。普通の人はそう思うだろう。私も現役の警察官が、少子化で余った教室を交番待機所にして、犯罪行為があれば警察の権限で動くというのはとても良い。犯罪目的の子は不安だろうが、そうでない大勢は安心しかないだろう。
確かにアメリカなどでは、スクールポリスが存在し、警察の権限で法執行を行う。
しかし日本での「スクールポリス」論はーーー(『伝説の探偵』2026年1月23日号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方はぜひご登録ください。初月無料でお読みいただけます)
この記事の著者・阿部泰尚さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com