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なぜ「ものぐさな恋人」がサプライズで起死回生を試みても失敗するのか?

さまざまなシーンで用いられ、今やすっかり市民権を得たサプライズ演出。しかしながら、相手から思ったような反応を得られないことも多々あるものです。なぜそのような状況が起きがちなのでしょうか。今回のメルマガ『富田隆のお気楽心理学』では心理学者の富田さんが、サプライズ演出が失敗に終わってしまう理由を専門家目線で徹底解説。その上で、恋愛シーンにおいてサプライズを計画せざるを得ない現代社会に対する率直な感情を綴っています。

サプライズの有効性について考察。「ゲイン・ロス効果」とは何か?

ラジオの番組から問い合わせが来ました。

それは、恋愛における「サプライズ」の有効性についてです。実際、誕生日などの思いがけない「サプライズパーティー」は嬉しいものです。ドッキリの「プロポーズ」もロマンチックな盛り上がりを演出してくれます。

たとえば、パーティーをやってもらえるとは全然期待していなかったのに、サプライズで仲間が集まってくれたりすると、予定通りにパーティーが行われた時よりも嬉しさが倍増するように感じます。

「これは、『ゲイン・ロス効果』でしょうか?」

担当者が、いきなり心理用語をぶつけて来ました。近頃のマスコミ担当者は心理学も勉強しているので、油断ができません。

「ゲイン・ロス効果(gain-loss effect)」とは、人間が状況の変化によって受ける心理的な影響の大きさに関する理論です。

たとえば、最初から「プラス3.0」の印象を持っていた対象が「プラス4.0」に変化しても、その差(これを「利得、gain」と呼びます)は「1.0」に過ぎず、これくらいの値では少し嬉しいだけですが、もし、最初の印象が「マイナス1.0」だった対象が「プラス4.0」に変化したとすると、ゲインは「5.0」となり、先の例より、5倍ほど嬉しく感じるというわけです。

つまり、喜びや悲しみ、嫌悪や好意といった対象への評価や感情は、対象の「変化の大きさ」、つまり「ゲイン」の影響を強く受けるというわけです。

先の例なら、最初からパーティーをやってもらえる、つまりプラスの状態から、本当にパーティーをやってくれたというプラスの状態への変化量、つまりゲインはそれほど大きくありませんが、パーティーは無いというマイナスの状態から、パーティーをやってくれたというプラスの状態に突然変われば、その変化量、すなわちゲインはとても大きくなるというわけです。

「ゲイン・ロス効果」は「対人認知」(人の印象や評価などについての認識)の場面で生じる心理現象を説明するのに便利な概念でした。たとえば、最初、自分の意見に反対していた人物が、最後には賛成に転じたといった場合の方が、最初から賛成だった人物が最後まで賛成だった場合よりも、その人物に対する「好印象」の度合いは大きくなります。マイナスからプラスに転じた方が「ゲイン」が大きいからです。

といったわけで、「サプライズ」を用いることによって、引き起こされる「嬉しさ」や「喜び」などの情動反応が通常の場合より大きくなることは、「ゲイン・ロス効果」により説明できるのですが、この理論が説明してくれるのは、あくまで反応の「増加」という点についてのみです。

これだけでは、何となく不充分に感じませんか?

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【ラベリング】

「私たちの番組では『ロマンチック』をテーマにしているのですが」と担当者は続けます。

「『サプライズ』はいつも成功するとは限らないんですよね」

「パーティーやるなら、一緒に準備したかった」とか「こんなことにお金かけるんだったら、そのお金を二人の将来のために使いたかった」といった具合に、相手のネガティブな反応につながる場合も少なくないのだそうです。

こうした失敗例も説明するためには「ゲイン・ロス効果」だけでは不充分です。

そこで援用されるべきは、シャクタ─(Stanley Schachter 1922-1997)とシンガー(Jerome Everett Singer 1934-2010)の「情動2要因理論(two-factor theory of emotion)」です。

「情動2要因理論」は、私たちの情動が「生理学的な反応」と「その反応への認知的解釈(ラベリング)」の二つの要因によって生じるという説です。

たとえば、就眠中に身体を触られた女性は、緊張し、眼が覚め、心拍数が増加し、血圧も上がります、こうした肉体的「生理学的反応」をもとに、彼女の脳は、それが恋人による愛撫であると「解釈(ラベリング)」することにより、そうした一連の感覚がとてもセクシーで自分の性感を高めるものと感じられ、性的興奮も高まり、悦びの甘い声を漏らすのです。

ところが、同じ「生理学的反応」が生じ、そのことを彼女の脳が受け止めたとしても、彼女が一人で就寝していたことを思い出し、その愛撫が侵入したストーカーによるものかもしれないと判断した瞬間、彼女は恐怖を感じ、悲鳴を上げます。

同じ「生理学的反応」が肉体に生じたとしても、脳がそうした変化をどのように「解釈」し「ラベリング」をするかによって、情動反応は180度異なったものになるのです。

ですから、たとえ「サプライズ」による「ゲイン・ロス効果」により、強い「驚き」の反応(驚愕反応)を生じさせることに成功したとしても、相手がそれにどのような「ラベリング」をするかで、相手の感情はいかようにも変わるのです。

驚愕反応は心拍数や呼吸、血圧の増加、緊張、覚醒、発汗、などの生理学的な変化を引き起こしますが、それは恋愛感情や性的興奮を高める場合があると同時に、怒りや恐怖、嫌悪などのネガティブな感情を引き起こす場合もあるのです。サプライズが引き起こす反応は生理学的なレベルにおいてはニュートラルなものであり、場合によっては単なるストレスにもなりかねません。

その違いを引き起こすのが、相手の脳の「ラベリング」機能です。

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【信頼関係】

本来なら恐怖につながるはずの状況により生じた、こうした生理学的な反応が、結果的に相手の性的興奮や恋愛感情につながる場合が、いわゆる「吊り橋効果」です。

高くて揺れる、恐ろしい吊り橋を渡り終え、心拍数も呼吸も血圧も高くなり、発汗や手の震えなどが残っているような状態で、魅力的な美人から話しかけられた男性の多くは、彼女に対して恋愛感情を抱き、後日、研究室に電話をかけて来ました。

彼女のインタビュー内容に偲びこませた「TAT検査」(絵画統覚法検査)の結果でも性的な反応が増加していました。一連の興奮反応が眼の前の女性に対する恋愛感情であるとラベリングされたわけです。

同じように、恋人どうしで乗ったジェットコースターや二人で体験したお化け屋敷は、二人の性的感情(上品に言えば恋愛感情)をさらに高めてくれるのです。

こうしてみると、吊り橋効果もサプライズも、成功するかどうかは「ラベリング」次第です。

ラベリング自体は瞬時に、またほとんど「無意識」に行われますが、そのラベリングのやり方が事前にどのように「設定」されているかは、脳がそれまでに体験した「経験」と周囲の状況についての「総合的な認識」によって決まるのです。

「ラベリングの設定」を「好意的な解釈傾向」の方向へ重み付けしておくためには、普段から相手に対して「接近行動」を繰り返している必要があります。

「接近行動」は心理学用語で、相手との心理的な距離を縮めるための行動です。相手をさりげなく援助したり、相手が喜ぶようなプレゼントをしたり、相手にとって有効な情報を提供したり、楽しみの機会を与えたり、相手が嬉しくなってあなたと一緒に居たいと思うような働きかけ一般が「接近行動」です。要は、相手のためになり、相手が楽しくなるような行動のことです。

こうした「接近行動」の積み重ねが、あなたと相手の間に「信頼関係」を築いてくれるのです。「信頼関係」が強固なら、いきなりのサプライズにもスリル満点のデートにも、相手はポジティブなラベリングをしてくれるはずです。

逆に、ものぐさな恋人が、ここ一発、ドラマチックなサプライズで「起死回生」のチャンスを掴もうといった試みが失敗に終わりがちなのは、普段から「信頼関係」を築いていないからなのです。

「まめ」に相手への「接近行動」を繰り返すという努力を怠って、「一発勝負」に賭けてもあまり良い結果は期待できないでしょう。お金をかけて、派手な演出のサプライズを仕掛けても、そうした行動が「自己顕示欲」の強さや「人をマニピュレートする(操る)ことが好き」な「支配的性格」から出たものと相手に「ラベリング」されてしまうかもしれません。

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【野生の恋愛】

実は、「ドッキリ」も「サプライズ」も「取扱注意」の危険な「劇薬」なのであり、使い方によっては人の命を奪います。たとえば、心臓の弱っている高齢者に、過激なサプライズを仕掛ければ、ショックで心臓発作を引き起こし、死んでしまうかもしれません。だから「取扱注意」なのです。

そして、そもそも恋愛や性には「タナトス(Thanatos:死と破壊の本能)」が付きまとっており、恋の恍惚や性的エクスタシーを極めようとする営みは一歩間違えれば死の悲劇へと暗転しかねません。

それは何も過激なSMプレイが引き起こす「事故死」のような激しいものとは限りません。それは穏やかで一見平和な淡い恋心からも生じるのです。たとえば、いわゆる「恋わずらい」は、本当にその人の健康状態を悪化させます。ですから、その恋心が純粋なものであればあるほど、「失恋」が恋する者の命を奪うこともあるのです。

タナトスがエロスと共にあることを知っていれば、近松門左衛門などの「心中もの」で描かれる死を、当時の社会制度や社会的規範によってのみ説明しようとする学者や評論家の見解があまりにも浅薄であることに気付くはずです。

時代の外から成り行きを眺めている私たちとは違い、主人公の恋人たちは、そうした社会制度や規範が大前提として支配する時代を生きていたのです。もちろん、彼らは、その状況で、「道ならぬ恋」に落ちればどうなるのか、私たち以上に充分なほど分かっていたはずです。当時は、身分による差別が徹底され、細かい約束事の上に成り立つ主従関係の作法などを物心ついた頃から刷り込まれて来たのです。

そんな状況下で芽生えた恋心には、それがたとえどんなに純粋なものであり、「秘められた」ものであったとしても、既にタナトスの影が色濃く付きまとっています。

どんなに可愛らしく、微笑ましい恋愛であったとしても、恋は「命懸け」です。それには、『ロミオとジュリエット』を例に出すまでもないでしょう。恋愛は否応なく「二人だけの世界(対幻想)」を創り出すものであり、それ故に、既存の社会秩序(共同幻想)に対して意図せざる脅威を与えるのです。これだけでも充分に危ない。

ですから、周囲の皆が微笑みで歓迎してくれる恋愛などというものは希望的幻想に過ぎません。しかし、個人の存在を徹底的に管理しようとする高度情報管理社会が、そうした希望的幻想を意図的に拡散しているものですから、恋愛と結婚の区別さえつかない若者が急増し、社会的に歓迎される恋愛(実質的な一過性の結婚)への傾斜は酷くなる一方です。

恋愛が「自由の子供」であるならば、江戸時代よりは自由になって恋愛を楽しんでいるはずの現代人が、芸能人の「不倫」に本気で目くじらを立てるのは、おかしなことです。しかし、彼らが実は自由でも何でもなく、現代風の社会規範に拘束されており、彼らが恋愛だと思っているものが「一過性の結婚」であるのなら、それも道理にかなっています。「結婚」は社会的な約束事であり、社会秩序を築くための基礎だからです。

ですから、社会秩序から見れば不都合な「野生の恋愛」を始めた二人は、次々に社会の壁に激突するはめになるでしょう。つまり、別にわざわざこっそりと陰謀?をめぐらせなくても、彼らはスリリングな「サプライズ」の連続を体験するはめになるのです。

こうしてみると、意図的にドラマチックなサプライズを計画せざるを得ないといった風潮がはびこるのも、実は、素朴で自然な「野生の恋愛」が弾圧され、「地下」に潜ってしまった結果なのかもしれません。要するにこれは「ごっこ遊び」です。

何ともつまらない世の中になったものです。

(メルマガ『富田隆のお気楽心理学』より一部抜粋)

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