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戦争は最終フェーズへ。プーチンが始めた「ウクライナ総攻撃」の準備

ロシア軍に対する反転攻勢を本格化させるも、思ったような戦果を挙げられずにいるウクライナ。国際社会からのプーチン批判は高まるばかりですが、戦争の推移自体は「プーチンの思惑通り」との見方もあるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、プーチン大統領が思い描いているであろうウクライナ戦争のシナリオを解説。さらに「ワグネルの乱」の真相についても深掘りしています。

全てがプーチンの思い通り。進むウクライナの孤立化とグローバルサウスの欧米離れ

「プーチンは自分の思惑通りに戦いを進めている」

これはロシア・ウクライナという当事者のみならず、ウクライナを支援するNATO諸国も共有する有力な分析内容です。

昨年2月24日にウクライナ全土への侵攻を始めてからもうすぐ1年半が経ちますが、当初予定していたよりもはるかに長く戦い、かつ多くのロシア兵の被害を出していますが、負けることなく、じわりじわりとウクライナの首を絞め、その背後にいるNATO加盟国間の対応の温度差を拡大しています。

まずアメリカを見てみると、対応に苦慮している様子が覗えます。

アメリカ政府内の分析によると、ウクライナが直面している戦況はかなり厳しく、NATOからの重火器の支援が増大されているにもかかわらず、この1か月で反転攻勢において予定されていた40%から45%ほどの成果しか挙げられておらず、実際には徐々にロシア軍に押される傾向が鮮明になってきているようです。

もしかしたらアメリカ軍“お得意”の軍事支援増大のための誇張かもしれませんが、「徐々にロシア軍に押され始めている」という見解は、どうも正確な見方のようです。

これまでNATO諸国内でも抜きんでるレベルでウクライナの戦いを後押しし、膨大な支援を行ってきたアメリカ政府と軍ですが、予想以上に長引く戦況と、当初の予定を遥かに上回る軍事支援は、アメリカ軍の全世界的な防衛網と自国の国家安全保障上の装備不足を引き起こし始めており、これ以上、気前の良い支援へのコミットメントはできないというのが大方の見解です。

そこで「本国にも兵器がないからしかたない」とまで大統領に発言させる形でクラスター爆弾をウクライナに供与することになったわけですが、これは実際には、アメリカ政府も批准しているオスロ条約違反であり、NATO諸国間での摩擦も引き起こす結果になっています。

例えば、最も近しいはずの英国政府でさえ、スナク首相自身がアメリカによるクラスター爆弾の供与に異を唱えて反対していますし、ルールを非常に重んじるドイツも「クラスター爆弾の供与と使用は、我々の支援における一線を超えるもの」と強く反発し、先日のNATO首脳会談時にも大きくもめる対象になったようです。

そして今週、NATO加盟国も懸念を表明していたウクライナ軍によるクラスター爆弾の使用が明らかになり、欧州各国の対米批判が顕在化しています。

これこそが実はプーチン大統領が目論んでいた内容だと思われます。NATO内での分裂が加速すると同時に、アメリカ政府が国際情勢において用いる自分勝手なダブルスタンダードを顕在化することによって対米批判の輪が拡大してきています。

これでNATOの欧州加盟国はアメリカの立場と、これまで以上に距離を置き始めていますし、NATO首脳会議時に思い切りNATO寄りになったと噂されたトルコも非難を強めています。

特に「ロシアもウクライナもオスロ条約締約国ではないので、クラスター爆弾をウクライナに提供することも、ロシア国内での使用も国際法違反にはならない」という苦し紛れの言い訳は、同盟国を呆れさせるだけでなく、支援の拡大を狙っていたグローバルサウスの国々のアメリカ離れと非難をさらに加速する結果になっています。

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アメリカ離れをさらに増幅させるバイデンの発言

それをさらに増幅しているのがF16供与をめぐるアメリカの姿勢です。

より深堀すると、同盟国が保有するF16をウクライナに供与することにはOKしたものの、必要とされるウクライナ空軍のパイロットに対する訓練に米軍は参加しないことを、NATO首脳会議の場でバイデン大統領が明言してしまったことで、デンマークやオランダといったNATO加盟国で、パイロットへの訓練供与を表明していた国々が混乱し始め、実際に訓練への参加を見合わせるという議論が出てきているようです。これでgame changerになり得ると言われたF16の実戦投入は確実に予定よりも遅れることになります。場合によっては、F16の実戦投入は実施されないかもしれません。

そうなるとNATOの足並みが乱れ、対ウクライナ支援が滞り、欧州各国ではクラスター爆弾を供与し、ウクライナに使用させたアメリカへの同調を非難する論調が強まってくることは確実だと思われ、英国を含む欧州各国がこれまでのように米国と歩調を合わせてウクライナを支援するという結束にほころびが出事に繋がります。

欧州各国は元々、ロシアを非難しつつも、ポスト・ウクライナの世界において、ロシアとの関係修復を望んでいることもあり、“戦争がすぐ近くで起こっている”という現実には対峙するものの、少しずつウクライナ支援のフロントラインからの撤退を始める可能性が高くなります。

ここに予てより高まってきている“ウクライナに供与された武器・装備が行方不明になっている”という国内での非難が加わり、一層「立ち止まる欧州」の傾向が出てくるように思われます。

ドイツではすでに「戦況はかなり厳しく、ウクライナが負けてしまうことも覚悟しなくてはならないが、こうなったのはウクライナの責任だ」と責任転嫁をはじめ、手を退き始めているという情報も入ってきています。

そこに欧州に見限られることを良しとしないアメリカ政府内の感情と、来年には大統領選挙を控えているという国内政治の日程が重なることと、国内でも高まるクラスター爆弾の供与というダブルスタンダードへの非難が重なることで、アメリカもじわりじわりと対ウクライナ支援に後ろ向きになったり、手を退きはじめたりすることに繋がりかねません。

そうなるとNATOの分裂を画策し、ウクライナを結果的に孤立させ、見捨てさせるというプーチン大統領の“狙い“が実現に向けて進んでいくことになります。

機能していない欧米による対露制裁

この動きはまた別のところでも鮮明になり始めています。

それはロシアが18日に一方的に停止を宣言した黒海におけるウクライナ産穀物に関する協定にまつわる狙いです。

このロシアの一方的な離脱は、当初、穀物価格の高騰を引き起こすと見られていましたが、実際に価格が上がったのは2日ほどで、その後は低い水準(実際にはロシアによる侵攻前の価格よりも安い水準)で安定しています。

その背景には、「“黒海経由の輸送は危険”という見解からすでに陸路でのdivertが定着化していること」と「ロシア産穀物の輸出量の拡大による供給の安定化」があります。

後者については、中国やインドを経由するルートと、南アなどのアフリカ諸国やイラン、そして旧ソ連の中央アジア諸国が制裁に加わらず、business as usualで穀物取引を行っていることがあります。

つまり欧米諸国とその仲間たちがロシアに課す制裁は機能しておらず、黒海経由のウクライナ産穀物の供給が不安定になっていることで、ロシア産の穀物の取り扱いと販売高が大幅に増加していることを意味します。ロシアの農産物の売り上げは、侵攻前に比べて3割ほど増加しているというデータもあります。

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「途上国の欧米離れ」の加速化に成功しつつあるプーチン

前者については、危機管理の観点からは正しい動きだと考えますが、これが何を引き起こしているかというと、ウクライナに隣接する中東欧諸国5か国におけるウクライナ産穀物の滞留による国内市場の混乱です。今週に入って5か国が連名でウクライナ産穀物の引き受け停止を宣言し、純粋に通過する場合を除き、引き受けない方針を提示しています。

隣接する5か国の農業保護の必要性が一番の理由とされていますが、この措置により陸路でdivertするルートが断たれ、ウクライナの農産物輸出による収入が減るだけでなく、欧州各国向けの穀物の流通も遮断されることになり、欧州で食糧危機が引き起こされる恐れが懸念され始めています。

「ロシアによる非協力的な姿勢は、途上国における食糧危機を引き起こす」として、ロシアを非難してきた欧州も、実際には陸路でのdivertで流通してきていたウクライナの穀物をほぼすべて欧州が独占してきたことが明るみに出てくることで、グローバルサウスの国々からの非難が強まってきています。

そこに狙いを定めたかのように、ロシア政府はグローバルサウスの国々に対するロシア産の穀物の無償提供を大々的に発表して、一気にグローバルサウスの国々を味方に引き込むだけでなく、欧米各国の矛盾を浮かび上がらせることで、途上国の欧米離れを加速させる後押しになっています。

アメリカ政府は国連安全保障理事会の場でグリーンフィールド大使を通じて「ロシアによる措置は人類に対する挑戦」と非難させて批判をそらそうとしてみたものの、今回の情報戦は不発に終わったようです。

これもまたプーチン大統領の思惑通りに進んでいると見ることが出来ます。

暴かれ始めた“ウクライナの嘘”

そして情報戦と言えば、戦況に関する情報戦も次第にロシア側に有利に働き始めています。

これまでウクライナ側が戦略的に“ロシアの嘘”を暴き、世界に訴えかけ、国際世論を味方につけてきましたが、クリミア大橋の爆破が実はウクライナ軍によるものだったと認めたことを皮切りに「悪いのはロシアで、ウクライナは被害者」というイメージがじわりじわりとはがれ始めてきています。

2014年以降、ウクライナ政府が行ってきた東部ロシア人地域への迫害の実情が暴かれ始め、一時期は英雄と奉られたアゾフ連隊は実は欧米によってテロリスト集団認定されていたことが思い出され始めたことで、次第に“ウクライナの嘘”も表出し始めています。

そしてそれは以前の“ウクライナのミサイルがポーランド領内に着弾した事件”を思い出させ、「これはロシアによる民主主義への挑戦で、第3次世界大戦の始まりだ」と大騒ぎし、世界から顰蹙を買ったゼレンスキー大統領の姿をまた思い出させることに繋がってきています。

またNATO、特にアメリカがウクライナに対してタブーとしてきた“ロシア領内への越境攻撃へのアメリカ産武器の使用”が公然と行われたことや、すでにウクライナが欧米産兵器・弾薬のブラックマーケットになってきていることが明るみに出だしたことで、情報戦における綻びも明らかになってきています。

これは欧米各国の政府・議会の目を覚まし、ウクライナ支援に対する躊躇へとつながり始めていると言われています。

同時にウクライナが行ったと思われるモスクワへの無人ドローン攻撃やクラスター爆弾の実戦使用などが、ロシア側のレッドラインを超え、NATO各国を戦争に引きずり込む理由を与えかねないと感じることで、ウクライナの継戦のための支援を控える動きが出始めています。

もちろんどのような理由があったとしてもロシアによる侵攻は正当化できるものではないのは変わりませんが、じわりじわりと対ロシアシンパシーが強まってきているのはとても気になるところです。

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やはりプーチンの演出か。「ワグネルの乱」の真相

そして情報戦の極みは「ワグネルの乱の正体」です。

プリコジン氏の動静は様々な憶測がありつつも、はっきりしませんし、消息不明のスロビキン司令官の動静も不明ですが、どうもロシアによるウクライナ総攻撃の準備を進めているようです。

ルカシェンコ大統領が情報を一転二転と変え、ワグネルの実際の動きを分からなくしていますが、主力はベラルーシ入りし、北方からのキーウ攻撃を計画していると言われています。

乱から数日後にはモスクワでプーチン大統領とプリコジン氏が会談し、その際、プーチン大統領から「ゼレンスキー大統領の首を取ってこい」と発破をかけられて、無罪放免ともとれる形で泳がされていることから見て、プリコジン氏とワグネルに偽のクーデーターを引き起こさせ、ロシア国内とプーチン大統領の権力基盤の揺るぎを印象付けるように演出し、欧米諸国の目をそちらに向けさせている間に、作戦を次の段階に移すことに成功していると分析することが出来るようになってきました。

ルカシェンコ大統領がグルになって「どうもワグネルはポーランドを攻撃する」と発言していますが、これはNATO加盟国であり、ウクライナの隣国でもあるポーランドをターゲットにすることで、実際にNATOはどう動くのか、そして非政府組織で軍事会社という位置づけのワグネルによる仕業であった場合にもNATO憲章第5条による報復措置は発動されるのかを探る“情報戦”がロシア・ベラルーシ合同作戦として展開されている模様です。

ここで肝となるのは、ポーランドへの圧力と脅威の投射を行っているのが、正規のロシア軍ではなく、あくまでも非政府組織のワグネルであるという点で、NATO側に真正面からの反撃・報復の口実を与えにくい状況を作り出し、NATOの存在意義への挑戦を行っているという点です。

NATOが反撃すれば、過剰防衛行為として糾弾し、反撃せず、ウクライナ同様、ポーランドも見捨てる形になったら、ロシアに隣接するバルト三国などはNATOへの信頼が失墜し、NATOの分裂が引き起こされる可能性が高まり、その後はドミノ倒しのように崩れることになるかもしれません。

これももしプーチン大統領の計画に含まれているのだとしたら、とても恐ろしいですが、妙に納得しませんか?

戦術核兵器使用の可能性に言及して脅していますが、実際に使用することなく、総崩れにつなげることが出来るかもしれませんし、NATO加盟国間での不信感と、特に中東欧諸国に根強くある“西欧諸国は我々を見下している”という感情に火をつけ、NATOの東進を反転させることにつながるかもしれません。

もしそうであれば、プーチン大統領の戦略がぴたりとはまることになりますが、果たしてどうでしょうか?

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自国の勢力圏拡大の動きを強める中国・イラン・北朝鮮

こんな議論をしている間にも、ロシア・ウクライナ双方で死傷者が増え続け、オデーサ大聖堂をはじめとする文化・世界遺産が次々と破壊されていき、攻撃が見境のないものになり、戦闘のエスカレーション傾向を阻むものがない状況になりつつあります。

このような地獄の状態を防ぐためには一刻も早い停戦と戦後復興のための合意が必要になりますが、残念ながらロシア政府側にも、ウクライナ政府側にもそのための心理的な基盤が存在しませんし、NATOや中国・イラン・北朝鮮、そしてインドなどが当事者化し、背後でいろいろと動き出すことで、状況が極めて複雑化してきている中、和平に向けた環境は全く揃っていません。

久々の世界的な戦争を前に血が騒いでいるのかどうかは分かりませんが、各国は間違いなくこの状況下において、自国の勢力圏の拡大に勤しむ動きを強めています。

もしこのような状況まで読んで、若干の計算違いは許容しつつ、絵を描いていたのだとしたら、まさに今の状況はプーチン大統領の思惑通りに進んでいるのかもしれません。

混乱の中で事実はどこにあるのか?

なかなか見えづらくなってきました。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: MD. ALAMIN HOSSAN / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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