多くの日本人にとって、米欧IT企業と比べて馴染みが薄い中国テック企業群。「アリババ」や「ファーウェイ」は耳にしたことがあっても、最新動向はさっぱり…という方も少なくないのが現実ではないでしょうか。今回のメルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』ではITジャーナリストの牧野武文さんが、いま中国で急成長中の企業集団「歩歩高(ブーブーガオ)」を紹介。ユニークなスマートウォッチで子どもたちの心を鷲掴みにしているとのことですが、そのルーツのひとつには任天堂の「ファミコン」があるそうです。
プロフィール:牧野武文(まきの・たけふみ)
牧野武文(まきの・たけふみ):中国事情に精通するITジャーナリスト。著書に『Googleの正体』『論語なう』『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』など。メルマガでは急速に発展する中国のITについて、企業・人物・現象・テクノロジーなど毎回1つのテーマを取り上げて深掘り解説している。
中国市場を席巻する子ども用スマートウォッチ「小天才」
今回は、中国の注目テック企業「歩歩高(ブーブーガオ)」と、その子会社が大ヒットさせた、子ども用のスマートウォッチ「小天才」についてご紹介します。
小さな子どもを持つ親の悩みとして、「何歳からスマートフォンを使わせればいいのか?」という問題があります。デジタルデバイスは確かに便利ですが、子どもの成長面でさまざまな弊害も指摘されているからです。親は二律背反する難問を解決しなければなりません。
そこで注目されるのがキッズケータイです。家族や登録した人としか通話やメッセージ交換ができない、GPSがついており親は子どもの居どころがわかる、写真が交換できるなどの機能を基本にしたものです。
中国にもキッズケータイに相当するスマホはありますが、圧倒的に人気なのがスマートウォッチです。スマートウォッチといっても、SIMを内蔵していて、通話、メッセージを送ることができ、写真撮影やビデオ通話もできるというものです。もちろん、GPSや中国の衛星測位システム「北斗」(ベイドウ)に対応していて、親のスマホに子どもの位置事情が表示できるようになります。
このキッズ用スマートウォッチの分野では、「小天才」(シャオティエンツァイ)というブランドが圧倒的なシェアを持っています。そこに華為(ファーウェイ)、小米(シャオミ)が続いています。
この小天才で見るべきことは、その頭のいい商品設計です。トップシェアを握るのも当たり前だなと思われる商品です。もうひとつは、この小天才という企業は、「歩歩高」(ブーブーガオ)の子会社で、歩歩高は中国のデジタルデバイス業界の大きな集団を形成している点です。スマホメーカーのOPPO(オッポ)、vivo(ビーボ)も歩歩高系の企業です。
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ファーウェイの追撃をかわしてシェア第1位
「imoo(アイモー)」が、小天才の子ども用スマートウォッチの国際ブランド名です。調査会社Counterpointによると、このimooが2023年第1四半期の中国スマートウォッチ市場の出荷シェアで第1位、約35%を占めています。
現在は、2位のファーウェイ(約15%)が子ども用スマートウォッチでも素晴らしい製品を投入してきたため、シェアが割れていますが、2021年ぐらいまでは60%を超える圧倒的なシェアでした。子ども用ではなく全体の世界スマートウォッチ市場でも1位がアップル、2位がファーウェイ、3位がimooとなっていたほどです。
このような子ども用スマートウォッチは、中国では2013年から発売されています。SIMを内蔵し、家族と通話/メッセージが交換でき、GPSが内蔵され、親に居場所が通知されるというものです。
歩歩高では、このような情勢を見て、2015年に参入を決め、市場調査を行いました。ここで面白い事実が見つかりました。親のニーズは「子どもの現在地が確認できること」でした。ところが、利用をする子どものニーズは「友だちとメッセージ交換がしたい」というものだったのです。
子ども用商品は、使うのは子どもでも、購入をするのは親です。そのため、二重のニーズが存在し、これをいかに実現していくのかが、商品設計のポイントになりました。
親と子、2つの異なるニーズを満たす商品づくり
歩歩高は、子どもたちのニーズを満たすために、専用のSNS「微聊」(ウェイリャオ)を開発しました。ただし、WeChatのように、誰とでも友人になり、話ができるようになってしまうと親としては心配になります。そこで、友人になれる人を限定する設計にしました。
まず、親とつながる方法です。親は「微聊」のスマホアプリをインストールし、子どもは微聊の登録用のアプリを小天才にインストールしなければなりません。それぞれにアプリをインストールしなければならず、面倒なようですが、これはわざと面倒にしています。小天才の登録用アプリを起動するとQRコードが表示されるので、これをスマホ側でスキャンすると、スマホの微聊と小天才がつながり、メッセージが交換できるようになります。
登録用のアプリを消してしまえば、もう簡単には他のスマホとつながることはできません。つながるには再度登録用アプリをインストールする必要があります。つまり、悪意のある大人がつながろうとしても、手順が面倒であるために、子どもに考え直す時間を与えることができるのです。さらに、親が不安な場合は、小天才をアプリダウンロード禁止の設定にしておけば、リスクをほとんどゼロにすることも可能です。
では、小天才を持った子どもたち同士がつながるにはどうしたらいいでしょうか。Bluetoothで小天才同士を近づけるとつながることができます。うまいのは、ただ近づけるだけでいいのに、つながるポーズを決め、それを盛んに宣伝したことです。子ども同士が高く腕をあげて、小天才同士を接触させるように近づけます。なかなか子どもにとってはかっこいポーズです。
この閉じたSNSというのが、非常に大きな意味を持ちました。小天才以外のスマートウォッチではつながることができないため、多くの子どもが小天才を欲しがるのです。ファーウェイは微信(ウェイシン、WeChat)のサブセット版を搭載して、やはり閉じたSNSを搭載していますが、先に小天才が普及をしてしまったため、ファーウェイといえどもシェアを伸ばすのに苦労をしています。
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創業者の段永平は、中国テック業界の超重要人物
子どもに対してアピールをし、子どもの方から買ってほしいとせがまれるようになり、そこで親が安心をできる機能を用意しておく。この間合いが、子ども用商品には絶対に必要で、小天才はそのマーケティングを非常にうまくやっています。
このような子ども商品のことを知り抜いている歩歩高という企業を創業したのは、段永平(ドアン・ヨンピン)という人です。
段永平のアドバイスに従って上場前のグーグルに入社し、その後、ピンドードーを創業した黄ジャン(ホワン・ジャン)など、多くの人たちが彼を尊敬し師と仰いでいます。
そのような中国のテック業界の重要人物であるのに、あまり名前が出てこないのは、2001年40歳の時に完全引退をし、米国に移住をして、ゴルフ三昧の日々を送っているからです。この辺りも他の中国人経営者とは違っています。しかし、いわゆる「歩歩高系」と呼ばれる企業と人材を生み出し、中国テック業界の中での存在感のあるグループをつくっています。
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ファミコン互換機「小覇王」で大成功、中国オタク文化の礎にも
1961年生まれの段永平は、文化大革命に翻弄され悲惨な子ども時代を送りました。しかし、1977年に中国で全国統一入試試験が復活します。これは科挙と同じように、一発試験の点数だけで進学できる学校を決めるもの。段永平はこの一発逆転のチャンスを活かして、一浪後、名門校の浙江大学に進学します。
卒業後はいくつかの製造系の企業に勤めた後、日華電子というテレビゲームを製造している企業の工場長となりました。ここから、段永平の快進撃が始まります。
日華電子のテレビゲームはまったく売れませんでした。なぜなら、本体の中に10程度のゲームを内蔵しているだけで、それ以外のゲームは遊べないからです。1983年には、日本で任天堂がファミコンを発売していて、こちらはカセットさえ変えればいろいろなゲームが楽しめるというものでした。
段永平は中国でファミコンを発売したら売れると直感しました。しかし、任天堂がファミコンの製造を許可してくれるわけがありません。勝手にファミコンを製造して販売すれば、後々、任天堂から訴えられることは確実です。
そこで、台湾の普沢(プーザー、ビット)というメーカーに目をつけました。この企業は怖いもの知らずなのか、堂々とファミコンの互換機「創造者」を製造して販売していたのです。そこで、段永平は、直接ファミコン互換機を製造するのではなく、普沢とライセンス契約を結び、創造者の互換機を発売するという仕組みで、ファミコン互換機を製造販売します。任天堂が法的処置を取るのは、普沢であって、自分たちはライセンス生産しているだけだ、私たちもだまされましたと抗弁できるからです。
実際のライセンス契約は、香港の企業を間に挟んだ形であるので、任天堂が普沢から香港企業をたどって、日華電子までたどりつくのは難しいだろうという計算もありました。
その後、香港企業とライセンス契約をめぐって揉め事が起こり、契約を破棄し、日華電子は、創造者互換機に独自の工夫を加えた新製品「小覇王」の製造販売を1989年に始めます。これが売れました。すると、今度は無数の企業が勝手に許可もなく小覇王互換機を製造しはじめますが、日華電子としては自分も問題のあるビジネスをしている手前、他企業を訴えるわけにもいきません。このような無許可互換機まで含めると、任天堂のファミコンよりも売れたという話まであります。小覇王は、家庭用ゲーム機の代名詞にもなり、売れに売れました。
ところが、1993年に売れ行きが頭打ちとなりました。原因を調べると、小覇王を使っているのは子どもたちですが、お金を出すのは親たちです。その親の中で、小覇王を買うと、子どもが朝から晩までゲームばかりして、勉強をまったくしなくなったという不満の声が高まっていたのです。
そこで、小覇王にキーボードをつけて、学習ソフトを開発し、「英語やプログラミングが学べる学習機。息抜きにゲームができる」という建て付けでの販売を始めました。
この小覇王で育った子どもたちは、中国の第1世代のオタクとなりました。bilibili(ビリビリ)の陳睿(チェン・ルイ)CEOなどが小覇王世代であることで有名です。
このように段永平には、後の世代に大きな影響を与える小覇王を製造販売したという功績があるのですが、それだけではありません。もうひとつは――
(本記事は原文約1万字を約4,000字に再構成したダイジェスト版です。「歩歩高」の経営術や中国の経営者同士の結びつきについて、より詳しく解説した全文は初月無料のメルマガ8/7号でご覧ください。また8/14最新号では「中国独特の地方戦略で成功する企業」を特集しています)
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