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国民をダマす気満々か。自民党が「政治改革」を口にし始めたら注意すべき理由

1月4日に行われた年頭の記者会見で、自身が先頭となり政治改革を進めるとし、党内に「政治刷新本部」なる新組織の立ち上げを表明した岸田首相。しきりに「信頼回復」という言葉を口にした首相ですが、今後私たち有権者は自民党をどのように「監視」してゆくべきなのでしょうか。今回、毎日新聞で政治部副部長などを務めた経験を持つジャーナリストの尾中 香尚里さんは、自民党がリクルート事件後に自らにとって都合の良い政治改革を行った「前科」を指摘。同じような「自民の焼け太り」を許さぬため、我々が目を光らせるべきポイントについて解説しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

自らの政治腐敗にメスを入れるさまを演出しつつ都合の良い改革を進めようとした自民党

自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金事件が、昨年の年の瀬の政界を襲った。年明けの7日には安倍派の現職衆院議員が逮捕され、事件はさらに広がりを見せる様相だ。それは年が明け、石川県能登地方での大地震などが起きたからといって、消えてなくなるものではない。むしろ、非常事態に国民の命と暮らしをしっかりと守るためにも、政治が国民の信頼に足る存在であり続けることの重要性は、以前にも増して大きくなったと言えるだろう。

どんなに震災対応が死活的に重要な局面であったとしても、岸田政権は決して「政治とカネ」の問題から逃げることはできないのだ。

そのことは当然分かっているのだろう。岸田文雄首相(自民党総裁)は4日の年頭会見で、党内に来週、党総裁である自ら直轄政治刷新本部(仮称)を新設することを表明した。首相自身が本部長を務め、月内に中間取りまとめを行った上で「必要があれば」政治資金規正法改正案などの関連法案を通常国会に提出する考えだ。

東京地検特捜部が党の派閥幹部など関係者へ任意での聴取を進めており、事件の全容解明はまだ始まってもいない。この段階でもう「再発防止うんぬん」といった「幕引き」めいた話が前のめりに進んでいくのは、筆者にはにわかに信じがたい。

とりあえずそれは置くとしても、この手の「再発防止策」が取り沙汰される時に気をつけなければならないことは、その再発防止策に実効性があるかどうかだけではない。再発防止の名のもとに、全く違う狙いが知らず知らずのうちに差し込まれていないか。それが結果として再発防止どころか、自民党の延命につながることになりはしないか。そういうことにも目を配る必要があると思う。

今回の裏金事件は、30年あまり前に政界を揺るがしたリクルート事件などの政治スキャンダルと比較されることが多い。あの時も「政治改革」という言葉が内外から盛んに叫ばれ、自民党は党内に、改革の具体策を作るための「政治改革委員会」の設置を余儀なくされた。

改革の柱は「金のかからない選挙の実現」「政治資金規正法の再検討」「衆院の定数是正」などとなっていた。確かにそれぞれ大切なテーマだ。だが、企業から値上がり確実な未公開株を受け取って利益を得る、といった「本題」そのものへの再発防止策から、ずいぶん風呂敷が大きく広がったな、という印象は、当初から否めなかった。

やがて党政治改革委員会は、同じ頃に立ち上がった首相の私的諮問機関「政治改革に関する有識者会議」の提言を受けて「政治改革大綱」を決定した。1989年5月のことである。大綱には政治改革の柱として「政治倫理に貫かれた公正、公明な政治の実現と現行中選挙区制の抜本改革」を挙げていた。

突如「選挙制度改革」にすり替えられた「政治腐敗の防止」

「政治腐敗の防止」を掲げていたはずの政治改革論議に、突然「選挙制度改革」が躍り出た。そして、選挙制度改革の方向性はいくらでもあるはずなのに、気がつけばその方向性は「小選挙区制の導入」一本に絞られていた。「政治にカネがかかるのは、選挙区で自民党の同士討ちが起きるからだ。この弊害をなくすため、選挙区で1人しか当選しない小選挙区制を導入すべきだ」という声で、政界が埋め尽くされたのだ。

「与野党が1対1で政策論争を交わし、政権をかけて争う政治を実現する」とのかけ声に、当時は自民党に批判的な勢力も好意的に受け止める向きが多かったと思う。

しかし、選挙区で1位の候補しか当選しない小選挙区制は、もともと「巨大与党をつくりやすい」制度である。選挙区で1位の候補しか当選しないため、時の第1党すなわち政権与党の自民党に有利になりがちだ。現在の衆院の選挙制度は小選挙区と比例代表の並立制となっているが、自民党は当初、比例代表のない「単純小選挙区制」を志向した。現行制度よりもさらに政権与党有利になりがちな制度である。

つまり自民党は、自らの政治腐敗にメスを入れるさまを演出しつつ、実は自らにとって都合の良い改革を進めようとした、と考えることもできるのだ。

そしてこの「政治改革」の結果、自民党以上に苦しんだのは、むしろ野党の方だった。前述したような「政権与党の1人勝ち」状況を避けるためには、野党はすべての選挙区で候補者を一本化して、できるなら一つの政党という「大きな塊」になって、自民党と「1対1」で戦うことを求められるからだ。野党はその後30年にわたり、延々と離合集散の再編劇を繰り返すはめになり、今日に至っている。

もちろん、小選挙区制が自民党にも変化を与えたことは、これまでにも多くの指摘がある。しかし、どう考えてもこの選挙制度の変更が、自民党以上に野党に多くの負担と痛みを強いたのは間違いない。

筆者は選挙制度改革そのものを全否定する立場には立っていない。野党は確かに多くの痛みを強いられることになったが、結果として「政権を目指す野党第1党」という存在が明確に意識され、実際に政権交代が実現したからだ。政権交代の可能性が皆無に近かった中選挙区制に比べれば、この1点をもって小選挙区中心の制度の方がまだましだと、今も考えている。

しかし、少なくとも「自民党の政治腐敗をただし、同党を改革する」という当初の政治改革の目的に照らして考えれば、一体この改革が自民党の何を変えたのか、と首をかしげざるを得ない。実際のところ自民党は、いまだに選挙に多額のカネを使い続けている。2019年参院選広島選挙区における大規模買収事件や、昨年12月の柿沢未途前副法相が公職選挙法違反(買収)容疑で逮捕された件が、その良い例だ。

今回の裏金問題への自民党の対応が、30年前の政治改革の「失敗」を繰り返すことになってはならない。これから大々的に打ち出されるだろう「改革」なるものについて、内容の実効性を問うことはもちろん、気がついたら自民党の「焼け太り」になるような「改革」がどさくさに紛れてそっと差し込まれていないかどうか、そういうことにも監視の目を光らせる必要があると思う。

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image by: 首相官邸

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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