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地方より大都市圏の公立小中学校こそ問題。学力や経済力ある家庭の子が“上から順に抜けていく”異常事態

現代の日本社会において大きな問題となっている教育格差。一見、地方にハンディがあるように思えますが、米国在住の作家でプリンストン日本語学校高等部主任も務める冷泉彰彦さんは、むしろ大都市圏の方が深刻とします。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、そう判断せざるを得ない理由を具体的な数字を挙げつつ解説。その上で、日本のエリート教育やエリート選抜のシステムが今、危機的な状況にあると指摘しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:教育の地域格差、問題は大都市圏(教育論)

首都圏がもっとも“いびつ”。現代日本の教育格差問題

21世紀に入って、日本における教育の地方格差の問題はかなり話題になってきたように思います。現場からも声が上がるようになったし、実態を調査して分析した研究も進んでいます。その結果として、大学への進学率は、家庭の経済力や地域の経済力が反映しているという深刻な事実が明らかとされつつあります。

その他にも、地方で育った若者は都会の若者と比較すると情報の格差や、芸術などに触れる教養の格差があるという訴えも広まってきました。その他にも、高校生のアルバイトに関して大都市圏では比較的寛容な学校が多い一方で、地方では一律禁止が多いなど、校則などの制度に差があるという問題も指摘されています。

その結果として、若者の社会経験の蓄積に格差が生まれるわけであり、例えば18歳の時点では大都市出身者の方が「ませている」というのですが、相当以前からそのような現象は指摘されています。更には情報社会化に伴う、情報リテラシーや、外国語教育などでも大都市と地方には格差があるとされていました。

けれども、こうした中等教育段階における都市圏と地方の格差については、現場や地方自治体の努力により少なくとも改善に向かっているようです。例えば、ICTの推進がいい例です。教室における大型ディスプレイの装備率にしても、デジタル教科書にしても、大都市圏よりも地方における普及が先行しているのです。

高校生に対するアルバイト禁止なども、経験が職業意識を育むという認識は広まっており、各県あるいは各高校で個別の事例を見ながら許可する例も増えてきているようです。勿論、地方の場合は大都市圏に比べると予算も限られるし、何よりも過疎高齢化に直面している自治体も多いわけです。

そのような中ではあるがのですが、極めて多くの教育現場で、あるいは教育行政において、地方と大都市圏の「教育格差」については意識がされ、具体的な取り組みがされているのは事実だと思います。では、教育の地方格差については解消に向かっているのかというと、決してそうではないのも事実です。

問題はむしろ大都市圏の方にあると考えられます。まず首都圏ですが、確かに経済力は他の地方を圧倒しており、その結果としての大学進学率も高いわけです。例えば2020年の文科省の調査を元に計算した研究によれば、東京都の場合は大学進学率は75%に達しており、最下位の数県と比較すると率として2倍となっています。

これは東京の経済力を反映しているのは間違いありません。けれども、このことは東京の初等教育と中等教育が成功していることを意味しているのかというと、そうではないのです。問題はここにあります。

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教育現場において影響が甚大な「上から抜けていく」現状

まず、首都圏の場合、幼稚園から小学校に入学する6歳のタイミングで、一部の超富裕層の子どもは私立小学校に進みます。そこで公立の教育からこの階層が抜けていくのです。また小学校の3年生前後から、中学受験を意識する家庭の子どもは通塾を始めます。

通塾生の場合、主要教科については学校より先行して塾で学ぶことになり厳密に言えば、カリキュラムの内容習得は公立の教育の場ではなくなることになります。この層の多くは中学は中高一貫校に進学します。そうすると、経済的に一定の階層以上で、学習意欲や学力が一定以上の生徒はここで公立の教育から抜けていくのです。

それが一部の特異な才能を持つグループであれば許容範囲かもしれませんが、例えば私立中学と公立一貫校への進学者は、東京都全体で見てもほぼ20%となっており、毎年増加しています。20%といえば5分の1ではありますが、学力や経済力の観点から見て「上から抜けていく」というのは、これは教育現場においては影響は甚大です。

例えば、東京都の文京区に至っては50%が抜けるというのだから愕然とします。その結果として、東京の特に中心部の公立中学校には、経済的理由で一貫校を希望しなかった層と、一貫校の受験をしたが失敗した層とが「残る」ことになるわけです。こんな状況は世界的に見ても極めて特異な状況であると思われます。

つまり、その国の多くの人口が集中し、世界的に見ても人口と経済力が突出した大都市において、公立中学校の平均的な学力水準が他の地方より低下しているということです。

さらに言えば、大都市圏では高学力層の相当数が、私立や国立の一貫校に流れていることになります。海外から見て不思議なのは、そこにも公費が投入されていることです。富裕層が私立中高に子供を送り込むのは勝手だが、そこに公費が投入されるというのは、例えばアメリカでは全く持ってチンプンカンプンということになります。

最大の問題は、格差の世襲と少子化です。まず、私立中高へは公費が投入され、高校の場合は無償化の予算も注ぎ込まれます。ですが、入学にあたっては通塾が前提となっており、これは完全に無認可施設が営利事業として行っているわけです。もっと言えば、監督官庁は文科省ではなく、経産省であったりします。

つまり小3ぐらいから高額な月謝を払って子供を塾に送り込むことのできる階層しか、一貫校に入れないし、最終的には上位の大学にも入れないわけです。これは完全に階層社会であり、世襲により階層を固定化します。問題は、これが不公平なだけではありません。

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人材の種類が固定化し非連続な改革がしにくくなっている政官財界

明らかに経済的な困難を経験してきたが、潜在能力の高い人材を発掘して有為な人材として国家や国の経済に貢献させる仕組みが無いのです。これは非常に大きな問題だと思います。明治維新や戦後復興のような非連続な改革をやるには、そうした人材が欠かせないのですが、制度として全くないのです。

その結果として、財界や政官界の主要なポストは、通塾の結果として首都圏の一貫校から上位の大学に進んだ階層が牛耳ることになっています。冒頭に説明した、文化の地方格差のような問題もあり、その比率はどんどん高まっています。

そうした循環の先には、政財界も官界も人材の種類が固定化され、益々非連続な改革がしにくくなっているわけです。翻って、首都圏の「公立中学」の問題に戻りますと、やはりそこには巨大な「ガバナンスの不在」があるわけです。

こうなると、日本のエリート教育やエリート選抜のシステムは、江戸時代のように固定化をしてしまっていると言っても過言ではありません。そう考えると、現在の日本の統治システムは、財政危機と外敵への恐怖に揺れる天保期のような末期的な状況になっている、少なくとも東京はそうなっているのを感じます。

例えばICTの普及が東京がイマイチであるのは、よく考えると納得がいきます。小学校段階では通塾生は学校では「お客さん」なので、保護者もICT推進への期待はしません。また、中学の場合は、上位層の抜けた後なので、やはり学校全体の士気は活性化が難しいわけです。

その一方で、伝統的な一貫校の場合も、最上位校のグループでは、学校は「行事や部活の思い出つくり」の場で、学習は「鉄緑」等の外部でやるわけです。また多くの国立や私立の教員人事は流動性も低い中では、ICTへの動機は強くないわけです。新しいことに飛びつきたがるのは、一部のアグレッシブな新設一貫校とか、国際志向、共学化でリブランディングといった学校が中心ではないかと思うのです。

そう考えると、現在の日本における教育格差の問題を考えると、一番「いびつ」であるのは首都圏ということになります。そして、そこにはあまり希望はありません。東大の法科で霞が関の人気が低下して、マッキンゼー(この変わったファームが新卒を採るというのがイマイチ理解できないのですが)とか、ゴールドマンに流れるというのも末期的です。

こうなると、人材育成という観点から考えると、本当に地方で真剣な取り組みをして、幕末のようなムーブメントを起こすということに、日本の希望を託すしかないのかもしれません。現在の日本はあらゆる問題が成熟していて、危険な均衡状態にあり、非連続な改革に耐えうる体力はありません。

そうなのですが、それでもその均衡を必死で維持するにしても、相当な人材力が必要です。だとしたら、そうした人材は貴族化した首都圏の2世3世ではなく、地方から探していく時代になっていくのかもしれません。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年5月14日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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