自民党が単独で3分の2議席を確保するという、高市政権の歴史的な大勝に終わった衆院総選挙。最大野党として与党と対峙してきた立憲民主党は壊滅的な敗北を喫しましたが、その原因はどこにあったのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、立憲の候補者たちが実感できていなかった「独特の時代の空気」の正体を検証。その上で、高市政権の「死角」と、弱体化した野党とメディアに求められる役割を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:最大野党・立憲の“消滅”と高市強権支配の足音
蓋を開ければ自民の圧勝。最大野党・立憲の“消滅”と高市強権支配の足音
自民党の歴史的な大勝利が確実になった2月8日夜、新党「中道改革連合」の共同代表、野田佳彦氏はこう言って唇をかんだ。
「何とも言えない独特の時代の空気に押し戻されてしまった」
なにもかもが異例だった。雪の舞う酷寒の投票日。期日前投票が多かったこともあり、大きく下がるかと思われた投票率は前回衆院選を上まわる56%超に達した。公示前に198だった自民党の獲得議席は316となり、自民単独では戦後初めて衆院で3分の2を確保。日本維新の会の36議席を加えると、与党の陣容は352議席に膨れ上がった。
「私が総理でいいかどうか問いたい。高市総理か野田総理か斉藤総理か。私でだめなら辞める」。あえて「中道」共同代表の名を並べ、3人から1人を選ぶ選挙のごとく世間の意識を仕向ける作戦はみごとに的中。進退をかけて選挙にのぞむ初の女性宰相をなんとしても応援したいという有権者の波動はみるみるうちに広がっていった。
だが、「中道」の各陣営は、選挙戦の現場で“高市旋風”を感じることはなかったと口をそろえる。かつての「小泉旋風」や民主党の政権交代選挙のような盛り上がりがあるわけではない。野田共同代表が「何とも言えない独特の時代の空気」としか説明できないものの正体は何なのか。
選挙期間中、ネットの世界を席巻したのは高市首相を取り上げる数多くの動画だった。政治情報サイト「選挙ドットコム」の鈴木邦和編集長は、同サイトの番組の中で、高市首相や自民党についての動画が圧倒的な再生数を示し、その多くがポジティブな中身だったと語った。
YouTubeでは広告収入を得るため、“再生回数”を狙う政治系動画チャンネルが乱立している。昨夏の参院選で再生数を稼ぎまくったのは参政党関連だった。今回の衆院選では、高市首相の高い支持率に目をつけたユーチューバーがいっせいに自民党へと大移動をはじめ、その分、参政党の勢いは弱まった。いまや国政選挙はユーチューバーにとって絶好の稼ぎ時になっているのだ。
専用アプリや生成AIをつかって作成される“切り抜き動画”に、大した手間はかからない。情報の真偽などおかまいなし。高市総理をほめたたえ、その政敵を罵倒したり馬鹿にして、気分をすかっとさせる。そんな動画ほど再生数は高くなり、懐に入るカネは増えてゆく。バズっている動画はすぐに真似されて、さらに別の似たような動画が生まれ、ネット上に高市首相の笑顔と声があふれかえる。
街宣活動を中心とする昔ながらの選挙戦の中では気づきようのない動きがネット空間で繰り広げられていた。電話とネットによるマスメディアの情勢調査はそれをとらえていたが、「中道」の候補者たちの実感とはかけ離れていた。つまり、知らぬ間に、「中道」は有権者からそっぽを向かれていたということだ。
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あまりに深すぎる立憲・公明が衆院選で受けた傷
167もあった「中道」の議席は49に減少した。うち公明出身が28人。全員が比例単独にまわり、予定通りに当選した。ところが、立憲出身者は比例名簿の上位を公明に明け渡したため、当選は21人を数えるのみ。
小沢一郎氏や枝野幸男氏、岡田克也氏、安住淳共同幹事長ら大物議員が次々と落選し、選挙区で当選したのは小川淳也氏(香川1区)、泉健太氏(京都3区)、野田佳彦氏(千葉14区)、階猛氏(岩手1区)ら7人だけという惨状だ。
野田共同代表は語る。
「これだけの大敗を喫したのは、私の責任が極めて大きい。万死に値する」
「長年に渡って苦楽をともにしてきた同志が落選をしたり、将来本当に有望だと思っていた若手も届かなかったり、まさに痛恨の極みであります」
かつて、安倍晋三自民党総裁との党首討論でいきなり衆院解散を表明し、民主党政権を崩壊させた張本人が、こんどは、負けを恐れ新党に飛び乗ったがために、困難の中から枝野幸男氏の立ち上げた立憲民主党を壊滅の危機にさらしているのである。落選した枝野氏の心情が思いやられる。
むろん、立憲が立憲として選挙にのぞんでも、かなり多くの議席を減らしていたに違いない。しかし、24年の衆院選で148人の当選者を出した政党が21人に減るなどとは、常識では考えられない。
そもそも、自民党がこれほどに圧勝できたのは、ずっと敵対関係にあった政党どうしの“野合”によって、立憲の存在意義が曖昧になったことが根本的な原因だ。
裏金や統一教会問題で自民党に嫌気がさしていた有権者が、反自民の受け皿として選んだのが24年の衆院選で議席を大幅に増やした立憲だった。その立憲が、宗教支配のイメージの強い公明と合流して新党をつくる。しかも公明は地方レベルではまだ自民党とつながっているらしい。安保法制に反対し、自公政権を批判してきた立憲支持層のなかに、裏切られた思いで他党に流れていった人々が多かったことは容易に想像できる。
共同代表である野田佳彦、斉藤鉄夫両氏が辞任を申し出たのは当然のことだ。中道は2月13日に代表選を行い、新たな体制で再出発するというが、釈然としない。ほんとうにこの政党を続けられるのだろうか。
公明出身候補は比例名簿の上位を独占し、全員が当選した。その不公平な扱いへの反発がくすぶる立憲出身者が、どういう姿勢で党運営に関わっていくのか。今後、立憲、公明両党が参院や地方組織でも合流の方向に進むとは思えない。
今回の衆院選で受けた両党の傷はあまりに深い。当面は継続を模索するとしても、やがて分裂し、解散の方向に進むのがむしろ自然ではないか。
抜き打ち的な解散・総選挙で、立憲を崩壊の淵に追いやった高市首相は安倍政権を彷彿とさせる「一強支配」のとば口に立った。もはや連立相手の日本維新の会に気を遣う必要もない。
高市首相から連立入りを求められていた国民民主党は前回と同じ28議席を獲得したが、一夜にして変化した政治状況に戸惑いは隠せない。少数与党相手だったからこそ、「年収103万円の壁」引き上げなどの政策実現を迫る交渉にも力があった。これからは、そうはいかない。野党サイドに軸足を置くのか、飲み込まれるのを覚悟で与党についていくのか、進路選択は難しい。
高市首相は、裏金問題に関わって前回衆院選で非公認とされた旧安倍派の幹部ら43人を公認し、比例重複も容認、そのうち42人が当選した。党内基盤が脆弱といわれていたが、これで旧安倍派の人心を掌握し、“高市派”誕生といえる状況を生み出している。党内の求心力が一気に高まり、唯一の派閥を率いる麻生太郎副総裁の発言力は封じ込められた。
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国民の側に求められる「鑑識眼」の研ぎ澄まし
念願の安定政権を実現したように見えるが、この先、「死角」はないのだろうか。高市首相は9日の記者会見で、衆院選の勝因について次のように語った。
「責任ある積極財政への大転換、安全保障政策や政府のインテリジェンス機能の強化などの重要な政策転換を訴えてきた。この重要な政策転換についての訴えが信任をいただけたものだと受け止めている」
国民が信任してくれたのだから、やりたい政策をどんどん進めていくという宣言だ。参院ではいぜん少数与党だが、衆院に3分の2の議席があれば、参院で法案が否決されても、再可決し成立させることができる。第2次安倍政権が特定秘密保護法や安保関連法制を強行採決できたのは「3分の2」があったからだ。
だが、図に乗ったらろくなことはない。少数与党の弱みから、これまでは頭を使って賢く立ち回る必要があった。笑顔と低姿勢が好ましい印象を残した。党内基盤の弱い女性政治家が首相にまでのぼりつめ、利権、貸し借り、義理人情でがんじがらめになった古臭い政治に立ち向かうストーリーを、国民の側が勝手に思い描くこともできた。
統一教会との関係をめぐる新たな疑惑が週刊誌報道で浮上し、選挙期間中には「円安ホクホク」発言が飛び出したが、高市首相への国民の期待感にかき消され、選挙結果にはつゆほどの影響ももたらさなかった。これといって政治的な実績を残していない段階で国民の審判を求めたことに疑問は残るが、戦略としては成功だった。
これから高市首相は「強い政権」のトップとして君臨することになる。世間の見方もそれだけ厳しくなる。高い支持率を維持していけるかどうか。「国民の信任」をカサにきて、国会軽視に走れば、たちどころに世論の風向きは変わる。期待感が大きいだけに、裏切られたと感じたときの国民の反発は強いだろう。
安全保障、インテリジェンスの強化を重視するのはけっこうなことだ。しかし高市首相の思い入れが強いといわれる「スパイ防止法」や「対外情報庁」といった政策は、情報統制や個人の権利侵害につながるおそれがあり、導入するには野党がしっかりとチェック機能を果し、国民的な議論を深めることが肝要だ。
最大野党の壊滅的敗北によって、政権に対する野党の追及が鈍れば、ペンの力にも影響が及ぶだろう。強い政権にすりよる御用メディアが跋扈し、その忖度報道によって目をくらまされないよう、国民の側も鑑識眼を研ぎ澄ましておく必要がありそうだ。
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image by: 首相官邸