1月の終わりにSAPやServiceNowの株価が急落しました。米国ウォール街がようやく、AIがSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービスの略。クラウド経由で業務用ソフトを提供するサービス)ビジネスを根本から変える可能性に気づき始めたのです。「コードが書けるAI」の誕生により、これまで高額な月額課金で提供されてきたビジネスソフトウェアは、簡単に生成できるコモディティへと変わりつつあります。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、著者で著名エンジニア・投資家の中島聡さんが、SaaSビジネスの終焉とAIエージェント時代の到来を予測し、Microsoft、Google、Anthropicの覇権争いの行方を読み解きます。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
【関連】あの中島聡も「今年あたりが転機」と警告。AIにコードを任せる時代の衝撃的変化から目を逸らすな
SaaSビジネスの終わりの始まり
ここでは、過去に何度か、「コードが書けるAI」の誕生により、SaaS(Software as a Service)ビジネスがコモディティ化される可能性について触れてきましたが、ようやくウォール・ストリートにもAIがSaaSの競争環境を変える可能性への警戒感が芽生えたのか、1月の終わりに、SAP、ServiceNowなどの株が大幅に下落しました(それぞれ15%、13%の下落)。
これらのビジネスは、データベースの上に、ビジネス・ロジックとユーザー・インターフェイスを載せることにより、会計・人事・営業部門向けのソフトウェアを、従業員一人当たりの月額課金サービスとして提供し、大きな利益を上げています。
しかし、「コードの書けるAI」の誕生により、その手のビジネス・ロジックやユーザー・インターフェイスを司るコードは簡単に生成できるようになっただけでなく、特定のビジネスに特化したカスタマイズをしたり、その場で一度だけ走らせる「使い捨てコード」を生成することすら容易になりました。
結果として、顧客側にはより多くの選択肢が生まれることになり、SaaSビジネスがコモディティ化して利益率が下がることは避けられないと私は考えます。今回の株価の下落は、そんな可能性をウォール・ストリートの人たちが意識し始めたことを反映したものだと解釈しています。
AIエージェントが市場を拡大する
しかし、だからと言って、ソフトウェア・ビジネス全体が縮小するとは言えないところが興味深いところです。
これまで、SaaSビジネスが提供するソフトウェアを使って人間が行っていた作業を、人間の指示を受けて自律的に動くAI、AIエージェントが代わりに行う時代に突入しようとしているからです。それらのAIエージェントは、従業員一人当たりの生産性を大きく上げるため、顧客のビジネスに対する価値は、従来型のSaaSと比べると桁違いに高くなります。
Goldman Sachsは、「AI Agents to Boost Productivity and Size of Software Market」というタイトルの記事の中で、AIエージェントがソフトウェア業界にもたらす利益は、SaaSビジネスの縮小による損失を大きく上回るものになると予想しています。
今後のソフトウェア業界の発展を考える上で、この「AIエージェント・ビジネス」がどう発展し、どこがどう覇権を握るのかが非常に重要になります。
もちろん、既存のSaaSビジネスがこのチャンスを見逃すわけはなく、積極的な開発投資や買収をしてくることは確実です。Microsoftにとってもこの勝負は死活問題であり、現時点では成功しているとは言えないCopilotを自律的なエージェントにさせることにより、顧客のビジネスにとって「なくてはならない」サービスに成長させる必要があります。
新規参入組にも大きなチャンスがありますが、やはり良い立ち位置にいるのは、自らが最先端のAI技術を持つ、OpenAIやAnthropicやGoogleです。
特にAnthropicは、コーディングを自動化するClaude Codeが(私を含めた)開発者に幅広く受け入れられており、それをより自律的なものに発展させつつ、他の業種への横展開を行うことにより、「業務の自動化ビジネス」で稼ぐ会社になることにプライオリティを置いているように私には見えます。
この記事の著者・中島聡さんのメルマガ
OpenClawが示した可能性
そんな中で、AIエージェントを簡単に自分のパソコン上で走らせることを可能にするOpenClaw(旧名Clawdbot)というオープンソース・プロジェクトが主に開発者の間で注目されている点には注目すべきです。
セキュリティ上の問題があるとは言え(別の言い方をすれば、安全性よりも価値の提供を優先して作られているが故に)、さまざまなパソコン上の作業を自動化することには大きな価値があることを証明したという意味で、OpenClawが果たした役割はとても大きいと言えます。
OpenClawの成功を見て、同様の機能をAnthropic、OpenAI、Google、Microsoftが彼らのサービスに組み込んでくることは明らかで、2026年は、それらのAIエージェント・サービスと、OpenClawに代表されるオープンソース型のAIエージェントの間で競争が激化し、それがソフトウェア業界全体を発展させると私は期待しています。
OS・ブラウザ企業の大きなチャンス
MicrosoftでOSの開発に関わっていた私としては、ここは、MicrosoftとAppleにとって大きなチャンスだとも感じています。
MicrosoftとAppleは、過去にVisual Basic、Apple Scriptというスクリプト言語(「マクロ言語」とも呼ばれていました)を使って、OSやアプリケーションの操作を自動化しようと試みていたことがありますが、大きな成功には至りませんでした。
OpenClawにセキュリティ上の問題があるのは、何でもできてしまう(例:秘密鍵を悪意のあるサーバーに漏洩する)シェル・スクリプトを走らせる能力をAIに与えてしまう点にあり、OSのレイヤーでAI向けの(シェル・スクリプトよりも安全な)スクリプトを提供することにより、安全性を担保することはOSを提供している会社の責任とも言えます。
同様のことは、ブラウザー市場で大きなシェアを持つGoogleにも当てはまります。セキュリティ上の問題があるブラウザー・エクステンションをより堅固な形に発展させた上で、AIエージェントによるウェブサイトへのアクセスを許可制にする、ドメイン単位で管理する、などにより、より安全な形でAIエージェントにブラウザーをコントロールさせることを可能にすることが技術的には理にかなっています。
しかし、GeminiをAIエージェントとして使ってほしいGoogleとしては、わざわざ他のAIエージェント向けにChromeを改良・拡張するインセンティブは働かないので、そちらの方向に進化する可能性は低いのかも知れません。(コードが書けるAIの進化により)独自のブラウザーを作ることも容易になったので、OpenAIやAnthropicが提供するブラウザーがシェアを伸ばしたり、オープンソースなブラウザーが広まったりする可能性も十分にある、とても興味深い状況と言えます。
【追記】CRM市場に参入するAIネイティブ企業
The most dangerous fundraise in SaaS right now, and almost nobody is talking about why. HubSpotでChief Product OfficerとしてCRMを作ったChristopher O’Donnellが”Day AI”というAIネイティブなベンチャー企業を立ち上げ、$128billionの規模のCRM市場に参入することを宣言し、Sequoiaから資金調達をしたことを報じる記事です。
「コードが書けるAI」の誕生により、CRMなどの市場への参入障壁が大きく下がったことは確実で、この手のベンチャーが複数誕生し、競争を繰り広げた結果、従来型のSaaSのビジネスモデル(従業員一人当たりの月額課金)が大きな進化圧にさらされることになります。