2月8日に投開票が行われた衆院選で、過去最高の議席数を獲得するに至った自民党。この有権者の判断には、どのような背景があるのでしょうか。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では漫画家の小林よしのりさんが、高市早苗氏の言動や「男尊女卑」をめぐる社会の無自覚を勘案しつつ、「男女平等」が偽善と見なされ「理想」が語れなくなった現代日本の病理を批判。その上で、保守が本来内包すべきリベラル感覚の欠落と、露悪的な本音主義がもたらす危うさを指摘しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:ゴーマニズム宣言・第594回「偽善がダメで、理想が語れない社会」
自民大勝で「日本終了」か。偽善がダメで理想が語れない社会
事前の選挙結果予測が出た時点である程度は覚悟していたとはいえ、ここまで高市ボロ勝ち、中道大惨敗という結果になるとまでは思わなかった。
そもそも、高市早苗が男尊女卑の女だということを誰も理解していない。それどころか、世の中に「男尊女卑の女」というものが存在しているという認識すらない。高市本人ですら、自分が「男尊女卑」であるということを自覚もしておらず、自分の感覚が普通だと思っているのだから、手のつけようがない。
選挙期間中、沖縄の自民党の演説会で応援の県議が「男女平等って皆さん言いますけれどもね、結局、男が一番だって皆さん思ってますよね、男性陣の皆さん。私もその一人ですよ」と発言したという出来事があったが、こんなことを平然と口に出すような奴に、男尊女卑だと批判したところで、絶対に理解できないだろう。その頭の悪さには、もう途方にくれてしまう。
そんな調子だから、高市早苗本人も全然自分が男尊女卑だとは思っていない。女性である自分が今、リーダーになってるじゃないかと思っているだけだ。
大相撲の「女人禁制」について「大切に守られてきた日本の伝統だ」「これからも私は相撲の土俵には上がらない」と発言したのには、高市の「男尊女卑」が実に明確に表れていた。
そこで「小林よしのり漫画ブック」で「高市早苗は伝統を知らない~女人禁制は伝統ではない~」と題して、過去に描いたゴーマニズム宣言を配信したが、それを読む人もまだ限られている。
一般に「伝統」といわれているものが、実は明治に捏造されたものが数多いということも、いくら詳しく描いて出しても、全然広まっていない。誰も問題意識を持たず、何も見てないし、気にもしてないし、関心もないという状態だ。
ただ女が首相になったというだけで、山尾志桜里までが諸手を上げて大絶賛してしまったのを見ても明らかなように、「フェミニズム」についても、根本的なところを誰も全然わかっていない。
ボーボワールが「第二の性」で喝破したが、男と女では、女の方が完全にハンディを負っている。例えば、生理というものは、圧倒的なハンディなのだ。
女性は生理が始まった途端に、調子がガタガタに崩れてしまう。もう体が言うこと聞かない。毎月一回、お腹が痛いわ、頭が痛いわとなって、どうしても男と同等には働けない。それが更年期障害になって、生理が止まるくらいになると、もっと体調が乱れてしまう。
それで子供ができたら、またハンディができる。妊娠・出産の間は十分に働けないし、子供が生まれたら育児に時間を取られてさらにハンディになる。
その上、自分の親と夫の親の両方の介護をしなければならないとなったら、もうハンディが多すぎである。男はそれを何もやらなくていいのだから、男と女ではそもそもスタートラインの位置が全く違うわけである。
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「男女平等」ではなく「男女公平」でなければならない世の中
わしは31年前の『差別論スペシャル』で、「結果平等」の社会は人間を腐れさせると描いた。
人間社会には競争があり、トップが出ればビリが出るものだ。ただしそれは「機会平等」、すなわち同じスタートラインに立ち、「よーいどん!」で走り出した結果でなければならない。
ところが被差別部落や朝鮮系の人は、その「機会」が均等に与えられていない場合がある。スタートラインが初めから後ろにあるようなものなのだ。
女性もこれと同じで、男に比べて人生の中で何度も何度もスタートラインを後ろに下げられてしまっている。だからこそ、結果平等を目指す「男女平等」ではなく、機会を公平にする「男女公平」でなければならないとわしは言っているのだ。
スタートラインを後ろに引き下げられている女性が、男に勝とう、あるいは同等に働こうとしたら、男よりもずっと力を発揮しなければいけない。女はその理不尽さを常に感じながら生きていかなければならないのに、男の方はそんなことには気づいてもいない。それでルサンチマンを抱え込んでしまう女もいれば、キャリアを諦めて家庭に入った方がいいという女も出てくるわけである。
今でこそこう言ってるわしだって、昔はそんなことなど全然意識してないバカチンだった。
男尊女卑の九州の風土の中で育てられてしまったから、子供の時から男は掃除なんかしなくていい、ご飯も作ってよそってくれる、他人の女でもお酌してくれる、何でも全部女がやってくれて、男は王様みたいな状態で、それが当たり前になってしまっていたから、女性にどれだけハンディがあるかというのが見えなくなっていたのだ。
それがようやく今頃になって見えてきたのは、脳溢血をやってしまって左手と左顔面がずっと痺れているからだ。
朝起きるたびに、すぐ体の痺れを意識しなければならない。これさえなければわしはめちゃくちゃ強いぞと思うのだけれど、常に不快だし、もどかしい。若い時にこんなハンディを抱えていたら、わしは成功していなかっただろう。
だから身障者の人は本当にすごいなと思う。もう日常がもどかしくてたまらないんじゃないかと思う。
女性は男に比べれば、骨格まで全部が弱くできているのだから、そのままで男女平等ということはありえない。完全に男が上になって、そのまま日々を送るということになってしまうのだ。
でも、本当は「男女公平」でなければいけない。それは男の方が、最初から女には圧倒的にハンディがあるということを認めて、それを労わるところからスタートするしかないのだ。
それは高市早苗に対しても同じで、女だからずっと乗り越えてきたものがあったのだろう、大変だったねと、思ってやる気持ちは必要だろう。
だが高市早苗の場合は、男尊女卑社会に迎合して生きてきて、男尊女卑社会だからこそ勝ってきた人間だ。男尊女卑社会の方が自分には有利だから、これを改善しようなんてことは全く考えない。他の女性のことなんか一切気にもしていない。自分のことしか考えていないのだ。
女性にもいろいろいて、ものすごく生理が軽い人もいれば、めちゃくちゃ重い人もいる。生理の前ぐらいになると、すごく体調がおかしくなって、気分が安定せず、不機嫌になる人もいる。全く人によるものだ。
さらには、歳をとって生理が終わってしまったら、逆に楽になってものすごく元気になる女もいる。高市早苗もそのタイプなのか、とにかく元気だが、元気なバカほど手に負えないものはない。もう少し頭がいいかと思っていたが、あそこまで完全にバカだとは予想外だった。
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むしろ「露悪趣味」が勝つご時世に成り果てた日本
やっぱりある意味リベラルな感覚というものはすごく必要なものである。世の中にはいろんな人がいる。自分が基準ではないのだ。体の弱い人もいれば、全身が不自由な人もいる。
男女の差を意識することも、身障者を意識するのも同じである。ハンディがある人の存在を意識せよということだ。
それを意識するのがリベラルというもので、全く意識しないのはバカだ。
やはり保守はリベラルを理解し、内包していかないと、国の形がもたないのだ。国の中に男と女がいて、健常者も身障者も共にいるのだから、その全てを理解してやらないと、国なんか守れないのは当然だろう。
保守はリベラルを内包する。それがないと保守にはならない。ところが、今はリベラルを一切考えなくていいと思っているバカが「保守」を自称している始末だ。
たまたま健康体に生まれた男がいる。それが都合のいい女を見つけて、うまいこと奴隷みたいに使って社会を動かしている。そんな構図が圧倒的に多いのが、今の日本の問題なのだ。
しかも明確に男尊女卑が現れていればまだいいのだが、表向きには「ちょっとカミさんには頭が上がりませんからね~」みたいなことを言いながら、裏では女性を侮蔑するようなことを平然と言うような男もいっぱいいる。
一応は「男女平等」が一般的な知性と思われていることを意識しながら、ずる賢く悪知恵を働かせているだけなのだが、日本人の男はそんなレベルの奴ばっかりである。
昔はまだ「建前」とか「美辞麗句」が、常識としてのリベラル感覚で通用していたものだが、今は「本音主義」みたいなものが流行ってしまって、堂々と暴言を吐く方が美徳のようになってしまっている。
だから前述の沖縄県議のように、「男女平等なんてあるわけない、男が一番だ」と言った方がバズるというような感覚になってしまうわけで、こういう露悪趣味のようなものも問題がある。
国際関係を論じるにもこんな感覚で、アメリカは正義なんだから勝つわい!としか自称保守は思っていない。そんなことを許していたら、本当に帝国主義の時代が来てしまうというのに、たったそれだけのことすらもうわからない。国際法秩序を守れと言っても、そんな美辞麗句はいらない、となるのだ。
だがそういう奴は、本当に帝国主義の時代になったら自分は決して強者の側には入れないということすらわかっていない。何の根拠もなく、自分が強者のつもりで言っているのだから、徹底的に脳がオカシイのである。
高市早苗にしても、台湾有事について本気で言っているのなら、「日本は台湾を守ります、そのために日本の若者に命を懸けてもらいます」と言わなければならなくなる。だが、実際には大した考えもなく、なんか勇ましく、「アメリカが危機の時は自衛隊が守ります」と言っているだけだ。
ところがそんな無責任な物言いの方が受けて、「戦争への道を開くな」と批判する方がカッコ悪くなってしまっている。
もう世間一般が全体的にそうなってしまっているから、選挙でも中道改革連合の大惨敗という結果になってしまったのだろう。高市が強そうだから、強い者についていく、それだけ!という、とてつもなく単純な有様になってしまっているのである。
とうとう、美辞麗句が一切合切通用しない世の中になってしまった。むしろ露悪趣味の方が勝つぐらいのご時世になってしまった。
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「中道の候補者が言うことは全部偽善」と思われる由々しき状態
これは重大問題である。美辞麗句が通用しないということは、理想が語れないということだからである。理想を語ったら、「偽善」と思われてしまうのである。
それは中道の負けっぷりにも如実に表れている。中道の候補者が言うことは、全部偽善だと思われるという状態になってしまったのだ。
もはや「男女平等」と言ったら、偽善の最たるものにしか思われず、むしろ「男が一番」と言った方がウケるくらいになっている。なぜこんなにバランスが取れないのかと、呆れるしかない。
こういうことは、右か左かとかいうのをはっきりさせることではなく、バランスを取ることが一番重要なのだ。
右勢力の本音主義、あるいはマッチョイズムが蔓延してしまい、それがこんな選挙結果につながってしまった今だからこそ、「中道」とは何か、「リベラル」とは何かということを考え直さなければならないところに来ている。
(『小林よしのりライジング』2026年2月10日号より一部抜粋・敬称略。続きはメルマガ登録の上お楽しみください)
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